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25,心の中で呼びかけることと体調不良の原因と再びの悪夢

 精密検査をしたが、体のどこにも異常は見つからなかった。だが、一向に体調は回復せず、むしろ当初より悪化していると言ってもいい。

 

 食事が喉を通らず、体がだるくて、長く起きていられないのだが、原因がわからず、医師も首をひねっている。しばらく入院を続け、輸液などの治療をしながら様子を見ることになった。

 

 もうずっと洋館に行くことが出来ずにいる。行彦に会いたいし、彼がどうしているのか心配でならないが、今の状態では、どうすることも出来ない。

 

 伸はただ、心の中で呼びかける。行彦、ごめん。必ず会いに行くから、どうか待っていてほしい。

 

 どうか、一人で泣いたりしないでほしい……。

 

 

 浅い眠りから覚めると、ちょうど病室に、医師が入って来たところだった。

 

 母が、立ちあがって頭を下げる。母は、伸が入院して以来、病院に通うために、カフェの営業を午後からにしている。

 

 医師が、母に向かって言う。

 

「どうぞお座りになってください」


 それから、母と伸の顔を見ながら言った。

 

「少しよろしいですか?」

 

 

 医師は言った。

 

 内臓の働きが少し弱っているものの、疾患というほどのレベルではない。それにも関わらず、食欲不振と体調不良が続いている。

 

 内臓以外の原因の一つとして、心因性のものが考えられるが、何か心当たりはないか。一度、心療内科の医師の診察を受けてはどうか、と。

  

 話を聞いた母は、心配そうに伸を見つめている。

 

 伸は、医師に聞いた。

 

「それは、悩みがあるかとか、そういうことですか?」


 医師がうなずく。

 

「そうだね。君の場合だったら、たとえば、学校で、何か嫌なことがあったとか」


「嫌なことなんて、別にありません。少なくとも、具合が悪くなるようなことは」


 松園たちには、ずいぶんひどいことをされたが、今に始まったことではないし、それも、最近では止んでいる。行彦と出会ってからは、むしろ毎日が幸せだったのだ。

 

「そう。でも、自覚していなくても、ストレスになっているということもあるからね」



 心因性の原因などないと言ったにも関わらず、その日の午後、心療内科の医師が病室にやって来た。学校のことや家でのことを、根掘り葉掘り聞かれた。

 

 学校に友達がいないことを知ると、医師は、ふんふんと意味ありげにうなずいていたが、それは小さい頃からずっとそうだし、そんなことが原因であるはずがないのは、伸自身がよくわかっている。

 

 もちろん、松園たちのことや行彦のことは話さなかった。誰にも話すつもりはないし、誰にも知られたくない。

 

 

 

 僕は、再び悪夢に悩まされるようになった。学校でいじめられる夢ではない。あの女の夢だ。

 

 あの女はいつも、突然ドアを開けて、ずかずかと部屋に入って来る。

 

「ボクちゃん、大きくなって」


 そう言いながら、ベッドのすぐそばまでやって来る。

 

「ボクちゃん、お母さん、会えてうれしいわ」


 白い肌。貧相な体つき。目を見開いた、狂気じみた笑顔。

 

「ボクちゃん」


 女は、笑顔を張りつかせたまま、両腕をこちらに伸ばして来る。身動き出来ずにいる行彦の体に、細い両腕が絡みつく。

 

「やめろ!」


 僕は、汗みずくで飛び起きる。

 

 

 

 いつものように、ベッドであお向けになって、ぼんやりしていると、病室の入り口で声がした。

 

「失礼します」


 目を向けると、立花芳子が入って来た。伸は、あわてて起き上がる。

 

「安藤くん……」


 一瞬、気遣うような表情をした後、笑顔になって言った。

 

「おうちの方は?」


「昼前に帰りましたけど」


「そうなの。これ、お菓子なの。よかったら召し上がって」


 そう言って、ホテルのロゴが入った包みを、サイドテーブルの上に置いた。

 

「すいません。……あっ、その椅子にどうぞ」


 壁に寄せて置いてあるパイプ椅子を指すと、立花は引き寄せて、ベッドのそばに座った。

 

「具合はどう? って言っても、あまりよさそうには見えないけれど」


「はぁ……」


 ずいぶんはっきりと言うものだと思うが、自分でも、ひどい見た目なのはわかっている。

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