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24,僕が知りたいことと目を血走らせる母と突然ひび割れ崩れ落ちるもの

 静かにドアが開き、母が入って来た。

 

「さっきはごめんなさいね。驚かせちゃって。あの人は、もう帰ったわ」


 そう言う母の顔は、ひどく青ざめている。

 

「お母さん。あの人……」


 震える声で言うと、母は、そばまで来て、ベッドに腰かける行彦の横に座り、そっと背中に手を添えた。

 

「安心して。家にあった現金を全部渡して、もう二度と来ないように言ったから。


 もしも来たとしても、芙紗子さんが追い返してくれるから大丈夫よ」

 

 母が優しく背中をさすってくれるけれど、僕が聞きたいのは、そんなことじゃない。

 

「あの人、僕に、自分のことを、お母さんって……」


「嘘よ!」


 母が悲鳴のように叫んだ。

 

「でたらめよ。あの人、どうかしているの。あんなでたらめ信じないで。


 そんな馬鹿なことがあるわけないじゃない。行彦は、私がお腹を痛めて産んだ子よ!」

 

「あ……」


 いつも優しくて美しい母が、目を血走らせ、大きな声で言いつのる。

 

「あの人、お母さんの大学のときの後輩なのよ。大学を辞めてから一度も会ったことがなかったのに、今になって、こんなところまでお金の無心に来て、あんな嫌がらせを言うなんて!」


「お母さん……」


 行彦は嗚咽する。今まで信じて疑わなかったものが、突然ひび割れ、崩れ落ちるのを感じた。

 

「嫌だ。お母さんこそ、嘘をつかないで。本当のことを教えて!」


 泣き崩れる行彦を、母が強く抱きしめる。

 

「行彦……私の大切な行彦……」


 母も泣いている。

 

 

 母は、いや、いままでずっと母だと思っていた人は、すべてを話してくれた。

 

 自分は、母と、亡き父の愛の結晶などではなかった。母の交際相手が、浮気相手との間に作った子供だったのだ。

 

 いや、浮気というよりは、心変わりをしたといったほうが正確かもしれない。みな独身だったのだから、それ自体は、そこまで罪深いことではなかったのかもしれない。

 

 だが、母の恋人だった男は事故で亡くなり、生物学上の母親は、僕を捨てた。

 

 僕をずっと大切に育ててくれた今の母を恨む気持ちなどない。本当の母親でなかったことはショックだけれど、母の孤独も、自分への愛が本物なのもよくわかる。

 

 そして、本当のことを隠したかった気持ちも。

 

 わかるけれど、あの、どこか卑しげで狂気を漂わせた女が自分の生みの親だったなんて! 言われてみれば、あの白い肌や貧相な体つきは、まさに自分に受け継がれているではないか。

 

 僕は、美しく上品な母とは少しも似ていない。そのことに、どうして今まで疑問を待たなかったのか。

 

 僕は醜い。外見も、体の中に流れている血も。

 

 

 

 私は間違っていたのだろうか。

 

 真実を知った行彦は、ひどく動揺し、学校に行けなくなったばかりの頃に戻ってしまったようだ。最近は、部屋からは出られないものの、穏やかに毎日を過ごし、笑顔も見せてくれていたのに。

 

 今は、終日ベッドにうずくまって涙を流し、食事もろくに受けつけない。頻繁に見る悪夢に悩まされてもいるようだ。

 

 やはり、行彦を引き取るべきではなかったのか。自分を捨てた男の子供を育てるなど、独りよがりな感傷でしかなかったのか。

 

 いや、志保に育てられていたら、果たして行彦は、幸せだっただろうか。そんなはずはない。

 

 あんな女に育てられていたら、繊細な行彦は、今より、もっとひどい状態になっていたのではないか。それは、約束もなしに突然やって来た、志保の常軌を逸した行動を見ればわかる。

 

 では、自分の本当の子だと偽って育てたことが間違いだったのだろうか。あるいは、志保の両親によって、よそに養子に出されていたら、行彦には、もっと別の……。

 

 だが、私は行彦を、どうしても自分の子として育てたかった。あの頃はまだ、照彦を忘れられずにいたから。

 

 行彦は、自分と照彦が愛し合った証なのだと思い込みたかった。私は、真実から目を背けて、幸せな幻想を見続けていたかったのだ。

 

 そう。すべては私のエゴだ。私のエゴで、行彦の人生を台無しにしてしまった!

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