21,天からの贈り物と洋館の持ち主に会いに行くこと
「一生、響子さんのおそばにいて、お世話するという、亡きご両親との約束を違えるわけにはまいりません。ですから、これまで通り、響子さんと行彦ちゃんのお世話をさせていただきます。
ですが、私が本当は、行彦ちゃんを養子になさることに反対であること、本当は、響子さんに幸せな結婚をして、ご自身のお子様をもうけていただきたいと思っていることを、どうぞお忘れにならないでください」
もちろん、ここまでして行彦を引き取ったのには理由がある。
それは今回も、響子のほうから連絡をしてわかったことなのだが、志保は、パート先の上司と恋仲になっていた。響子が知らなかっただけで、多分、彼女は、とても惚れっぽい質なのだ。
彼は、志保の過去を知った上で、結婚を望んでいるという。だが、さすがに彼の両親は、行彦を育てることには難色を示しているらしい。
行彦のことはともかく、志保の頭の中から、照彦の存在は、もはや、すっかり消えているようだった。
それを知ったとき、響子はうれしかった。これで照彦は、ようやく自分だけのものになったのだ。そして、行彦も。
自分の考えが、世間的には普通でないことは承知している。だが、今も照彦のことを思わない日はないし、行彦のことも、我が子のように愛している。
誰に迷惑をかけるわけでもない。いや、いつも自分を大切にしてくれている芙紗子には迷惑をかけてしまうが、それでも、今、自分が一番欲しいのは、行彦だ。
自分の欲しいものが、すぐ目の前に差し出されているというのに、それを手に入れていけないはずがない。
行彦のことは、自分の子供として育てたい。それで、今後、志保は行彦には会わないという条件のもとに、正式に養子縁組をした。
行彦は、とても聡明な子だった。初めは、照彦の子供である行彦を手元に置きたいと思ったのだったが、いつしか照彦のことは忘れ、自分の息子として、ただ行彦を愛するようになった。
行彦さえいれば、それでいい。一生、行彦の母親として、彼のそばで生きて行くのだ。
行彦は、自分に対する天からの贈り物だ……。
放課後、伸は、この町にたった一つあるホテルにやって来た。今、洋館の持ち主である女性が滞在しているということを、クラスの女子たちの噂話を耳にして知ったのだ。
どういう事情があるのか知らないが、持ち主は、行彦の母とは別にいるらしい。
くわしいことはわからない。行彦に何を聞いても、ただ泣きじゃくるばかりで要領を得ないのだ。
わかっているのは、洋館が取り壊されれば、行彦は、簡単には会えないような遠方に引っ越さなければならないらしいということだけだ。
伸だって、出来ることならば行彦と離れたくない。だが、洋館や行彦たちを取り巻く状況が今一つわからないので、それならば、直接、持ち主に聞いてみようと思ったのだった。
だが、勢いにまかせて来てみたものの、出だしから、つまずいた。
「あの……」
フロントマンに声をかけたものの、後の言葉が続かない。そもそも伸は、女性の顔どころか、名前さえ知らないのだ。
「いかがなさいましたか?」
銀縁の眼鏡をかけたフロントマンが、柔らかな笑顔を浮かべて、伸の顔を見る。
「えぇと、あの、町の再開発の件で滞在されている、洋館の持ち主の……」
「はぁ。お約束ですか?」
名前を言ってくれないかと思うが、個人情報の保護のためか、それ以上、彼は何も言わない。
「いえ……」
やはり無謀だったかとあきらめかけたとき、フロントマンが、伸の背後に目をやった。そして、手で示しながら言う。
「あちらに」
振り向くと、エレベーターのドアが開いて、中年女性が出て来たところだ。個人情報は教えられないが、自分自身でなんとかするなら、かまわないということか。
伸は、フロントマンにぺこりと頭を下げると、女性に駆け寄りながら声をかけた。
「すいません」