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185/186

185,チケットを買う生野と頬が熱くなることと他人事のような態度の有希

 受付に行くと、奥から牧田が出て来た。展示室では、すでにカップルらしい二人が絵を見ている。

 

「本日はおめでとうございます」


「はぁ。ありがとうございます」


 自分のことではないので、そう言われるのはなんとなく居心地が悪いが、有希が来られないぶん、伸が準備に立ち会ったのだから、まぁいいかと自分に言い聞かせる。

 

 財布を出している生野に、牧田が言った。

 

「そのままお入りください」


「え?」


 伸は、生野と牧田を等分に身ながら言った。

 

「ええと、関係者特典みたいなことですかね」


 「ユウ」が伸の身内だということは、牧田の知るところとなっているし、その知り合いだからということか。


 だが、生野が言った。

 

「でも、記念に持って帰りたいので、チケットをください。チケット代も払います」


「わかりました」


 牧田が、微笑みながら生野に言った。

 

「こちらには、何度かおいでいただいていますよね」


 生野の顔が、ぱっと明るくなる。

 

「はい。俺、香堂黎のファンなんです」




「西原、すごいな。絵を見ている間中、実は俺、何度も泣きそうになって、我慢するのに必死でした」


 生野が恥ずかしそうに微笑む。絵を見た後、近くの喫茶店で向かい合っている。

 

「俺も、牧田さんから開催決定の電話をもらったときは、涙が出そうだったよ」


「西原はどうでした?」


「それが、意外とけろっとしていて」


「なんだ。あいつ普段は泣き虫のくせに」


「本当だね」


 二人で顔を見合わせて笑う。

 

「だけど、西原があんなに絵がうまいとは思わなかったから、びっくりしました。一度、俺に描いてくれたラクガキ、ひどかったし」


「そう」


「それに、あいつが描いた安藤さんの絵……」


 伸はうつむく。

 

「ちょっと恥ずかしいんだけどね。彼も最初は、あれは出したくないって言っていたんだ」


 悩みに悩んだ末に、多くの中から三枚の伸の絵を選んだのだ。生野が、ちらりと伸の顔を見てから言う。

 

「圧倒されました。あいつの安藤さんに対する愛があふれ出ていて、まぶしいくらいだった」


「いや。そんな……」


 頬が熱くなるのを感じながら、伸は思う。あぁ。やはり彼はまだ、有希のことを……。

 

 生野が、気を取り直すように言った。

 

「それにしても、まさか白岡美術館とは……。偶然にもほどがある」


「有希も驚いていたよ。そこなら、君と行ったことがあるって」


 生野が、懐かしそうな目をして言う。

 

「引っ越す少し前、俺があいつにお願いして一緒に行ってもらったんです。フォレストランドのレストランに安藤さんを訪ねて行った頃ですよ」


「あぁ。そういうこともあったね」


 有希から聞いた話によれば、彼が行彦の存在に苦しんでいることを知った生野が、伸に「あいつだけを見てやってほしい」と言いに来たのだという。あれは、美術館に行ったときに、そういう話になったのかもしれない。

 

 

 その後も、ぽつりぽつりと話し、やがて会話が途切れた頃、コーヒーを飲み干して生野が言った。

 

「今日は本当にありがとうございました。あいつの絵には感動したし、こうしてまた安藤さんと話せて、すごくうれしかったです。


 西原にも、よろしく伝えてください」

 

「こちらこそ、君と話せてよかったよ。有希も喜ぶと思う。来てくれてありがとう」


 いつかまた、彼と有希が会える日も来ればいいと思うが、大きなお世話かもしれない。

 

 生野は、今日は両親のマンションに泊まるという。もう一度美術館に顔を出すことになっている伸は、彼と喫茶店の前で別れた。

 

 

 

「おかえりなさい」


 有希が、振り返りながら笑顔で言った。夕方、家に帰ると、有希と潤子は、猫ちゃんクッキーを作っているところだった。

 

 有希は、すぐにテーブルに向き直ると、冷ましたクッキーに顔を描く作業に戻る。有希にとっては、絵を描くこと自体が大切なようで、個展については、一貫して、どこか他人事のような態度なのだ。

 

 潤子が言った。

 

「個展はどうだったの?」


 伸は、シンクで手を洗いながら答える。

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