183,紅潮する頬と両腕で抱きしめることと牧田が言ったこと
有希は戸惑うようにうつむく。
「ちゃんと勉強したわけでもない素人の絵なんて……」
「それは関係ないわよ。『新旧プロアマ問わず』って言っていたし、学芸員の人が魅力と才能を感じたって、わざわざ声をかけて来たのよ」
「そうだよ。俺たちだってユウの絵は素敵だと思っていたけど、専門家が言うんだから間違いない」
有希がつぶやいた。
「嘘みたい……」
「嘘じゃないよ」
「ねぇ。有希くんのほかの絵も、あの人に見てもらっていい?」
「嘘みたい……」
有希の頬が紅潮する。伸は微笑む。
「嘘じゃないって」
潤子が言った。
「牧田さんとは、これからは伸が責任をもって対応しなさいね」
「うん。さっきは驚いてしまって……」
「伸がぽかんとして突っ立っているから、仕方なく助けに入ったのよ」
潤子の言葉に、有希が曖昧な笑顔を浮かべた。
「俺はなんにも言えなくて、結局、全部お母さんが話してくれた」
「そうなんだ」
「でも、次からは大丈夫だよ。ちゃんと話をして、ユウの希望も伝えるから」
後日、牧田から確認の電話があり、さらに数日後、閉店後のアンジェールで有希の絵を見せることになった。有希が描いた絵は、かなりの枚数になっていて、牧田に見せるものと、そうでないものを選別するのに、かなりの時間を要した。
最初は有希にまかせるつもりだったのだが、自分一人では決められないと言うので、途中から伸も作業に加わった。有希が、そして伸も一番判断に迷ったのが、伸を描いた絵の数々だ。
「どうしよう。もうわかんないよ……」
有希は半泣き状態だ。
「ゆっくりでいいよ。ユウの気持ちが一番大事だから」
正直なところ、伸としては、自分の絵が人目にさらされるのは恥ずかしいし、牧田がそれらを見れば、絵の意味するところを察するのではないかと思う。
それでも、有希が自分を描いた絵は素晴らしいと思うし、牧田には、有希が風景画だけでなく、人物画も描けるということを知ってもらいたい気持ちもある。
だが、有希の悩みは、少し別のところにあるようだ。
「どれも大切な絵なんだ。これも、ほら、この伸くんも、すごく気に入っている。
でも、どれも伸くんの分身みたいなものだし、僕だけの伸くんだから、本当は誰にも見せたくないんだ」
「まぁ、そう言ってくれるのはうれしいけど……」
確かに、伸を描いた絵のほとんどは、麗衣にも潤子にも見せていない。最初は、ただ照れくさいから見せないのだろうと思っていたのだが、有希には有希なりの強い思い入れがあるらしい。
伸は、ふと思いついて言った。
「あれはどう? 前に麗衣さんを描いただろう」
以前、庭で麗衣を撮った写真をもとに描いた絵のことだ。だが、有希は切り捨てるように言った。
「あれは駄目。あれは、ママの好みのポーズで、僕の好みじゃないから」
「そう……」
あれはあれで素敵な絵だと思うし、伸としては、かなりいい妥協案を示したつもりだったのだが。
数日に渡る作業の結果、ようやく選別を終えた有希は、深いため息をついて言った。
「あぁ疲れた……。伸くん、僕を癒して」
「おいで」
伸が両腕を広げると、有希は立ち上がり、テーブルを回って来て、椅子に座った伸の膝にこちらを向いてまたがった。しなだれかかってくる有希を両腕で抱きしめる。
「ユウ。頑張ったね」
「うん……」
結局、伸を描いた絵に関しては、何が選別の基準になっているのかよくわからなかったが、有希の描いたものはどれも素晴らしいと思うし、彼が納得して決めたのなら、それでいい。
その日、有希が選んだ絵を用意して待っていると、牧田は、男性スタッフとともにやって来て、絵を広げ、一枚一枚カメラに収めて行った。すぐに絵を持って行くというわけではないらしい。
すべて撮り終えた後、牧田が言った。
「この写真をもとに会議を開きます。検討の結果、絵を展示させていただくかどうか決まりましたら、連絡させていただきます」
「はぁ……」




