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181/186

181,百人力だと言う潤子とこれからも一緒にシャワーを浴びたい伸と水彩の風景画

「僕は、わざわざ言わなくてもいいと思う。どうしても隠しておきたいっていうわけじゃないけど、そのことで、お店に悪い影響があったらいけないし」


 潤子が言う。

 

「そんなことはないと思うわよ」


 伸も言い添える。

 

「そうだよ。料理の味がよければ、お客さんは来てくれる」


「私も昔は、シングルマザーであることで陰口を言われたりもしたけど、それでもお客さんは来てくれたし、今はもう、個人の趣味や嗜好で判断される時代じゃないわ」


「そうだよ」


 伸は強くうなずく。以前は自由で人の目を気にしなかった有希が、弱気になっていることが不憫でならない。

 

 泣きそうな顔でうつむいている有希に、潤子は微笑みかける。

 

「この際だから言うけれど、これでも私、料理の腕には自信があるのよ。これからは伸が一緒にやってくれるんだもの、百人力よ。


 有希くんがここで暮らしていることは、いずれ近所の人たちにも知れるでしょうけど、もしも何か聞かれたら、事実のままを話すわ。それでいい?」

 

「俺はそれでかまわないよ。ユウは?」


 二人の顔を見比べた後、ようやく有希はうなずいた。

 

 

 

「伸くん……」


 食事の後、二階に上がると、有希が抱きついて来た。伸も、両腕を回して抱きしめる。

 

 腕の中で、有希がつぶやく。

 

「今日はごめんね」


「どうして謝るの?」


「伸くんにも潤子さんにも心配かけちゃったから」


 伸は、有希の髪に頬を擦りつける。

 

「かまわないよ。今日は、ユウもよく頑張ったと思うよ」


「でも……」


 伸は、髪の甘い香りを吸い込む。

 

「あんなに長い時間、一人でいてくれて。料理したり接客したりしながら、ずっとユウのことを気にしていたんだ」


「ごめん」


「謝らなくていいったら」


「でも、伸くんの心をわずらわせた」


「ユウのことが好きだから考えていたんだよ」


 だが、いくら言葉を尽くしても、有希はなかなか納得しない。

 

「すごく忙しそうだったのに。本当なら、僕だってお手伝いしなくちゃいけないのに」


 伸はくすりと笑う。

 

「そんなこと、気にしなくていいんだって。ユウは確実に前進しているんだから、そんなふうに自分を責めないで」


「僕、もっと頑張るよ。ずっと一人でいられるようにするし、電気を消して寝られるようにするし、あと、シャワーも一人で浴びられるようにする」


「そんなに焦らなくていいよ。夜中にふと目覚めたとき、ユウのかわいい寝顔が見られるのはなかなかいいもんだよ」


「でも、電気代がもったいないよ」


 伸は、思わず体を離して、有希の顔をのぞき込む。

 

「ユウが電気代なんか気にするの?」


「だって、潤子さんに迷惑だし」


「そのくらい、猫ちゃんクッキーを作って売れば、すぐに稼げるさ。それに……」


 有希が顔を上げたので、伸は、その目を見つめながら言った。

 

「俺は、これからも一緒にシャワーを浴びたいな」


 

 

 有希は、日を追うごとに、一人の時間を落ち着いて過ごせるようになったようだ。ただし、客の気配を感じることにはまだ慣れないようで、二階で絵を描いて過ごしている。

 

 最近は、水彩の風景画をよく描いている。去年、しばらくの間滞在していた山荘の周りの景色をもとにしたと思われる、現実にはない心象風景のような絵だ。

 

 潤子も、それらの絵を気に入り、その中の一枚は、額装して、店の壁に飾ってある。どこか不思議な懐かしさを感じさせるその絵は、白壁に、木の床と柱がアクセントになった店内の雰囲気にマッチしている。

 

 

 

 そんなある日のことだ。夕方近くに、注文されたケーキとコーヒーを運んで行った伸に、女性客が、壁の絵を指しながら言った。

 

「この絵、素敵ですね」


「ありがとうございます」


 テーブルにケーキとコーヒーを並べる伸に、さらに女性が言う。

 

「ここに来たのは二度目ですが、なんとも言えない魅力のある絵だと思って」


「はぁ」


 伸は、体を起こしながら、さりげなく観察する。スーツ姿の中年女性は、知的な雰囲気を漂わせている。

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