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9:蒼の講演場

「ノーブルタワー」……人々が講演場と呼ぶこの塔の、正式名称だ。


「すご……」

「マジかよ……」


長らく移動し、ようやくたどり着いた目的地。フレーたちはタワーの真下で、あんぐりと口を開けて固まっていた。


今まで高い建造物を真近で見たことのなかったフレーは、遠方からではその大きさを測ることができなかったが、いざ真下に来てみると、あまりの高さに圧倒されるばかりだ。首を限界まで上げても、頂上付近はおぼろげにしか見えない。


何より驚くべきなのは、見る限りでは、全体が金属でできているという点だ。


「すごい、すごいよ……! こんなの、多分どの村にも無い!」

「はしゃぎすぎだと言いたい所だが……確かにこれは……」

「一体どれだけのお金が……」


金属製の建物なんて、ほとんど御伽話の世界だと思っていた。何せ、そういった技術は全て王都やその周辺が独占しているらしいのだ。

現在の王政の状況下で、それらが辺境の地に降りてくることはないだろう。そんな風に思っていたのだが……


「街として王都と交渉したんでしょうか……? 技術提供とか……いつの間に」

「昔父さんと来た時には、こんなのは無かった。技術を使う側も一流だな」


これも守護者の手腕だろうか。

フレーはビートグラウズの過去を知る二人が少し羨ましくなって、何気なく尋ねた。


「そういえば、ザンは来たことあるんだよね。エーネも……来たのはザンよりももっと前か」

「えっ? ああ、うん……結構前に……」

「そういや、エーネはどこ出身なんだ? もう長い付き合いだが、未だにお前の素性は……」

「私は、まあ……この辺って感じです」


何やら歯切れの悪いエーネに、ザンは訝しげな顔をするが、次の瞬間、三人は背後から突撃してきた集団に押し倒されそうになった。


「邪魔よ邪魔よっ!」


若い女性で構成されたその団体は、フレーたちに構わず、入口を目掛けて猪突猛進だった。遠ざかってもなお、黄色い歓声が聞こえてくる。


「急ぐのよ! 講演が始まっちゃう!」

「今日こそもっと近くでお顔を拝見するの! 皆、押し除けてでも前に出るわよ!」

「うわ、こんなにたくさん……!」


気付けばタワーの周りには、大通りの比ではない規模の人混みが形成されていた。街中からここに集まってきているらしい。


こうしちゃいられないと言わんばかりに、ザンがフレーたちに向けて振り返った。


「二人とも、行くぞ! 中がどんな形なのか知らないが、なるべく前に出る必要がある」

「え、後ろから聞くだけじゃダメなんです? 私人混み苦手で……」

「兵を借りにきたんだろ? この感じだと、接触すら大変だぞ!」


この中では最も大柄なザンが先頭となって、人混みを強引に切り分けていく。彼に手を引かれる形になりながら、フレーは今更ながらに危機感を覚えた。


リーダーがこんな形で人気を誇っているとは思わなかった。それに、現在の街の異常事態も併せて考えると、本当に会うのが難しいかもしれない。


「よし、やっと中に────」


しかしそんな思考も、ノーブルタワーの内部に入った途端、頭から吹き飛んでしまう。


物心がついてからずっと、ホメルンでのどかな景色を見続けていた。景観に変化があるとすれば、せいぜい新しい住居が建つ時くらいだ。


だから咄嗟に、こんな言葉が漏れたのだろう。


「……異世界……?」


一言で表すのなら、蒼。壁も、床も、天井も。その全てが暗い蒼色に包まれている。

しかし、決して殺風景な一色というわけではない。壁の所々に散りばめられた白い粒状の装飾が、まばらな光を放っているのだ。


それはさながら、星空のような光景だった。


「……圧巻だな」

「うん、本当に……」


大量の人間が入り乱れているというのに、まるで窮屈さを感じない。外界と隔離されたような薄暗さや、単純なスペースの広さ、それから天井の高さが理由だろう。天井はそれでもタワーの全長には全く届いておらず、まだまだ何階も上がありそうだ。


「これが、『ランドマシーネ』の技術……」


感嘆交じりに、エーネがそんなことを呟く。


「ランドマシーネ?」

「王都がその技術を独占してる、工業の栄えた都市です。まあ、王都のすぐ隣にあるから、実質同じ場所だけど……多分、そこの技術が使われてます」


エーネ自身も驚きに目を瞬かせながら、二人の疑問に答えてくれる。


「ランドマシーネは、鉄やその他の金属でできた自動化装置……『機械』っていうらしいんですけど、それを作ってる場所で、『機械都市』とも呼ばれてます。聞いたのは昔だし、詳しいことは私も……」

「そ、そんな場所が……!? もうホメルンと文明が違うじゃん!」


呆気に取られ、思わず声を上げてしまった。


「薬品とかの研究は王都の方で進めてるらしいです。この壁には光が埋め込まれてるし、そっちの技術も使われてるのかも」

「へぇ……」


エーネは村の生まれでないだけあって、二人よりも外の事情に明るい。フレーもエーネも、頭の良さでは到底ザンには敵わないが、彼女ならではの視点には、助けられたことも多かった。


(それにしても、本当に詳しいよね。この辺っていうのは嘘で、まさか王都出身だったり……)

「……って! こんなことしてる場合じゃ!」

「ああ……二人とも見えるか? 正面の奥の方に、一段高くなってる部分がある」


ザンが指を差す先には、人だかりがあるばかりだ。しかし目を凝らすと、確かにフレーたちが立っている地面から、大きな段差のある部分が見えた。フレーの身長でも確認できたのは、段差以降には人が立っていないという、特徴的な点があったからだ。


「なるほどね……」

「ああ。あそこだな」

「え、何が?」


ピンと来ていないエーネをスルーし、ザンがフレーに向き直る。


「じゃあフレー、任せた」

「え? みんなで行こうよ。前に出るんでしょ?」

「いや、流石に三人だと押し除けるのが難しいし、それに……」


ザンは何故か得意げな顔で、フレーとエーネを見比べながら言った。


「お前が一番小さいからな。すり抜けるのも余裕だろ」

「ちっ……小さいって何!? 小さいって!!」

「は……? あ、いや、背丈に決まってるだろ! あと……横幅とか、色々!」

「わ、私は全然太ってない! フレーと比べるのはやめてください、ザン!」

「エーネも結構失礼だからね!?」


こんな小競り合いをしている場合ではないとわかっているが、どうしても言わずにはいられなかった。

この3人は皆細身だが、確かに体格的にはフレーが最も小柄だ。しかし、平均的な身長のエーネとは微々たる差ではあるし、ザンもそもそも、そこまで背が高い方ではない。


「……エーネとは、一歳半離れてるし。ていうか、ホメルンの質素な食事だとどうしようもないし」

「わ、悪かった。そうだな、王都に行ったら、色々成長する物を皆で食べよう。約束だ」

「やっぱりちょっとはそういう意味だったんじゃん!」


絶対に見返してやる、と心の中で憤りつつ、ザンの要求には納得していた。


あの段差の上は恐らくステージだろう。あそこに守護者が立ち、話をするに違いない。ここからでは、ろくに声も聞こえないかもしれないのだ。



しかし結果としては、守護者の話を聞くという意味では、それは杞憂だった。



フレーが動くまでもなく、聞こえたのだ。どこから響いているのかわからない、けれども一言で場を支配し、有無を言わさぬ威圧感を携えた……



そんな、「支配者」の声が。



「待たせたなァ、お前ら!」



良く通る低い声が空気を伝った時、広大な講演場の喧騒は水を打ったように静まり返る。耳をつんざくような、とまでは行かなくとも、体の奥に響くような音量に、胸が震えた。


「知っての通り……この群都市は、現在未曾有の危機を迎えている」


ざわめく群衆を見下ろすようにステージに現れたのは、長身の男性だった。未だ奥は暗く、彼の全貌は見えない。フレーが性別を判断できた手がかりは、その声のみである。


「増加する人口、突如訪れた不景気……皆が案ずるのも無理はねェ」


徐々に光が灯され、彼のシルエットが闇の中に浮かび上がる。ゆらゆらと存在感を放つ長髪、細身ながらも芯を感じる体躯……



蒼だ。その髪も瞳も、立ち姿さえも。彼を取り巻く様々なものが蒼色に見えた。



「だが、今ここで誓おう……! 俺は決して折れねェと。如何なる状況でも、最高の結果を追い求めると……」


天井や壁の明かりが一斉に点き、講演場の最奥が眩い光に包まれる。目が眩みながらも、フレーはしっかりとその姿を捉えた。


(あれが……!)


遠目でもわかるほど、堀の深い均整の取れた顔立ち。翳りを感じさせる蒼色の長髪に対し、その活き活きとした表情からは、全ての物事に対する自信が感じ取れる。


この街を統べる彼の姿は、もはや────



「ビートグラウズが守護者────このグレイザーが! 必ずお前らを、あるべき場所へ導くことを!」



歓声が上がる。ただの首長を超えたその何かに対し、三人全員が感じていたことを……最初にフレーが口にした。



「まるで、王様みたい……」

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