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8:人が多すぎ!

「シュレッケンで、何が起こってるんですか?」

「知らないです。噂は色々あるみたいですけど」


フレーは何気無く質問したが、衛兵は我関せずといった雰囲気だ。


しばらく間をおいて、女性の衛兵が目を輝かせて語りかけてきた。


「そんなことより、どこを観るんですか? ホメルンの人は何をお求めなの? あそこからのお客で、こんな若い人たちは初めてよ!」

「あー、あの村は仕事か長く村を去る時以外、原則二十歳未満の外出は認められてなくて……」

「おすすめはいっぱいあるが、やっぱり目玉はあの講演場だな! 果てなき交渉の末、ようやく勝ち取った機械都市からの技術で作られた、圧巻の塔、広いスペース……それにあの『守護者』のパフォーマンスと来たもんだ! 女の子二人は、きっと目がハートだろうよ! それから────」


二人が敬語も忘れて話し始めたところで、フレーたち三人は顔を見合わせた。年配者ばかりの村で育ってきたため、全員が察してしまったのだ。


この感じが、間違いなく長話の予兆だということを。


「すみません! 俺たち急いでるんで!」

「あ、ちょっと……楽しんできてねー!」


賑やかな衛兵たちに見送られ、一行は大通りの方へと進んでいく。外とは違う、熱気のこもった街並みに、否応にも胸が高鳴るのを感じた。


「あー、緊張したぁ……」

「もう、エーネは相変わらず人見知りなんだから……先に行こうかって言ってくれた時は格好良かったのに」

「まあこれでも年上ですし……二人は、特にザンは物怖じしなくて羨ましい」


彼女の言葉を聞いて、フレーはとあることを思い出す。


「ていうかザン、剣持ってることの誤魔化し方が酷すぎるでしょ。ほとんど嘘だよね?」

「仕方ないだろ、剣無しで旅に出ろっていう方が無茶だ」

「そうだけど……あれで良いんだったら、私だって……」


そんなことを話しているうちに、巨大な大通りに出た。

息を呑んだフレーの眼前に広がるのは、外から見た時よりも一層輝いて見える建物や、お洒落な店の数々……


……を全て覆い隠すほどの、大群衆であった。


「ひ────」

「人、多すぎないですか!?」


フレーよりも先に、エーネが気持ちを代弁してくれた。その叫びはしかし、この喧騒の中では一瞬で吸い込まれてしまう。


どこを見ても、人、人、人。実際に見たことはないが、それはさながら大津波のようだった。


「まさかここまでとはな……」

「前は、程よく賑やかな感じだったのに……」


二人と違い、フレーは初の来訪であるが、それでもこの状況が異様なのはよくわかった。


道を行き交う人々は、ホメルンの住民と変わりなく、今日という日を生きるためにあくせくと働いている。

しかしその表情にはどこか、余裕が無かった。故郷のあのゆったりとしたムードが、まるで感じられないのだ。


(でもまあ、こういうのも新鮮かも……?)


止まっていても仕方がないので、フレーは先頭を歩き出す。


「じゃあとりあえず、宿でも探そっか」

「家が徒歩圏内の場所にあるのに、宿に泊まるなんて変な感じですね」

「そうか? 半日もかかるんだから大移動だろ」

「え……そう、かな? あ、そこのパン屋さんは閉店してますね。良さそうだと思ったんだけど」

「そりゃあ体力的には余裕だけど、かなりの遠出だよね。てか、ご飯も食べたい!」


そんな会話をしつつ、フレーは周囲を注意深く観察した。人が多いこと以外は、話に聞いていたビートグラウズと変わらない。建物だけでなく、見慣れない品を扱った露店も点々と並び、店主たちは手を叩いて道ゆく人の興味を引いている。


店主以外にも、荷物の整理などを行なっている雑用係もいた。慣れていなさそうなところを見ると、雇用されてから日が浅いのだろう。もしや、あれらがシュレッケンから来た人たちだろうか。


そして否が応でも目に入るのが、先ほど衛兵たちが話していた、「講演場」らしき建物だ。街の外からも見えたあのタワーと同一のものである。

講演のための場所というより、もはや街のシンボルのような役割に見えたが、下側部分は大きく広がっており、そこで誰かが話をするのだと推測できた。


「しかし、デカい街だな。安い宿探してる内に日が暮れるぞ」

「適当なお店の人に聞いてみよ。あそこのお姉さんなんてどう?」


フレーが適当に指し示した場所には、陽気な声で客寄せをしている女性がいた。店頭に並んでいるのは、味わい深そうなホットドッグだ。


「いけそうです」

「よし」


人見知りのエーネも合意したところで、フレーは店の方へ歩み出す。自分とて初対面の人が得意なわけではなかったが、旅でそんなことは言っていられない。


「すいません、宿を探してるんですけど」

「ん、お嬢ちゃんたち、移住者かい?」

「えっと、どっちかっていうと……旅行者? です」


店長の女性は、首に巻いていたタオルで額の汗を拭うと、露骨に申し訳なさそうな顔をした。


「そりゃあタイミングが悪かったね。今はどこの宿も埋まっちまってるよ」

「えっ!?」

「住居が圧倒的に足りてないんだよ。ここにも、住み込みで働かせて欲しいってやつが既に何人か押しかけてきてね。役に立つ気がしないけど、可哀想だから働かせてやってるってわけだ」


住居が足りていない? 先ほど衛兵の給料が減ったとは聞いたが、「群都市」と呼ばれたこの街が、収容できないほどの人で溢れかえるなど前代未聞だろう。


流入してきた人口が、尋常ではないことが窺い知れる。


「……昔聞いたが、シュレッケンの人口は、確かここの約三分の二だ。でも、家が足りないほどになってるってことは、多分その半分以上が……」


フレーの思考を読んだのか、ザンが解説してくれた。


シュレッケンの半分以上の人間が、ビートグラウズに移住。これはどうやら、本当に異常事態らしい。


(シュレッケンで、一体何が……)

「まあ、そういうわけで、力になれなくて悪かったね」


店主が頭を掻きながら詫びるが、次の瞬間何かを思いついたのか、その表情が輝き出した。


「そうだ、ちょうどよかった! 今日はもうすぐ彼の講演があるんだよ! 何か対策を導き出してくれてるかもしれない」

「彼……?」

「え、知らないのかい? 若い子たちは、ほとんど彼目当てで来てると思ってたんだけど……」


全員がピンと来て、お互いの表情を確認する。途中で遮ってしまった衛兵たちの話が思い起こされたからだ。どうして先ほど気づけなかったのだろう。


「その彼っていうのはもしかして、守護者という……?」

「お、知ってたか! そう、あの人だよ。あたしらを導く圧倒的リーダー! ビートグラウズがここまで大きくなったのも、彼とお付きの人の力ってわけさ!」


講演というと、間違いなくあの場所だ。フレーは当初の目的を思い出し、仲間たちと顔を見合わせた。


「どうやら行くしかないようだな」

「うん、このまま目的達成できるかもです!」


二人の足先は、既にあのタワーへと向けられている。フレーは最後に店主に向き直り、笑顔で言った。


「おかげで助かりました! あ、ホットドッグ三個ください」

「まいど! すぐ埋まっちまうから急ぎめにね。そうだ、一個はサービスしてあげるよ」

「え、あ、ありがとうございます!」


ザンを先頭に、フレーたちは駆け足でタワーへと向かう。

宿については緊急事項だが、いきなり本命にお目にかかれるとは願ってもない収穫だ。


ビートグラウズの守護者……街を導く圧倒的リーダー。


(どんな人なんだろう……)


口いっぱいにソーセージに頬張りながら、ふとそんなことを思う。



王都への旅路を彩る最初の出会いを、フレイング・ダイナは強く予感していた。

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