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ド田舎の村娘ですが、成り上がるために国中の猛者たちを下しに行きます  作者: 今江彰人
第3章《自縄自縛のモリアデス》

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75/75

75:また会う日まで

「……来ない」

「来ないな」

「来ないですね」

「この調子じゃ永遠に来ないね」


エーネの誕生日から一週間が過ぎ、更に復興も進んだ頃。


「里がこんなに変わったっていうのに、キリア王女、全然来てくれないじゃんっ!」


懐かしのあの料理屋にて、フレイング・ダイナは嘆きの声を上げていた。


「空間移動の能力者なら、もっと頻繁に訪れても良さそうなんだが」

「ライグリッドに聞いたら、前はもっと来ていたらしい」

「い、未だに信じられない……頭にゴミ袋乗せた人って言われても」


エーネは半笑いだ。実際に見ていないからこの程度の反応で済ませられるのだろう。


「私もまだ信じられないよ。でも、シルクでできてるんだって」

「思えばライウ王子も変わった服でしたけど、威厳はあったし……」

「まあ、キリアは気まぐれだからねぇ」


突如ライグリッドが背後に出現した。マインド以外の人間組は、頬張っていたパスタを吹き出しそうになる。


「ら、ライ! 急に出てくるのはやめてって言ってるでしょ!?」

「これが僕の移動法だもん。復興の時はこのスピードを散々こき使ってくれたじゃないか」

「ほとんどライのせいなんだから、当たり前です!」


最近、双子の小競り合いが日常茶飯事と化していた。今日も案の定である。


「ビビりの癖に随分言うようになったじゃないか。僕がその気になったら君はイチコロだよ? ね、炎のお姉さん?」

「そ、そ、そんな脅しで、私は折れません……っ! も……もう、そ、空だって飛べるんだから!」

「エーネ、ビビりすぎだよ」


一応皆生かしていたとはいえ、あれだけ多くの人間を苦しめたのにこの態度だ。それでももう彼に敵意は無く、いざこざを起こしたくないフレーたちは特に干渉しないでいた。彼の所業を面と向かって非難していたのはエーネくらいだ。


「大体、何でフレーをお姉さんって呼ぶの。私たちの方が年上でしょ? てかここに、本当の姉さんがいるのに……」

「今更君を姉さんって……あはっ、あははははっ……!」

「こ、このっ……!」


迫力の無い顔で怒るエーネを宥めている内に、ザンが話題を変えた。


「それで? 要件は何だ」

「うん、キリアについて教えてあげようと思って。彼女なら当分来ないと思うよ」

「えっ……早く言ってよ!」


思わず声を上げたフレーだったが、ライグリッドは「別に聞かれなかったし」、と小憎たらしいポーズを取る。


「今ねぇ、王族たちは忙しそうだよ? なんでも、それぞれ別々の街に閉じ込められてるみたい」

「閉じ込められてる……? 何故だ」

「さあ? 興味無いもん。僕の王国は無くなっちゃったし、ここでゆっくりする以外やることはないからね」

「ぐーたらだね……あ、そうだ」


フレーは手を叩き、少し声を潜めた。


「ライグリッドのさ、空間移動の魔道具。あれってキリア王女のでしょ? 私たちを王都まで移動させることってできないのかな」

「残念ながら無理だね」


そう言うと、何故かライグリッドの方が口惜しそうな顔をした。


「使用者が行ったことのある場所にしか飛べないからね。それに僕の大事なコレクションだから、簡単に貸してなんてやらないし……はぁ……」

「どうしたの?」

「いや……あの戦いのせいで、魔道具が一部割れたりしててさ。破片を集めても数が合わないし、きっともう見つからないよ」


珍しく悲しそうな顔をしていると思えば、割とどうでも良い話だ。少なくともザンたちは無関心な顔をしていた。


「か、数え間違いじゃない? ダメだよ、大事なものは何かで覆うとかしないと」

「僕の目は確かだよ。それに覆ってたら見栄えが悪いでしょ」

「あ……そう」

「とまあ、時間稼ぎはこんなものかなぁ」


落ち込んだ様子が一転、ライグリッドは楽しげな表情になった。


「君たちさ、いいの? 行かなくて」

「…………え?」

「焦る姿見たかったから黙ってたけど、挨拶くらいした方がいいよね? 彼、何だかんだ長居してくれたし」


やや遅れて、全員が察してしまう。元々付き合いが良い方では無かったけれど、今朝から彼の姿を見ていない。


「まさか────!」

「エーネ、君が教えてくれたじゃないか。早く向かったらどうだい?」


ライグリッドは姿を消す直前、姉に屈託なく笑いかけた。


「仲間、なんでしょ?」


フレーたちは顔を見合わせる。エーネはもう、誰一人として待っていられない様子だ。。


「あ、あの、私……」

「行ってきて、エーネ」


マインドがやんわりと促した。


「人間はこういう時、見送りをするって聞いた。きっとその役目は君にある」

「……は、はいっ!」


エーネが駆け出すのを見届けてから、ザンも席を立った。


「俺たちも行こう。あいつには借りがあるからな」

「待って」


今にも歩き出そうとする彼の腕を、フレーは軽く掴む。


「ちょっと遅れて行くよ」

「ん……? 間に合わないかもしれないぞ」

「そうだね。最後に話せないのは残念だけど……もう、鈍いなぁ」


興奮と少しの寂しさを内包して、フレーはにやけ顔で言う。それは多分、自分史上最高に下世話な表情だった。


「それがきっと、エーネのためだよ」


─────────────────────────


「グレイザー!!」


里を一直線に走り抜け、エディネア・モイスティは追い求めていた影を見つける。何故か彼がそこにいるという確証があったのだ。


「モイスティか」

「はあ、はあっ……ま、まさかっ……そこから飛び降りる気ですか?」


決裂の崖の前で涼しい顔をするグレイザーに対し、ソフィは案の定汗だくになっていた。


「お前ら姉弟も経験したことだ。俺に不可能な謂れはねェ」

「な、何その対抗心……じゃなくて!」


強く膝を叩き、エーネは真剣な表情で問い正した。


「行っちゃうの……? 一人で……!」


グレイザーは何も言わない。それが何よりの肯定の意だとわかった時、自然と目尻が熱くなった。


「ど、どうして……っ! 王都に行くんなら、私たちと一緒に……!」

「何度も言ったはずだ」


蒼色の長髪を風に揺らし、守護者はエーネに向き直る。


「馴れ合うつもりはない。未だ俺に足りない力……それを追い求めるのに、お前たちは不要だ。いずれ越えるべき敵である以上な」

「敵って……だ、だって私たち……」

「お前は選んだのだろう、フレイング・ダイナに付いていく道を。ならばそれを全うしろ」


言葉が出て来ず、口だけが小刻みに動き続けた。やっとのことで絞り出せたのは、涙混じりの掠れ声だ。


「私っ……ほ、本当に、感謝してるんです……グレイザーがいなきゃ、全部あの日、終わってたから……!」

「…………」

「だから、さ、寂しい、です……っ! ごめんなさい、変な風に引き留めて。ただ……その……」


無論グレイザーは、この程度の言葉で決断を歪めたりしない。それでも虚しさに任せ、言い募ってしまった。

だからこそ、彼のその提案には……エーネは心底驚かされた。


「モイスティ、もう一組通信機を持っていたな。あれはどうする予定だ?」

「えっ? あ、えっと……まだ決まってないけど、片方を父さんたちに渡すとか……?」

「そうか」


グレイザーはしばらく思案顔になり、やがて正面からエーネを見据えた。


「その片割れを俺に寄こせ。もう片方は、お前が持っていろ」


エーネは口を半開きにし、固まる。グレイザーは一切視線を逸らさない。

いくら何でも、わからないほど愚かではなかった。それが何を意味するかなんて……


「ぐ、グレイザー……」

「勘違いするな」


彼はそのままの表情で冷たく言い捨てた。


「お前たちの近況を知るのに利用するだけだ。鉄の饗炎……興味はねェが、関係者の行末には関心を寄せている」


初めて会った時、エーネの心根を震わせた怒号が思い起こされる。フレーが彼を打ち倒すまで、思い出しては怯えていたあの剣幕。

しかし最初からわかっていたことだ。激情の裏に隠された、彼の優しさの存在なんて。


「…………ぁ」


ほんの少し。もう少しだけ心が許すのならば、「是非」と言ってしまいそうになった。


エディネア・モイスティは思い描く。フレー、ザン、マインド。そしてグレイザー。囚われた自分を救い出し、道を示してくれた大切な存在。

彼女たちに頼り切りな自分。何をするにも怯え、中々踏み出せない自分。


そんな風に生きていくなんて、もうまっぴらごめんだ。


(そっか……私)


ここに来て、確信する。


(強くならなきゃダメなんだ)


「グレイザー」


名を呼ぶと、涙が一滴こぼれた。それが最後だと自分に誓い、エーネは顔を上げる。


「折角なんですけど……遠慮しておきます」

「そうか」


彼はさほど意外そうな顔をしなかった。まるで答えを予期していたと言わんばかりだ。


「ならば、ここまでだ」

「…………」

「礼は言わん。だが、かつて手を下そうとしたお前たちに……今度は助けられたというのも事実だ」


決裂の崖を背負うグレイザーは、上り詰めた日光を一身に浴びながら、凛とした声を放つ。


「健闘を祈る。モイスティ」

「わ、私っ!!」


これは弱さとの決別だ。だから……


「エディネア……なんです」


こうして、最後に。


「それが私の、名前……」


わがままを言うくらい、許してほしい。


エーネは俯いた。次の言葉が何であろうと絶対に受け入れよう……ガラスの心で、そんな決意をした瞬間。

大きな何かが髪を揺らした。まるで綿毛のような感触に、エーネは思わず息を止める。


きっとあの時痛がったからだろう。エーネの頭に置かれたグレイザーの手は……これ以上無いほどに、慈愛に満ちていた。



「また会おう……エディネア」



弾かれるように顔を上げた時。ビートグラウズの守護者は、既にその姿を消していた。


「エーネ」


フレイング・ダイナは、その場に佇む少女に声をかける。振り返った彼女は泣いてはいなかったけれど、目元が少し腫れていた。


「ふ、フレー」


エーネは目をこすり、誤魔化すようにはにかんだ。


「見てた……?」

「え、何を?」


フレーは努めて真顔でしらばっくれた。

「思っていたのと違った」という驚きと、「エーネの覚悟に水を差してしまうところだった」という罪悪感。それらを全て押し殺し、フレーは静かに彼女に抱き着く。


「あ……」

「エーネ、嬉しいよ。ほんとに嬉しい。私についてきてくれて」

「も、もう。どうしたの急に……」

「ううん……伝えたかっただけ」


エーネは気まずそうに身じろぎする。しかしザンとマインドも、きっと自分と同じ思いだ。


「わ、私も……ここから飛び降りなきゃいけないんですよね」


体を離したエーネは、少しだけ早口に言った。


「みんな見える? この高さ……下が霧でいっぱいです」

「そうだな、俺も足がすくむ」

「僕は粉々になるかな。シーネに改造してもらえば、いつかは空も飛べるようになるかも」

「そう、ですよね……あはは……でも私は前に飛び降りたし、空も飛んだし……グレイザーに追いつくためにも……!」


足を震わせる幼馴染。少しだけ背が伸びて見えた彼女も、良い意味でいつも通りだとフレーは思った。


「怖いと思うことを、無理してやる必要は無い」


ザンが言い聞かせるように言った。


「色んなことを恐れ、その分誰かの痛みがわかる。それがお前の何よりの良さだと、俺は思う」

「そうだよ、エーネ」


その目に光を通す機人マインドは、久方ぶりに笑っているように見えた。


「怖がるエーネも、勇気を出すエーネも……全部、ありのままの君だ」

「私もここは怖いから、連絡通路が空いてから行きたいな」


これはフレーの本心である。隠す必要なんて、彼ら相手にあるはずも無い。


「私たちは、私たちのやり方で行こうよ。回り道だって、きっと────」


夢は、叶えられる。


「────はいっ!」


ソールフィネッジの首領エディネア・モイスティは、溢れんばかりの笑顔でそう応える。



里を包み込む霧に対し、空は今日も晴れ渡っていた。

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