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ド田舎の村娘ですが、成り上がるために国中の猛者たちを下しに行きます  作者: 今江彰人
第3章《自縄自縛のモリアデス》

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74:長たちの歩む道

それはフレーたちの旅が始まって以来、最も長い休息だった。


崩壊した里が立て直されるまでには相当な労力を要した。何せ建物という建物が物理的に壊れているのだ。里の面積は圧倒的に小さいにも関わらず、被害の甚大さはシュレッケン以上である。


「……俺たちは一旦、骨を休めないとな」


この地での長期滞在が決定した背景には、普段はストイックなザンのそんな言葉があった。


「連戦で疲弊してるし、マインドもまだ動けなそうだし……それに、ここにいたらまた王族が来るかもしれない」


フレーたちの本来の目標である鉄の饗炎の制覇。情報収集という面では、ここで待機するのも悪くない選択肢だった。


とにもかくにも、休むためには復興が急務である。非力なフレーやエーネは細々としたことを。治療を受けたザンと、成り行きで手伝うことになったグレイザーは力仕事を担当した。


「意外です、グレイザーが手伝ってくれるなんて。てっきりすぐビートグラウズに帰るんだとばかり……」

「…………」


何かに揺れ動く男の機微を、人の感情に敏感なエーネは肌で感じ取っていた。


「マインド、大丈夫そう?」

「うん、何とかね。フレーの熱で少し電気の代用になってる。それにしても、500以下の型じゃなくて本当に良かった」


自動修復プログラムとやらで、身体機能や言語能力を回復させたマインドは、以前とあまり変わらない様子だ。ただし大きく抉られた顔面は、専用の修理を受けないと元通りにはならないようである。


「マインド、ありがとうね。あの時私を守ってくれて」

「うん。人間のために働くのが機人だ。僕の場合は、その対象が君ってだけ」

「えへへ……なんか、ザンが二人になったみたい」


そうして時が過ぎ、ついに……


「ハッピバースデー、トゥーユ―」

「…………」

「ハッピバースデー、トゥーユー!」

「……ねえ」

「ハッピバースデー、ディア、エーネ!!」


いたたまれなそうな表情をする双子を差し置いて、他の皆……というより主にフレーは、盛大に祝い上げた。


「ハッピバースデー、トゥーユ―! エーネ、十八歳の誕生日と首領の就任おめでとうっ!! あ、ついでにライグリッドもね」


かつてない総力戦の数日後。未だ半壊状態のモリアデス邸にて、まばらな拍手が響く。

ソールフィネッジは依然として厳しい状況だ。誰もが激しい労働を余儀なくされたが、それでもこうして時間を使っているのは、他でもないエーネの仲間たちがそう望んだからである。


「さ、流石にもうこの年で……いや、でも、嬉しいけど……っ!」


すっかり照れて赤くなっているエーネは、もじもじしながらも顔がにやけている。まともなケーキも飾りも無いが、即席のテーブルで皆に囲まれる彼女は、はたから見ても幸せそうに見えた。


ちなみにこの場を設けたのはフレーである。モリアデス邸での細かい作業は、頼み込んで自分に一任してもらっていた。


「……何だい? この茶番は」


姉が喜びを隠しきれない一方、ライグリッドは違和感丸出しで顔を引きつらせていた。


「これが外の世界の奇祭? ソ────エーネは、毎年こんな風に祝われてるの?」

「い、いや、最初の三年くらいだけです。てか、一緒に祝ってもらえるだけ有難く思ったらどうなの?」

「これが祝いねぇ……」


頬杖をつく彼はあまり納得していない様子だ。箱入りのフレーでも割とポピュラーな祝い方だと思っていたが、色々と異端なこの里には浸透していないようである。


「安心しろ、ライグリッド。誰もお前の分のプレゼントは用意してない」

「はいはい。じゃ、どうぞ彼女の荷物を増やしてあげて」

「この人、何か急にふてぶてしい……」


手をひらひらと振るライグリッドをよそに、まずはザンが少し歪んでしまった箱を渡す。


「ちょ、ザン……」

「……まあ、全員シュレッケンで買ったんだが」


フレーは待ったをかけようとしたが、彼には届いていないようだ。枕詞を並べ、ザンはやや早口で説明する。


「中はハンカチで……また会えたら良いと思って、前にお前が使ってたやつと似た色にした。まあ、願掛けみたいな意味だ」

「ザン……」


エーネは箱を受け取り、それを大事そうに胸元に持っていく。


「ありがとう……すっごく嬉しいです!!」

「……なら良かった」


照れ臭そうに目を逸らすザンに、エーネは笑いかける。

次に箱を差し出したのは、何だか奇怪な音を立てるリアル人外だ。


「僕はこれ」

「マインド!? 何か部品がこぼれてるけど!」


移動しながら後頭部から鉄製の何かを落としているが、マインドは大して気にしていないようだった。いっそう人間から遠のいた顔面を揺らしながら、鈍い動作で口を開く。


「ありがとうフレー、拾ってくれて」

「拾うのは今からだけどね」

「はい、どうぞ。エーネ」


マインドが差し出したのは、ほとんど原型を留めていない箱だった。エーネは若干驚きつつも、ありがたそうにそれを受け取る。


「マインドも、わざわざありがとうね。中身は……?」

「シュレッケンで、少女たちに人気のお菓子。プレゼントに最適ってデータにあった」

「これ食べ物!? そんな!!」


ショックを受けた様子の彼女が、しげしげと箱を色んな角度から見つめる。場にいた者の視線が、何となくライグリッドに吸い寄せられた。


「最初に僕を怒らせたのは、そこの機人さんだからねぇ」


謎の咆哮で里中の建物を崩壊させた男は、悪びれもせずにそう言った。


「あと、最初に隕石降らせたのも炎のお姉さんだよ」

「ほんとごめんなさい」


それに関しては言い訳できないので、今一度素直に謝っておく。あの時はもはや、彼を仕留めることしか考えていなかったのだ。


「過ぎたことはしょうがないです。美味しくいただきます!」


エーネは手で箱の形を整えてから、ザンのプレゼントと共にカバンにしまった。

順番的に最後は自分だ。


「私は服だよ」


フレーは敢えて堂々と宣言する。


「エーネに似合いそうなやつ。大体色の目星は付いてて、すぐ選べたんだけどね」

「……の割には、時間かかってなかったか?」

「え────そ、そうだっけ?」


とにかく、プレゼントには自信がある。彼女が喜ぶこと請け合いだ。


「服……! 最近同じのばっかりだったから、嬉しいです。ありがとう!」

「なら良かった。じゃあ、そんな感じで」

「あ、あれ? 今は手元に無いの……?」

「…………」


フレーは逡巡した。その仕草がエーネに嫌な想像を抱かせたらしい。


「もしかして、この間の戦いで……」

「あ、ううん? あるんだけどね……見たい?」

「も、もちろん! ボロボロになってても、折角フレーが選んでくれた────」


フレーはおずおずと箱を取り出した。といってもそれは特段大きいわけではない。どちらかというと、手のひらサイズである。


「…………おい」


それまで退屈そうにしていた守護者が、詰るような声を出した。


「こ、こ、これって……!」

「うん。まあ、想像の通り……」


「ちょ……ちょっと待ってっっ!!」


エーネがいっそう赤くなって金切り声を上げる。彼女の震える指は、フレーが持つ下着の入った箱に向けられていた。


「こういうのは、あ、後で人がいない時に渡してください!! う、嬉しいけど……嬉しいんだけど……!!」

「わ、私だって今ここで渡すつもりなんて無かったよ! でも、でも……ザンがいきなり箱出したからさ!」

「俺のせいか!?」


飛び火を受けた義兄が愕然として声を上げる。フレーも恥ずかしくなって、エーネと同じ顔色になった。


「誕生日会で渡さずにいつ渡すんだよ! お前が企画したんだろ!」

「そ、そうだけど、プレゼントは個別に渡そうって話だったでしょ!? 私のは下着だから、みんなの前だとエーネが嫌がると思って!」

「まさにその通りです!! あとフレー、し、下着とか……大きい声で言わないでっ!」

「まあまあ、みんな。誰も悪くないよ」


激昂する三人を諫めるのは、隠居人のように落ち着いたマインドである。彼は和やかな表情で箱を眺めながら、興味深そうにいった。


「で、それ何色なの?」

「マインド!?」

「観察力が足りないよ、機人さん。その目じゃ無理だろうけどねぇ」


愉悦の表情で喧騒を眺めていたライグリッドが、箱の端を指差しながら言った。


「ほら、そこ。破けて中がちょっとだけ飛び出てる。エーネ、案外そんな色が……」

「ライーーーーーーッッ!!」


エーネが絶叫しながらフレーの箱を奪い取った。


もう収集が付かなそうだと思っていたところで、タイミング良く彼女の母親が現れる。


「何があったの。そんなに叫んで」

「か、母さん……いや、その……」

「エーネのお母さん。良かったんですか? 参加しなくて」


エーネが不憫なので話題を変えてやると、彼女は静かに頷いた。


「ええ。私たちにはもはや、過ぎた機会だわ」

「…………」

「それとエディネア。今夜、首領としての就任挨拶が行われます。準備をしておくように」


エーネは無言になった。フレーのプレゼントを抱き締めたまま、何かを覚悟したような顔つきになる。


「母さん……父さんにも伝えてください」


首領モイスティは力強い声で言った。


「私は────」


─────────────────────────


「グレイザー、本当に……無事で良かった」

「無事、とは言い難いがな。本来なら入院は必須の大怪我だ」

「はは……どうせまた無茶したんだろ」


フレイング・ダイナ一行が持参した通信機は、奇跡的に壊れていなかった。エルドとペアになった灰色のものを耳に当て、グレイザーは静まり変えった里を歩く。


「まさかモイスティさんが本来の首領だったなんてね」


エルドからしたら青天の霹靂だろう。彼は探るような声になった。


「それで? この先ソールフィネッジはどうなるんだい?」

「そのことなんだが……まあ大方、予想のついていた選択だ」


馬鹿げた誕生日会の締めくくりに、彼女が放った言葉を思い出す。


「あいつは首領だが、この里に留まる気は無いらしい。ダイナたちと、そのまま王都を目指すそうだ」

「……そうか。まあ、わかっていたことだね」

「そして里の統治は、引き続きモリアデス一家が行うことになった」


グレイザーは詳しい経緯を説明する。本来ならばエディネア・モイスティの就任挨拶が行われていた時間帯に、モリアデス夫妻が宣告した事実だ。

まずソールフィネッジは、現在のビートグラウズのように残った三人が共同で治めていく形となる。しかし体裁上は、あくまで長はライグリッドであった。


「混乱を避ける意味合いが強い。奴は第一王女と提携を結んで、これまで好き放題にやってきたからな」


ライグリッドの罪は許されざるものだ。特に牢獄で震え、明日の生を信じられなかった者たちにとって、彼は何よりも憎い存在に違いない。個々による怨みの深さはあのポイズン・ガールズをも上回るだろう。

しかし、それでどうこうできる問題では無いのである。


「誰も奴を罰することはできん。それほどまでにあの男は……まさに、化け物だった」

「そうか……」

「だが奴にはもう、大きな弱点ができた」


里を治める立場と言えども、彼はもはや一住民でしかない。エディネア・モイスティに逆らうことはできず、加えて彼女は、しっかり両親の言うことを聞くようライグリッドに言い含めたのだ。


「皮肉なものだ。己を最強たらしめた信条に、あの男は縛られ続けることになる」


そしてグレイザー個人としても、ライグリッドを許す気は無かった。あれはやがて自分が超えるべき相手だと……強く確信させられるに至っていた。


「いずれにせよ、この里は再生する。俺たちの脅威となることはしばらく無いだろう」

「つまり、こう言いたいんだね?」

「あァ……わかっているようだな」


今こそ絶好の機会だ。シュレッケンにおける利権も取り込み、交易を拡大する。王都南部の蜜を根こそぎ吸い取って、ビートグラウズを国内最大の都市に成長させるのだ。


「最低限の手伝いはしたが、連絡通路が開通するまで待ってはいられねェ。エルド、俺は迅速にそっちに戻る。合議の席を空けておくが良い」

「……ふふ、ははははっ」


その時。通信機越しに、親友の思いも寄らぬ声が聞こえてきた。


「珍しいね、君がそんなに上手く感情を隠すなんて」

「……何?」

「でも、言動に本心が伴っていない。僕の耳は誤魔化せないよ」


全てお見通しの幼馴染は……静かに笑っていた。


「グレイザー、君は王都に行きたいんだろ?」


守護者は言葉に詰まる。二十二年の人生で、エルドにこんな態度を取るのは初めてのことだ。


「もっと強くなりたい。もっと色々なものを見たい。そう思ったんじゃないか?」

「…………!!」

「こっちはこっちで、皮肉なものだね。君にそう思わせたのは……間違いなく君が出会い、牙を剥いてきた人間たちだ」


ライグリッド以外にも、大きな存在が脳裏に浮かぶ。

炎の使い手、フレイング・ダイナ。明るく能天気に見えるその仮面の下に、燃え盛る激情を秘めたホメルンの少女。


「……俺は……」

「行ってきなよ、グレイザー」


親友はあっけらかんとしていた。まるでそこに憂いなど無いと言わんばかりに。


「もちろん僕にはまだまだ君が必要さ。いずれ帰ってきてもらわないと困る。でも……君が見た景色を知りたいとも願ってるんだ」

「俺の見た、景色……?」

「いずれリアンさんと、三人で見たいと思っていたもの。それを見に行くならさ、今が大チャンスじゃないか」


最強の街の礎たるもの。表面上しか知らない未知の世界……契約を結ぶことでしか得られなかった、圧倒的な技術の結晶。

それから、王都で流行っている美味なパンも。


「自分に問うんだ。どうしたいかって……きっとそれが、彼女の願いでもある」


エルドの言葉は、揺れ動いていたグレイザーの心を強固なものにした。


「……迷惑をかけるな」

「いいや? 逆に帰ってきたら、君の居場所が無くなってるかもね」

「はっ……そうなっていたら、存外面白い」


守護者グレイザーは夜空を仰ぐ。


「なァ、エルド。見ているか?」

「ああ……僕たちは、同じ空の下にいる」


通話機越しでも、互いの表情が透き通って見えるような気がした。



「今宵も星が綺麗だ」

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