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ド田舎の村娘ですが、成り上がるために国中の猛者たちを下しに行きます  作者: 今江彰人
第3章《自縄自縛のモリアデス》

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71:過去を押し流して

「まだ負けてない……私は諦めないって、言ったじゃないですか……!」

「エーネ、よせ……挑発したら……」


「私に考えがあるの……!」


制止をかけるザンに向け、エーネは力強い口調で言った。眩暈が治まり、徐々に真っ直ぐになっていく彼女の姿勢は、心無しか堂々たるものに見える。


「みんなお願い。ライに……私の弟に、一回だけ大きな攻撃を食らわせてください。致命傷じゃなくていい……ただ、『立ってられないくらい』の強い攻撃を……」

「ふふ……みんなそれをしようとして、ボロボロになってるんじゃない」


ライグリッドが嘲笑する。エーネは目を閉じ、少しだけ懐かしむような声で言った。


「覚えてないですよね。あの日の……取るに足らないやり取りなんて」

「はぁ……?」

「これが最後のチャンスです」


エーネは腕を突き出した。そのポーズは、攻撃前の自分にやや似ている。


どこまでも慈悲深く、争いごとを好まないエーネ。今ここにきて、そんな彼女の放つ眼光は……この場の誰よりも鋭かった。


「フレー、ザン、マインド……グレイザー。もう一度、私に力を!!」

「……はっ、言ったはずだ」


グレイザーは残りわずかなナイフを取り出す。

無数の民の未来を背負う男の、決意そのものがそこにあった。


「言われるまでもねェと!!」


「…………!」


グレイザーは猛獣のような動作でライグリッドに斬り掛かる。まさか彼がすぐに動くとは思っていなかったらしく、若干反応が遅れたようだった。


「俺も援護する……! せめて、わずかな隙でも!」


付近に落ちていたナイフを手に取り、ザン・セイヴィアも最後の力を振り絞る。手を組み、じっと何かを待っているエーネに対し、不敵な笑みを向けた。


「今度俺たちに奢れよ、エーネ!」

「うんっ……結局それ旅のお金だけどっ!」


瞬間移動と見まがうほどのライグリッドのスピード。慣れてきた目でそれを追いながら、フレー密かに思い返していた。


────私の炎は、地面も伝うよ。もうこのタワーに逃げ場は無い!


グレイザーとの命のやり取り。


────そんな器用なことできるなら、最初からやってるっ!


その際に、フレーが放った言葉だ。


(もしあの言葉を訂正するんなら……)


自分の出番は何となく、もう少し後な気がした。


「ぜえあああっ!!」

「そんな投げやりな攻撃……!」


グレイザーの魂のこもった攻撃を、ライグリッドは辟易したように躱し続ける。


「この人が投げやりなものか、お前にはわからないだろうがなッ!」

「ふっ……君こそわかった方が良いよ、剣士さん。もう立ってられないはずなのにさ」


ザンの凄みに対しても、彼は相変わらず飄飄とした態度だ。


しかし徐々に……本当に少しずつだが、その動きが鈍くなってきていた。


「はぁ、はあ……浅はかだな。食い下がることを知らない男は、いつか必ず心で敗北する。お前にとっては、それが今だ!」

「口だけは一丁前だね……この僕が、一度だって負けかけたことがあるのかい!?」

「行こう、グレイザー……!!」


ザンはナイフを携え、里全域に響く怒号を放つ。


「エーネのために……モリアデスを終わらせるぞッ!!」


突如、彼は捨て身の特攻を行った。敵の動く先を予測し、その胸を目掛け一直線に突き進む。


「ははっ……血迷ったね!」


ライグリッドは腕を広げ、万全の受け入れ態勢を取った。このまま放置すれば、ザンは首ごとへし折られてしまうだろう。


「────頃合いか」


悲劇が起こる直前。グレイザーはライグリッドの額に向け、不意の銃撃を放った。これまでひた隠しにしてきた、いつかの彼の切り札だ。

光銃よりも性能の劣る攻撃だったが、ライグリッドは顔を逸らしてそれを避ける。マインドの一撃が効いていたのだろう。


「覚えておくがいい」


その一瞬の隙を受け、守護者は踏み出した。姿勢を低くしまるで這うように移動する彼に、ライグリッドは訝しげな表情をする。


「どれほど強くとも、人の想いを全て読み取ることはできねェということ……そして」


そこにはフレーの知らない、決して軽くはない葛藤があったのだろう。

それでも守護者として、民のために戦う彼は────誰よりも大きな背中をしていた。


「それがお前の、たった一つの弱点だということをなァ!!」


「は……っ!?」


グレイザーは飛び込んだ。文字通り頭から、ライグリッドの足元に向けて。瞬時に移動しようとするも、すんでのところでザンに捕獲される。


一瞬……フレーやエーネのような非肉体派にとっては、それこそ瞬く間のことだった。

逃げ遅れたライグリッドに向け、最後のナイフを手にしたグレイザーは……


「ぐああああっっ!?」


思い切り、その右足に刃を突き立てた。


「うっ、う、あああっ!!」


ライグリッドの鋼鉄の肌が、段々と抉られていく。グレイザーの執念の一撃が、ついに彼に人間の証を流させた。


「は、放せ、邪魔だっ!!」

「……もう少し、だっ!」


ライグリッドの上半身に、同じくナイフ突き立てようとするザンは、凄まじい握力で押さえつけてくる彼から未だ離れずにいた。


「俺は……決してお前を……!!」

「いい加減にしろっっ!」


ザンの手にするナイフが折れる。胴に剛撃を食らった彼は、悲鳴を上げることすらできず横方向に吹き飛ばされた。

だが────


「ザンっっ!!」


予めそれを予想していたフレーは、彼が飛んで来る方角に待機していた。炎の壁を張るわけにはいかないので、受け止めるのは素手だ。


「うぐうっ……!!」

「がはっ……」


共に倒れ込み、ザンの重みが全身にのしかかる。


「ご、ごめん、ね……エーネの水は、今は……温存中で」

「はは……ありがとな、フレー。受け止めて、くれて……」


互いに衝撃に目が眩みながらも、顔を見合わせて笑った。


「……後は……頼んだ」

「うん……きっと」


ザンは気絶した。フレーはそっと彼の頭を寝かせ、再び体を起こす。


「おおおおおおおおおおッッッ!!!」


「この、このっ!!」


無敵のはずのライグリッドの肉体に、鋭いナイフがめり込んでいく。腹ばいになり、鬼気迫る雄叫びを上げるグレイザーに、彼は何度も攻撃を加えた。


意識が遠のいていく。しかし負けるわけにはいかない。

彼女と約束したのだから。履き違えたこともあったけれど、今……


この男を倒さずして、最強の街は訪れない。


「……ぐ、ぐ……折れろ……折れろッ! モリアデスッ!!」

「くッッ!? お、折れるのは君だっ! 良い加減やめろ!!」

「がっっ……! リ……ア…………」


人外の右足が貫かれる。無防備な彼の背中に致命的な一撃が入ったのは、それと同時だった。ついに力尽きたグレイザーは、ナイフを手放し動かなくなる。


「何なんだ……何なんだよ、君たちは!!」


顔をしかめ、左足だけで後ずさりながら、ライグリッドは忌々しそうに吠える。


「そんな無様な格好になってまで、どうして!! 僕には勝てないってわかってるじゃない!!」

「無様なもんか……勝てない、もんか……!!」


もはや動ける者はわずかだ。そんな状況下で、フレーは膝立ちになり、地面に手のひらを被せている。


時は来た。今こそ、エーネの想いに応える時間だ。


「友達のために戦って……後悔なんて、あるはずがないよっっ!!」


エーネとグレイザーが教えてくれた。この下が空洞なら、やれるはずだ。


全てを出し切るつもりで、フレイング・ダイナは叫ぶ。天にではなく、ソールフィネッジの大地に向けて。


「フレイム────ドラゴニクスッッ!!」


「ッ!?」


熱される地面。身を焦がすほどではないにせよ、その違和感をライグリッドは確かに感じ取ったのだろう。

彼が左足で、とっさに宙に退避した瞬間。


地表全域から、うねる火柱が飛び出してきた。炎の波のような生易しいものではない。意思を持ったかのごとく移動し、極太の体で家屋の残骸をも飲み込むそれらは────


もはや火龍とも形容できる、正真正銘の怪物だった。


「なっ……!!」


ライグリッドが息を呑む。


「っっ……っ……!」


フレーは無視できない倦怠感を覚えた。炎を限界間近まで使用するのはこれが初めてだ。

しかし、あとちょっと。もうひと踏ん張りで、全てが片付く。


「……溜まった」


仲間の懸命な攻撃の最中……エディネア・モイスティは、自身の魔力が全快したのを理解した。


「……もう、炎のお姉さんは動けない」


空中にいたライグリッドは、フレーの生み出した龍に追われながらも、無防備な姉に襲い掛かる。


「後は君だけだっ!」

「っ……!」


「終わりだよ、ソフィ!!」


ライグリッドはエーネの胴の中心を寸分違わずに捉えていた。こちらの攻撃は、間一髪間に合わない。

彼女が覚悟を決め、目の前に水壁を張ったその時。


「エレク、トリッ……ク、マグナ……ム…………」


どこからともなく放たれた光線が、ライグリッドの左目を目掛けて直進した。


「…………!!」

「いだあああっっ!?」


体を逸らした彼の拳は、身を守る水壁をものともせず、エーネの肩に直撃した。

たまらず悲鳴を上げる。骨が歪な音を立て、じんとした痛みが腕の先まで走った。


しかし────


「ちっ……!」


最後の敵を仕留め損ねたライグリッドは、勢いそのままに落下していった。足にナイフが刺さっているせいで、上手くバランスが取れていない。

彼の視線の先には、真っ直ぐに発射口を構え、煙を上げながら微笑むマインドがいた。


「エーネ……よか、った……」

「マインド、だ、大丈夫なんですか!?」

「さ、あ……でも、たすけた、かった……」


フレーの炎で一時的にエネルギーを得ていたらしい。今度こそ全ての力を使い切ったマインドは、機能停止の直前……暖かな声で告げた。


「だ、って……とも、だち…………だから……」


ソールフィネッジをフレーの炎が包み込む。ライグリッドは足を庇いながらも、その超スピードを生かして決死の攻撃から逃げ回っていた。


(みんな……ありがとうございます)


エーネは涙をぬぐい、片腕を空に掲げる。炎による熱で、体に付着した水はもう乾いていた。


(もしあの時、みんながいてくれたなら……もしかしたら違う未来があったのかも)


それでも今、皆でこうしてここにいる。大切な仲間たちが……エーネのために命をかけてくれている。


(だから……私、やってみせます)


しがらみだらけのモリアデス家に生まれ、もうすぐ十八年だ。これまでの全てを払拭するべく、エディネア・モイスティは世界に向けて誓った。


「今ここで、みんなに報いますっ!!」

「……まさかっ!?」


「押し流してっ……私を阻む過去を、全部ッッ!!」


どこからともなく生まれたそれは、エーネ史上最大クラスの水流だった。

フレー流に名付けるならば、そう……



「モイスティ・グランドウェーーーーーーーブッッッ!!!」



逃げ場は無かった。声を上げる間も無くライグリッドは大津波に飲み込まれ、濁流が全てを食らい尽くす。


「フレーっ、お願い!!」

「行くよ、エーネ!! フレイム・バリア────EX!!」


里中を蠢いていた龍は消え失せ、同時に巨大な炎の壁が生み出された。エーネ以外の四人を取り囲むそれは、何もかもを押し流す水流を懸命にはじき返している。


「はあああああああああっ!!」


フレーとエーネの気合は、誰もいない天空へと吸い込まれていく。それが届いた相手がいるとすれば、ただ一人だろう。


「…………ぐう、うっ……」


呼吸すらままならない水の中で、ライグリッドはくぐもった呻き声を上げた。自分がどこへ向かっているのか、目を向けずとも肌でわかる。


(やってくれたね……)


もはやこの水が、どうにもならないことを察しながら。


(ソフィ……!!)



人外ライグリッド・モリアデスは、誰にも看取られることのないまま、決裂の崖を飛び出した。

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