7:群都市『ビートグラウズ』
「……私、言ったよね、シュレッケンに向かうって」
「ああ」
「そして、目的を達成するって」
「うん、聞きました」
先ほどとは変わって、開けた道。エーネに教わり、あの木々に囲まれた分かれ道の正解を進んだフレー一行は、目的地に近づいた────
というわけでは全くなかった。
「なら、なんで引き返してるの!?」
先ほど決意の出立を遂げたはずのホメルンは、今や再び目と鼻の先だ。知り合いに出くわして、未だにここにいるのを知られたらと思うと、フレーは気が気ではなかった。
「やることがあるっていうから一旦戻ったけど、こんな所まで……!」
「だから、それを今からやるんだ」
「……私、村には戻らないからね?」
予め釘を刺しておくと、エーネが歩きながら頷いた。
「わかってます。今から行くのは別の場所だから」
「別の場所って、まさか……」
「そうだ。村暮らしなら一度は憧れたことのある、あの場所だ」
フレーの脳裏に、空想でしか見たことのない、彩り溢れた街が浮かんだ。
「『ビートグラウズ』……!!」
「群都市」の異名を持つ、ここ一体では最大級の街だ。
その特徴はなんと言っても、周辺では類を見ない規模の建造物と、独自の軍事力である。交易も盛んで、王都に近い都市とも繋がりがあるという。
「フレー、俺たちは勢いのまま村を出たが、やはり故郷を思うなら、やっておかなきゃならないことがある」
「……なるほど」
フレーにもようやく合点がいった。
「村を守る力が必要ってことだね」
「その通り」
王の物騒な催しが始まってしまった今、軍事力を持たない村がより危険な状況に晒されるのは明らかだった。
王都は辺境の地域にはとても関心が薄く、実際ここ一帯の村々は、その全てが自治により運営されている。自由である反面、有事の際の保険が効かないのだ。
そしてホメルンは、若者が極端に少ない村である。フレーたちという重要な戦力が欠けてしまったことで、襲撃に対してかなり脆い状態となっていた。
「あの催しの知らせに、昨日の事件だ……急遽、防衛についての会議が行われたらしくてな。交渉のための金と、村長が直々に書いた手紙をもらってきた」
ザンが自分の荷物から、味のある文字が書かれた紙と金袋を取り出した。フレーが持っている袋よりも格段に大きい。
「これを街の首長に渡す。ま、最後のお使いだな」
「私たちが外へ行くんなら、ちょうど良かったって感じだと思います。あの時のハッタリを本当にする良い機会だし」
エーネもこの方針には賛成のようだった。心配性の彼女なら、真っ先に同意しそうな話である。
「わかった。じゃあまずそっちに行こう」
フレーは頷く。早く王都に近づきたい気持ちはあったが、後願の憂いを無くすことは大事だろう。義両親が住む村に、何かあってはならない。
(それに……)
この催しに勝利する方法もあやふやなままだ。今すぐに王都へ向かえば、それこそ本物の強者たちと鉢合わせする可能性が高い。好き好んで戦いたいわけではないし、今は実力者同士が潰し合うのを待つのが良いのかもしれない。
「でも良かったです。フレーのことだから、『早く帰ってこれば問題ない!』とか言い出すんじゃないかと……」
「……とか言って、そういう横着な感じは、時たまエーネも出してるでしょ」
「違いない。前に鍋をやった時も、お前の発想には驚かされた」
ザンに敵に回られ、エーネは引き攣った表情を浮かべる。フレーにもその時の記憶が蘇り、思い出し笑いをしてしまった。
「水を沸かすのが面倒だからって、二人の魔法で代用しようとするなんてな。しかも水量が多すぎて、熱湯があたりに飛び散る始末だ」
「し、慎重にやってたつもりです! あんなに飛ぶとは思わなくて……てかあの時フレーだって、包丁が刃こぼれしてるからって、ザンの刀で野菜切ろうとしたじゃないですか。いくらなんでも不衛生すぎ!」
「う……ね、熱湯使いには言われたくないよ……!」
「熱湯にしたのはフレーだし、そもそも私は治癒の方が専門!! 水はおまけです!」
「そもそも不衛生は前提なのか……?」
こうしてちょっとした意地悪を言い合うのは、いつもの流れだ。
年齢はフレーが十六、ザンとエーネは共に十七であり、誕生日の関係で、フレーが十七になるよりも先に、エーネが十八歳となる。ちなみにザンとフレーとの誕生日はあまり変わらない。
一応自分が最年少ということになるのだが、皆で会話をしていると、歳の差なんて全く関係無く思える。
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「そろそろですね」
ホメルン付近の小道を左折して歩き出してから、半日ほど経ち、日も傾きかけてきた頃。フレーたちの視線の先に、周辺の草木とは明らかにミスマッチな建造物が、次々と浮かび上がってくる。
「やっと着いた……!」
正門手前までやってきたフレーは、疲労の溜まった太ももをさすりながら、圧巻の「群都市」を見上げた。
故郷には無い、鮮やかな色のレンガで造られた住居。所々にどっしり構えられた、シャープな陰影が美しい施設。
何よりも目を引いたのが、街の中心部にあると思われる、四角柱の黒々としたタワーだ。頂上が霞んで見えるほどの高さだが、一体どんな目的で作られたのだろう。
初めて見る街並みに圧倒されながら、フレーがそんなことを考えていると、
「おい、行くぞ。門番の人が変に思ってる」
ザンにそう呼びかけられた。我に返って確認すると、正門の前に立つ二人の衛兵が、怪訝そうな顔でこちらを伺っている。
「あ、ごめん……えーっと、これ、そのまま入っていいのかな?」
「身分確認と軽い検査があるだけだし、子供ならまず大丈夫なはず……フレー、私が先に行こうか? 怖いですけど……」
「……ううん。私が言い出した旅だもん。一番に行くよ」
検査と聞いて少し怖気付いたが、大きな問題は無いだろう。荷物を出しやすいように前側に持ちながら、二人に近づいたその時。
(……ん?)
二人から滲み出る不快そうなオーラを、フレーは確かに感じ取った。それは全くもって気のせいでは無かったようで、衛兵の一人から発せられた言葉は、刺々しく、冷たかった。
「身分は?」
「えっと……子供、です」
「職業を聞いてるんですが……まあ良いか、手荷物を」
「はい、あの、この街の偉い人? に会いたいんですが……」
「…………」
(え、無視!?)
自分の言葉に耳を貸さず、ゴソゴソと荷物を漁る二人を見て、フレーは愕然とした。魔法に関する本もあり、魔法使いは珍しいことから突っ込まれるかとも思ったのだが、そんな様子は一切無い。
それどころか、あれだけ分厚くなっているのに目もくれないなんて。
(安物すぎて気付かない……? それとも、そもそも適当に見てるとか……)
ホメルンで生活していると、得られる書物などは限られる。義両親に頼んで取り寄せてもらったものは明らかに中古であり、フレーが読む前から黄ばんでいた。
しかしそれを差し置いても、彼らが荷物を確かめる様子は、なんだか投げやりに見える。
「この刀は狩りなどの際、護身用で使います。人を襲う用ではありません」
「私は……怪しいものは特に無いです」
「そうですか。まあ、問題無し。ではお通りください」
「はい」
「役所は向かって左です。街の長に会わなくても、住まい探しは出来ますので、市役所に押しかけないでくださいね」
三人とも検査を終えたので、おずおずと通り抜けようとしていたところで、違和感のある言葉をかけられた。
もしかして、何か勘違いをされているのではないだろうか。そう思って、今一度勇気を出して話しかける。
「あの、私たち、引っ越しに来たわけじゃないです。用事があって、この街に……」
「…………え?」
すると途端に、衛兵の二人から表情が抜け落ちた。そんなに驚くことだろうかと、こちらも少しびっくりする。
「えーっと、住まい探しじゃないんですか?」
「はい」
「シュレッケンから来たわけではなく?」
「え? ホメルンからですけど……」
「ホメルン!? つ、つまり……観光、ですか!?」
「ま、まあ……初めてだし、観光もちょっとくらいは……?」
二人に矢継ぎ早に質問され、フレーはたじたじになった。隣にいるザンとエーネも、何事かと目を丸くしている。
「いや、本当に失礼しました! てっきりまた移住の方かと思って!」
「ええっ? いや、そんな……」
「昨日今日はやーっと落ち着いてきたんですけどね! ここ一週間くらいは、もう本当にすごくて!」
男性の衛兵が、辟易したような表情で愚痴を言う。とはいえ口調自体は、先ほどと違い生き生きとしていた。
なんだか不思議だ、とフレーは思った。群都市と呼ばれるくらいだから、人口が増えることなど問題は無さそうなのだが……
「す、すごいっていうのは……?」
エーネが疑問符を浮かべると、衛兵たちは同時にため息をついた。
「連日、シュレッケンから移動してくる人たちが後を絶えなくて……よっぽどの事情があったのか知りませんが、衛兵でしかない私たちに、『お願いだから安全な住まいを』って泣きついてくる人もいて」
「それに人口が一気に増えすぎて、財政が追いつかなくなったのか、私たちの給料が減ってるんです! ねえあなた? 今月ピンチよね?」
「あ、夫婦だったんですね」
それはさておき、何やら思ってもみない事態になっていた。
シュレッケンは、フレーの元々の目的地だ。ビートグラウズほどではないが、あそこもかなりの規模を持つ都市だと聞くし、ここより王都に近い分、情勢を肌で感じられると踏んでいる。
ところが、どうやらその場所に異変が起きているらしい。移動してきた住民が泣きながら居場所を求めるような、そんな異変が……