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ド田舎の村娘ですが、成り上がるために国中の猛者たちを下しに行きます  作者: 今江彰人
第3章《自縄自縛のモリアデス》

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67:空を駆ける時

「今のって……!」


建物の外で立ち止まる。ソフィはこの振動を覚えていた。


そう、数日前。一人の少女を救うべく、フレイング・ダイナが学校の屋上で放った一撃だ。


「フレー……!!」

「そうか……やはり奴も来ていたか」


グレイザーは低く笑った。こうしてはいられないとばかりに、ソフィに鋭い視線を向ける。


「急ぐぞ。この機に乗じ地上に出て……今度こそ奴の首を獲る!」

「…………っ!」


駆け出したグレイザーに置いていかれぬよう、ソフィも走り出した。もう一度みんなに会いたい一心で……その思いだけが、自分の体を奮い立たせる。


最後の関門に突き当たるのに時間はかからなかった。先頭を走っていたグレイザーは、その二人を見とめると足を止める。


「あ…………」


またしても、忘れられない顔がそこにはあった。


「……ソフィネアか」

「元気そう、ですね……二人とも」


槍を手に、背後の出口を守るようにして立つ二人は、ある意味ではソフィの因縁の相手だった。


「オーヴェン君、カイル君。そこを退いてください」

「…………」


とても意外なことに、二人は互いの表情を交わすと、少しだけ申し訳なさそうな顔をした。しかし次の瞬間、俊敏な動作でこちらに槍を向ける。


「この期に及んで、邪魔をするか」


グレイザーがナイフを握った。


「もう一度だけ言う。そこを退け! さもなくば────」

「退かないっ! どうなるかわかってて、みすみす行かせるものか!」


二人は必死な形相だった。グレイザーに気圧されているのもあるが、唇を震わせ、槍を持つ手すら振動しているのを見て、ソフィは違和感を覚えた。


「二人とも、どうして……」

「この先に行ったら、ソフィネア……お前は殺される! あいつに勝てる人間なんていないんだ!!」

「…………!」

「ずっと後悔してた……くだらない妬みなんかでお前に喧嘩売って、そのくせあの日……お前を助けられなかったこと……」


二人の警告と懺悔は、ソフィの心に強く響いた。絞り出していた勇気が再び萎んでいくのを感じる。


「ソフィネア、俺たちはもう、お前に悲しんでほしくは……!」


その時だった。二人の背後にあった出口の扉が、巨大な音を立てて不可思議な形に折れ曲がる。続いてこちらに、顔を庇わなければならないほどの熱風が押し寄せてきた。


「ぐっ……!?」

「二人ともっ!?」


オーヴェンとカイルは衝撃に耐え切れず、前方に倒れ込む。熱された扉が歪な赤い光を放っていた。


「こ、これってフレーの……!」

「まずいっ、入口がイカれて……! このままじゃ誰も出られなくなる!」

「っ……わ、私の水で……!」

「よせ、優先順位をわきまえろ! 考えがあると伝えはずだ。引き返すぞ!」


グレイザーは鬼のような形相で言うと、すぐさま扉から踵を返した。槍でこじ開けようとする二人と、来た道を戻るグレイザーに板挟みにされ、ソフィはおろおろと視線を泳がせる。


「ダメだ、完全に壊れて……というかさっきから、ずっと地鳴りみたいな音が……!」

「こうなったらソフィネア、さっきの男に付いていけ! 脱出する方法があるんだろ!?」

「え、で、でも……!」


二人は苦しそうに、しかし決意の籠った瞳でソフィを見据えた。


「どうせここにいたら生き埋めだ! 心配だけど……こうなった以上、やっぱ今度こそ邪魔しないべきかもと思って……」

「それにあの人、めっちゃ強そうだしな。どんな手を使って味方に引き入れたんだ? 今度紹介してくれよ」


ソフィはごくりと唾を飲む。オーヴェンとカイルは、昔では考えられなかった爽やかな笑みを見せた。


「もうやっかむのはやめだ。お前が立ち上がろうってんなら、俺たちも里のために動くぜ」

「…………っっ!!」


ソフィが全速力で引き返すと、グレイザーは両親の家の前にいた。仁王立ちのまま真上を見上げている。

彼の視線を辿ると、天井の一部にヒビが入っているのが見えた。ちょうど光が差し込んでいる場所だ。


「見えるか、あの場所が」

「は、はい……」

「脱出するならあそこが最適だ。恐らくここは里の中心部……その真下だろうからな」

「ソフィ!」


そこで両親が家から飛び出してきた。もはや心配そうな表情を隠すこともしていない。


「脱出って、どうやって……」

「決まっているだろう。ここまでお前に魔法を温存させたのは、何のためだと思ってやがる」


グレイザーはソフィと天井を交互に見た。


「お前の水流で自身を浮かせ、天井まで突き進め。俺も同行し、壁を破る役を担う。お前はただ魔法の調整をすれば良い」


「は、はあっ……!?」


言われた事が信じられず、ソフィは目を白黒させた。


言うまでもなく、エーネは無類の高所恐怖症だった。今では屋根はおろか、二階のベランダから下を見下ろすのも躊躇われる。

そんな自分があの天井まで登っていくなど……考えただけで足がすくんだ。


(一体、どれだけの高さだと思って……!)

「気付いているはずだ」


狼狽するソフィに対し、グレイザーは確信を込めて言った。


「フレイング・ダイナは自身の体からしか炎を生み出せず、そして連続で行うことに制限がかかる。しかしお前は……遠くにでも、自分の体からの随所からでも水を出すことができ、加えて長時間の噴射が可能だ」


心臓の鼓動が大きくなる。



「エディネア・モイスティ。お前は、空を飛べる」



もし……ビートグラウズで自分にそれができたなら。フレーと共にタワーの頂上に行き、援護に回れたかもしれない。

もし……シュレッケンで自分にそれができたなら。上から素早く研究所を見つけ出し、迅速に破壊できていたかもしれない。


わかっていた。自分の魔法に秘められたポテンシャル……ホメルンで暮らし始めてから、フレーと共に力を磨き続けてきたことで……自身の水流が、それに足るまでの強さになったこと。


わかっていたのだ。けれど……


────永遠に……さよならです。


全てを諦め、ソールフィネッジから飛び降りた日。あれはソフィにとって最も死に近く、そして生への渇望を自覚した日であった。

ただただ、怖い。もう二度とあんな思いはしたくない。高所に行く度にあの時の恐怖を……血染めの弟の笑顔を思い出してしまう。


「まさか奴とて、俺たちが中心部から来るとは思っていないだろう。そこを一気に叩き、もし及ばずとも……俺たちならば、里から飛び降りることでも逃げられる」


グレイザーの世界には、守るべき友と民が映っている。

対するソフィは、フレーたちの姿がとても遠くなってしまったように思えた。


「ご……ごめん、なさい……」


ソフィはしゃがみ込む。両親が動揺の声を出す一方で、グレイザーは無言だった。


「できません……本当に、ごめんなさい……でも、それだけは……っ」


心から申し訳なかった。何故グレイザーがわざわざここまで自分を連れてきたのか、その理由は既にわかっている。

けれど力になれない。今度こそ本当に、死んでしまうかもしれない。


「おーい!」


奥からオーヴェンとカイルが走ってくるのが見えた。


「……! 君たち、大丈夫だったか?」

「はい、何とか……モリアデスさんもご無事で何よりです。それで、これ……」


オーヴェンが差し出したのは、手のひらより少し大きな黒い物体だった。持ち手があり、先端には発射口のようなものが備わっている。


「それは……俺の拳銃か」

「これ、やっぱあんたのか。没収した武器の中でも異様だったから、ライグリッドに渡さずに持ってたんだ。いつか役に立つかもって……」


話しながら、彼はケンジュウと呼ばれた道具をグレイザーに渡す。


「これ、使ってくれよ。調べたところ、出口の方は地上が燃えてて使えそうにないが……何か考えがあるんだろ? ソフィネア……?」

「………………」


もう何度目だろう、こうして涙を流すのは。考える力も湧き上がらず、ソフィはただ両手で顔を覆った。


オーヴェンたちが、両親が、グレイザーが……何も言わずにを自分を見ている。それに対しソフィは、なんの答えも示すことができない。


────ああ、愚かなソフィ……君には無理だってわかっていたよ。


結局彼が正しかった。八年の時を経てもソフィは変わらない。彼にぶつからず、自ら死を選ぼうとしたあの時のように。


ふと、グレイザーが自分の横に膝をつくのがわかった。きっと彼のような人間にとって自分は許せない存在だろう。殴られるか、あるいは刺されるか……

もはやそれでも良いとさえ思っていた時。


頭の上に、重く……そして優しい感触が生まれた。

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