66:マインドの覚悟
「フレイム────バスター・キャノンッッ!!」
最大出力で炎を放つ。ブレイン砲を破壊したあの日よりも、強く、そして速く。
「わお」
ライグリッドは驚いたように口を開け、フレーの渾身の一撃を真正面から受け止めた。
地を抉るような爆音。ソールフィネッジが自体が揺れるほどの衝撃に、確かな手応えを感じる。
「はあああああっっ……!!」
ライグリッドは速い。真正面から戦ってもそのスピードに翻弄されるだけだ。
ならば最初から、圧倒的物量で押しつぶしてしまえば良い。
「こ、これなら……ッ!」
「いや……!!」
マインドが腰を低くする。撫でるような笑いが聞こえてきたのは、ちょうどそのタイミングだ。
「んふふっ……いいじゃないか、お姉さん」
「────!?」
「ソフィの友には、似つかわしくない力だ」
広場を埋め尽くすほどの炎が、ものの一瞬で消え失せる。煙が晴れたその先にいたのは────
こちらに向けて手を突き出し、先ほどと変わらぬ立ち姿でいるライグリッドだった。
「む、無理なの……!?」
「ちっ……だが、まだだ!」
「行くよ?」
ライグリッドが視界から消える。ほんの一瞬、風を切る音がした。
「っ、ぐうっ……!!」
「ザンっ!!」
フレーの眼前に迫っていたライグリッドの一撃を、ザン・セイヴィアは刀で受け止めた。
力のこもった彼の腕に筋が浮く。対するライグリッドは、拳を押し付けるのみでそれに対抗していた。
「させるものか……フレーには、指一本触れさせない……っ!」
「格好良いじゃない、剣士さん」
「っ……覚悟しろっ!!」
目にも留まらぬ打ち合いが始まる。エルドやレイティを打ち破った男の怒涛の連撃を、彼は事もなげに捌き続けた。
「っ……フレー、頼む……!!」
「う、うんっ!!」
彼の意図を組み、フレーは噴射でその場から離脱する。
マインドが狙いを定めたのは、それとほぼ同時だった。
「スパーク・ハンズ……!」
目が眩むような光の塊が、ライグリッドの額を目掛けて突き進む。距離はほとんど無い。命中すれば彼とてただでは済まないだろう。
しかし────
「甘いよ、機人さん」
「っ……!?」
ライグリッドは首をあらぬ方向に曲げた。常人には考えられないその動きに、刀を振りかざしていたザンは顔を引き攣らせる。
命中しなかった攻撃は、軌道はそのままに奥のモリアデス邸に直撃した。天井が音を立てて崩れる中、騒ぎを感知して逃げ惑っていた住民たちの声が、ほとんど聞こえなくなる。きっと全員、里の端の方に避難したのだろう。
「何か企んでる?」
「くっ……!!」
「見たいなぁ、君たちの全力……でも君の剣技は、軍務長官には及ばないねぇ……」
「ザン、諦めないで。ヴォルト────ストライク」
マインドが連続で弾を発射する。電気を帯びたそれらは、一か所に留まらない彼を正確に捉えていた。
「好機ッ!!」
「からの────エレクトリック・マグナム!」
岩をも砕くザンの一撃が繰り出されると同時に、マインドが放った最強の光線。
それは確かにライグリッドの腹部に着弾した。閃光が弾け、その場の全員の視界が遮られる。
「……ん……っ」
「────!!」
「あぁ……少し……少しだけ、ちくっとした」
眩かった視界が徐々に戻り、状況が明らかになっていく。
ライグリッドの服が破けていた。脇腹から腰にかけて、ごっそりと布地が無くなっている。
そして肝心の肌は────少しだけ、火傷の跡ができていた。それだけだ。
「そんな……」
腕から煙を発するマインドが、無表情のまま後ずさる。
「もう、エネルギーは……」
「ねえ、ところでさぁ剣士さん」
刀を押さえつけるザンの顔を、ライグリッドは下から覗き込んだ。
「いつまでこのおもちゃに付き合えばいいの?」
「────は……?」
小気味良い音がした。とはいっても、大抵は良い思い出の無い音だ。例えるなら、皿を割ってしまった時などだろうか。
ザンの刀が、同じ音を立てて砕け散る。ライグリッドがそれを握り締めたからだと、やや遅れて気が付いた。
「馬鹿、な…………っ……」
「消えなよ」
彼の突きがザンのみぞおちに直撃する。悲鳴を上げる間も無く、彼の体は直線状に吹き飛ばされた。もし民家の壁が受け止めてくれなければ、更なる惨事になっていたかもしれない。
「ザンッ!」
マインドが声を上げる。ザンの身を案じつつ、フレーは自分に言い聞かせた。
無駄ではない。彼らが時間を稼いでくれたおかげで────
「……準備、完了……っ」
「ん……?」
「受けてみろっっ!!」
フレーは雄叫びを上げ、空に向けて左腕を掲げる。最大限の集中をもって、全身全霊の攻撃を繰り出した。
「フレイムッッ……メテオ・ストーーームーーーーーッッッ!!!」
里の端にはあまり届かないように気を使った。それから民家が密集しているところには、なるべく着弾しないようにも。
しかしそのくらいだ。この里のほぼ全域を飲み込むつもりで、フレーは終末の隕石を降り注がせる。もはや逃げ場など無い。
「マインド、来てっ!!」
「うん……!」
二人でザンが飛ばされた方に走る。彼は負傷していたが、かろうじて意識はあるようだった。
全員を壁で囲み、地を穿つ衝撃に備える。
「フレイム・バリア……! よしっ、いけえええええっっっ!!!」
ライグリッドは、里を覆い尽くす火炎の雨を見上げ、ぼうっとその場に突っ立っている。
隕石が着弾する直前、彼は誰にも聞こえぬ声で呟いた。
「面倒だなぁ」
夥しい炎の塊が、爆音と共に次々と降ってくる。無尽蔵かと思われたフレーの力……生まれて初めてその消耗を実感したタイミングで、信じられない出来事が起こった。
ほとんど全ての隕石が、着弾の直前にかき消されていた。特に建物に当たりそうなものは、痕跡すらも残さずに消滅する。
全てが終わったのち……フレーは見た。決して見たくないと思っていた、その光景……
ライグリッド・モリアデスは、ほとんど負傷した様子は無かった。辺り一面が小さな炎を上げる中、初めと全く変わらぬ場所で……悠々と仁王立ちしていた。
「君は運が悪いねぇ」
「…………あ、あっ……あ……」
衝撃のあまり、バリアが解ける。
ザンが倒れ込んだまま光銃を構えたが、狙いが定まらないのか、引き金を引けていなかった。
「連絡通路の扉に当たったみたいだよ? 仮に君の仲間がいても……これじゃあ出て来れないかもね」
「嘘、で、しょ……」
愕然として、もはや涙すら流れない。もしマインドが支えてくれなかったら……フレーは背面に倒れ込んでいただろう。
「嘘なんかじゃないよ」
ライグリッドはゆっくりと近づいてくる。
これだけの力で。
これだけ本気で戦ったのに。
与えられたダメージは、マインドが多くのエネルギーを代償に負わせた多少の火傷と、ザンの献身を元に放った隕石による、擦り傷のみ。
「わかっていたじゃないか……これが現実なんだ」
もはや攻撃を繰り出そうとする者はいなかった。ザンは震える吐息と共に、掲げていた光銃を下ろす。フレーは視界が真っ白になるのを感じながら、ただ後ずさるだけだった。
「君たちは選択を誤った。余計にソフィを悲しませる結末を選んだんだ。残念ながら、お姉さん……」
目の前に来たライグリッドは、フレーに腕を振りかざす。
「報いを受けないとね」
「待って」
そんな濁った声がした。しずしずと立ち上がったのは、もうエネルギーもあまり残っていないマインドだ。
「フレーに怪我はさせられない。当然、ザンにも」
「へぇ……ならどうする?」
「…………」
マインドは答えない。ただ両腕を広げ、ライグリッドの前に立ち塞がった。
「全く……君たちは、甘い世界に慣れすぎなんだ」
彼はため息交じりに言った。掲げられた拳を、フレーではなくマインドに向ける。
「だっ、ダメっ、マインドっ!!」
「あーあ」
彼がそんな間の抜けた声を出したのは、せめてこちらを心配をさせないためだったのだろうか。
「ごめんね、フレー……これじゃあ君を守れな────」
彼が言い終えることは無かった。ライグリッドの雷のごとき攻撃が、マインドの顔面を貫いたからだ。
右目が粉々になり、何かの部品が飛び散る。一応は人間の目として認識できる、彼の残った方の瞳も、一切の色を無くした。
マインドが脱力し、ライグリッドの体に体重を乗せた瞬間。
「…………っ、は……え………………ま……」
フレーは初めて、仲間の「死」を実感した。
「まっ……マインドーーーーーーーッッッ!!!」
「あははははは、あはっ、はは、あははははははははは!!」
絶叫するフレーには目もくれず、ライグリッドは声高に嘲笑する。
「なーんだ、機人なんて言ったって、人間と同じじゃないか! そうだよねぇ、誰だって頭を砕かれたら終わりだもんね!」
機人マインドは力無く横たわった。もしもこれが人間なら、しばらくは動くのかもしれないけれど、機械である彼にそんな常識は通用しない。
無残なほどに静かな、成れの果てがそこにはあった。
「お前っ……よくも……っっ!!」
ザンが怨嗟の呻き声を発する。フレーも涙を拭い、怨念の怒号を放った。
「ライグリッド……ッ、ライグリッド・モリアデス!! 私はっ、絶対に……!!」
「絶対に、何?」
我を忘れて憤るフレーに、彼は冷ややかな視線を寄こす。マインドの決死の身代わりにより、一度は逸れたはずの拳が……再びフレーに向けられていた。
(あ…………)
何度目かの死の予感。それはかつてなく色濃く、そして恐ろしかった。
「もう飽きたよ」
人外はしとやかに嗤う。
「さようなら、炎のお姉さん」




