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ド田舎の村娘ですが、成り上がるために国中の猛者たちを下しに行きます  作者: 今江彰人
第1章《侵略の守護者》

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6:グレイザー

守護者グレイザー。ビートグラウズの長。その全貌を、今のフレーたちは知らない。


わかっているのは、彼が若くしてトップに上り詰めた優秀な男であること。

そしてその悪魔的なカリスマ性で、数多の人の心を鷲掴みにしているということだ。


「グレイザー! こっち向いてーーーっ!」

「私たちを見てーーー!!」

「この街を救ってくれ!! グレイザーーーー!!」


男も女も、拳を振り上げて黄色い声援を送る。当のグレイザーはさしたる動揺も見せず、どこか満足げに肩をすくめた。


「……どう思う?」


何となく不安を覚え、フレーは二人に問いかける。


「変……というか、一介の首長の扱いじゃないな、これ」

「だよね? エーネも────って」


視線を向けた先には、どこかぼうっとした様子のエーネがいた。口を半開きにし、目を瞬かせながら、食い入るようにグレイザーを見つめている。


「……もしもし、エディネアさん?」

「…………えっ? あ、何?  何ですか、フレー」


周りがうるさくて聞こえなかった、と話す彼女の顔は、心無しか火照っているように見えた。

フレーは再びザンと顔を見合わせる。言葉は無くとも、お互いの考えは通じ合っているように思えた。


「あの人が、大軍ハンガーズの指揮者ですか……村の警備を依頼するには、まず話をしないとだけど……」

「これは単純な興味なんだけどさ。エーネは、あの人のどんなところが良いの?」

「え……何の話? フレー、真面目に考えてよ」

(これは無自覚……? それにしてもエーネ、ああいう人がタイプなんだ)


改めてステージ上の彼を見る。見れば見るほど男前で、確かに女性の心を奪い去ってしてしまうのも納得だ。フレー自身はもう少しだけ抑え目な方が好みではあるが、あの真っ直ぐな自信溢れる物言いには、やはり惹かれるものがあった。


「お前ら、今は話を聞くぞ。どうも簡単に兵を借りられる状況じゃなさそうだからな」


ザンの言葉を受けて聞く体勢に戻ると、グレイザーの言葉が次第に耳に入ってくる。


「ビートグラウズの人口増大……知っての通り、これはシュレッケンから人が雪崩れ込んだ結果だ」


本題が始まり、グレイザーの得意げな笑みが真剣な表情に切り替わると、場は再び静まり返る。群衆の態度は、街の現状がどれほど切迫したものかを物語っているようだった。


「シュレッケンの指導者……今や滑稽な名前で呼ばれる二人だが、奴らがとんでもねェ事態を引き起こしている。この場での混乱を避けるため、俺から詳しいことは言わねェ。だが聞いたやつも多いだろう。果たしてそんな事があり得るのか……誰もが疑問に思ったはずだ」


隣でザンかエーネのどちらかが、ごくりと唾を飲む音が聞こえた。この街の住人ではないフレーも、固唾を飲んで話の行く末を見守っていた。


「残念なことに、お前らが聞いた話は軒並み……真実と考えて良いだろう」


途端、静寂に包まれていた講演場に、凄まじい恐怖の波紋が広がった。悲鳴を上げる者、泣き出す者……

皆が取り乱し、このノーブルタワーそのものが震えているかのようである。


「そんな、そんなまさか……っ!?」

「あいつらが、本当に……? この街にまで……!」

「もう逃げ場なんてないよ!! 隣国に避難するしか……!」


これほどの動揺……集団パニックと言っても良いほどだ。

あの衛兵の夫婦も大通りを往く人々も、本当はこんな思いを抱えていたのだろうか。必死にそれを押し殺していたのか、それともただ忘れようとして、あんな笑顔を見せていたのだろうか。


「俺は……俺たちはもはや、立ち止まってはいられねェ。今日皆に集まってもらったのは、他でもない……予め、覚悟を決めておいてもらうためだ」


グレイザーの滲ませるような物言いに、群衆はすがるような面持ちになる。そこに並々ならぬ意味があるように感じて、人々は顔を上げた。彼らの瞳に映っているのは、まごうことなき「最後の希望」なのだ。


「明日の正午……ここではなく中央広場で、重大発表を行うことになるだろう。現在、補佐のエルドと最終調整に入った段階だが、既にハンガーズには概要を通達した。多くのやつが予感しているであろう、最終手段だ」


耳鳴りがした。彼の右耳側に取り付けられた、恐らくは拡声のための機械……それによる不快な音波かと思ったが、そうではないとすぐにわかった。


まさか。まさか彼は、「その気」なのだろうか?


「グレイザー、それって……!」

「でも、そうしたらこの街は……」

「あァ……少なくとも、今まで通りではいられなくなる。周囲に睨みを効かせつつ、内外の平和を保つ『だけ』だった、今までの姿は変わる」

(やばい……)


民衆が声を上げる中、フレーの脳内で警鐘が鳴った。鼓動が早まるのがわかる。


(もしあの人が、そんな手段に出たら……)


一刻も早く彼と話を付けなければ。明日にはもう、手遅れになってしまうかもしれない。


「とまあ、堅苦しい話は一旦ここまでだ」


それまでの神妙な空気を払拭するように、グレイザーは陽気な声を上げた。


「政治の話、資金の運営……俺がこの場を催すのは、そういった重要な報告が目的だが……それだけじゃねェよなァ?」


グレイザーは不敵に笑うと、右手の指を軽快に鳴らした。するとフレーたちにとって、世にも奇妙な出来事が起きる。


「────なっ!?」


彼の背面の床から、一斉に炎が噴き出たのだ。おおよそ日常生活で見ることのないような……それこそ、フレーでもなければ扱えないような、それは見事な火柱だった。


「今日のテーマはお分かりか? そう、案ずることなんて何もねェ!」


彼が再び指を鳴らすと、今度は講堂の左右の壁から同じように炎が噴出される。ある程度火には慣れているフレーも、あわや床からも発射されるのではと身構えたが、この場にいる他の者たちからは、そんな怯えはまるで感じられない。

それまでの深刻な雰囲気はどこへやら、誰もが恍惚とした表情をしていた。


「綺麗……」

「これが、機械の力……!」


フレーの生きてきた世界には無かった技術の結晶たち。しかし何よりすごいのは、それをあたかも自分の力のように見せ、最高のパフォーマンスを提供する、他ならぬ守護者自身だった。


「燃え上がれ! ビートグラウズの焔よ……俺たちの街に栄光を!!」

「うおおおおおっ! グレイザーーーー!!」

「あなたこそ、この国のヒーローよーーーーっ!」

「信じてる! いつまでも信じてるぞ! グレイザーーーーっ!!」


赤と青の炎が、蒼色の指導者を中心に渦を巻く。皆の興奮が絶頂に達したところで、グレイザーは笑みを浮かべたまま踵を返し、奥の部屋へ向かい始めた。


「あっ、グレイザーが!」

「や、やば……! 追わないと!」

「落ち着け! この騒ぎの中で追うのは無理だ! 一旦外に出てから……!」

「アレをやるしかないでしょ! この先会えるかもわからないんだから!」


フレーは食い気味に叫ぶ。すべきことはわかっているのに、どうしてこう思い切りが悪いのか。


「ま……まさか、私たちも掴まって……!?」

「当たり前でしょ! あれ、どう見ても今日はもうお開きって感じじゃん! 二度と会えなくなるよ!」

「いや、流石に危険だ。空中では火が飛び交ってるし────」

「だからこそ、でしょ!」


フレーは中腰になり、二人に合図をした。

そう、炎が飛んでいる今だからこそチャンスなのだ。これから行う危険行為を見られないようにするためには……


「ううっ……もう、最悪! 吹き出てる火に当たったら一巻の終わりです、本当にお願いだから慎重に!」

「二人とも、せめて着地後に顔は見られるなよ? 方法はバレなくても、はたからはどう見ても飛行だ! 注目を集めるのはまずい!」

「うん、わかった……行くよ!」


ザンとエーネが、フレーの体に左右から巻き付くように掴まった。


「三、二……」


両腕に全神経を集中させる。目を見開き、グレイザーが通り抜けたドア、その一点だけを見つめた。


「一、ゼロ……!」


肩から手のひらにかけて強い流れを感じた瞬間、フレーたちの体は宙に浮いていた。内臓が持ち上がるような浮遊感。風を切る音と共に、後方に強い熱を感じる。


ほんの二、三秒のわずかの間。フレーたちは、人と炎との間を「跳躍」していた。


「っ…………!」


二人が必死にしがみついてくる。思えば三人はそれぞれ能力で、普通の人間が得難い経験をたくさんしてきた。


手のひらから炎を「噴射」して跳ぶなど、まさにその最たる例だろう。


「よっ……と!」


ザン以外はぎこちない受け身を取り、転がるように着地した。場所はステージの端の方である。


「う、うん、大丈夫そう。音もそんなに出なかったし、誰もこっち見てないからバレてないよ」

「はあっ……死ぬかと思ったぁ……」

「それにしても、三人を支え切れるなんてな。また出力が上がったか?」

「どうなんだろ……安定して飛ぶための力は全然足りないし、せいぜい三秒くらいって感じだけど。やっぱ手からしか出せないのが難点かな……」


自分の力については、正直よくわかっていない。周囲にはエーネしか例がいないし、ボロボロの本から得られる情報はかなり限られている。

フレーが自分の手を繁々と眺めていると、とうの比較対象が溜息をついた。


「そもそも魔法で飛ぼうとするのが間違ってるんです……フレーは変なことに力を使いすぎ」

「ついでに良いか? さっきはカウントしてたから言ってなかったが、お前が魔法につけてるあのダサい名前、そろそろ……」

「だっ……ダサくない! 由緒正しき技名だからっ! あとエーネだって昔、足の裏から水出して遊んでたでしょ! どこからでも出せるみたいだし……!」

「いっ……いつの話ですか!!」


互いを詰り合う三人は、そこで一瞬固まる。何か大事なことを忘れている気がして。


「あっ……グレイザーは!?」

「この奥だ、行くぞ!」


三人で身をかがめ、部屋の入り口に漕ぎ着ける。


(……鍵がかかってない!)


音を立てないようにドアを開け、フレーを先頭に滑り込むように通路に入る。

そこには、講演場のような明かりはなかった。ただ、薄暗く細い道がさらに奥まで続いているのみだ。


「……今更だがこれ、不法侵入だよな?」

「ま、街の条例とか知らないし、セーフってことで……いや、普通にアウトか」

「いっそ、熱狂的なファンを演じてみるとか……?」


ドアを閉めると、本当に暗闇に周囲は包まれてしまった。不安になりつつ、そばに二人の感触を確かめながら、フレーは先に進む。やがて前方に、薄らと部屋の入り口が見えた。


「……ノックするね」


ザンとエーネが無言で頷く。フレーがドアを叩いたが、返事は無かった。


「ここじゃないのかな?」

「脇に階段もあった。あまり気は進まないが、どうする?」

「とりあえずここを確かめなきゃだよね。開けるよ……」


覚悟を決め、ノブに手をかける。前方に押すと、ドアは呆気なく開いた。


そして────


「わあああっ!?」


フレーは悲鳴を上げ、数歩後ずさった。


「おいおい、甲高い悲鳴を上げんな。侵入者の身でよ」


言葉を発せないフレーを見据え、落ち着き払った男性が肩をすくめる。ソファに腰掛けていても、その迫力は増して見えるばかりだった。


「ぐ、グレイザー、さん……!」


守護者グレイザーは、淡い光に照らされた部屋の中、出口を向いて悠々自適に足組みをしていた。

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