6:炎と共に進む
「ね、言ったでしょ? フレーは迷ったら大体左なんです」
「ちっ……仕方ないな」
信じ難い光景に呆然としていたが、やがて我に返ったフレーは、大急ぎで二人に詰め寄った。
「な、何でこんなとこに……!?」
「絶対ここで止まると思ったからな。待ち伏せにはうってつけだ」
「フレーがどっちに行くかザンと賭けをして、見事私が勝ったってわけです!」
「そうじゃなくてっ……!!」
そこまで言いかけて、フレーは言葉を飲み込んだ。思い当たる節があったからだ。
(もしかして、見送りに……?)
村で別れるのは嫌だったから? それとも、村人たちの前で言葉を交わすのが照れ臭かったからだろうか。
(な……なんだ。別に二人は、怒ってたわけじゃ……)
「フレー、ちょっと嬉しそうなところ悪いけど」
顔のほころびかけたフレーに、戦利品を食べ終えたエーネが立ち上がって、珍しく棘のある声を出した。
「フレーの旅路、そんな自由なものにはならないですからね」
「……え?」
「危ない事をしないのはもちろん……まず、夜更かしは禁止です。それと、面倒だからってご飯を抜くことも。夜中にお菓子を食べるのもダメ」
「は……!? な、なんでそんなこと、エーネに決められるの!?」
それも旅の楽しみの一つだと言うのに……フレーは仰天してエーネを詰ったが、彼女は意思を固めているようだ。
間髪入れず、今度はザンが立ち上がり、口を開いた。
「俺からも一つ。良いか、お前の体はまだ貧弱だ。そんなじゃすぐに体力が底をつくだろうから、毎日一定時間、訓練に充てろ」
「いっ……嫌に決まってるでしょ!?」
「ザン、さ、流石にそれは……」
そんな疲れることは言語道断であるし、エーネまで嫌そうな顔をしている意味がわからない。
見送りに来てもらえた嬉しさがふつふつと怒りに変わり……
「もうっ! なんなの!?」
フレーは気付けば叫んでいた。森林にその声がこだまし、木々から大小様々な鳥が飛び立つ。
「私もう子供じゃない! 自分で考えて動くんだよ! なのにわざわざこんなところまで来て、訓練だとかお菓子だとか、おかしな事ばっかり……」
「フレー、その駄洒落は……」
「たまたま!」
頭を掻きむしりたい思いだったが、その衝動を必死に抑える。けれど言葉は止まらなかった。
「心配かけてるんだろうけど……!! わざわざここまで来てくれたんだから、励ましの言葉でも欲しかったよ! なのに……っ! もう、放っといて!」
どうせしばらく、会うことなんてないんだから。そう口にした瞬間、また涙が出そうになって、フレーは二人に背を向けた。昨日と全く同じ状況だ。
義両親と別れる時も泣かなかったのに。それに、自分はこんなに気が短かっただろうか。旅の注意をされただけで、こんな……
いや、違う。理由はわかっているのだ。
ただ昨日と同じで、すぐに言い出せないだけだ。少しでも期待してしまったから、尚更である。
自己嫌悪に陥っていると、背後から大きなため息が聞こえてきた。
「フレー……ちょっと、察しが悪いんじゃないんですか?」
「ああ。そんなんだと、すぐに騙されるぞ」
目元を拭い、振り返る。するとザンが肩をすくめ、優しい笑みを浮かべた。
「わからないのか?」
彼は言う。聞く者を安心させる、低く澄んだ声で。
「俺たちも一緒に行くと言ってるんだ」
フレーはあんぐりと口を開け、その場で固まった。微動だにできない親友が可笑かったのか、エーネも笑顔になる。
「ザンの言い方だと、おこがましいかも。待ってたのは私たちなんだし」
「はっ……えっ、でも……」
「今朝は見送りに行けなくてごめんね。でも、私も施設の人たちにお別れ言ってたら、長くなっちゃって……昨日の夜も晩餐を作ってくれてたから、そっちにお邪魔する暇が無かったんです」
かつてのフレーと同じく身寄りの無いエーネは、現在は孤児院で暮らしていた。あそこは大所帯だから、なるほど別れには時間がかかりそうだ。
ザンはもっと大変そうだった、と彼女は言った。
「俺だって、母さんたちと別れくらいしたいからな。昨日は後処理と準備で忙しかったのと、何というか、あんなふうに言った手前、家でお前に会うのも気まずくて……今朝も隙を見て、母さんたちに会いに行ったんだ」
ちょうどフレーが掲示板を見ていた頃のことらしい。自分が村を出る頃には、二人は静かに先に行っていたのだそうだ。
(全然気付かなかった……)
「考えるまでもなく……お前の道はお前が決める事だ。否定して悪かった」
「ザン……」
「それに俺も、フレーと共にいたい。お前の行く先を見たい。心からそう思ったんだ」
まさかザンからそんな、くすぐったいセリフを言われるなんて。
「本当は……今でも反対です。外は危ないし……でも私も、夢のために立ち上がりたい。フレーの言葉を聞いて、勇気が出たんです」
エーネははにかみながらも、力強く言った。
「一緒に行かせてください。王都ならきっと、みんなの夢を叶えられるから!」
彼女の言葉に、フレーはいよいよ限界を迎えた。顔全体と、目頭が特に熱い。
ここで泣いたらとんだ恥晒しだ。
けれど、言わなくては。願いが通じ……こうして歩み寄ってくれた二人に、伝えなくては。
「ふ、二人とも……」
鼻を啜り、両手を組んでから、フレーは二人に目線を合わせる。
「あの、ほ、本当に、ありが────」
「いや、礼なら良いんだ。それよりずっと価値のある提携があるからな」
感謝を口にしようとした瞬間、ザンが肩に手を置いてきた。見たことのないニヤケ顔を披露され、フレーはきょとんとして目を瞬く。
「また呼んでくれるんだってな?『お義兄ちゃん』って」
「…………え」
「フレー、私も嬉しいです。昔お泊まりの時、夜一人でトイレに行けなくて私に泣きついてきたことも、全部覚えててくれるんでしょ? 一番恐れ知らずなのに、お化けだけは苦手で」
全身が熱を帯びる。今度は嫌な感覚だ。こんなに自分の発言を後悔したことはない。
「これからも私が付いてってあげます。何なら、ザンでも良いんじゃない?」
「そうだな、何たって俺は、お前のお義兄ちゃ────」
「ううっ、うううるさいよっ! エーネだって超ビビりの癖に……そ、それにザンこそっ……へ、変な顔しちゃってバカみたい!!」
「変な顔はしてない!」
せめてもの反撃をするが、これ以上言われるのが怖い。結局、フレーは耳を塞いで顔を逸らすことしかできなかった。
本当に調子が狂う。決意や覚悟といった大それたものが、軒並み洗い流されそうだ。
「ところで、フレー。俺たちにまだ言ってないことがあるだろ」
「……ま、またからかう気?」
「いいや……今日は旅立ちの日だ。仲間に対する始まりの言葉、せっかくだから聞かせてくれよ」
諭すように言われて、フレーも観念した。改めて口にするのは気恥ずかしかったが、きっと逃れられない定めなのだろう。
フレーは二人の間に手を差し出し、高らかに言い放った。
「二人とも! 全部手に入れるために……一緒に行こう、王都へ!!」
「おう……!」
「はいっ!」
これが、フレーにとっての長い旅路の……最初の仲間たちができた瞬間だった。
「……で、まずはどう言う予定なんです?」
「よく聞いてくれました。王都は遠すぎて、到底すぐには行けない。まず目指すのは、ここから北北東にある都市、シュレッケンだよ。徒歩五日!」
「いきなり遠すぎるな、義妹よ……」
「……トイレ大丈夫ですか?」
「ホントに怒るからね!?」
真顔で話す二人に怒鳴ってから、フレーは胸の前で拳を握る。その真剣な顔つきを見て、二人も気持ちを切り替えたようだった。
「きっとやばい脅威が待ってるけど……この鉄の饗炎、勝ち抜いてみせる。それで、私の目的は達成されるんだ!」
親友二人を前にして、フレーは不敵な笑みを浮かべた。片腕を横に払うと、風に揺れる髪に合わせて、真っ赤な火の粉が飛び散った。
「王に会って、偉大な存在になって……それから、私は……!!」
この日、フレイング・ダイナとその二人の仲間は、世界を変える旅に出た。
全てが終わったのち、彼女をよく知るホメルンの人間たちは、その旅の結末を涙交じりに語ったという。
そう、あれはまるで────
これにて序章は終了し、フレーたちの想像を絶する冒険が始まります。
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