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ド田舎の村娘ですが、成り上がるために国中の猛者たちを下しに行きます  作者: 今江彰人
第3章《自縄自縛のモリアデス》

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59:生まれ変わるために

「ライグリッド、お前……お前っ! なんてことをっ!!」


オーヴェンが叫んだ。無様に喚く弱者を、ライグリッドは感情の無い目で見やる。


「……君の言葉は聞くに堪えない。口を閉ざすんだ」

「っ……!」

「ねえ、里のみんな。手加減したんだ。もう動けるようになってるでしょ?」


彼の言葉に、何人かの大人が倒れたまま反応する。

その様子を見てくすくすと笑いながら、ライは大声で告げた。


「何にせよ、ソフィはここから落下した。勝負は僕の勝ち……ってことで、新たな首領としての命令だよ。即刻下に降りて、彼女の遺体を回収するんだ」


血生臭い里に吹く新たな風に……あどけなき人外の声が乗った。



「想定外の形だけど、改めて祝おう。このライグリッド・モリアデスによる、新たなソールフィネッジの誕生を」


─────────────────────────


冷えた空気を切り裂きながら、ソフィネア・モリアデスは宙を舞う。頭部に凄まじい風圧を感じ、ぎゅっと自分の体を抱いた。


「あっ……)


一直線に霧の海を突き抜けたのち、ソフィは初めて外界を見た。

一面に広がる高原。地平線の向こうに見える村や都市。そしてはるか遠くに位置しながらも、徐々に大きくなっていく地面。


幼い体は風に煽られ、同じ体勢で落ちることすら許してくれない。しかし刻一刻と、激突の瞬間は近づいてくる。


(怖、い……)


既に捨てたはずの命が、最期に訴えかけてきた。


(怖い、怖い怖い怖いっっ!! 何で、こんなに高いのっ!?)


むしろあの場で殺されていたのなら────そんな思考が浮かんで来ると同時に、ソフィの脳内を走馬灯が駆け巡った。


苦しいことばかりだった。それでもライとの思い出の中には、綺麗なものもあった。

訓練終わりに水を用意してくれた。一緒に学校に通ってくれた。本心はどうあれ、思い悩む自分を励ましてくれた。


(ああ、私……)


風圧で体の水分が乾いていく。溢れた涙が一瞬で顔と分離する。


自身の生命が躍動するのを感じながら、ソフィは強く自覚した。


(やっぱり……死にたくないんだ……)


その時、ふと体が軽くなるのを感じた。風が強くなったからだとか、既にこの世の身でなくなったからではない。

魔力が回復していた。柵を超える際に使い果たしたはずの力が、長い長い落下の中で少しだけ舞い戻ってきたのだ。


「ふ、ううっ……!」


無茶な体勢になりながらも、ソフィは地面に向けて手を伸ばす。


激突すれば、死ぬ。にも関わらず真下を見据えるのは、紛れも無い生への欲求の証だ。


(お願い……)


一度くらい思い通りになってほしい。

例え強くなくとも、人から認められなくとも……死に瀕したこの体を、


「お願い、押し流してっ……!!」


溢れ出る、言いようのない悲しみと共に。


ソフィネア・モリアデスが生み出したなけなしの水流は、音を立てて地上へ落下していく。着水するその瞬間……水の塊はちょうど、高所から落ちた人間を受け止めうる分厚さとなった。


「あぶっっ!!」


冷たい夜に全身を水で覆われ、寒さが心身を支配する。打ち所が悪ければ昇天必至だったであろう衝撃に、意識が途切れかける。

それでもソフィはめげなかった。体を丸め、力を駆使して水を操作する。少しでも里から遠ざかるように、文字通り自身の体を押し流した。


「かはっ……はあ、はあっ……!!」


力尽きて仰向けになったソフィが見たのは……上部を濃霧で覆われた、幻想的ともいえる巨大な峰だった。


もう二度と戻ることのできない故郷。それどころか、自分の命を狙う魔の手が今も……


「あ、うう……ひぐっ……」


ソフィは泣いた。久しぶりに、人目をはばからずに大声で。


「あああっ、あうっ、ぐすっ、うあああああっっ……」


「……お嬢さん?」


どこからともなく声をかけられ、思わず息が止まった。まだ少し幼さの残る、しかし澄んだ女性の声だ。


体を転がしてうつ伏せの体勢になると、ぼやけた視界に奇抜な服装をした少女が映った。

およそ里では見たことのない格好である。腰には長い武器を引っ提げていた。


「え、あ……」

「こんばんは。どうしたんだ? 今、どこかから流されてきたように見えたのだが……それにびしょ濡れだ」


ソフィが喋れずにいると、少女は手を差し伸べてきた。

深く笠を被っていて目元はわからない。けれど彼女の物言いは、慈愛に溢れていた。


「泣かないで。ここには怖いものは何も無い」


少女の手を取り、助けを借りて立ち上がると、彼女が自分より随分と背が高いことに気が付く。

少女はソフィの頭に手を置いた。彼女はしばらくじっとしていたが、やがて不審そうに手を離す。そして徐に取り出した手拭いで、顔と頭を拭いてくれた。

謝意と困惑を同時に覚えたソフィに向け、彼女は気を取り直したように言った。


「……何かあったんだね。辛そうな顔だ」

「…………」

「ほら、これを食べると良い……この辺りでは馴染みが無いだろうけれど、お米を握ったものだ。おにぎりと言ってね」


ソフィは警戒心の強い子供だった。普段ならば、不審者が差し出した得体の知れないものなど食べたりはしなかっただろう。

しかし今、この弱り切った心では……少女を拒む勇気も無かった。


「いただき、ます……」


それは不思議な味だった。一口味わっただけで、再び涙が溢れてくる。


辺りが暗くて髪色すらわからない少女は、ソフィが食べ終わるまでずっと見守ってくれていた。きっと向こうも、こちらの服に付いた血が見えていないのだろう。水で多少洗い流されたのかもしれない。


「どこかから逃げ出した……そんなところかな?」


無言で頷く。少女は小さく息をつき、落ち着いた声で言った。


「私もだよ。自分探しの旅に出て、もう長いこと経つ。とはいっても十四だからね……あまりたくさんは移動できていない」

「お、お姉、さん……あの、私……」

「皆まで言わなくて良い。君の事情に立ち入るつもりはないよ。ただもし……君が生きることを諦めないのなら、あっちを目指すと良い」


少女が指し示したのは、他の方角と全く変わらぬ暗闇だった。


「歩いていくと、大きな街に辿り着く。シュレッケンと言ってね……音楽が盛んな良い街だ。今は賊が出る心配も無いから、ゆっくり進むと良い。道中の村に立ち寄れば食べ物ももらえるだろう」

「あ、あの、お姉さんっ、私……ソフィって言います。ソフィネアが、本名です」


鼻をすすり、しどろもどろになりながらもソフィは言う。少女が少し寂しそうに笑うのがわかった。


「お姉さんも、い、一緒に来てくれませんか?」


彼女はその質問を予期していたようだった。再びソフィの頭に手を載せる。


「残念だけど、それはできない」

「え……」

「今の私にはまだ、君を導く資格は無い。ようやく目覚めたところなんだ」


その意味がソフィには理解できなかった。打ちひしがれそうになっていると、少女はまた同じように笑う。


「申し訳ない。けれど、もう安全な道はできている。後は君が進みたいかどうかだ」

「私が……進みたいか、どうか……」

「ああ。諦めたくないのだろう?」


ソフィは小さく頷いた。その時、ソールフィネッジの方から何やら嫌な気を感じる。


「……どうやら、君の追手のようだ」

「あ、ああっ……私のことを、探しに……!」


再び恐怖が沸き上がり、ソフィの指先が冷たくなっていく。すると少女が顎を引き、こちらに背を向けた。


「では、行くと良い」

「…………!」

「遺体が無い以上、生存していることは隠し通せないだろうが……せめて、誤った方向を伝えておくよ。私に任せてほしい」


そう言うなり、少女は里に向けて歩き出した。

自分を守ってくれる背中。ライグリッドに立ち向かった大人たちのことも思い出し、最上の感謝を抱く。


ソフィは彼女が示した方向へ動き出した。渡されたオニギリとやらの袋を手にし、故郷から距離を取る。


「……あっ!」


最後に大事なことに気が付き、ソフィは振り返った。少女はもう随分と遠くへ行っており、自分の小さな声が届くかは怪しい。

それでも、ダメ元で尋ねてみた。


「な、名前……教えてくださいっ……!」


声はほとんど出ていなかった。しかし気配を察したかのように、少女は振り返る。真っ暗なはずなのに、彼女が微笑をたたえているのが何故だかはっきりとわかった。


それはどこまでも、弟と対照的なもので。


「……無垢な君に、どうか見ていてほしい」


呟きに近い声で、少女は言った。



「この先きっと訪れる……私が紡ぐ、偉大なる世を」



ソフィは走り出し、二度と振り返らなかった。全てを少女に託して、ただひたすらにシュレッケンを目指す。


「生きるんだ……っ」


涙がこぼれる。不安で頭と胸がキリキリと痛む。

それでも、道は示されたのだから。


「私は……諦めないっ……!」


まだ見ぬ世界へ向けて、ソフィネア・モリアデスは進み続けた。


呪われたモリアデス家の長子から、親友と笑い合うただの少女へと転身する……その瞬間に向けて。

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