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ド田舎の村娘ですが、成り上がるために国中の猛者たちを下しに行きます  作者: 今江彰人
第3章《自縄自縛のモリアデス》

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57:目覚める人外

それは二人が十歳を迎える晩の事だった。


「ソフィ、ライ」

「……? はい、父さん」

「話がある。二人の今後に関わる、大事な話だ」


ここ二年で、父は少し顔つきが変わった気がする。以前の荘厳な戦士の面持ちではなく、何かに悩むような表情をすることが多くなった。


「……ソフィ。悪いが、いつものように食材を買いに行ってくれるか。ライに先に話しておきたくてな」

「わ、わかりました」


ただならぬ雰囲気を感じたが、どうも説教の類ではなさそうだ。

何かが変わる予感を覚えつつ、ソフィは外に出る。屋内には両親と、不思議そうな顔をしたライが残された。


「どうしたの、二人とも? 何だか真剣な顔だねぇ」

「……座りなさい、ライ」


母に促されるまま、ライは二人に面する形で椅子に腰かける。


「本題から言おう」


父は真っ直ぐに息子の目を捉え、重々しく言った。



「ソフィを、首領の後継者から外す」



ライはあんぐりと口を開け、その場に固まった。やや間を置き、母が後を継ぐ。


「常々検討はしていた。けれどこの地のしきたりは重く……その秩序は簡単に蔑ろにできるものではなかった。それでもね、ライ。事情が変わったの」

「事情……?」

「新たなるテンメイ王の治世……端的に言えば、混沌としている。ライウ王子の言葉が嘘だったかのように、王都は我らに……我らのみならず、王都の外部全域に関わろうとしないのだ」


それはソフィやライが最近あまり伝えられていなかった、外の世界の実情だった。


「周辺地域は徐々に荒れ、秩序を失いつつあると聞いた。この状況下で、我らにはより一層の協調、及び権威が求められるのだ」

「……なるほど」


ライは微笑み、頷く。


「ソフィにはそれを推進するだけの力が無いと……そういうことなんだね」

「その通り」


両親も頷いた。そこに一切の迷いは感じられない。


「十年、あの子には教育を施した。しかし残念ながら首領の器にあるとは言い難く、それは武力の有無に限らない。あの子は勘が鈍く、そこまで頭が切れるわけでもない。いたって『普通』の子なのだ……ライ、お前と違ってな」

「…………」

「我らとて悩んだ。ソールフィネッジに根付く伝統……これを覆すのには、多くの理解を得ねばならない」


覚悟を決める時だと言わんばかりに、母は語気を強めた。


「明日にでも住民たちに告知するわ。この里が置かれている現状を説明し、説得する。説得してみせる。無論、この後あの子にも事情を伝えるわ」


ソフィへの告知は恐らく、これほど厳かなものにはならないだろう。

二人ともわかっているのだ。首領の座から降ろされることに、彼女が反発などするはずがないと。むしろそれが本望であると。


「……そっか。そっかぁ……」


ライはこれまでの姉の姿に思いを馳せた。そして、流れるように言う。



「じゃあ、殺す? ソフィのこと」



言葉の意味を理解できずに、両親は首を傾げた。薄暗い部屋の中、二人の動きがシンクロする。


「ライ……?」

「だってそうでしょ? ソフィはこの里を導く者。でも彼女は弱い……だから、それができないって二人は言う。そして、弱い者に価値なんて無いんだ」


それは十年にわたり、ライが受け止めてきた言葉だった。


「だったらさ。もう消すしかないよね。無かったことにするしかないじゃないか」

「お前、何を言って……」

「僕はただ……父さんたちを嘘つきにしたくないだけだよ」


二人は顔を見合わせた。父がやや困惑気味に切り出す。


「……お前たちには苦労をかけた。ソフィだけでなく、ライ、お前にも────」


「でも、大丈夫! これからは僕に任せてっ!」


意気揚々と手を打ち、ライは高らかに言った。


「これからは僕が、ソフィの分まで頑張るよ。口を出すつもりはなかったけど、僕だって一度くらい首領になってみたかったんだ。二人にじきじきに頼まれたら、やるしかないよねぇ!」

「いや、それは……」

「ソフィのことも請け負うよ。殺すのに猶予をつけてあげても良い……彼女にはね、立派な夢が────」

「ライ、話を聞きなさい!!」


父がソフィではなくライに向けて怒鳴るのは、史上初めてのことだった。

すっと表情を消した息子に、彼は神妙な面持ちで言う。


「後継者は……これから決める」

「……え? どういうこと?」

「民意で決めるのだ。選挙を行う……周辺の大都市がそうしているように」


ライは言葉を失った。まるで未来が見えたかのように、その先の全てが繋がった気がしたからだ。


「その際に、モリアデス家は候補から外れる。しきたりを変える責任を、その形で取るつもりだ」


ライは脱力し、椅子に深くもたれかかる。


両親は何も言わない。ただどこかから、歪な笑い声が聞こえてきていた。


「ふ、ふふ……うふふふ……っ」


それが自分のものだと気付く頃、ライの頬には自身の爪が深々と食い込んでいた。


「……わかって、いたじゃないか」

「……?」

「ソフィが首領に向いてないって……そんなの赤ん坊の頃から、わかっていたじゃないか」


力の入らない足で、ライグリッドは立ち上がる。涙に濡れる姉の顔を思い出し、心に湧き上がる黒いものを感じた。


「彼女は泣いていたよ? きっと普通の女の子になりたかったんだ……でも父さんたちは、意味の無い訓練を毎日毎日……もし魔法という特別なものが無ければ、彼女はきっと壊れていただろうねぇ……」

「……私たちは、あの日々が無駄だったとは思っていない。心優しいのは知っているが……人見知りで臆病なあの子には、激しい特訓が必要だったのだ」

「ふふふ……それで、その結果が? 十年やらないとわからなかったの、父さん?」


ライは定まらない視線を両親に向けた。今胸の中で燃えているこれは、怒りではない。



「父さんたちは、嘘つきだよ」



吐息のように切ない声で、ライは吐き捨てた。


「何一つ……守れてないじゃないか。僕たちの人生を決定づけた言葉の数々……僕は、忘れられないよ」

「ライ、落ち着きなさい……!」

「ソフィがこの里を導く。長は最強でなくてはならない。そして弱者に価値は無い……でも、実際はどうだい?」


ライは理解していた。この底知れない感情は……


得も言われぬ高揚感だ。


「ソフィの十年を無駄にした結果、彼女は長から外され……首領は弱い者が選ばれるんだよ。酷い、酷いよねぇ……!」


ライは右目を覆う。それはこの家に刻み込まれた、上に立つ者としての作法だった。


「最強たる僕は、首領にはなれない……! 伝統なんていつだって変えられた。でも父さんたちは、ソフィや僕の気持ちより世間体を優先した!」


ライグリッドは笑った。低く、唸るように。

異様な気配を察知し、両親は顎を引く。


「ねえ、父さん。母さん。僕に最後のチャンスを頂戴」

「……最後の、チャンス?」


「僕と、決闘してよ」


二人のどちらかが唾を飲んだ。長女不在のモリアデス邸に、彼女が最も忌み嫌う空気が流れる。


とめどない、殺気だった。


「……予め言っておく」


父は立ち上がった。親としてではなく、首領として息子に言い聞かせる。


「これは決定事項だ。お前が何と言おうと覆らん。首領としての権限は未だ私にあり……お前たちが口を挟む余地は無い」

「ふふふふっ……嘘つきの癖に……全部手遅れにしたくせに……! 随分、威勢が良いこと言うじゃない……」

「ライ、口を慎みなさいっ! お前は────」


憤る母を父は手で制する。彼は拳を柔らかく握り、嘆くように言った。


「思えば私たちは、この子を調子に乗らせすぎたのかもしれん。子供たちの中では異様な強さを誇るが、大人相手にはまだまだひよっ子も同然だ」

「…………」

「ライ、決闘の申し込みを受け入れよう。庭に出なさい」


流石に浮き足立った母を置いて、父は準備を始めた。ふと違和感を覚え、ライは横槍を入れる。


「ねえ、父さんだけで戦うの?」

「……? 首領は私だ。他に誰がいる?」

「でも全部、二人で一緒に決めてるんでしょ? 母さんだってこの里じゃ無類の戦士だ」


ライは徐に手を差し出した。


「母さんも来てよ。面倒だからさ……二人同時に相手をするよ」


その言葉に、俯き気味だった母はあんぐりと口を開けた。父の目つきが狩人のような鋭いものに変わる。


「ライ……思い上がりは大概にしなさい」

「それとさ、別に庭に出る意味はないよね。部屋の中で良いじゃないか」

「…………」


両親は無言で居間に立った。ライも向かい合うようにすると、ピりつくような気迫を肌で感じる。


「……ソフィに申し訳ないな」

「本当に。帰ってきたら、修羅場だろうから」

「んふ、ふふふ、ふふふふふっ……!」


どんな顔をするだろう。この家でただ一人温厚で、争いを好まぬ少女は。帰ってきた時に何と言うのだろう。


「覚悟は良いか、ライグリッド」

「……信じていたよ、最後まで。有言実行を……僕らの命運を決定付けたからには、相応の成果を出してくれると。なのに……あぁ……」


月の光が体を照らす。姉と異なる黄金の瞳を煌めかせながら、ライグリッド・モリアデスは無表情でこぼした。



「残念だよ」


─────────────────────────


「……ただいま。父さん、母さん? ライ?」


ドアを叩いても返事が無かった。遠目に窓を見る感じでは、明かりは消されているようだ。

一体どれほど込み入った話なのだろう。胃が痛くなる思いで、ダメ元でドアノブを回す。


「……! 開いてる……」


先ほどしっかり鍵をかけたはずだが、誰か外出したのだろうか。

考えていてもらちが明かないので、ソフィは家の中に一歩踏み込む。明るい話が行われていることを願いつつ、ふと息を吸った時。


本能で嫌悪感を抱くような異臭がした。


(こ、これっ……もしかして……!!)


一瞬呆然とし、気が付く。間違いなくこれは人間の血の臭いだ。

それも……普段魔法で治す傷とは比べ物にならないほどの、夥しい量の。


「……あ、ああっ、みんな……!!」


ソフィは居間に向けて駆け出した。不審者がまだ潜んでいるかもしれないとか、そんな心配をする余裕は無かった。

そしてソフィは見つけることとなる。ぐったりと力尽き、テーブルにその身を横たわらせた────


父と、母の姿を。


「────っっ!! はっ……!!??」


呼吸ができない。頭が真っ白になって、持っていた荷物を取り落とす。

やがて口から飛び出たのは、自分のものとは思えぬ裏返った声だった。


「父さんっ!!?? 母さんっっ!!!」


床を這いながら両親に近づくと、手にべっとりと血が付いた。胃から全てが逆流しそうになりながらも、ソフィは無我夢中で二人に手を当てる。


「な、何がっ……何が、どうなって……! 二人とも、へ……返事してよぉっ……!!」


未熟な治癒の魔法では、全身に傷を負った彼らを完全に癒すことは叶わなかった。

それでも涙声で呼びかけていると、やがて父の指先が動く。


「はっ! と、父さん! 父さんっ!!」

「そ……ふぃ……」

「な、何が……何があったの!? ライはどこです……! ねえ、父さんっ!!」


彼は腕を持ち上げ、何かを示そうとしていた。それが不可能なことを悟ると、脱力し、浅い呼吸をしながら口を動かす。


「…………ろ……」

「……え……?」

「…………に、げ……」


ソフィが反射的に父から体を離した、その時。



「こちょこちょ~」



それは相も変わらず陽気な声だった。心臓が飛び出そうになり、全身が総毛立つ。


「っぎゃああああっ!!??」

「なーんて、今回は触ってないじゃないか。相変わらず怖がりなんだから」


えずきながら声のした方を向くと……窓から来る月明かりに照らされた少年が、視界の端に浮かび上がった。


そしてソフィはたった一目で理解した。この事件の犯人が誰であるかを。



「おかえり、ソフィ」



ライグリッド・モリアデスは、全身血濡れになりながら……見たことのない満面の笑みをたたえていた。

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