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ド田舎の村娘ですが、成り上がるために国中の猛者たちを下しに行きます  作者: 今江彰人
第3章《自縄自縛のモリアデス》

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54:ソフィネアとライグリッド

僅差だった。双子として先に生を受けたのが自分だったことは、全くの偶然と言わざるを得ない。


「この子の将来を考えれば、名はおのずと決まる」


両親共に、妥協を許さない厳格な性格だった。世襲により長が決まるこの地で、民の期待を一身に背負った自分は、里の名を冠した名をつけられた。


「ソフィネア・モリアデス。やがて首領となり、王族をも超える実力者となる子だ」


それは今になっても自分を縛る、呪いのような言葉だった。


「して、こちらはどうしようか」

「長はすでに決まった。けれど、その縁者が強者であるに越したことは無いわ。私は男児を想定していたから、名前の方も考えてあるの」


隣で横たわる、ライグリッドと名付けられた赤ん坊は……大声で泣く自分と違い、とても安らかな表情をしていたという。


生まれながらの性格は、二人が一歳を過ぎる頃には如実に表れるようになった。


「しっかりしろ!」


ソフィはいつも泣いている子供だった。とにかく気が弱く、冒険心が少ない。

例えるならば、おもちゃを奪って泣かせる側ではなく、奪われて何もできずにめそめそするタイプだ。父の激しい叱責は、主にそんな自分に向けられているものだった。


「ソフィ、お前はこの里を導いていく存在だ。いかなる時でも泣いてはならん。首領たるもの、目下の者に涙を見せて良いはずがない!」


父の言葉の意味がわからず、涙の量は増えるばかり。

彼がなおも叱責を続けようとすると、必ずいつも袖を引っ張る者がいた。


「とー、たん」


ライグリッドことライは、怒れる父をそんな風に呼び止めた。言語を理解しているかも怪しい年齢なのに、事が大きくなる前に必ず待ったをかけるのだ。


「おお、ライ……」


すっかり溜飲の下がった父は、口角を上げて彼の頭を撫で付ける。


「お前は本当に、泣いた試しが無いな」


ライは微笑んでいた。年齢も相まって天使のような可愛らしさだ。

しかし何故だろう……幼いソフィの心には、それが笑顔であるという認識は無かった。


「もっとよ、ソフィ! 腰を深く入れなさい!」

「はいっ……!」


天高くそびえる峰を覆う霧が、久しぶりに薄まった日のこと。


他の住居より一際大きなモリアデス邸。その広大な庭で、四歳のソフィは母と稽古に励む。

幼い内は、ひたすら運動能力を高める修練なのだという。武器を扱うのは体が出来上がってかららしい。


「甘い! そんなことでは同年代の子にすら勝てない! 弱い人間に価値なんて無いのよ!」

「……はあ、あっ……」


膝をつき、汗を拭う。息切れを起こし、もう動けないと本能が叫んでいた。


「同年代」とは、母がよく引き合いに出す言葉だった。ソフィの体は周囲より一回り小さく、腕力も圧倒的に足りない。物心が着く頃には、そんな自分はこの里の「流儀」に合っていない存在なのではないか……漠然と、そんな疑念を抱くようになっていた。

それでも。


「ソフィ」


落ち込んだ状態で室内に戻ると、テーブルの前にはいつも彼がいてくれる。


「ライ……」

「おつかれさま、これお水。おうえんしてるよ」

「うん……ありがとう」


自分とほぼ同じ容姿を持つ、双子の弟ライグリッド。違いがあるとすれば髪の長さくらいだろう。

もっとも、人間性は大きく異なる。よく泣き、それ以外の時は我慢を繰り返すソフィと違い、彼は本当の意味で静かだった。


跡取りでないライに、ソフィのような厳しい訓練は施されない。だから彼はいつも、部屋でひっそりとしているだけだ。

一方、いつだって優先されるのはソフィである。しかし一度たりとも、彼は不満を感じるそぶりを見せたことがない。


「もしライが先に生まれていたら、どうだっただろうか……」

「やめて。確かに戦わせたことはないけど……姉がこうで、弟が才に恵まれているわけがない。この子たちは双子なのよ」


両親の言葉にソフィが傷ついても、ライは表情を崩さない。そんな弟の堂々とした態度が眩しく映り、また、跡継ぎでない彼のことが無性に羨ましかった。


「こ、こんにちは! じき『しゅりょう』、ソフィネア・モリアデスっ……ことしで、五さいになりました」


遠方からの商人に対し、両親の横で挨拶をする。

初めて会う相手には、右目を隠すのがこの地の伝統なのだと教わった。武力を誇りとするモリアデスは、片目だけでも相手の全てを捉えられる……そんな風にアピールするためのものだとか。


「へぇ、この子が……確かにお二人の面影がありますな」

「ええ……しかし恥ずかしながら、鈍重で何をやっても上手くいかず。部屋にあった医学書を眺めているときが、最も生き生きとしております」

「ほー……何も、そんな子を跡継ぎにせずとも。双子の弟さんは?」

「彼には訓練を施しておりません」


両親は自分の方針に信念を持っているようだった。


「長子が後を継ぐのが習わし……ソフィには、この地で誰よりも強くなってもらわねばなりません」

「世襲制と聞きますな。しかし、長にその座を賭けて決闘を申し込むこともできるんでしょう。将来成長した弟さんが姉に牙を剥き……なんてことも」

「まさかそのようなこと。モリアデス家の長子が敗れたことは、未だかつて無い。今はこうでも、訓練をさせていれば差は開いていきますよ」


商人は不審そうに、ソフィと両親とを見比べる。もっと強く言ってほしい……などという願いは、当然届かない。


厳しい訓練と、芽の出ない日々が続く中。六歳になったある日、ソフィに転機が訪れた。


「ソフィ、今日の客人にはいつもの作法は必要ない。正座し、ただ静かに話を聞きなさい」


モリアデス邸の客間は、普段より丁寧に整備されていた。室内の張りつめた空気に、ソフィは早くも胃をやられそうになる。


「きんちょうしてる? ソフィ」

「ら、ライ……うん。だって、今日くるのって……」

「ぼくも出せきするんだ、心ぱいないよ。それに気になるよね……『おうぞく』って強いんでしょ?」


彼は珍しく、興味深そうな顔を見せた。


「そんな人たちにも、おくさない父さんたちを見てみたい。きっと相手は、おどろくよ」


認めたくなかったけれど、ライは頭も良かった。使う語彙が年の割に大人びている。自分より圧倒的に勉強する時間が多いので、仕方がないかもしれない。ソフィも常々、部屋に籠ってゆっくり医学書を眺められたらと思っていた。

……別に内容が理解できるわけではないけれど。


「ライが……『あとつぎ』だったら良かったな」

「……そう思うかい?」


最終的に全ての椅子や机を取り払い、床に正座をする。何故そうするのかと尋ねると、今日は向こうの文化に合わせなければならないのだと言われた。


そして、その時はやってくる。


「お初にお目にかかる」


丁寧に切り揃えられた、鮮やかな紺色の髪。堂々たる表情をした若い男が、モリアデス一家に向け挨拶をした。



「テンメイ王太子が第一子……ライウ・テンメイだ」



それはソフィが初めて見る王族の姿だった。年の頃は、十代半ばといったところか。

まだ顔つきもあどけないものであるのに、見慣れない羽織や凛とした居住まいから醸し出される威圧感たるや、思わず動きが止まってしまうほどだった。


「ソフィ」

「あっ……」


ライに小声で呼ばれ、慌てて頭を下げる。王子のお付きの人が訝しげな顔をするのがわかって、背中から冷や汗が流れ出た。後で両親に怒られてしまう。


「して、王族の方が我らにどのようなご用件でしょう」

「我が祖父たる現王は、もう長くはない。来るべき王位継承の際、生まれ変わる王都と滞りなく交易が行われるよう……貴殿らには準備をしておいてもらいたい」


そう言ってライウ王子が取り出したのは、ソフィには到底読めないような複雑な書類だった。


ソールフィネッジは、霧に囲われた巨大な峰の上に位置する。来訪者は、峰の中に作られた専用の通路を上ってここまでやってくるのだ。よって、契約関係にある数少ない商人たちとの取引にも時間がかかるし、基本的には自給自足である。


「今すぐこれを読まずとも良い。簡単な話であるからな」


彼は厳かに言った。


「ソールフィネッジを今よりも開放してもらいたい。ここは王都南部にて、『インス・ペノール』とシュレッケンとの間に位置する、唯一の力ある地だ。具体的には、交易が進みやすくなるよう中間地点としての役割を果たしてほしい。また、軍を再編する際には、猛者揃いと言われるこの地の戦士たちの力を是非とも貸りたいと考えている」

「ほう……」


父は額に手をやり、考え込むような様子を見せた。


「未来の第一王子様のご命令となれば、無碍にはできません。しかしそれで、我らにどのような利点が?」

「立地上、何かと後回しにされやすいこの地だ。要求を受け入れてもらった暁には、様々な権益を約束する。また、どうもこの地には教育機関が不足しているようだ」


そこで初めて、ライウ王子はソフィら双子に目を向けた。

彼はソフィをじっと見て、何かを理解したような顔をした後、再び両親に向き直った。


「ご子息に教育を施す学校、その設立の手伝いをしたい。この地の才ある子らが、正当な教育を受ければ……更に強固な里となることが期待されよう」


学校。何だか心躍る響きだ。

内容はあまり理解できていなかったけれど……彼がこの地に訪れたことで、この里の何かが変わりつつあるのを肌で感じていた。


(もしかしたら……)


ふと、願望に近い疑問が浮かぶ。


(わたしも子供たちといっしょにべん強して……もっと自由に……)


「ねえ」


ライグリッドが両親たちの前で言葉を発した記憶は、ソフィの中ではとても古いものだった。

だからただでさえ驚きであるのに、それがこのような公式の場であったので、ソフィは思わず彼を凝視してしまう。


「どうしたの? 父さん、母さん」


ライはいつもと変わらぬ微笑をたたえていた。


「ソールフィネッジは、『さいきょう』の地。さいきょうのせんしがいる地。おうぞくの助けなんていらないと思うなぁ」

「ライ……!」

「も、申し訳ありません、王子。何分この子は跡継ぎではなく、教育が行き届いておらず……」


両親は青い顔で慌てていたが、当のライウ王子は然したる反応を見せない。むしろ、どこか面白そうに彼を眺めていた。


ライは続ける。


「ソフィがさいきょうになれば、学校なんていらないじゃない。なのにどうして……わるくないな、みたいなかおしてたの?」

(か、かおが見えたの……?)


ソフィとライは、両親を挟むようにして彼らより少し前の位置で座らされていた。振り返ることは許されていない。ちょうど、親の表情が見えず不安に思っていたところだったのだ。


「考えがかわったの? 今まで、他人の力をかりるなんてはっそう、なかったのに。それとも────」


そこで初めて、ライは王子と目を合わせる。


「ライウ王子から、ものすごい力をかんじるから?」


両親が息を呑むのがわかった。ソフィは王子とライを交互に見比べ、首を傾げる。


「すごく伝わってくるよ、ぼくにはないすごい力……そんなライウさんに、父さんたちはおそれをなしたの? ぼくと名まえがにてるし、そんなにおそれることないと思うけど……」

「ライ! 口を慎みなさいっ!」

「い、今すぐ退場させます……!!」

「構わぬ。そのままで良い」


話を聞いたライウ王子は、不快感というよりは、疑念の眼差しをライに向けていた。


「まさか其方に指摘されるとは思わなかった。其方からは何も感じぬが……私と同類の者を知っているからか」

「うん……すぐ近くにいるよ」


ライはそう言い、目だけを動かしてソフィの方を見る。王子と両親もそれに続いた。

注目を浴びるのが苦手な上、そもそも話についていけないソフィは、訳が分からず赤面してしまう。


「ソフィネア・モリアデスといったか」

「は、はいっ……!」


「何の因果か……王族にとって欠かせない力の象徴を、其方も持ち合わせているな。見た所、水と治癒の魔法だ」


それはソフィにとって、青天の霹靂だった。

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