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ド田舎の村娘ですが、成り上がるために国中の猛者たちを下しに行きます  作者: 今江彰人
第3章《自縄自縛のモリアデス》

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53:運命のモリアデス

「…………っ!!」


フレーは駆け出した。後から二人も付いてきてくれることを信じて、ひたすらに地面を蹴る。半ばパニック状態で噴射は行えなかったが、体感ではそれと同じくらいのスピードが出た。

もう眠気など吹き飛んでいる。今フレーを突き動かしているのは、本能的な恐怖だ。


(何あれっ、何で、何で……ッ!?)


戦わずともわかる。あの少年の強さ……きっと自分が何人かで束になっても、容易に返り討ちにされるという事実が。


逃げなければ。今すぐ全員でここから離れ────


「傷つくなぁ」

「……えっ……」


少年は目の前にいた。全力で走っているはずのフレーの前で、構えも取らずに棒立ちしていたのだ。


「そんなことされたら、強制的に連れてくしかなくなるじゃない」


突如、空間が歪む。立っていられず、フレーは思わず地に手をついた。何かに振り落とされそうな気がして、その場から動くまいと必死に体を強張らせる。


次に周囲に現れたのは、先ほどと変わらぬ星空と、四方八方に掲げられた橙色の明かり。


そしてフレーたちを取り囲む、見るからに屈強な人間たちだった。


─────────────────────────


「ん…………」


言いようのない不快感の中、エディネア・モイスティは目を覚ます。


何だか辺りがかび臭い。例えるなら、シュレッケンで最初に使った、手入れのされていないベッドのような。

次に感じたのは、お尻の冷たさと凝り固まった体の感覚だ。朦朧とした頭で、とりあえず伸びをしようと万歳の姿勢を取る。


その途中で、両手が何かに引っかかって動かないことに気が付いた。


(え……)


手だけでなく、足もだ。体の様々な自由が制限されている。


「は、え……!? 嘘……!!」


思考が鮮明になると同時に、胸の奥が冷たくなる。


自分が石畳の上に座らされていること、手足を鎖に繋がれていること、目の前には鉄格子があること。

そして、自身の最後の記憶……


(あぁ、そうだ……)


全てを思い出すと、不思議と気分が落ち着いた。来るところまで来てしまったという諦めと、表しようのない絶望感が胸中を満たす。


「……私は、あの部屋であいつに……」


そこは牢獄だった。耳を澄ますとわずかに他者の息遣いが聞こえてくる。真っ暗闇の中で、顔は認識できないけれど……同じく捕らわれた人間たちが怨嗟の呻き声を上げていた。


「あう……ううっ、ひぐ……」


涙と嗚咽が溢れてきた。迷惑にならないよう、なんとか声を押し殺す。

髪も乱れ、目も酷く腫れ……きっと今の自分は酷い顔だ。涙が体に落ちた時、唯一服装だけがあの時のままだと気が付いた。


(何回見ても、恥ずかしい格好……)


皮膚に張り付いた生地はとても薄く、少しの外気も通してしまう。ぬるい空気を纏う空間が、急に極寒の地のように思えてきた。


寒い。身も心も震える思いだ。


「フレー、ザン……マインド……」


鎖を引っ張り、そっと自分の体を抱く。愛するホメルンで、大切な仲間たちと一緒に育ってきた体だ。

フレーは出たがっていて、ザンも退屈だと言っていたけれど……エーネはあの村がとても好きだった。


「お願い……どうか、お願いですから」


消え入りそうな祈りを込める。


「どうか最後にもう一回……フレーたちに────」


「おい」


それはどこか聞き覚えのある、腹に響くような低音だった。

自分の世界に入り込んでいたエーネは、突然話しかけられた驚きに息を詰まらせてしまう。


「お前、今何と言った?」

「な、何って……」

「質問に答えろ。誰の名を呼んだ」


威圧するような、有無を言わせぬ口調だった。選択の余地無く、エーネは正直に答える。


「わ、私の……友達の名前です。フレー……は、あだ名、なんですけど……」

「……そうか。そういうことか」


鎖が持ち上がる音がした。暗闇に慣れてきたエーネの瞳が、格子の奥で揺れる誰かの姿を捉える。


「その髪、見覚えがあると思っていた。勘違いではなかったようだ」

「…………!!」

「数日ぶりだな……エディネア・モイスティ」


蘇る様々な記憶。エーネはこの男を知っている。

それどころか、看病をしたことさえも。


「互いに、年貢の納め時というわけか」

「…………そう、みたいです」


エーネは小さく笑った。見知った人間に巡り合えた安心感と、彼さえもここに捕らわれているという、逃れようの無い事実に打ちのめされながら。


「久しぶりですね……グレイザー」


─────────────────────────


「……は……?」


その呟きは、先ほど後方にいたはずのザンのものだった。慌てて体を捻ると、自分と同じように座り込む彼とマインドを視認できた。

三人を取り囲む群衆の向こう側に、フレーは確かに建物を目にした。レンガ造りの、どこか古典的に思えるそれらは……


(あれ、い、家……?)


突然出現した明かり、人間、建造物……先ほどまでの平原は見る影も無かった。


「あの場所が何か変わったわけじゃないよ。君たちが移動してきたんだから」


フレーの心中を察してか、少年のそんな声がする。少し間をおいて、彼はフレーの正面に出現した。


「空間移動。体験するのは初めてでしょ?」


ザンが抜刀し、フレーとマインドが腕を掲げる中、少年はまた笑った。今度はくつくつと含むような笑いだ。動けない三人に、彼は懐から取り出した玉のようなものを見せ付けてくる。


「これ、魔道具なんだ。王都でしか使われてないけど、僕は特別に譲り受けたんだよ。すごいでしょ? 魔力が込められていれば、魔法使いじゃなくても使える……その本人が行ったことのある場所に、一瞬で移動できるんだ」


フレーはやや遅れて気が付く。この地の空気の薄さ、肌寒さ……そして遠方に立ち込める濃い霧の匂い。


────地上から大きく突き出た岩地……陸の孤島に居を構える、戦闘民族の里。


言葉よりも先に感覚で理解した。ここがいかに、地上から離れた場所であるかを。


「んんー? お姉さん、何か聞きたいことがありそうだねぇ」

「……どこに、いるの」


フレーは震えを押し殺し、必死に声を絞り出した。


「エーネは、どこにいるの……!!」

「ん、ふふ……っ」


お面の少年は体を揺すり、顔を俯かせる。


彼が次に発したのは、それまでよりも一段階低い声だった。


「エーネ、エーネかぁ……慣れない呼び名だね」

「し、質問に答えて! エーネはどこ!! お願い、顔が見たいの……!」


フレーたちを囲むギャラリーは、真剣にこちらを見ている者、逆に目を合わせようとしない者など様々だった。

共通しているのは、誰一人として身動きを取らないということ。そしてその目にどこか、畏怖の感情が宿っていることだ。


フレーの哀願を受け、少年は自分のお面に手をかけた。


「ふふ、うふふふっ……そのエーネって子は、もしかして……」


少年の素顔が露わになる。汗一つかいていない、その涼しい顔面を見た時────

フレーは思わず、目尻に涙を滲ませた。


(エーネ……っ)



一体今まで、どんな思いで。


─────────────────────────


グレイザー・ザ・フェンダー、群都市ビートグラウズの守護者。自分たちと共に、ポイズン・ガールズを打ち倒すはずだった者。


暗闇越しに薄っすらと彼のシルエットが見えた。エーネと同じように鎖に繋がれ、胡坐をかいたグレイザーは、相変わらずの印象的な長髪を垂らしている。

顔は判別できないが、じっとこちらを見ているのは何となく感じられた。


「……あの、グレイザー」

「何だ」

「み、見えてますか? こっちのこと」


こんな状況でも羞恥心は働くらしい。目下のエーネの疑念は、同じく捕らわれた彼が、どのようにしてここで生きてきたかではなく……

彼がザンのような暗視能力をもって、エーネの際どい服装を認識していないかだった。


「何故そんなことを聞く」

「そ、その……私今、ちょっと服が……」

「……それは、今言うべきことか」


棘のある声に、エーネは押し黙る。こんな話でもしていないと、泣き出したいのを堪えられないのだ。


「お前から話があると思ったんだがな。その様子じゃ、まともな判断力も失ったか」

「……判断って、何の話です? 今できることなんて何も無いのに」


水を操ったとて、せいぜいこの汚れた床を掃除できるくらいだ。ここから出られるわけでもなければ、出たところで未来があるわけでもない。


何故そう断言できるのか。それはエーネが既に、自分の状況を完全に理解しているからだ。


「気付いて……ますよね?」

「…………」

「どうして私だけがここにいるか。何で……戦う力もほとんど無い私が、わざわざ捕らえられたのか」

「はっ……」


グレイザーは鼻で笑って、壁にもたれかかった。


「貧弱そうなお前のことだ。大方奴に襲われ、一人だけ逃げ遅れたんだろう」

「……ぐすっ……」

「おい、冗談だ」


泣き出したエーネに、グレイザーがいっそう低い声を出す。煮え切らない態度を取る自分にイライラしているようだ。


「お前、後悔しているな」


それは非常にシンプルで、ストレートな表現だった。


「言うべきことを言わなかった。その結果、取り返しのつかねェことになった。だからそうして泣くことしかできないんだろう」

「ど……どうして、それを……」

「答える義理は無い」

「……グレイザー、私……」


両手を合わせ、太ももの上で強く握る。

改めて自分の感情を認識すると、その言葉は思いの外スムーズに出てきた。


「怖いんです」


守護者は何も言わない。そこには、エーネのための時間があった。


「色んな事が怖いんです。痛い思いをするのも、高いとこに上るのも……私の過去を、知られるのも」

「…………」

「フレーとザンは、きっと受け入れてくれるってわかってる。でも、ずっと話せなかった。思い出すだけでも、嫌だった」


震えながら息を吐いて、エーネは体の力を抜く。


「……なんていうのも、本当は建前なのかもしれないです。私が話せば、向き合わなきゃいけなかったから。今でも時々夢に見る……私の恐怖そのものと」

「数奇なものだな」


グレイザーの感想は短かった。


「誰もが羨む魔法……それをもってしても、何一つ手に入らなかったというわけか」

「……はい……」

「して? もう終わりなわけか」


涙に濡れた顔で格子の奥を見やる。彼の猛禽類のような目が、鋭くこちらを捉えている気がした。


「……グレイザー、励ましてくれてるんですか……?」

「変なところで前向きな女だ」

「……縋りたいだけです。でも……」


まさか……最初に話すのが彼になるなんて。昨日までは夢にも思っていなかった。


「せめて最期に、聞いてくれませんか? 私の秘密……今までずっと、隠してきたこと」


右目に手をかざし、顎を引く。

かつて両親に教え込まれたあるべき作法。エーネは精一杯不敵に笑いながら、忠実にそれを再現した。


「まずは改めて、自己紹介しないとですね。八年間、偽名で通してきたから」




「お前……! その、顔は……っ!!」

「……これが、人間関係か」


ザンがこめかみに青筋を立て、マインドが小さく俯く。

フレーの涙に向け、右目に手をかざした少年は……不敵な笑みを浮かべた。


「大げさだなぁ、みんな。君たちは選ばれし客人なんだ。穏やかにさ、自己紹介と行こうよ」


さっぱりした銀の髪に、色違いの金の瞳。

もしも髪型が同じだったなら……きっと誰もが見紛うことだろう。


「初めまして、炎のお姉さん。僕の名は、ライグリッド・モリアデス」


「こんばんは、グレイザー。私はソフィ……ソフィネア・モリアデス」


それは奇しくも、同じ夜、同じ時の出来事だった。



「ようこそ、我らがソールフィネッジへ」

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