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ド田舎の村娘ですが、成り上がるために国中の猛者たちを下しに行きます  作者: 今江彰人
第3章《自縄自縛のモリアデス》

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52:懐かしき出会いの日

「はあっ、はあ……」


日が沈んでから数刻。

一面に続く平原に疲労困憊となり、額に汗を浮かべたフレーが膝を掴むと、マインドがこちらを振り返った。


「フレー、発汗と動悸がすごい。特に動悸……二人とも、多分心理的要因から来るものだ」

「ま、マインド……エーネに言ったら怒りそうだから、やめてあげてね?」


本当はまだまだ進むつもりだったが、こうも的確に分析されては敵わない。今日はここいらが潮時だろう。


「ただでさえ寝てないからな。この辺は岩場が多いし、安全そうだ」


そばに来たザンがシートを広げ始めた。フレーは手伝おうとするが、彼に手で制される。


「お前は休んでおけ。万が一の時には、お前の噴射が必要になるんだ」

「うん……ありがと、義兄さん」

「都合の良い時だけやめろよ、気持ち悪い」

「え、ひどっ」


そんなこんなで火に当たると、少しずつ体が解れてくるのがわかった。

人数は以前と変わらぬ三人だ。しかし、エーネはここにはいない。


────フレー、私たちはやるべきことがあるでしょ! このまま寝る気ですか。


(水浴び、したいな……)


二人で裸になって大慌てしたあの夜が、遠い昔のようだ。


「ねえ、二人とも」


フレーたちの暗い心情を慮ってか、マインドが小さく言った。


「聞かせてよ、エーネのこと。僕の知らない話、いっぱい……」

「……エーネのこと、か」


ザンは思い起こすように目を細め、視線を星空に向ける。


「割と見たままだけどな。臆病で鈍くて、でも心優しい……そんなやつだ」

「んふふ……初めて会った時はね。全然喋らなくて、いっつも泣きそうな顔してたんだよ」


────私、フレイング・ダイナ! フレーって呼んで! そっちはお名前何て言うの?

────えっ…………ィネ……ぁ、あの……

────エ、ネ? エーネ?

────あ、えっと……

────エーネちゃん、初めまして! ちょっと待ってね……ザン、ザーンっ! なんかボロボロの子がいるー!


「あの時のお前は酷かった。何かと思って駆けつけたら、お前が見たことの無い銀髪の子を指差してて。実際ボロボロだったし、急に叫ばれたその子は泣いてたし……」

「ご、ごめん……今思うと、結構最悪だよね……」


村の大人たちから、どこから来たのかを問われる。口を閉ざしたまま、幼いエーネはビートグラウズの方向を指差した。

村人たちの驚き様は凄かった。何せ当時既に治安は良くなく、非力な少女が一人で街から渡って来られたのは、とても幸運なことだったからだ。


「結局エーネはそのまま村の子になったんだけど……何か時間かかってたよね」

「手続きだな。見るからに逃げてきた感じの子でも、勝手に住まわせるのはまずいって判断なんだろ」

「そっか、確かビートグラウズに手紙を送って……」


当時の市長はまだゼノイ・グラウズだろう。大人たちの反応を思い出すに、結局エーネの身内とはコンタクトは取れなかったらしい。それならばと、彼女はホメルンの住民として登録されたのだ。


何らかの理由で親に捨てられたのか、それとも元から身寄りが無かったのか。


いずれにせよ、エーネはビートグラウズ周辺から来た孤児……それが最近までのフレーたちの認識だった。


────フルネームはなんだ?

────ふ……フルネーム?

────ああ、苗字は無いのか? それと、例えばフレーの本名はフレイングだし、そっちももっと長い名前があったりしないかなって。


「あの頃から変わらないよね、ザンの圧迫面接」

「うわぁ……」

「おい、そんなに怖くはないだろ。変なことを教えるな」


エーネはたじたじになっていたが、確かにフルネームはフレーも気になっていたところだった。

彼女は何度か吃りながら、改めて名前を教えてくれた。


────え、エディネア。エディネア、も……モイスティ。私の名前……

────エディネアって強そう……! でもあだ名が可愛いから、やっぱりエーネちゃんって呼ぶね。

────そうだな。改めてよろしく、エーネ。

────お、教えた意味……


やや呆れながらも、エーネは笑った。彼女の笑顔を見たのはそれが初めてだった気がする。


エーネが孤児院に入り、フレーたちと遊ぶようになってしばらく経った頃。

何やら覚悟を決めた様子の彼女から、二つの衝撃的な事実を告げられた。


────あのね、フレーちゃん。話があって……

────話?

────二人とも、私のこと小さい子みたいに扱うけど……わ、私ちょっと前に、十歳になったんです! だからその、一応はお姉さん、というか……


フレーもザンも、あの時は開いた口が塞がらなかった。

その時点でフレーは八歳、ザンは九歳だ。エーネはまさかの最年長者だったのである。


「背は若干エーネの方が高かったけど……痩せててびくびくしてたから、余計年下に見えたのかな」

「そっか……じゃあ、エーネは随分成長したんだ」

「な、何でだろう……ただの感想なのに、悪意があるように聞こえる」


────びっくり……だけど誕生日おめでとっ、エーネちゃん! あとでプレゼント買ってくるね!

────えっ、あ、ありがとう……じゃなくて! き、聞いてた……?

────俺より年上なのか。エーネ……さん。あの、お前とか言ってすみません。

────あ、それは全然気にしてな……違う! ねえ、次が本題なんです。先に進んで良いですか……?


フレーとザンはふざけるのをやめ、彼女に向き直る。

エーネは青い顔で深呼吸し、手を胸の前に持ってきた。そして彼女が左腕を横に払うと、突如として、空中に水の塊が生み出されたのだ。


────二人には言っておきたくて……私、魔法使いなんです。でも全然力は無くて、むしろ……


その澄んだ水に目を奪われ、フレーはしばし呆然とした。次の瞬間出てきたのは、歓声に近い声だ。


────すごい! すごいすごいっ!! ザン、見た!? 水出てたよね! 水の魔法使いだよ!

────ああ……驚いた。珍しいんじゃなかったのか……?

────め、珍しいとは思います。一応治癒の力もあって、で、でも全然強くなくて……がっかりかもしれないけど……

────気にするのそこ? てか二つもあるんだ! じゃあ見て見て、えっと……あの切り株!


興奮したフレーは、村の広場にあった切り株に手のひらを向けた。目を瞑り、じっと意識を集中させて叫ぶ。


────ラン・フレイム!

────ええっ!?


宙を走る炎。一瞬で燃え上がった切り株を見て、今度はエーネが声を上げる。

フレーがどや顔をしている間に、気が付けば火は隣の木に燃え移りそうになっていた。


────あ、やばっ!

────このアホ! 村の中でぶっ放すなって前も……!

────だ、大丈夫です、ほら……


エーネが言うと、先ほどより多めの水が切り株に向けて落ちてきた。即座に鎮火が行われ、フレーは胸を撫で下ろす。


────さ、さっきもだけど、遠くからやれるの……!?

────う、うん……というか、私以外にも魔法使いが……それも、同じくらいの年の……っ!


そこからエーネが泣き出すのに時間はかからなかった。訳がわからず、二人でおろおろするばかりだったことを覚えている。


「そこからだよ。エーネのほんとの性格が見えてきたの」

「色々とすっぽり収まるんだよな、あいつがいると」


────水に乗って丘から下る!? そ、そんな怖い遊び絶対やらない!


────何故です! 三人もいて、全員料理が下手なんてことある……!?


────フレー、その膝……

────あ、うん……ちょっとぶつけちゃって。気にしないで。

────そう言っても、血出てるじゃないですか。ほら、座って。


エーネはフレーに寄り添い、そっと手のひらを膝にかざす。温かい感触が、痛む足を包み込んだ。


────えへへ、気持ち良い……

────もう十二歳でしょ、フレー。ちょっとは気を付けないと。

────ごめんごめん。エーネが治してくれるから、つい。

────……普段は水にしか注目しないくせに。本当に、落ち着き無いんですから。


エーネは呆れたように言ってから、仕方ないなという風に笑う。

その顔は……初めて見た笑みの何倍も眩しく、そして可愛らしかった。



────でもきっと……私たちはずっと一緒にいる。だからフレーの傷は、これからも私が治します。何があっても必ずねっ!



「会いたいよ……」


フレーは、いつしか自分の頬に涙が伝っていることに気が付いた。急いでそれを拭うも、一度決壊したら止まらない。


「フレー……! ごめんね、泣かせるつもりじゃ……」

「ううん、私こそごめんね。眠いから、ちょっと弱ってて……」


マインドが切ない声を出す中、ザンが背中に手を置いてくれる。涙がこぼれないよう空を見上げると、そこには満天の星が輝いていた。


フレーはふと、人生で最も星に近づいた日のことを思い出す。


「リアンさんのことを想うグレイザーも、こんな気持ちだったのかもな」


フレーの考えを代弁してくれたのはザンだった。彼の手による温もりと、体は冷たいマインドの暖かな優しさに触れ、本格的に眠気が襲ってくる。


「……そろそろ横になろっかな。体も拭けないし、やることないもんね」

「はは……風呂に拘るあいつの気持ちもわかるな。ここから十日はきつそうだ」

「女子としては最悪だよ。マインド、前も言ったけど……絶対余計な事言わないでね」

「うん、黙って記録だけにしとくよ。シーネから、人間の生態は逐一調査するよう言われてるんだ」

「だからそれが余計なことなの!! そのシーネって人は何なの!?」


疲れる会話だったが、この日常こそフレーが大事にしているものだ。またエーネに加わってもらうためにも、今は。


今だけは……



「パンパカパーン!!」



突如聞こえた場違いな掛け声。それはこの中の誰とも異なる、陽気な少年の声だった。

あまりの驚きに、フレーは思わず飛び上がりそうになる。今にも手を叩きそうな物言いが、暗い夜の雰囲気と合っておらず、余計に困惑させられた。


「おめでとう、君たちは記念すべき人間だ! この僕が言うんだから間違いないよ」

「……っ!? 誰だ!!」


全員で弾かれたように立ち上がり、背中合わせになる。しかし三方向から見ても声の主は見つけられなかった。


「マインド、探知は!」

「引っかかってはいる。でも、途切れ途切れに……」

「ノーブル・フレイムっ!!」


フレーは即座に火柱を作り出した。野盗に見つかる恐れよりも、マインドが探知できないという存在があまりにも異質で、迷っている時間すら惜しかったのである。


「うーん、そんなに警戒しなくても。ここだよ、ここ」


そんな言葉と共に……突如として謎の人物が、まるでそれまで透明だったかのごとく眼前に出現した。


「こ、こいつ……どこから……!」

「何でかなぁ。最近みんな、僕を見る目が怖いんだよねぇ。お面を付けてきても意味ないや」


少年はとても小柄だった。フレーより若干高い程度で、ザンとはしっかり差がある。声も高く物言いも子供のようである一方、大人びた灰色の服に気品のあるマントを身に着けており、あまり年齢が低いようには感じられない。


何よりも目を引くのは、顔全体を覆う獣のお面だ。見慣れない動物を象ったそれは、彼の口の動きに合わせてカクカクと上下する。既に消えかかっていた火柱の残り火に照らされ、あたかも物の怪のような様相だった。


「っ…………」

「あれ、お姉さん怖がってる? 大丈夫、僕たちは全てを受け入れるよ! だから君たちにも全てを受け入れてほしいんだ!」

「……君は誰? 何が目的?」

「そんなの決まってるじゃない。PRだよ、PR! 僕らの里は現在、危機的状況なんだ」


そこまで言うと、彼はふと視界から消えた。フレーたちがその事実に気付くと同時に、背後から声がした。


「悪い噂を流した人がいてさ。すっかり人が寄り付かなくなったんだよ」

「っ!?」

(い、今の一瞬で……!?)

「今の僕は観光大使だ。少しでも良さを知ってもらって、また近くに来てほしくてさ。でもいきなりよそ様の街に行ってもあれだと思って、一計を案じたんだよ」


少年は指を立て、楽しそうに言う。


「次通る人を、街に招待しようと思って! 滞在期間は数日、その間はご飯も寝床も何もかも無料! どう? 楽しそうでしょ」


彼はまたしても視界から消えた。再び、フレーの背後に姿を現す。


「終わったらまた元いた場所に送り届けて、周りに里の良さを伝えてもらうんだよ。できれば偉い人がいいな。そうしたらまた良い噂が流れて、どんどん人が寄ってくる!」

「…………」

「ああ、でも適当に選んでるわけじゃないよ? ちゃーんと条件があるんだ」


少年は笑う。それはどこかくすぐったそうな、不思議と聞き覚えのある笑い声だった。


「僕の里に訪れる人は、ある程度強くないとね。弱い人間に……価値なんて無いし」


夜風が肌に染みる。一日中歩いてかいた汗はすっかり引いて、ただ冷たさだけが体を覆う。


「安心して。君たちはその条件に合致したんだ! だからほら、おいで……」


少年は手を差し出してきた。フレーはその場から動けず、ただ唇を震わせるばかりだ。


「一緒に来て、共に最高の時間を過ごそう! ね……フレイング・ダイナさん?」

「……フレー」


そんな自分を正気に戻してくれたのは……こちらを見ることすらできないザンが、かろうじて発した言葉だった。



「逃げろ……ッ!!」

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