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ド田舎の村娘ですが、成り上がるために国中の猛者たちを下しに行きます  作者: 今江彰人
第2章《愛も蝕むポイズンロード》

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50:見つけたよ

「誘、拐……!?」


フレーの胸中にどす黒い何かが生まれた。しかし今は冷静になる時だ。


「……王族との情報網って?」

「第一王女と、強いパイプがある。王が、奴の討伐を、諦めた時から」


二人の話は、王都の実情を知るという意味でも有益なものだった。


既に明らかなように、テンメイ王は極端に地方への干渉を断つ政策を行っている。その結果、各地の有力者の台頭が放置されているのが現状だ。いつかのエーネ曰く、「昔はそうでもなかったような」とのことだったが……


「もしかして鉄の饗炎って、あちこちの強い人たちを……いや、でも……」

「まだ、話は終わってない」


王は基本的に、そういった勢力に対しても無視を決め込んできた。しかし明らかに異質なライグリッドは別だったようだ。


「奴は単独で、王都に大打撃を、与えうる。そのことを危惧した王は、討伐軍を組んだ。リーダーは、この国の軍務長官」


軍務長官。グレイザーの口からも聞いた言葉である。


「結果は、王国軍の敗北。一対一の決闘で……軍務長官は負けた。あの人は、食い下がったけど、第一王女が、さっさと和平を結んで……それで今は、彼女と仲良くしてる。王国軍の介入は、もう許されない」


壮大な話に眩暈がしそうだった。

国と個人との戦い。軍人のトップである軍務長官ですら、敵わない相手。


何より、これまでの話をフレーは一切知らなかった。村を飛び出して、多くの事実が明らかになっていく。


「だからグレイザーは諦めた方が良いわ。あんたたちも確実に狙われる。とりあえずここに留まるか、辺境の方に引き返して……」

「待て」


再びザンが口を挟む。


「通るのすら危険だってことか? けど、お前らも王都から来たんだろ?」

「あたしたちは当日、第一王女の魔法で転送されたわ。この国で唯一の『空間移動魔法』の使い手よ。せっかくだしもっと優雅に行きたかったんだけど、飛行能力者とかは存在しないからね……」

「というか、王都からここは、結構遠い。軍人でもないのに、徒歩で行こうとする人の、気が知れない」


何となく視線がフレーに集中したので、愛想笑いを返しておく。


どうやら、極めてまずい状況らしい。このままではグレイザーの安全どころか、フレーの王都への道筋まで断たれてしまう。


「……ありがとうね。わざわざ教えに来てくれて」

「べ、別にあんたたちのためじゃないわ。でも何だかんだ会話もしたし、死なれたら寝覚めが悪いから……」

「お姉ちゃん、古い」

「まずは明日、エルドさんが来るのを待つよ。それからみんなで話し合う……二人もできればその場にいてほしいな」


エーション姉妹は肯定の意を示す。


一旦話に区切りがついたように思えた、その時。


「ご、ごめんなさい……!」


今まで一言もしゃべらなかったエーネが、おずおずと手を上げた。


「何かしら────って、あんた……!」


彼女は真っ青だった。フレーの脳裏に、あのホールでの出来事が浮かび上がる。


────ちが、違うんです……あ、あいつは、ば、化け物です。人外なんです。


「……エーネ……!」

「わ、私……具合が悪くて……あの、その……へ、部屋で休んでくるっ!!」


過呼吸気味になりながら、エーネは脱兎のごとく駆けだした。突然のことに思わず手を伸ばすも、彼女は振り返ることすらしなかった。


「……急にどうしたのよ」


マニーが不安そうな面持ちで聞いてくる。


「すごい、顔色だった。怖がらせた、かな」

「……違う」


ザンが目を閉じたまま言った。


「あいつはずっと怯えてた。でも頑なに理由を言おうとしないから……きっといつか話してくれると、そう思って……」

「待ってたってわけね」

「…………」



エディネア・モイスティ。彼女がどこからともなくホメルンに現れて、もう八年が経つ。



今思えば、当時の彼女も怯えていた気がする。現在よりももっと人見知りで、すぐに顔を赤くして……

それでも寂しさを厭う彼女はずっと、フレーたちのそばにいた。


「追わないの?」


機人マインドが静かに口を開いた。


「きっと彼女の方も待ってる。フレー、ザン。君たちが手を差し伸べるのを」

「でも……エーネは今までずっと、自分のことを隠して……」

「僕がこの街で学んだのは」


作り物のはずの彼の瞳は、かつて無いほどに澄んで見えた。


「互いの心を通じ合わせることの大切さだ。話さないで後悔するくらいなら、僕は君たちに、全てを聞いてきてほしいと思う」


フレーは胸を押さえた。

友の秘密に触れること。それは、これまでの関係を損なう危険性も孕んでいる。そのことを何より恐れているのは、他でもないエーネのはずなのだ。


けれど……例えそうだとしても。

彼女の敵があまりに強大で、助けを求めているのだとしたら。


変化は悪ではないと、伝えなければ。


「……行こう」


フレイング・ダイナの視線は、同じく覚悟を決めた義兄を捉えていた。


「エーネに話、聞こう。それで……またみんなで相談したいな」

「異存は無い」


二人で同時にマインドたちに向き直る。


「ごめんねマインド。マニーにピューレも。私は帰ってきたばっかだけど……用事ができちゃって」

「構わないよ、僕は」


マインドは無表情のまま口角だけを上げた。エーション姉妹も頷く。


「聞いてきなさいな。あたしたちもそろそろ、留置所に戻るから」

「うん……またね」


フレーはザンと共に歩き出す。このわずかな間だけで何も起こらないことを、強く願いながら。


─────────────────────────


「はあ、はぁ……!」


ミニドレスはとても動きやすかった。自分でも信じられないスピードで宿に戻ったエディネア・モイスティは、気絶するかの如くベッドに倒れ込む。汗で張り付いた布地が気持ち悪かったが、着替える気力も湧かない。


(私、何して……バカ……っ!)


涙が溢れて、布団を強く握り締める。


耐えようとした。何もない風を装い、平然と話を聞こうとした。

けれど無理だったのだ。過去を思い出すだけで足がすくみ、この世の全てが敵に思えてくる。


「ひぐっ、ううっ……怖い、こわいよぉ……!」


あれから八年。成長した体、上手く扱えるようになった力……多少なりとも身に付いたはずの自信。

自分はもうすぐ十八になる。仲間内で最年長だ。顔つきは中々垢抜けないけれど、それでも少しずつ、大人になっていくはずなのだ。


なのに……


(行きたくないっ、通りたくない……私たちも、魔法で転送してくれればいいのにッ……)


どうにもならないことを思い、さめざめと泣いた。

フレーはきっと諦めないだろう。恐らく、警戒しつつも赴くことになるはずだ。


エーネの全てを変えた、あの忌まわしきソールフィネッジへ。


────一緒に行こう、フレー


フレーの旅に同行すると決めた時、きっと変われると思った。彼女が心配だったというのも理由だが、治癒師になって多くの人間を救う夢に向け、一歩踏み出せると思ったのだ。

それが今や、過去に逆戻りである。


「……でも……」


わずかに残った勇気が、ここ最近の記憶を呼び起こす。

水流や治癒など、エーネはいつだって支援に回る。フレーのように強敵を打ち倒すことはできないし、ザンのように圧倒的な安心感も無ければ、マインドのように打たれ強く、ここぞで必殺の光線を放つこともできない。いつだって後ろで……いつだって守られる。


自分の弱さが不甲斐ない。いつもあと少しの力が足りない。ハンガーズに立ち向かった時、もうこんなことはしたくないと思ってしまった。研究所の罠に嵌り、棘に晒された時も同様だ。


しかしそれでも……可能性を感じてしまう気持ちを、止めることができない。


「私は……私は……ッ!」


今なおエーネは生きている。否、自分がいたから皆で生きて来られた部分も、きっとある。


今の自分なら……フレーたちとなら。

もう一度だけ、立ち上がる力を。


「私はもう、一人じゃない……!」


冷え込んだ自分の身を抱きながら、エーネは小さく決意した。


(伝えよう。フレーに、ザンに。マインドにも)


かつて起こったこと。自分の正体、これからの願い。その何もかもを。


よろよろと起き上がり、ドアに手をかける。扉の向こうで、大好きな皆が笑っている予感がした。

きっと受け入れてくれる……共に戦ってくれる。


きっと、本当の自分を────



「ねえ」



全てを凍らせるその声は、これほどの月日を経ても変わらない。

エーネはノブを回すことができないまま、乾ききった口から魂が抜け出るのを感じた。


「随分イイ格好だね。恋人の所にでも行くのかい?」


音も無く開いていた窓。夜風が、半分剥き出しの肌に染みる。


それはエディネア・モイスティが、全ての希望を失った瞬間だった。


「綺麗になったね。探したんだ。本当に、探してたんだよ……」


甘く、撫でるように彼は言う。

エーネは涙を貯めた目を……静かに背後へ向けた。


「ラ……イ……」

「この時を待ってた。ようやくだ、うふふっ……」


かろうじて漏れ出た声は、幼馴染には届かない。


エーネが最後に認識したのは、襲い来る真っ白な手と、忘れ難い怨敵の笑顔だった。



「見つけたよ、ソフィ」



全てが、無に帰す。


─────────────────────────


「……エーネ?」


戸を叩いても返事は無かった。慎重にノブを回すと、鍵が開いていることがわかる。寝てしまったのかと思ったが、心配性なエーネが戸締りをしないなんておかしい。

だからフレーはドアを開けた。そしてすぐに、全てが遅かったと知ることになる。


「…………え」


無人の室内。全開にされた窓。ベッドには、誰かが寝ころんだことでできた皺と、少しの涙の跡。

それ以外におかしな部分は何も無い。にも関わらず、友の姿はどこにも無かった。


「っ…………!!」

「エーネっ!!」


ザンが顔を引きつらせると同時に、フレーは窓に駆け寄った。

ここは三階だ。最悪の想像が頭をよぎり、祈るように真下を見る。


そこにはただ、可愛らしい植物が立派に顔を覗かせているだけだった。

人が通った痕跡なんて、ただの一つも残っていない。


「……ッッ……」


わずかな安心と、すぐにそれを覆い尽くす焦燥感。

頭が真っ白になるのを感じながら、フレーはまくし立てた。


「さ、探そう。エーネを探そう、ザン! ぼうっとしてないで!!」

「……フレー、お、恐らくこれは……!」

「い、一旦、マインドたちに連絡して。私は、は、繁華街の方に行くっ!!」


ドアを突き破る勢いで部屋を飛び出し、フレーは己に言い聞かせるべく叫んだ。



「いるはず……いるはずだよ、この街に!! だってエーネは、勝手にいなくなったりなんかしないんだからッ!!」



状況はすぐにレイティにまで届き、救世主のためならと、急遽捜索隊が作られた。

あらゆる建物のあらゆる階。上は学園の屋上から、下は避難豪に至るまで。フレーたちは探し、探し、探し尽くす。


「市長邸近辺をくまなく探すのです! 可能な限りの人員を!」

「ママ、音楽ホールも! 席の裏とかに隙間が……!」

「二人とも、研究室を調べて! あそこは隠れられる棚とかもあったはず! もしかしたら、長いこと一人になりたくて向かったとか……」

「あ、あんたよく見てるわね……もうそこは調べたわ。ついでだとか言って、さっき薬品類は全部ロベインの部下に押収されちゃったし」

「そもそも、エーネさんはそんなこと、しそうにないでしょ。研究室には、行ってないよ」

「じゃあ……じゃあ、どこなの……!?」


それは新たな一日を告げる日が昇り、ハンガーズの本隊が到着した頃だった。

幾度も探知を繰り返し、エネルギー切れになったマインドが、今にも機能停止しそうな声で言う。


「どこにも、いない」


それは、フレーが膝をつくには十分すぎる言葉で。



「どれだけ探知をしても、エディネア・モイスティの姿は見当たらない。彼女はもう、シュレッケンにはいない」

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