48:ペトレの未来
何はともあれ、まずは腹ごしらえだ。その奇抜な装いから早速子供たちに囲まれたマインドを一旦置き去りにし、フレーたちは好みの物がありそうな料理棚へと向かう。
するとザンたちと分かれたタイミングで、同年代くらいの女子に話しかけられた。
「あの、すいません! その髪、フレイング・ダイナさんですよね!?」
「え? はい、そうですけど」
フレーが首を傾げながら肯定すると、彼女は目を輝かせながら前のめりになった。
「この街を救ってくれたんですよね! 洗脳されてたこと何も覚えてないんですけど……全部あなたのおかげって聞きました! とりあえず握手してもらえますか!?」
「あ、握手!?」
(な……何これ恥ずかしいっ!)
顔が熱くなるのを自覚しながら、フレーはぎこちなく少女と握手を交わした。この髪色が珍しいこと、そしてここでは自分たちは英雄であることを改めて認識させられる。今回もウィッグを借りるべきだっただろうか。
「お、ダイナさん! 思ったより小さいな! すごい魔法使いだって聞いたが!」
「うっ……!」
間髪入れず別の人物に話しかけられる。今度は男子で、しかもザンと似たような格好をした巨漢だった。さっきの女子も露出度高めであったし、やはりこの街の文化は開放的すぎる。
「まあ、魔法には自信ありますけど……」
「そうか! せっかくだから、俺と力比べしてくれないか!? レイティさんに追いつきたくて毎日鍛えてるんだ!」
「え、えー……」
正直逃げ出したかったが、第一印象ほど怖い人ではなさそうだ。とはいえ戦闘タイプが違いすぎるし、力比べをする気はさらさらなかったので、どうにか良い言い訳を考えていると、
「ちょっとちょっと」
いつの間にかそばにいたマインドが、二人の子供に引っ付かれた状態で彼の腰布をつまんでいた。
「フレーは疲れてるんだ。やるなら僕が相手になるよ」
「え、ほんとか!? 変わったりんご頭だけど、ダイナさんの仲間?」
「うん。ちなみに僕と戦うなら光線を打てることが条件だよ」
「こ、光線……? 何かわからんけど、すごそうだ!」
上裸の男子は楽しげに笑って、フレーに向けて軽快に言った。
「そういうことなら、邪魔してごめんな! この街をありがとう! 楽しんで!」
「うん。今夜は楽しも!」
もし今後対等な立場で喋れたら、きっと良い友達になれるだろう。
「もしかして、余計だった?」
「ううん、ありがとうね。にしても、やっぱりみんな賑やかで良いね」
しかし、当然全ての若者がそうであるとは限らない。
今度は視界の端で、壁にもたれかかってジュースを飲む痩せこけた少女を見とめる。
「あ、あの子……!」
「ベネツィアだね」
もう少し体調と気分が良かったのなら、他の子たちのように派手な服に身を包んでいたのだろうか。
物憂げな顔で誰とも目を合わせない少女ベネツィアは、すっぽりと肌を覆うような、この街基準だと地味な格好をしていた。
「……僕たちが無理に話しかける必要はないよ」
「うん……」
少し遠くに目を向けると、料理を吟味するザンとエーネがいた。彼らもベネツィアに気づいたらしく、時折視線を送っている。
「あ、エーネが……」
「ベネツィアの方に料理を持って……転んだ!?」
「あああっ、もう、鈍臭い……!」
注目を浴び、死にそうな顔になっているエーネの方へ急いで向かう。事態に気付いたザンも苦笑しながら寄ってきて、結局また四人で集うことになった。
そんなこんなで、パーティも盛り上がってきた頃。
「皆さん、ただいま我らがリーダー、ロベインさんが到着しました! ここで、今回の事件の功労者である方々を改めて発表させていただきたいと思います!」
「えっ」
進行役らしき男性が唐突に声を張り上げる。フレーは思わず、持っていたグラスを取り落としそうになった。
「ビートグラウズから派遣された、ハンガーズの精鋭四人! フレイング・ダイナさん、ザン・セイヴィアさん、エディネア・モイスティさん、そしてマインドさん! 皆さん窓際の方にいらっしゃいます! 彼らに大きな拍手を!!」
スケスケ衣装のエーネが、せめてもの抵抗でマインドを自分の前に移動させた。一方のフレーはもう開き直り、堂々と料理を頬張る。ザンは何だか色々と諦めている感じだった。
「てか、私たち勝手にハンガーズにされてるね。都合が良いからかな?」
「今度から、街を救っても目立たないようにしよう。そもそも名乗った覚えすら無いが」
「な、長い、拍手が長いですっ……!!」
「大丈夫だよエーネ。全員僕のふざけた頭しか見てない」
「それではここから、有志の持ち込み企画! まずは、ロベイン学園の生徒たちによる奇術ショーです!」
一部の料理棚が移動させられ、会場の中心に大きな広場ができる。同時に、この中では浮きまくりの整った制服に身を包んだ少年少女たちが現れた。
「何あれっ!? すごいです!!」
「魔法か!? 今のどうやったんだ……?」
奇術ショーに続き、音楽隊や芸人などによる様々なパフォーマンスが執り行われる。
(楽しい……! パーティってこんななんだ……!)
先ほど到着し、奥の上座に座ったレイティも満足げだ。
シュレッケンの解放という、かねてより背負ってきた重荷から解き放たれて数日。締めくくりにはこれ以上ないイベントである。
「すごく盛り上がってる。あの姉妹は無理だろうけど、ペトレは来られれば良かったのに」
「あれ、そういえば。昨日ああ言ってたし、どこかにはいると思うんだけど」
「いや、さっき探したけど見つけられ────」
マインドは途中で言葉を止める。それに伴い、騒がしかった会場が水を打ったように静まり返った。
「フレー、あれ……」
「あ……!」
広場の中心に、黄色いドレスに身を包んだペトレが歩いてきていた。彼女の露出度も高いものではなく、それにどこか安心を覚えるも、その顔はとても不安げだった。
「え、えーと……次の演目は……ペトレ・ロベイン、歌唱披露です」
「……こんばんは、皆さん」
進行の気まずそうな声を受けて、ペトレはおずおずと口を開いた。
「今回の事件の主犯、ポイズン・ガールズの一人……ペトレ・ロベインです」
どこかで舌打ちが聞こえた。ざわざわと、会場に負の波紋が広がっていく。
「ここに来たのは……決意表明のためです。私は間もなくこの街を去ります。だから、その……迷惑をかけた皆さんに、最後の挨拶にと……」
ペトレの話を聞く者はいなかった。次第に憤り始めた民衆を前にし、母レイティは唖然としている。どうやらこの事を知らされていなかったらしい。
「う、歌を、歌います。罪を償って、私は将来、きっと歌い手になってみせるから……市長じゃなく、私の本当の夢を叶えて見せるから……そのことを、お伝えするために……」
「ふざけんなっ!」
誰かが叫んだ。ペトレは怯み、ぎゅっと目を瞑る。物を投げられなかったのは良かったものの、青ざめた彼女を見るに、とても歌を始められるような状態ではなかった。
胸が苦しくなる。ペトレは一度はレイティに守られ、必要以上の批判を浴びなかった。しかしそれでもこうして、剝き出しの状態で公の場に立ったのだ。
きっとこれは彼女にとって必要なことだったのだろう。それなのに────
「待って」
身を乗り出したフレーを、マインドが手で制した。
「でも……!」
「信じよう。生まれ変わった彼女の強さを」
慈悲深き濁声に諭され、フレーは目を閉じて頷く。
ペトレが今にも泣き出しそうになっていたところで、壁際にいた人物が一際大きな声を上げた。
「相変わらずダサいわね」
その異色かつ冷徹な言葉に、それまで罵倒を繰り返していた市民たちは一斉に黙り込んだ。
「指導者の娘の癖に、なってないわ。恥ずかしくないのかしら?」
「……ベネツィア……!」
壁にもたれたベネツィアが、グラスを片手に無表情で煽り文句を放つ。ペトレが涙目で彼女を睨みつけると、ベネツィアは呆れたように肩をすくめた。
「あたしが言ってんのはあんたのその服よ。飾り気も色気も全然無い。周りをご覧なさい? みんなもっと派手で、露出もたくさんしてるわ」
フレーを始め、多くの人間が首を傾げた。何故ならそう言う彼女も、露出という露出は全く……
「あ、あなたこそ、全然肌を出してないじゃない。自分のことを顧みて言ったらどうなの?」
「あら、あたしはこれで良いのよ? だって露出多めって恥ずかしいもの。みんなお腹や足を躊躇い無く出すけれど、あたしは正直気が知れないわ」
再び会場がざわつく。特に女性陣が、自分の服装を見て何やら感想を言い合っていた。
「……もしかして、すごい悪口言われてる……?」
フレーとエーネはジト目でぼやく。
「わ、私も、一緒なんだけど」
やや遠慮がちに、しかしはっきりとそう口にしたのはペトレだ。
「私も肌を出すのは恥ずかしいし……市長の娘だけど、この街の流行にはついていけないし……」
「ふーん……ならあんたはそのダサい服、自分の意思で着てるわけね」
ベネツィアは一泊置き、目を細めて言った。
「じゃあ、もっと堂々としたら?」
「…………!!」
ペトレは息を呑んだ。ベネツィアはどこ吹く風で続ける。
「それにしても、あたしの服に対する考え、クラスの子たちには共感してもらえなかったけど……話してみれば理解者もいるのね」
「そう……ね。ママ────じゃなくて、母もピンと来てなかったから……私もあなたが初めてだわ」
「あっそう。じゃあ初めて気が合ったわね、ロベイン」
「…………」
「…………」
会場に沈黙が流れる。それを破ったのは、やはりベネツィアだった。
「誰かさんのせいですこぶる体調が悪いけどね……あたしなりに、このパーティを楽しんでたのよ。それをこんな冷えた空気にしてくれて……わかってるんでしょうね?」
「うん……」
「どうせなら、良い歌で盛り上げなさいよ。歌い手がその程度のことできなきゃ論外よ」
「……望むところよ。今日のために、オリジナル曲を急遽改変してきたんだもの」
ペトレは大きく深呼吸し、力強い声で言った。
「聞いてください……『ルイン・ザ・ポイズンロード』!」
それは最初の印象に反し、とても明るくノリの良い曲だった。村の渋い歌謡しか聞いたことのなかったフレーは、思わず足踏みをしたくなるようなリズムに一瞬で心を奪われる。
ペトレの複雑な心情と未来への希望を歌ったその曲は、魂のこもった歌声に乗ってパーティ会場を包み込んだ。先ほど野次を飛ばしていた者たちも、次第に彼女の生み出す音に魅入られ、気が付けば誰かが手を叩き始めていた。
まるで、伝染する毒のように。それと正反対の効力を持ったペトレの歌は、人を媒介して広がっていく。
誰にも文句を言わせない……圧倒的な魅力を持つ、未来の歌い手たる少女の姿がそこにはあった。
やがて、誰もが夢中になった時間が終わる。参加者たちは拍手をしようと手を掲げ、固まった。罪人である彼女を賞賛しても良いのか、本能と理性との間で揺れていたのだ。
勢い良く立ち上がったある人物が、その場の全員の腹に轟く大声を上げるまでは。
「最高でした、ペトレっ!!」
「うえっ!? ま、ママっ!?」
レイティの大げさな賛辞にペトレが死ぬほど赤面したタイミングで、嵐のような拍手が巻き起こった。
フレーたちも力の限り手を叩き、彼女へのエールを示す。ベネツィアも、先ほどと変わらぬ無表情で、しかしグラスを置いて惜しみない拍手を送っていた。
「っ……みんな、ありがとうございます!」
ペトレは赤い顔のまま、腕を振り上げて叫んだ。
「私は逃げないっ! 自分のしたことからも、家族と向きあうことからも……私自身の将来からも! だから、だからどうか……数年後の未来、私の作った歌をまた聞いてくださいっ!!」
熱気に包まれた会場を、ペトレ・ロベインは後にする。
去り際の彼女がフレーたちに向けたのは、弾けんばかりの眩しい笑顔だった。




