47:パーティ開幕
「あ、ペトレ」
「こ、こ、こんにちは。じゃなくて、今の時間はこんばんは……?」
少女は見るからに緊張していた。裸のままきょろきょろと落ち着かなそうにする姿は、やはりまだ子供だ。
「あの……もう出るところだったりする?」
「うん、そろそろ……」
「ちょ、ちょっと待って!」
返事を聞くや否や、ペトレは体も洗わずに湯船に飛び込んできた。
こちらが何か言う前に、彼女はお湯に顔をつけんばかりの勢いで頭を下げる。
「その、あ、謝りたくて……ここにいるって聞いたから、飛んできたの。本当はザンさんにも言うべきなんだろうけど、混浴に入る勇気が無くて……」
「……大丈夫。私たちが代わりに聞きます」
フレーとエーネは彼女に向き直り、先を促す。ペトレはどこか安心したような顔になった。
「ありがとう……それで、えっと。今回は私のわがままに巻き込んでごめんなさい。最後は自暴自棄になって、ダイナさんにブレイン砲を向けて……」
「うん、うん」
「私、これからビートグラウズに行くわ。この街にはもういられないし……罪を償うのと、一から学び直すのを兼ねて。ママも……パパと一緒についてきてくれるって」
心のつかえが取れたペトレは、別人のように静かに話した。とはいえ、暗いのかと聞かれたら少し違う。
穏やかながら、言うべきことははっきりと言う……きっとこれが彼女の本来の姿なのだろう。
フレーは無意識にペトレの頭を撫でていた。彼女は少し照れたように微笑む。
「私から言うことは無いよ。お母さんと仲良くね」
「うんっ……!」
「い、意外……」
隣のエーネが、驚いたようにフレーとペトレとを見比べた。
「フレー、この年代の子にもお姉さんできるんだ……私たちの中では、どっちかというと子供っぽいのに……」
「え、エーネ、余計なこと言わないで。エーネも大差ないでしょ」
「へぇ、そうなの、ふーん……」
ペトレは良いことを聞いたとばかりに、少し口元をニヤつかせた。
「仲間内ではそういうキャラなのね、ダイナさん。私と話すときは大人びてた気がするけど、やっぱり多少は作ってたわけ?」
「そういうわけじゃないけど……」
「でもちょっと嬉しいわ。いくら強くても、最後のあの脅しはどうかと思うもの。ダイナさん、すっごく悪い顔してたんだから。そういう一面があって安心。そうよね、やっぱりザンさんとかはもっと大人びてそうだったもの」
「ぐぐ……!!」
ひっそりと耳打ちしてくるペトレに、フレーの年上としての矜持が爆発した。
これは言わないでおいてあげようと思っていたが、もう黙っていられない。
「そういうペトレこそ、あの時は可愛かったなぁ」
フレーは壁の向こうにも聞こえるくらいの声量で言った。
「あの時……?」
「決まってるでしょ? あの森の中で、お母さんと抱き合って……」
ペトレの顔が瞬時に引きつったかと思うと、じわじわと赤く染まっていく。エーネはやれやれといった目でこちらを見ていた。
「な、な、何で……あ、あの時見て……!?」
「そりゃあ、あんなに大きな声で話してたら聞こえるよ」
フレーは彼女に負けないニヤけ顔を披露してやる。
「最初は怒ってたけど、お母さんの想いが届いて、最後はママって叫びながら泣い────」
「わ、私が、私が悪かったからっ! それ以上言わないでぇっ!!」
「ほんと、そういう所が子供なんです、フレー……」
半泣きになって口を塞いでくるペトレと、勝ち誇るフレーを見ながら、年上は呆れ気味に呟いた。
そんなエーネに、まだ照れた様子のペトレは控えめにお礼を言う。
「エーネさんもありがとう。傷を治してもらったし……私の話を聞いた時、自分のことみたいに悲しんでくれて」
「私なんて全然……ペトレちゃんも本当に良かったです、色々と。私が……できなかったことを……」
「え?」
「ううん、何でもないです……言いたいことは、多分フレーが全部言ってくれたから」
フレーたちが脱衣所へ戻る直前、改めて体を洗うペトレに尋ねられた。
「そういえばダイナさんたち、パーティには出席するの?」
パーティ。ここ最近馴染み深い言葉だ。
「パーティって、明日の夜の復興記念パーティ? あれって私たちが出てもいいの?」
「え、何でダメだと思ったわけ? 一番の功労者なのに」
明日の晩、レイティ・ロベイン主催でシュレッケンの復興記念パーティが催される。ハンガーズは明後日の夜中から朝にかけての時間帯に到着する見込みだ。再び忙しくなる前に、市民たちを労うためのイベントが必要だろうとのことだった。
「そうだけど、シュレッケンの市民じゃないし、前も似たような理由で遠慮したし……」
「みんなが出ないとママの立場も無いでしょ。無理にとは言わないけど、できれば出てほしいわ」
「わかりました。どのみちエルドさんたちが来るまで待機する予定だったし……ザンたちにも話して、四人で出席するね」
「ありがとうっ! それでなんだけど……」
ペトレは少し言いづらそうに目を泳がせた。
「その……パーティの途中に、ちょっとしたサプライズがあってね」
「サプライズ?」
「そう。良いもの……とは言えないかもしれないけど。その時はぜひ、見ててほしいわ」
断る理由は無かった。フレーが快諾すると、ペトレはやや不安そうな笑みを返してくれた。
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「……で、これがそのパーティ用の衣装ってわけか」
穏やかな夜を過ごした翌日。パーティを控えたフレーたちは、会場付近の宿を借りて準備をしていた。市長邸や学園、それに繁華街からもある程度近くアクセスの良い場所だ。
開場間近になり、レイティの使いから正装を用意してもらったのだが……
「もう一度聞く。この街で男に人権はあるのか?」
「い、いやー……」
腰に緑色の布を巻き、腕と太ももに謎の装飾を取り付け、それ以外は生まれたままの姿。そんな衝撃的な装いをしたザン・セイヴィアは、わなわなと唇を震わせていた。
この布切れと装飾が合わさった小さな衣類が、パーティの正装だということを教えられてから、ずっとこの調子である。
「上に羽織るものは無いのか? 下着以下だろこんなの!」
「私たちがイメージしてたパーティじゃなくて、どっちかっていうと宴会みたいな感じだね……」
「何が『若者は大体こんな感じです』だ。羽目外しすぎじゃないか……?」
がっくりと項垂れるザンを見て流石に同情する。
この男、ここ数日割と災難続きなのだ。昨夜も、マニーに全身を舐めまわすように見られたと言って少し落ち込んでいた。
「ほんと、どうにかならないかなこれ……」
とはいえ昨日と違い、フレーも他人事ではない。自らを覆う心もとない服装を見下ろし、顔をしかめた。
体型に最も合ったものだと言われて渡されたのは、上下セパレートの黒系の衣装だった。みぞおちから上はしっかりガードされ、スカートも長いので極端に露出が多いわけではないが、腹丸出しというのがどうにも……
「ペトレに借りれば良かったんじゃないか?」
「流石に私の方がサイズ大きいはずだよ……色々と」
「二人とも贅沢だなぁ」
不機嫌そうに口を挟んだのはマインドだ。とはいえ相変わらず抑揚は少なく、普段と特に変わりない。
彼が、頭部を全て覆う巨大なりんごの被り物をしていること以外は。
「僕は楽しみにしていたよ。多くの人間が一堂に会するこのパーティ、多少会話もしたかった。それがどう?」
マインドの濁った声は、被り物越しになることでより聞き取りづらくなっていた。
「レイティが直々に来て僕に言ったんだ。機人は目立つから、仮装パーティと勘違いしたことにしてこれを被っててほしいって。僕の人工頭脳は、あの気まずそうな言い方までしっかりと記憶してるよ」
「ど、どんまいマインド……あ、なんかダジャレっぽい……」
空気が冷え込んだ気がする。自分は何を言っているのだろう……色々と気恥ずかしくて、ついしょうもないことを口走った。
「とにかくシュレッケンは蛮族の街だ。今回の事で身に染みた」
「まあまあ……ザンはほら、体鍛えてるし悪くないじゃん。オーラあるよ」
「フレーも普通に似合ってるよ、その衣装」
「あ、うん……ありがとう」
マインドが手放しに誉めてくれる。フレーは照れ笑いして、何となく前を隠した。
ピューレに撃たれた脇腹はエーネのおかげですっかり綺麗だ。しかしやはり、へそ出しというのは慣れない。一応は正装なので、それ以外はとてもオシャレであるが。
「で、いつまでも出て来ないあいつだが……」
ザンが呆れ顔でカーテンの方を見ると、そこに包まっていた「何か」がびくっと身じろぎした。
着替えを終えて集合してからずっとこの調子である。フレーは窓際に歩み寄り、小鹿のように震えるエーネを引っ張り出した。
「さ、エーネも観念して」
「あっ、ちょっとっっ!」
表に引きずり出されたエーネは、水色のミニドレスに身を包んでいた。清楚な彼女に良く似合う落ち着いた色合いだ。
ただし……
「……お前も、えげつないの引いたな」
「あうううっ……!」
エーネのドレスは所々……具体的に言うと、腹や胸、足周りが一部透けていた。フレーのように見せる部分とそうでない箇所がはっきり分かれたタイプではなく、薄っすら見えている感じなので、余計に落ち着かないのだろう。
「な、何故ですっ! いくら何でもこれは……!!」
「すごいよエーネ……フレーのお腹を見てもあまり驚かなかったけど、これは人間基準でエッチなやつだってわかる」
「わ、悪かったね色気無くて! あ、てかエーネ、よく見るとおへそも透けて……一応布で隠れてるのが余計やらしいっていうか……」
「さ、最っ低!! 見ないでください!! そのコメントが一番やらしいです!!」
エーネは顔中真っ赤にし、自らを抱いて座り込む。
とまあ大体散々な装いであるが、客人であるフレーたちにだけこのような格好をさせるはずがない。男も女も、若者は皆こんな感じなのだろう。
「エーネ、気持ちはわかるけど、座り込んでないで行くよ。私もお腹丸出しだし……ザンなんてほら、見てよ」
「俺の尊厳はこの二日間で地に落ちてる。エーネ、お前は『服』の類を貰えたことを喜ぶべきだ」
「お腹どころか乳首まで出てるもんね、ザン。滑稽だよ」
「ああ、お前も今すぐ半裸になるか? 色んな意味で脱いだらすごいだろ」
「僕にこれ以上目立てっていうの?」
軽口を叩きながら、りんご頭のマインドが先頭になって歩き出す。「やっぱりこれが一番やばいな」とフレーたち三人は思い直した。
会場は市長邸からそこまで遠くない場所にある。ビートグラウズでは味わう余裕の無かったパーティ独特の喧騒を、近づくにつれ強く感じるようになっていった。
「着いた」
マインドがドアを開けると、濃い熱気が全身に伝わってくる。
次いで耳に入る、思い思いに語らう人々の声。色鮮やかな料理の香りが鼻腔を刺激し、ふんだんに使われた天井の明かりがとても眩しく感じられた。
「す、すごい……!」
「……これが、本来のシュレッケンか」
エーネとザンは自分の格好も忘れ、会場を見渡しながら呟く。
「これが達成感、か」
「頑張った甲斐あったね、みんな!!」
王都南部の歓楽都市、シュレッケン。ついに復活の時というわけだ。




