表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ド田舎の村娘ですが、成り上がるために国中の猛者たちを下しに行きます  作者: 今江彰人
第2章《愛も蝕むポイズンロード》

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/75

44:渡り歩いたポイズンロード

全てを理解したマニーが、呆然として汗を垂らす。

掠れた笑い声を上げたのはペトレだった。


「は、ははは……あ、ありえないわ。マニーさんが、どれだけの思いでここまでやってきたと思ってるの……? こ、こんなことで止まったりしない、そうよね……?」

「…………」


マニーは答えられぬまま、涙を流しながら光銃を構える妹を見やった。


「十数えるよ。それまでに決めてね」


穏やかに言ったフレーは、ゆっくりとカウントダウンを開始する。


「十……」

「ま、マニーさん。何とか言ってよ……解除なんてしないわよね? ねえ、しないわよね!?」

「……あ、あたしはっ……!」

「九、八……」


カウントが進むにつれ、姉妹の震えが大きくなる。ペトレも散らばった髪を振り乱し、無我夢中で叫んでいた。


「あ、あなたたちを信じてついてきたの! ピューレさんのことだって、は、ハッタリかもしれないじゃない! さっきそう言ってたでしょ!!」

「…………っっ」

「あ、あぁ……」

「七、六、五……」


煮え切らない態度を示すマニーに、ペトレはついにしびれを切らす。彼女に渡された光銃を、勢いをつけてその頭部に突き付けた。


「四、三……」

「か、解除なんてしたら絶対許さないから! わかってるの!? そうしたら、私もあなたも全部失うのよ!!」

「で、でも……でもぉっ……!!」

「でもじゃないっ!! ねえっ、お願いよっ!!」


「お、お姉ちゃん……」


ペトレの金切り声の隙間で、ピューレが力を振り絞って声を上げた。


「ピューレっ!?」


マニーの縋るような顔を見ながら、彼女は言葉を紡ぐ。


「真っ直ぐ、前を向いて、生きて……ずっと、見守ってる、から……」

「二、一……」


カウントが終わる直前。

ピューレ・エーションは、今までの気だるげな表情とは違う……弾けんばかりの笑顔を見せた。



「お姉ちゃん、愛してるよ」


「……………………!!!!」



フレーは口角を上げ、ピューレに向かって目を細めて見せる。


終わりだ。


「ゼ────」


「待ってえええええええええええっっ!!!!」


マニーの切ない叫び声は、空に向かって吸い込まれていった。

フレーは言葉を止め、視線だけを彼女に向ける。


「どうしたの、マニー? ザンは毒を食らっても、そんな声で泣かなかったけど」

「……から……」

「え?」


「解除、するから……っっ!!」


マニーは地に頭をこすりつけたまま、消え入りそうな声でそう言った。

何もかもを決したその言葉に、ペトレは持っていた光銃を取り落とす。


「だから、だからぁ……! 妹は……ピューレだけは、傷つけないでください……! お願いします、お願いしますっ……!」

「あ、あ、あなた……自分が何言ってるのか、わかって……!」


マニーと同じくらいのぐちゃぐちゃの顔で、ペトレは彼女に掴みかかる。まるで子が親の庇護を求めるような、そんな光景に思えた。


「く、悔しくないの!? ねえっ、自分の作った毒をこんな風に利用されて! それで、い、妹を人質に取られて、無様に相手にお願いして!! ポイズン・ガールズのリーダーでしょ!? た、倒して見せてよ、こんなやつ……私に、居場所をくれたじゃない……マニーさん! ねえってばぁ!!」

「ごめん……ごめんなさいっ、ペトレ……」


その場から動けぬまま、マニーはひたすらに謝った。


「悔しいわよ……こんなところで終わるなんて、ぐすっ、やるせないし、悲しい……!」

「だったら……!!」

「でも……っ!」


ピューレは喚くペトレに、久方ぶりに光の宿った眼差しを向けた。



「でも、家族より大事なものなんて……この世に存在しないからっ……!!」



その瞬間、ペトレ・ロベインは思考停止したかのように動かなくなった。マニーは手を組み合わせ、強く念じるような動作をする。


と、小さく風が吹いた。この街全域に巣食う、邪悪な何かが取り払われたかのような……そんな澄んだ風だった。


「……ふふ」


心地良い息吹を全身に浴びながら、フレーは右腕を掲げる。約束を果たせる喜びを噛みしめ、そして────


「フレイム・エクスプロードッッ!!」


久しぶりの超集中をもって、最大級の炎を放った。


─────────────────────────


「あれは────!!」


はるか遠くに見えた、空を焼き尽くすほどの爆炎。

それを受けた指導者エルディード・レオンズは……ついにその時が来たことを実感した。


「ハンガーズ本隊に告ぐ!!」


かつて親友が使っていた拡声器で、ビートグラウズ全域に呼びかける。


「死都の呪いは解かれた! 今こそが、千載一遇の好機!」


エルドの放送は街中を駆け巡る。決起の時を待ちわびていた群衆は、彼の言葉に沸き立った。

先へ向かった友を想い、エルドは声を張り上げる。


「全軍、至急正門に集え! 繰り返す、至急正門に集え! これより最速をもってシュレッケンに赴き────毒に侵されたかの地を、我らの手で解放する!!」


─────────────────────────


「ふふふ、ふ、あははははっっ……!!」


顔を押さえ、よろめきながら立ち上がったペトレ・ロベインは、半狂乱になりながら笑い出した。


「あはははははっ!! これが、これが結末ってわけね! 街を裏切って、全部を葬ろうした私の行きつく最後は、これってわけねッ!!」

「ペトレ……!!」


洗脳から解放され、互いを抱き合うエーション姉妹が、壊れた少女に呼び掛ける。

しかし彼女はもはや誰の言葉も耳に入らないようだった。


「はは、あっははははッ!! 良いわ……この世の誰も私に味方してくれないというのなら、今度こそ私が全てを滅ぼしてあげる! 忌々しいそこの魔法使いも、私を裏切った二人も、嫌な思い出しかないこの街も!! 何もかもッ!!!」


ペトレは脱兎のごとく駆けていく。向かう先は、奥に設置してあった巨大な大砲……通称ブレイン砲だった。


「だ、ダメ! そっちに向けて撃ったら、街が……!! それは、モリアデスに備えて………!」

「うるさいっ……うるさいのよっっ!!」


小柄な体躯で、彼女は必死に大砲を動かす。発射口はやがて、その場から動かないフレーに向けられた。


「フレー!!」

「……!? ザン! エーネ、マインドも! 来るの早っ!!」

「エーネが言った通り飛んできたんだ。ありがとう、フレー。見たところ……成功したようだな」

「うん。それで、見ての通りだよ」


急いで階段を駆け上がってきたのだろう。程度の差はあれ疲労が見て取れる二人と、涼しい顔をした機人に、フレーは目線だけで荒ぶるペトレを示した。三人の視線が彼女に吸い寄せられる。


「あ、あわわわ……!!」

「あれが、ブレイン砲……!」


何もかもを恨む少女の形相と、内部に凄まじい光を蓄えた大筒を見て、ザンたちは後ずさった。


「ふ、フレー! ここにいたらやばいです! 逃げよ、早く!」

「……みんなは下がってて。私は、あれを受け止めないと」

「!? 何言って────!」


エーネが言い終わらぬうちに、もう一人階段を駆け上がってくる音がした。

勢い良くドアを開け放ったその人物は、年齢の割に一切衰えを感じさせない、この街の本来の指導者である。


「ペトレっ! ペトレは……!!」

「あそこです」


フレーは前方を指し示した。


正気に戻ったレイティ・ロベインは、へたり込むエーション姉妹と大砲を構える娘を見て、全てを察したらしい。拳を握って歯を食いしばり、それでも娘から目を逸らさなかった。


「あはっ、ママぁ、来たのね! 久しぶり! また会うとは思ってなかったわ!」

「……ペトレ。私は……」

「最期に会えて良かったわ! これからみんな死ぬんだもの! 地獄があったらまたよろしくね、ママっ!!」

「……行くぞ、エーネ、マインド」


ザンは踵を返し、立ち尽くす二人にそう伝えた。


「で、でも……!」

「フレーに賭けよう。ペトレを救えるのは、今やもうあいつだけだ」


ザンたちは静かにその場を立ち去る。


徐々にエネルギーが蓄積されていくブレイン砲。奥から伝わってくる異様な風圧を感じながら、フレーはエーション姉妹に告げた。


「二人も、死にたくなかったら逃げた方が良いよ。もうすぐハンガーズが来る。それまで大人しくしておいてね」

「……フレイング・ダイナ。勝手なお願いだとは、思うけど……」


ドアをくぐる際、マニーは囁くような声で言った。


「どうかあの子を……!」

「……うん、わかってる」

「私は退きません」


頷くフレーの真横で、覚悟を決めたレイティがそう言った。


今や屋上には、ロベイン親子とフレーしかいない。本来なら場違いなのは自分であろう。

だが今回だけは、話が別だ。


「じゃあ見ててください。レイティさんの代わりに、私がペトレの全部を受け止めます。終わった後に……もし、酷い言葉をかけたら……」


フレーはレイティを見ないまま、淡々と言った。


「今度は私が、レイティさんと戦うことになる」

「……肝に銘じます」


淀みない声で返答し、レイティは一歩後ろに引く。


軋むような鈍い音……ブレイン砲が歪な咆哮を上げていた。


「あなたのせいよっ、ダイナさん……全部、あなたのせいで台無しよ!!」


最後まで敬称をつけることを辞めない彼女からは、隠しようの無い育ちの良さが伝わってくる。

まだ間に合う。ペトレ・ロベインはまだ戻れるはずだ。大事件を引き起こした張本人だけれど……正しき人に囲まれれば、必ず。


「私に帰る場所なんてない! 大切な家族なんていない! それなのに、私のっ、私の王国をよくも! 絶対許さない……私を苦しめるやつはみんなっっ……!!」

「ペトレ……作るとか奪うとか、方法は一つじゃないけど……国は自分の力で手に入れるものだよ。今回のこれは違う。それと、避難豪では虚しいって言ったけど、訂正するね。ペトレはまだ羽ばたけると思う」

「うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいっ…………」


ペトレは泣きじゃくりながら怨みの声を漏らす。ついにエネルギーの溜まった大筒は、全体を青く発光させている。


「あなたなんか、あなたなんかぁっ!!」

「……いいよ、来て」


フレーは両腕を前に突き出した。ここに来てからの全てを思い起こし、再び極限まで集中する。


「……これは……!」


特殊な力は無くとも、流石武人というべきか。レイティはフレーから溢れ出る力をしっかりと感じ取っているらしい。

彼女ならばわかるだろう。フレーの技は、付け焼刃の光線には負けないことが。


「この街に訪れたこと、後悔させてやるわ! 受けてみなさい……っっ!!」

「……フレイム────」


死都は再び立ち上がる。生まれ変わった指導者と、その大切な子の力によって。


毒にまみれた少女の道は、間も無く光に包まれるのだ。



「ブレイン砲ッッ!!!」


「バスター・キャノンッッ!!!」



赤と白の閃光が、学園の屋上で交わる。

何もかもを飲み込む光と熱、そして天に轟く轟音に、シュレッケンの全ての人間が目を見張った。


「うう、うううううッッ…………!!」


体を強張らせて唸り声を上げながら、ペトレ・ロベインは砲台にしがみつく。


────ペトレ、こんな事もできないのですか? しっかりしなさい、あなたは未来の指導者なのですから!

────ロベイン、今日もレッスン? あはは、大変ねぇ。将来は安泰かしら、羨ましいわ!


「私は……私はぁっ!!」


ペトレが負けじと光線を撃つ間も、フレーの両手からは凄まじい熱量の炎が放たれ続けていた。


「はあああああああっっっ!!」

「っっ……そんな……また、上手くいかずにッ……!!」


────無理だって言ってるじゃない! 私に才能なんて無い! それに、私本当は……!


一度も伝えたことの無い夢。手に入るはずの無い将来。


次第に、赤が白を飲み込んでいく。限界を超えたブレイン砲が、音を立てて軋み始める。


「嫌だっ……嫌だ、負けたくない……! 今日くらい、私に勝たせてよぉッ……!!」


結局何も成し得ないのか。他者に翻弄されるだけの人生……全て、愚かな親のせいで────

憎くて仕方ないはずなのに、静かに成り行きを見守る母を、視界の端に見とめた時。



────頑張りましたね。偉いわ、ペトレ。



そんな古の記憶が、脳裏に浮かんだ。


「終わりだよ、ペトレ……毎日見てる悪夢は、今日で全部終わりッ!!」


徐々に力を失っていく光線を、フレーの炎が覆っていく。


「あっ……!」


ついに破壊されたブレイン砲。飛び散る破片の隙間に、かつては愛した家族を捉え……

ペトレ・ロベインは、か細い声で呟いた。



「ママ……!!」



その瞬間、業火が全てを食らい尽くす。

ブレイン砲の残骸もろ共、ペトレの小さな体は校舎の外に吹き飛ばされ……


後には、彼女の涙だけが残った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ