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ド田舎の村娘ですが、成り上がるために国中の猛者たちを下しに行きます  作者: 今江彰人
第2章《愛も蝕むポイズンロード》

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41:街を売った女

「ペトレ・ロベイン……?」

「ああ。念のため、私も別の筋で探ったんだがね。気になる話があったから報告しておこう」


再び公務に戻っていたエルドに、ゼノイ・グラウズは思い出したかのように言った。


「ロベイン市長……レイティさんのご令嬢のことだ」


元市長として彼女を良く知るゼノイは、レイティ・ロベインを親しみを込めてそう呼んだ。


「昔シュレッケンで会った時は、礼儀正しくて良い子だったんだが……先ほど少し良くない噂を聞いてね。今十四歳の彼女が、母親と不和状態にあるという話だ」


エルドは強く正しい市長とその娘を想像する。子から親に向けられる思いは尊敬か、はたまたその逆か……どちらにも転びうると思った。


「ペトレ嬢は良い意味で普通の子でね。母と違い特別な才は無かったが、穏やかで、シュレッケンの音楽を愛する心優しい少女だったそうだ」

「ふむ……見方によっては、期待を裏切るものとも……」

「うむ。レイティさんは一人娘であるあの子を自分の後継者にしようと、ある時から厳しい教育を始めたようでね。情報提供者曰く、彼女は段々荒んでいってしまったようなんだ」


エルドは顎を引く。先ほど考えた道とは大きく異なる、第三の可能性に思い至ったのだ。


「学園でいじめられていたという話もあった。もしそれが本当なら、酷なことだ。家でも外でも逃げ場は無い……全てを終わらせてしまいたいと思っても不思議じゃないだろう」


しみじみと言ったゼノイは、エルドの肩にそっと手を置いた。


「私が言いたいのはね、エルド。我々は大きな権力を持ち、これから街に軍を差し向ける立場だ。その時、敵にどのような扱いを施すか……様々な選択肢を用意しておかねばならない」


頷きはしたものの、耳を塞ぎたくなるような話だ。もしそれが本当なら、倒すべき相手は誰だというのか。


「グレイザー……フレイング・ダイナ……」


指導者エルドは静かに願う。今はただ、彼らの渾身の一撃が……仇敵の懐に届くことを。


─────────────────────────


「三人目の……ポイズン・ガールズ……!?」


マインドが驚愕の声を上げる。それに回答を示したのは、いつの間にか立ち上がっていたピューレだ。


「知らなかった? まあ、言ってないからね」


姉妹はフレーたちが動けない隙をつき、ふわりと宙を舞ってこちらから距離を取った。


「でも、そっちが勝手に、勘違いしただけでしょ? まさか本気で、レイティ・ロベインが、私たちに付いたと、思っていたの?」

「…………っ!!」


まさに青天の霹靂だ。慌てふためくフレーたちを見ながら、上方の足場に佇むペトレは静かに微笑んでいる。

しかし、今はそれよりも────


「ザンッッ!!」


フレーはなりふり構わず、自分を庇い倒れた義兄に縋りついた。エーネとマインドもすぐに駆け寄る。


「ザン! ザンッ! しっかりして! 何で私を庇って……死んじゃやだよ!!」

「そ、そんな、こんなことが……! ザン、お願いです! すぐ治すから目を開けてっ!!」

「……おかしいよ、こんな感情僕は……洗脳されてる人を見ても全然……! ザン、起きて……!」


三者三様の呼びかけをしていると、床に付すザンがもぞもぞと動いた。小さく口を開けた彼から発せられたのは、どこか気まずそうな声である。


「いや、何というか……」

「ザン! ぶ、無事なの!? ほんとに!?」

「あ、ああ……その、撃たれた、はずなんだが……」


ザンはゆったりとした動作で起き上がる。皆の注目を浴びたせいか、耳が少し赤くなっていた。


「何ともない、と言えばいいのか。少しチクっとはしたんだが、痛みとかそういうのは全く……」

「え……!?」


一体どういうことなのだろう。理解できずにペトレを見やると、彼女はさも当然のように言い放った。


「当たり前よ。だって、別に殺すための弾じゃないもの」

「じゃ、じゃあなんのために……!」

「決まってるじゃない、そんなの」


ペトレは唇に指を当て、不敵に笑った。


「撃ったのは神経毒よ」


まるで何でもないことのように放たれた一言に、ザンの顔がみるみるうちに青ざめていく。

フレーとエーネも言葉が出てこない中、最初に口を開いたのはマインドだった。


「ハッタリだ」


彼はペトレとエーション姉妹を交互に見ながら、普段より早口で話した。


「君たちは体外から直接投与できる毒は扱わない。そもそもあの薬は、吸い込ませることが条件で────」

「なーんていう風に教えたんだっけ?」


マインドの言葉を遮り、ポイズン・ガールズのリーダーは誇らしげに手を広げた。


「裏切りもののあんたに教えてあげるわ。科学とは日進月歩……昨日できなかったことが、明日できるようになるものなの。つい昨日のことだわ……新型の薬が完成したのは」

「え……」

「極小の銃弾に毒を塗って、傷口から直接投与することができるようになったの。光銃よりも遅くて、不意打ちじゃないと当てられないけど……殺傷能力は皆無だから、当てさえすれば健康な状態で操れるようになるわ! どう、驚いたかしら?」


避難豪にマニーの高笑いがこだまする。胸を押さえながら冷や汗を流すザンを見て、彼女は心底楽しそうに言った。


「そう心配しないで、ザン・セイヴィア! あと半日もすれば自我を失って……怯える必要もなくなるんだから!」

「何てことを……何てことをっ、ポイズン・ガールズ……!!」


エーネが彼女なりの精いっぱいの声で凄んだ。しかし向こうはエーネをさほど警戒しておらず、ましてや今のこちら側は動揺状態である。

マニーは余裕の表情を浮かべたまま、ペトレの方を顎で示した。


「この期に及んであたしに聞きたいことでも? あたしたちの真の協力者の方が、よっぽど有意義な話ができると思うけど」

「…………!」


皆がペトレの方を向いた隙に、エーション姉妹はスーツの力で後ろに跳躍し、そのまま避難豪から姿を消す。大方、傷を癒すために潜伏するつもりなのだろう。


取り逃がした。歯ぎしりするザンに寄り添いながら、フレーは漠然とその事実を認識した。


「……許さないから」


やがて、自分の中にどす黒い何かが生まれていくのがわかった。

この気持ち……覚えがある。


「ペトレ・ロベイン……っ!! やって良いことと悪いことがあるって、思い知らせてやる!!」

「……落ち着いてよ。致死性は何もない。別に死ぬわけじゃないんだから」

「そういう問題じゃないっ!!」


フレーの怒号を浴びても、ペトレの瞳は冷めきっていた。

マニーは当然として、ピューレですらもう少し人間味のあるリアクションをしていた気がする。彼女だって負傷する際は、恐怖に顔を歪ませていたのだ。


それに比べてこの少女の心は、まるで氷のように冷たい。


「そういう問題よ。あなたたちが入り込んできたのが悪いの……私の街に」

「ペトレの、街……?」

「そう! そうよ、ダイナさん」


ペトレは一際大きな声を上げて、貼り付けたような笑みで両腕を広げた。


「だって今や、この街のまともな有権者は私一人! 住民登録をしていなければ投票権は無いの! 市長に立候補するのも当選するのも、私一人ってわけ! だから当然、ここは私の街よ!」

「ふざけ……ないでください……!」


もはやザンよりも心を乱されているエーネが涙を拭い、再びペトレに向き合う。


「そっちが、そう仕向けたんでしょ! この街の人たちに通達を送って恐怖に陥れた……それって、ペトレさんの仕業ですよね!? 始まりは全部……!!」


「だって……それがママの望みだもの」


ペトレは真顔になり、奥で倒れているレイティに蔑むような視線を送った。


「ママは良い加減理解するべきだったわ……来る日も来る日も勉強、格闘、政治の理解……十歳を過ぎたあたりから、オシャレもさせてもらえなくなった。そんなものを磨く前に、人間性を磨けって。私が全然指導者に向いてないって、考える力が無くなる前にどうして気付けなかったのかしらね」


まくし立てられる彼女の言葉が、次第に怒気を孕んでいく。


「そんなことばっかりしてるから、学園では浮いていじめられるようになって……ママに相談したら、何て言ったと思う? 『未来の指導者たるもの、敵は自分の手で排除なさい』だって! パパはママの言いなりだし……私がいじめの事実を訴えても、どうせ誰も信じないわ! まさか最強の指導者レイティの娘がいじめに泣いているなんて、夢にも思わないでしょうからね!!」


思わず胸が痛んで、フレーは未だ口を開けぬザンと、興奮で息を荒げる少女とを見比べる。

と、エーネが視界の端で、何かに打たれたかのように涙をこぼした。心優しい彼女は、きっとこの話を自分のことのように受け止めているのだろう。

だからと言って許せはしない。しかし一瞬、フレーはわからなくなってしまった。


自分は一体、誰のために憤れば良いのだろうか。


「それでお望みどおり、排除してやったわ……あの姉妹の力を借りて、わからず屋のママと、あの鬱陶しいベネツィアを……!!」

「ベネツィアって、まさか……」

「うふふ……ここに侵入してきたなら、当然あいつを見たんでしょう? 三日三晩、門の前に立つあいつを……!」


ペトレは、それはもう嬉しそうに彼女について語る。


「マニーさんにお願いして、あいつを操るのだけは私にやらせてもらってるの! ご飯は最低限しか与えていないわ。傑作よ、クラスで一番美人だったあいつがどんどんやせ細っていって……正気に戻ったら、今の自分を見てどう思うかしら!? もっとも、もうそんな日は来ないけどねっ!!」


ペトレの怨嗟の嘲り声が響く。誰もが無言で、彼女の切ない独白を聞いていた。


「あの二人がこの街に来た時……運命だって思ったわ。私、人の悪意には敏感で……何か企んでるのが一目見てわかったの」


────マニーさん。この街で何をする気ですか?

────あんた、何言ってるの? あたしたちは王都から来た研究者で……

────嘘はやめてください。私にはわかるんです。だって……


「だってマニーさんは、私と同じ目をしてたから」


────私にも、協力させてくれませんか?

────……質問を変えるわね。あんた、どういうつもりなの?

────きっとあなたと同じです。見返したいんです、この街の何もかもを……そのためなら、どんな手間も惜しみません。


そうしてペトレたちは、ポイズン・ガールズへと相成った。シュレッケンにとっての毒であると同時に、自身の内にも猛毒を抱えた哀しき存在に。


────ペトレ! あなたは、自分が何をしたかわかっているのですか!?

────どうしたのママ、そんなに焦って……もしかして、ママの名義でみんなに送った文書のこと? バレないようにやるの大変だったのよ?

────あなたはっ……! どうやら、話し合いが必要なようですね。そこに座りなさい、ペトレ。

────いいわよ。だって今日は、ママがまともに話せる最後の日になるかもしれないし。

────……!? 何を言って……! まさか、あの姉妹が……!

────あはっ、嬉しいわママ。そんなに怖がった顔して。

────ペトレ……!!



────最期にやっと、私の言葉を理解してくれたのね。

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