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ド田舎の村娘ですが、成り上がるために国中の猛者たちを下しに行きます  作者: 今江彰人
第2章《愛も蝕むポイズンロード》

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40:科学者たちの恋物語

「や、やった……」


最初にそう口したのは誰だったか、今となってはわからない。


「勝ったあああああっっ!!」


雄叫びを上げたフレーは脇腹が痛むのも忘れ、エーネの手を引いて駆け出す。

体を打ち付け瓦礫の中で脱力するマニーは、気絶こそしていなかったが、もう手駒を操る力は無いのだろう。市民たちは一切動きを見せなかった。


「ううっ、ひぐっ、ぜ、全員無事で、本当にっ……!」

「エーネは泣き虫だなぁ」

「三人とも、大丈夫か」

「うん、後でエーネに治してもらうよ。ザンこそ大丈夫? 大活躍だったね」


レイティとの死闘はかなり堪えたはずだ。しかし彼は肩をぐるぐると回すと、珍しくやんちゃそうな笑みたたえていた。


「問題無い。言っただろ、操られたやつには負けないってな。フレーはいつものことだが、エーネも中々の魔法だったな」

「ザン、僕は、僕は?」


仲間を労う彼に対し、マインドが自分を指さしながら小さく飛び跳ねた。ガンガンと金属と床がぶつかり合う音がする。


「最後決まってたでしょ?」

「……お前、なんで技名叫ぶんだ? 機人の間で流行ってるのか?」

「た、確かに若干イタ────じゃなくて、その、変わってるとは思います」

「もしもしエディネアさん?」

「……僕だって、戦いの後くらいは褒めてほしいんだけど。あと王都では普通の事だし」


目に見えて落ち込んだマインドの頭に、ザンは軽く手を乗せた。


「冗談だ。お前の力あっての勝利だからな。感謝する…………マインド」

「…………!!」


マインドは無表情のまま眉を吊り上げる。きっと彼なりの嬉しさの表現なのだろう。


「げほっ、げほっ……」


フレーたちが喜びを分かち合っていると、ボロボロになったマニーが瓦礫の中から這い出てきた。


「はぁ、はぁ……あんたたち、随分余裕なのね……見下されたものだわ……」

「見下してなんかないよ」


彼女の自虐的な発言に、フレーは真っ向から反論する。


「全力を尽くした。それで勝ったの」

「……そう」

「お、お姉ちゃん……」


声がした方を振り向くと、ピューレが肩を押さえ青白い顔で立っていた。


「ごめん、私……」

「良いのよ、ピューレ。さ、こっちへ……」


マニーが手招きすると、ピューレは特に何も言わずにフレーたちの間をすり抜け、彼女の横の瓦礫にもたれかかった。

あまりにも近い距離だったが、光銃を持つ力も無さそうなので特に咎めないでおく。


「……さあ、洗脳を解除してもらおう。痛い思いをしたくなければ、抵抗せず従うことだ」

「その後はどうする気?」

「身柄はハンガーズに引き渡す。今の指導者はエルドだ。あの人なら寛大な措置を下してくれるだろう……もっとも、グレイザーなら命の保証はできないがな」

「ふ、ふふふ……」


ザンの言葉は重い。笑みを漏らしたマニーはフレーを見上げ、ぎらりと赤い眼光を放った。


「だ、そうだけど……嫌だと言ったら?」

「後悔することになる」


迷い無く宣言したフレーに対し、彼女は口惜しそうにため息をつく。


「かといって、ねぇ……そう簡単に諦めきれるわけないじゃない。あの人を見返すって……真剣に、そのためだけにやってきたのに」

「あの人……」


エーネは一瞬口にするか躊躇うような姿勢を見せたが、思い切った様子で尋ねた。


「あの人って、ライウ王子の事ですよね?」

「……そうよ。あの瓶を持ってたってことは、研究所を漁ったんでしょ? 全く……破壊対策で火炎探知機と連動した落とし穴を作ったけど、こんなことなら入った瞬間作動するようにしとけばよかったわ」

「お姉ちゃん、それだと最初に入った人しか、落とせない」

「……わかってるわよ」


マニーはまた深々とため息をついて、懐かしむような顔になった。



「あの人……ライウ・テンメイとは、長い間付き合ってきた恋人だったわ」

「えっ!?」



恋人、という言葉に反応したのはフレーとエーネである。


「こ、こ、恋人!? あの、男女で手を繋いで歩くやつ!?」

「……他に何があるのよ」

「い、一瞬実験用語かと……で、でも王子様と恋人……へ、へぇ……!」

「お前ら、ラブレターがあったんだから察しろよ」

「え、そんなのも見たわけ?」


やさぐれていたマニーがやや上ずった声を出した。横で脱力するピューレが、くすくすと笑い声を上げる。


「お姉ちゃん、見られてやんの」

「うるさいわね……内容は読んでないでしょうね?」

「そんな時間無かったよ」

「なら良いんだけど」


マインドの返答で気を取り直したマニーは、話を再開する。


「あたしたち姉妹はね、生まれつき天才と呼ばれてたわ。自慢じゃないけど……いえ自慢だけど、幼い頃から幅広い学問を履修して、結果科学の道に進むようになったの」

「う、うざ……」

「王城にも出入りを許可されて……それであの人と出会ったのよ。あたしより二歳年上の、ライウ王子に」


それはフレーが想像だにしていなかった、王都よりきたる魔物の恋物語だった。


「一目惚れだったわ。卓越した頭脳に整った顔立ち……決して穏やかな性格ではないけれど、人を惹きつける魅力があった。魔法の才もこの国随一だわ」

「やっぱり……魔法使いなんですね」

「王族はみんなそうよ。それで、あたしは頑張ったわ。毎日勉強して学会にも通って、国の最先端技術を扱うアメノ王立科学研究所────そこに配属されることとなった時。既にそこの研究者だった彼に、勢いで告白したの」

「わぁ……!」


フレーは顔を赤らめて口元を押さえた。その反応を見て、マニーは少し悪戯っぽい表情になる。


「やっぱり女子は食いつくわね。男子も、目ざとくいかないともてないわよ?」

「余計なお世話だ」

「そ、それで、どうなったの!?」

「恋人だったって言ったじゃない。結果はOK……あの日から、もう七年になるわね」


そこからは順風満帆の日々だった、とマニーは語る。


「憧れの人と一緒に研究して……出張で会えない時にも、恋文を送り合って。毎日が輝いてたわ」

「お姉ちゃん、毎日のろけて、面倒だった」

「良いでしょ別に。それで……あたしは気付けば、研究所のナンバー2になってた。当時彼はもう長官で……あたしが副長官になることに、異を唱える者はいなかったわ」

「ちなみに、私も天才だけど、ヒラの研究員。正直、不満しかない」

「……あんたは協調性が足りないのよ」


しかし、楽しい話はここで終わりだ。


「ある時あたしは、王の命令で新薬の開発に取り掛かったわ。『他人の意思を媒介して神経を活性化させる薬』……用途は、機人ではなく人間の兵の強化ね。機人もだいぶ増えてきたけど、まだまだコストもかかるし、未だ人間の力は大事だから」


────これを完成させれば……もしテンメイ王に認めてもらえたら、あたし……!

────お姉ちゃん、頑張って。私も、全力で手伝う。

────ええ! 絶対にライウと結婚するんだから!


「寝る間も惜しんで研究を続けて、あたしはついに薬を完成させた。それを王に献上した翌日……信じられない知らせが届いたわ」

「……まさか」


「そう。あたしを副長官の任から解き、遠方の地へ出向させるという知らせよ」


────何……何よ、これ。

────お姉ちゃん、これは何かの間違い。私、殴り込みに、行ってくる。

────やめてっ! 間違いなわけないじゃない! だって、だってこれ……!!


「差出人は……ライウ本人だったわ」


フレーたちは絶句した。ただ一人、マインドだけが首をかしげる。


「おかしい。王国での出来事はデータにあるはずなのに、僕はその話を知らない」

「それはそうよ。あたしたちに関してあんたが記憶する個別具体的な出来事は、ピューレの実験体として目覚めてからのものだけ。あたしがそういう風に設定したのよ。余計な情報を与える必要が無いからね」

「……そっか」


フレーは酷く悲しい気持ちになった。

マニーは元から歪んでいたわけではない。倫理観が危ういピューレも、姉が幸せならばまともなままでいられた。


「一度だけ……飛ばされる前にあの人に会ったわ。彼は悪びれもせず、シュレッケンでも頑張れとだけ言った。でも王の方針で、王都の技術は基本的に地方に持ち込めないようになってるの。あまりにも交渉がしつこかったグレイザーは例外……だからあたしは事実上、研究者という立場も失ったのよ」

「そんな……」

「最後に一言『すまない』とだけ言われて、あたしは捨てられた。ピューレには命は下らなかったけど、付いてきてくれることになって……出立直前、ランドマシーネに寄る頃には、あたしは今回の計画を思いついていたわ」


フレーたちは無言になる。場の空気を察したのか、マニーは冷ややかな笑い声を上げた。


「言いたいことはわかるわ。それは、シュレッケンの人たちを巻き込む理由にはならない……そうでしょう?」

「その通りだ。マニー・エーション、お前には同情するが……」

「それでも……街の一つや二つ巻き込むくらいじゃないと、あの人たちは────ライウとテンメイ王は、見向きすらしないのよ!! 支配は楽しかった……それは認める。でもずっと、虚しさの中で苦しんでもいたわ!」


額を押さえながらマニーはいきり立つ。握られたもう片方の拳には、彼女の悔しさが滲んでいた。


「あたしだって信じたいわよ、あれがライウの本心じゃないって! でも彼は……彼以上にあの王は、本当に何を考えてるかわからない……! 見るだけで寒気がするような人だわ! ライウは今、次の王位を第一王女と争ってる……あたしは平民の出だし、あたしと恋仲だと不利になるとか、きっとそんな理由で……!」

「お姉ちゃん」

「……ごめんなさいね、取り乱したわ。憶測で語るなんて、研究者としてあるまじき行為なのに」


マニーはすっと息を吐いて、フレーの瞳を正面から見据えた。


「いずれにせよ、あんたたちが何を言おうとあたしのポリシーは曲がらないわ。マニー・エーションは、利用できるものは何でも利用する。それがたとえ街だろうと、前後のわからない子供だろうと」

「マニー……」

「……あんたたち、基本的に善良なのね。こうして話をしてると心が痛まないこともないけれど……ふふ、まあ良いわ」


フレーはその瞬間、とてつもない違和感を抱いた。


これが戦いに敗北して野望を捨てる人間の目だろうか。既に勝負は決した。ここからどうしようと、彼女たちの逆転はありえないと言うのに。


そう、それこそ第三者の介入でも無い限り────


「…………」


マニーは無言でフレーを指差した。その意味がわからぬまま、不審に思い一歩後退するや否や。


最初に「それ」に気づいたのは────いつだって仲間たちに気を配り、誰よりもその身を案ずる少年だった。



「フレー、危ないっっ!!」



ザンは倒れ込むような姿勢で、フレーの眼前に身を投げ出す。何が起こったのか判然としないまま、息を呑んだ次の瞬間。


ザンの体に、小型の何かが直撃した。それが銃弾だと気付く頃には、彼は体勢を崩して地面に転がっていた。


「…………え……」


「あーあ、外しちゃったじゃない」


聞き覚えの無い、甘く緩い声が避難豪にこだました。残念そうな、それでいてどこか愉快そうな声色だ。


「違う人に当たっちゃったけど……これで良い? マニーさん」

「うーん、本当はフレイング・ダイナを狙ってほしかったけど……こっちはこっちでOKよ」


衝撃的な光景にマインドさえ身動きが取れない中、マニーは立ち上がり、斜め上方へと笑顔を向けた。


「よくやったわね……『ロベイン』」


焦点の合わない瞳を、彼女と同じ方に向ける。


そこにいたのは、美しい金髪を頭の後ろで結い、片手に小型の銃器をもった少女。

年の頃は……十四歳ほどだろう。


「あなたがダイナさん? 私も自己紹介するわね」


少女は銃を下ろし、スカートの端を持ち上げながら恭しくお辞儀をした。



「初めまして、ペトレ・ロベインです。この街の元市長、レイティの娘────現在は、ポイズン・ガールズの一員よ!!」

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