39:狙いすました一撃
「まさか……」
ザンは呆然とし、その場に立ち尽くした。
「あんたも、操られてる……のか?」
彼の声は掠れていたが、仲間たち全員にしっかりと届く。
「……どういうこと? マニー」
市民たちの足止めを行っていたマインドが、怪訝そうな表情で尋ねた。
「レイティに毒を盛った……裏切ったの? 自分の協力者を」
「うふふ……やっぱりそういう認識なのねぇ」
マニーは可笑しそうにクスクスと笑い、口元に手を当てた。
「裏切ってなんかいないわ? 704……あんたと違ってね」
「…………?」
「レイティ・ロベインは確かに、あたしたちに欠かせない『協力者』だったわ。初めにこの街で居場所が出来たのは、他でもない彼女のおかげ……まあ頭の固い人だったわね。手駒になるから洗脳した、それだけよ」
「それであの人を……? 仲間だったのに、そんな理由で……」
「……まともに答える義理は無いわね。でも、これだけは伝えておくわ」
マニーは目つきを鋭くし、エーネに向けて光線を放つ。反応が遅れ、頬にかすり傷を負った彼女に向けて、ポイズン・ガールズのリーダーは高らかに言った。
「我々は、使えるものは何でも使う……それだけよ」
「…………」
フレーは目を閉じた。手を胸に当て、脳裏に浮かんだ直感に従う。
「そっか……」
「え?」
「そうだったんだ、ピューレ」
フレーは、今しがた不可解な提案をしてきた相手を見据えた。
不可解。そう、実に不可解だったのだ。今のマニーの言葉を聞くまでは。
「利用できるものは何でも……それはさ、強くなるためとか、大体そういう理由なんだよね?」
「……私は、お姉ちゃんと研究のため。それ以上でも、以下でもない」
「わかったよ。さっきの提案の意味」
フレーは口角を上げ、両の手を横に広げて見せる。
「効くんでしょ? 私の魔法」
ピューレ・エーションは動きを止めた。フレーの背後にいる彼女の姉も、きっと同じような表情をしていることだろう。
「私とエーネの魔法……同じように魔力でできてるって言ってた割に、それぞれの対応が全然違うよね。エーネのには全然反応しないのに、私のはしっかり受け止めてる」
フレーはこれまでの一連の戦いを思い起こす。ピューレと初めて出会った時から、今に至るまでを。
「その手には火を消す薬が塗られてて、ピューレはずっと、それで火を防いでる」
「……火は、水より怖い。大丈夫とわかってても、体より手で受け止めるのは、普通」
「最初はそうだったかもね。でもその薬……元々は火災に備えて用意してたものでしょ? つまり、魔法じゃない普通の火のため」
ピューレは答えない。フレーは続けた。
「なのに私が魔法使いだってわかった今も……わざわざ手に薬を塗って、絶対手でしか受け止めないのは何で? お姉さんのマニーにしたってそうだよ」
決戦前のあの不意打ちを、マニーは避けることで対応した。魔法が効かないことを見せつけるために、受け止めても良かったのに。わざわざ躱したのである。
「マインドが乱入して、ピューレが私たちの前からいなくなった後……気づいたんでしょ? コートが燃えたから機械の不具合を疑って、実際は不具合じゃないってわかった瞬間にさ」
「…………!!」
「だってよく見たら……エーネの水を食らっても、服も濡れてないもんね」
彼女たちの装置は本来、衣服にまで干渉できる。とても便利だが、今回はそれがヒントを与えてくれた。
「……ピューレ、いつまで遊んでいるのかしら?」
「あ、ご、ごめん、お姉ちゃん」
ピューレは瞳を右往左往させながら、やや上ずった声で言った。
「ふ、フレイング・ダイナ……あ、あ、あなたが、な、何言ってるのか、わ、私わからない」
(……嘘下手過ぎない?)
いずれにせよ、ポイズン・ガールズは無敵の集団ではない。フレーの攻撃は有効なのだ。
「それで私を研究したかったんだね。私を利用して、また上に行こうとしたんだ」
フレーは真顔で一歩踏み出す。ピューレは言葉無く後ずさった。
「でも魔法使いって珍しいんだし、私みたいな人もいるかもね。多分例外はあるんだから」
「……何が、言いたいの」
「簡単なことだよ。道具一つで相手の技を封印できると思ったら、大間違い……」
フレーはマニーを振り返り、低い声で言った。
「それを知らない二人は、低い次元で戦ってる……まだまだ弱い人間だってこと」
「……あんたねぇ……!!」
マニーはこめかみに青筋を立てて、警戒する妹に命令を下した。
「ピューレ! 今すぐそいつを黙らせなさい! まずはこの勝負、勝ち切るわよ!」
「うん、お姉ちゃん……!」
ピューレは光銃を構え直す。
しかし────技が通るとわかった相手に躊躇う理由は、もう無かった。
「ラン・フレイム」
「…………っ!!」
「フレイム・バレット! クラッシュ・フレイム!!」
怒涛の連撃を繰り出す。光線を放ちつつ、ピューレはもう片方の手で器用に炎を消していった。対するこちらは一部避け切れずに、頬や腕を光が掠める。
それでもフレーは歩みを止めない。背後にエーネがいるから、きっと怪我をしても大丈夫だ。
「あ、あ……お姉ちゃっ……!!」
「くっ、ピューレ!」
狼狽するピューレを援護するべく、マニーがこちらに向けて数発の光線を放った。しかし途切れ途切れだ。どうやらザンの対応で忙しいらしい。
「……何もかも、上手く行ってないじゃないか……!」
レイティの渾身の一撃を、ザンは真正面から受け止めていた。体の芯まで届く衝撃は、着々と彼へのダメージとして積み重なる。
けれどその上で、ザンが上回っていた。
「自我を奪われたやつ相手に、俺は負けない。剣も拳も魔法も……全部心をぶつけるためのものだ!」
レイティの動きが鈍ったところを、彼の磨かれた技術は見逃さない。
「そこで寝ていろ、レイティ!!」
彼女の背後に回り込んだザンは、峰でその背を強打する。
体勢を維持できなくなったレイティは、眠るように床にへたり込んだ。
「っ……いや、ここで女子どもをやれれば……!」
「させないっ! フレー、今がチャンスです!」
マニーの攻撃を、エーネが回復した分の力を使って受け流してくれた。水で防ぐのは大変だと思うが、ここぞの場面で上手くやってくれたらしい。
彼女の言葉を信じ、フレーは進む。後退し続けるピューレを目掛けて、前へ。
「ラン・フレイム……ラン・フレイム!!」
「う、うううっっ……!」
逃げようにも、辺りにはマインドの攻撃で麻痺した市民がいて身動きが取れないらしい。攻撃を防ぎきれず、ついにピューレの白衣に炎の端が触れた。
発火を始めた衣服に驚き、彼女の注意が大きく削がれる。
「ここまでだよ、ピューレ!!」
「っっ……!!」
追い詰められた科学者が、最後の抵抗で引き金を引く。決定打を放つ体勢に入っていたフレーは、それを受けきることができなかった。
だが、構うものか。
「フレイム────バスターッ!!」
今までより一際大きな炎の塊を放つ。それが彼女の肩を穿つと同時に、フレーの脇腹辺りを光線が突き進んだ。
「あぐっ!?」
「いっ…………!!」
「フレー!!」
両者ともに被弾し、大きく体勢を崩す。
エーネが驚愕の声を上げると同時に、フレーたちの周囲に紫色の気体が充満した。服のポケットに入れておいた、あの失敗作が割れたのだ。
皆で持っていた資料などはあらかた流されてしまったが、これは最後まで無事だったらしい。
「薬が、光線で……!」
「そ、そんなの良いですから! 大丈夫!?」
「う、うん……ちょっと……痛いけど」
貫通……はしていないと思うが、服に血が滲んでいる感触がする。肩をやられた衝撃で立っていられなくなったピューレと同時に、フレーもその場に崩れ落ちた。
「あ、あぁ……魔力が、魔力が足りなくて治癒が……!」
「平気平気。ほら、私たちは仕事を果たしたよ」
フレーはエーネに支えられながら、にやりと笑った。
「後は、二人に任せよう」
「ピューレ! 嘘、嘘でしょ!?」
最後の一人となり、狼狽したマニー・エーションが大声を上げる。
「いいえ……まだよ! 今まともに戦えるのはそこの剣士だけ! さあ、こっちに飛び掛かってみなさい……この光銃で眉間を打ち抜いてやる!」
「くっ……そろそろキツイな……!」
刀で光線を弾きつつ、ザンは苦悶の声を漏らす。レイティとの戦いで消耗した彼には、マニーの狙撃の間を縫って斬りかかるのは厳しい。
こうなるならば……結果的に正しかったというわけだ。ここまでエネルギーを温存し、戦いに干渉してこなかった彼の判断は。
「……不快だ」
今まで静かに床に触れていたマインドが、音も無く立ち上がった。解放された市民たちはまだ動けずにいるが、じきに起き上がって攻撃してくるだろう。
しかし彼の人工頭脳は、それよりも早い戦いの決着を見据えていた。
「不快だよ、マニー。ずっと自分だけ……安全な場所から」
「は……!? あんた、何を────!」
「崩れ落ちると良い……エレクトリック・マグナム」
満を持して、機人マインドが必殺の光線を放つ。マニー本人ではなく、彼女が立つ高台そのものに向けて。
それはピューレの光銃を破壊した時よりも、更に強力な一撃だった。根元から攻撃を受け止めた足場は、みるみる内に崩れていき────
「あああああっっ!!??」
もし彼女がピューレやザンに気を取られていなければ、あるいは脱出できたかもしれない。だが、時既に遅しだ。
飛び退く暇も無く、マニー・エーションは……崩落する地面と共に、真っ逆さまに落下した。




