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ド田舎の村娘ですが、成り上がるために国中の猛者たちを下しに行きます  作者: 今江彰人
第2章《愛も蝕むポイズンロード》

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36:裏切り者

広々とした新研究所には、記憶に新しいカプセルが均等に並べられている。内部が発光しているのを見るに、こちらは現在進行形で使用されているものらしい。

おおよその生物が忌避感を抱くような、グロテスクな紫色の液体が泡立っていた。端の方には、液体が緑色のカプセルもある。


「……常識の変化についていけないんだが」


ホメルンとは世界が異なると言われても驚かないが、今は気を張らねばならない。何せフレーたちは、この研究所を破壊しに来たのだ。

エルドたちに報告できるよう重要なものは一通り押さえておき、諸悪の根源であるカプセル等はフレーの炎で一網打尽にするという手筈である。


決して整頓されているとは言えない机を全員で漁る中、最初に声を上げたのはまたしてもザンだった。


「……これは……!」

「何!? 何か大事なもの!?」


「…………ラブレター?」


至って真面目な彼の言葉に、残りの三人でずっこけそうになる。


「ザン……」

「そ、そんな顔で見るな。たまたま目に留まっただけで……」

「ところでザンって、二人のどっちが好きなの? 人間の情事にはすごく興味がある……」

「お、おい、やめろ! 俺たちは友人同士だ、お前の興味を持ち込むな!」

「冗談は置いておいて」


機人マインドは若干気まずくなった面々を満足そうに見やってから、ザンに向き直って言った。


「それは僕たちの目的とは関連しないけど……彼女のためを思うなら、保存しておいた方がいいかもね」

「いや、関連しないことも無いかも」


ザンが持つ紙束の下側を眺めていたエーネが、目付きを鋭くして言った。


「下の方にあるのは日誌じゃないですか? リーダーであるマニーが書いたものなら、この街を乗っ取った具体的な経緯が書かれてるかも」

「! 確かに!」


悠長に読んでいて良いのかと聞かれたら何とも答えにくいが、放置して先へ進むのも無理な話だ。

フレーたちの視線を受けて、ザンは小さく頷いた。


《愛する王立研究所と別れ、シュレッケンへと赴くことになった》


書き出しはそんな文章だった。手の空いた三人は引き続き部屋を探りつつ、ザンの読み上げに聞き入る。


《音楽が好きな私への、彼なりの配慮だろうか。忌々しい限りだ。他ならぬ彼のせいで、こんなことになっているのに》


「この、『彼』って……」


《ピューレは何も言わずに付いてきてくれた。自分にも責任はあるとあの子は言うけれど、そんなことはない。『他人の意思を媒介して神経を活性化させる薬』を作るなんて仕事、そもそも受けるべきではなかった。人間が機人のごとき強さを手に入れられるよう、国のためを思って研究を重ねてきたのに……》


そこに綴られていたのは、マニー・エーションの赤裸々な思いだった。未だ言葉を交わしたことすらない彼女の、ホールでの空しい演説を思い起こす。


《絶対に見返す、そう決意した。計画を思いついた後は、ピューレの新たな仕事の準備として予め機人を借りておいた。シーネは渋ったが、研究所第二位の私に抵抗するなど言語道断。あの子にも怪しまれたが、知ったことか》


「なんというかさ。丁寧に日誌書いて、マメだよね。二人とも」

「フレー、この話の感想がそれ?」

「……続きを読むぞ」


ザンが咳払いして紙をめくる。マインド以外は、いつの間にか手が止まっていた。


《薬を使って市民たちを洗脳する。初めから目標が明確だった私は、シュレッケンの一室を借りて薬の改良に取り掛かった。部屋を借りるにあたって、この街の市長レイティ・ロベインには以前の研究内容を伝えておいた。流石に切れ者なだけあって、追放された私たちがすることに疑念を向けていたが、彼女が計画の全貌を知るのはもう少し後になる》


何という臨場感だろう。まるで本当に、マニーの話を聞いているような気がしてきた。


《間もなく準備が整う。私の力でこの街の大勢を洗脳し、操り人形とするのだ。王都南部の地域一帯……ソールフィネッジを除いた全てを、私は手に入れる。私を見放したあの人を、圧倒的な軍勢をもって後悔させてやる》


「ソールフィネッジ……ゼノイさんが言ってた……」

「ここから徒歩七日程度で着く場所だよ。今あの付近は治安が終わってるのと、空気が薄いこと以外は、過ごしやすい場所かもね」

「……先をお願いします、ザン」

「あ、ああ……」


日誌も終盤に差し掛かってきたようだ。フレーは敵の気配が無いことを確かめて、よりいっそう耳をそばだてる。


《最後に必要なのは意思を持つ協力者だ。この街の市民全員に、一瞬にして恐怖を伝播させる立役者が要る。それが可能な影響力を持ち、かつ私たちに協力してくれそうな人間は一人しかいなかった────そう、ロベインだ》


「…………!!」


《敢えて彼女を苗字で呼ぶ。その方がビジネスライクな関係を築けるからだ。彼女が全市民あてに通達を送り、街中を恐怖に陥れたところで、私たちの計画は成功したと言って良かった。ピューレが上空に打ち上げ街全体に散布した薬は、次々と市民の体内に入り込み自我を奪っていった。全員を洗脳しきれなかったのは、まだまだ薬の濃度が甘いからか……》


次で最後のページだ。ザンは一言ずつ丁寧に読み上げていく。


《それにしても皮肉な話だ。指導者としてこの街を導いていくはずだった彼女が、まさかこうして街を葬り去るなんて。裏切られた彼女の家族は、どんな気持ちでいるだろう……それはロベイン自身が、最も良くわかっているだろうけれど》


日誌はそこで終わっていた。長い沈黙の後、ザンがそのまま切り出す。


「疑問に思ってはいた。薬が効く条件は、恐怖の感情を覚えさせること。であれば、最初のシュレッケンでの洗脳はどうやったのか、と」

「……謎が解けましたね」


エーネがしみじみと言う。とてもやるせない表情だった。


「ライウ王子は、黒幕じゃなかった。レイティさんが────この街のリーダーが、寝返ったんですね。確かにそれなら街を乗っ取るなんて簡単……マインド、動機とかってわかったりする?」

「あくまで推測でしかないけど……資料によると、ここのところシュレッケンは交易量が減ってたらしい。自慢の音楽や温泉を使った観光客の呼び込みも、上手くいってなかったみたい。ソールフィネッジ方面の『神隠し』が原因だ。それで……いや、あくまで推測か」

「…………」

「今は考えても仕方ないよ」


フレーは励ます意味も込めて、努めて明るい声で言った。


「ここまで来た以上、誰が敵でも関係無い。別の街では守護者と殺し合いしたしさ」

「……ん? フレー、何持ってるんだ?」

「え、これ?」


ザンの質問を受け、フレーは手にしていた物を皆に見せた。紫色の液体が入った手のひらサイズの小瓶である。


「そこの棚に一本だけあったから、とりあえず持ってきた。ほら、カプセルのより若干薄いけど、キモい液体が……」

「フレー、それ!」


マインドが目を見張った……というより、目を大きく広げてそれらしい動作をした。カラカラと動く黒目に若干気圧される。


「こ、これがどうしたの?」

「さっき話したやつだよ。いつでも使える失敗作……ほら、欠陥があるって伝えたでしょ」

「あー……!」


これがそうかと思いつつ、フレーは何の気無しに蓋を開けた。途端、


「わあっ!?」

「お、おいっ!?」


エーネが思い切り後ずさり、ザンがフレーの手首を掴んで小瓶を顔から遠ざけさせた。びっくりして、危うく取り落としそうになる。


「な、何なに!?」

「お前、手に入れた瓶をとりあえず開けるのやめろ! 今回のは正真正銘毒だろ!」

「た、確かに……」


エルドの時といい、つい深く考えずに開けてしまう。反省しつつ慎重に蓋を閉めようとすると、マインドが全く狼狽えていないことに気が付いた。


「大丈夫だよフレー。これもさっき言ったけど、その瓶は遺伝子未混入だ」

「そ……そうだっけ?」

「うん、薬の匂いが違うしね。遺伝子……髪の毛とか、体から取れるものなら何でも良いんだけど、そういうのが溶かされたやつはもっと濃い匂いがする」

「便利な嗅覚……」


感心していると、マインドが余計なことを付け加えた。


「ちなみに体の匂いとかも検知して、今どんな状態か調べられるよ。安心して、みんなの健康や清潔具合はちゃんと水準を超えてる」

「うぇっ!?」


フレーとエーネは瞬時に赤面する。ザンも目を剥いていた。

 

「え、お前そんなのも感知できるのか!?」

「待って、匂いって何!? マインド、変なの記録しないでよ!?」

「わかったよ。で、毒の話に戻るけど、散布する時は蓋を閉めてたくさん振るんだ。それで開けると、ものすごい勢いで広がってくよ」

「その情報も聞きたくないな……」


悪い意味で無垢というか、マイペースというか……今後デリカシーの無いことを口走らぬよう、良く言い含めておかなければ。


二人がげんなりする中、フレーは皆に背中を向け、今一度蓋の空いた小瓶を眺める。たったこれだけの液体で人を操れてしまうなんて、未だに信じられない。


(これ匂いとかあるの? 無臭なんだけど……)

「えっと……こんなものかな? エルドさんたちに情報を伝えるのには十分だと思います。フレー、一応その瓶は持っててくれる?」

「はーい」


フレーは近づけていた顔を離し、小瓶の蓋を丁寧に閉めた。そのままポケットにしまい三人に向き直る。


「あれ、というかもう一つの方は? ピューレが開発したっていう機人用……」

「そっちの棚から持ってきたってことは、機人用は多分あれだろ?」


ザンが部屋の反対側の棚を指差す。そこには確かに、緑がかった液体の入った小瓶が並んでいた。


「ピューレの個人的な研究成果までは必要ないだろ。そろそろ頼む、フレー」

「……うーん、まあそうだね」


フレーは頷き、正面に両手をかざした。目を閉じて集中すると、次第に手のひらが熱を帯びていく。


「俺らは下がるぞ……ほら、お前もだ」

「あ、ごめん。何だか見とれちゃって」

「ランドマシーネでも魔法使いは珍しいですか? あとザン、良い加減名前で呼んであげて」

「…………」


三人の会話を聞きつつ、フレーは腕に力を込めて高らかに叫ぶ。放たれる炎の波を繰りながら、タワーでも披露したあの技名を。


「フレイム・ウェ────」


その時、耳をつんざくような高音が鳴り響く。四人が立っていたはずの床が、何の予備動作も無く真下に向けて開いたのは、それと同時だった。


「…………え?」


状況を把握できる者はおらず、誰かがそんな間の抜けた声を漏らす。

フレーの視界に、先の見えない暗闇が映った。次の瞬間感じたのは、内臓が持ち上がるような浮遊感だった。


「……迂闊、だね」


マインドが他人事のように言う。


「ぎゃああああああああっ!!??」



エーネの絶望の悲鳴を皮切りに、全員為すすべなく研究所の真下へと吸い込まれていった。

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