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ド田舎の村娘ですが、成り上がるために国中の猛者たちを下しに行きます  作者: 今江彰人
第2章《愛も蝕むポイズンロード》

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35:恐るべき外患

「あの日の通達のことは、よく覚えております」


思い出すのも忌々しそうな顔で、対面する女性はそうこぼした。

ビートグラウズの長、エルディード・レオンズは、背中を丸めている彼女にそっと茶を差し出す。シュレッケンについて謝礼を対価に更なる情報提供を求めたところ、ようやく名乗り出てくれた人物だ。


「その通達の内容について、教えていただけますか?」

「はあ……それが街を乗っ取った悪党を倒す手掛かりになるんでしょうか?」

「わかりません。ですがもしかしたら、敵の全貌に繋がるかもしれない」


落ち着かなげなこの女性は、見たところ結構な年だ。よくあの街から逃げおおせたものだと思う。

その旅路とそもそものきっかけが困難なものだったからこそ、避難民たちは当時のことを思い出すのを拒み、口を閉ざすのだが。


「シュレッケンの市長の……ロベインさんという方でして。ご存じですかね」

「もちろん。利発で先進的な方でいらっしゃるとか」


もっとも、最近は政策が上手くいかず苦心していたらしいが。


「事件が起きる日の早朝……彼女名義の通達が、全市民宛てに届けられたんです。当然私の所にも来ましてね。目を疑いましたよ」


女性は茶を啜り、儚むような顔つきになった。


「そこに書いてあったんですわ。シンプルな内容ですがね。『恐るべき外患来たれり。即刻避難せよ』と」

「……恐るべき外患……」


残念ながら、補佐の身分に過ぎなかったエルドはレイティ・ロベインと直接会ったことは無い。しかし面識のあるグレイザー曰く、かなりの気概を感じる人物だそうだ。

彼女ならポイズン・ガールズによる襲撃を察知し、事前に行動を起こすことができたのかもしれない。


「その通達を受けて、皆さんの反応は?」

「もちろん想像の通りです」


女性は忌むべき記憶を払うように、ふるふると頭を振った。


「大パニックですわ。他でもないロベインさんの言葉ですからね。急いで身支度をしている間に、次第に隣人が我を失っていきました。おかしくなった人たちは、全く言葉を発しませんでしたがね。腕や刃物やらを振り回して、逆らえば殺す、と言っているようでしたよ」

「…………」


次にエルドの頭をよぎったのは、先ほどとは対になる可能性だった。

レイティ・ロベインは賢い。襲撃を察知し、市民に避難勧告を出す行動力がある。


しかし、もしそれが別の意味を含んでいたら? 


「ロベインさんがどうなったかはご存じですか?」

「さあ……でも、この街にはいませんね。ソールフィネッジに向かうわけもないでしょうし……旦那様とお嬢様ともども、きっと囚われてしまったんでしょう……」


さめざめと泣きだした女性をなだめ、謝礼を払って仮の住まいに送り届ける。


執務室で一人考え込んでいると、飽和した住民の住居管理を行っているゼノイ・グラウズが部屋に入ってきた。


「ふむ、悩んでいるのかね、エルド」

「ええ、まあ……どうにも引っかかるんです。グレイザーがいるとはいえ、胸騒ぎがして」


しばらくしてから、エルドは立ち上がった。ここで気を揉んでいてもできることは無い。


「ハンガーズに、いつでも出られるよう準備を促しておきます。事態がどう転んでも迅速に動けるように、ね」


─────────────────────────


フレーの一世一代の誘い文句は、拍子抜けするほどあっさり承諾された。二つ返事で頷いたマインドは、すぐさまテンションが激減するようなことを言う。


「でも、君たちはあの姉妹を倒さないといけないでしょ?」

「ぐっ……」


改めて口に出されると、段々と不安になってきた。

何せ相手は魔法が効かないのだ。妹のピューレもかなりの強さだったが、実際に市民を操るマニーは恐らくもっと手強い。


「まずは、知っていることを話してもらわないとな」


ザンはこちらに向き直り、マインドに尋ねた。先ほどよりはいくばくか優しい口調だ。


「あの薬の仕組みについて。そして元凶であるマニーを無力化するにはどうすれば良いか」

「うん。知ってるかもしれないけど、あの薬は神経に作用するものなんだ」


マインドは教え諭すような口調になって話し始める。


「当然僕には効かない。でも、人間なら誰でも効くはずだ。現在薬は研究所で自動生成されてて、五日間周期で、霧状にして広範囲に散布できるようになる。二人のどちらかが発射装置を起動したら最後、半日ほど時間が経てば洗脳は完了する」

「完全に人形みたいな状態だし、洗脳って言い方も変な気はするけど……他に言葉も思い付かないしね。あ、ピューレが持ってたあの銃で撃たれて、操られたりとかは?」

「光銃のこと? 相手に撃つのは無理。吸い込むことが必要だから。それに、効果を得るには他にも条件があるんだ」


そこでエーネが、思い出したように言った。


「もしかして、感情がどうのっていう話ですか?」

「そうだよ、エーネ」


マインドは、瞬きをしない目で全員を見据えた。


「ポイズン・ガールズは、『恐怖』をつかさどる。人間の根源的な恐怖……それを呼び起こすことと、薬を吸い込ませることが発動の条件なんだ」


要は、人を怖がらせること。それができれば後は薬をばら撒くだけで、手ごろな奴隷の出来上がりというわけだ。


「な、何て悪趣味な……」

「そうか、周辺の村々が簡単が侵されていったのも……」

「うん。彼女たちが来るだけでみんな恐れ慄く。ビートグラウズはもう、恐怖でいっぱいだよ」


その仕組みなら確かにあの街はイチコロだろう。ただし良い知らせとしては、薬の準備ができていない以上、フレーたちが洗脳される危険は今のところ無いということだ。


「安心するのは早いよ」


そんなフレーの考えを見透かしたように、マインドは目を細めた。


「研究所には失敗作もある。人間用で、遺伝子未混入のやつだ」

「失敗作……」


「失敗作」というワードは、昨日もピューレの口から聞いた。しかしあちらは機人用の薬の話だ。


「うん。操ることはできても意識は奪えない。やりにくくなるから欠陥品なんだよ。でも、即席で使うことができる……彼女たちが遺伝子を入れればすぐに」


フレーだけでなく、幼馴染二人も険しい表情だ。状況は深刻……けれどここまで来て、もう逃げ帰ることはできない。

エーネが深呼吸してから、自分に言い聞かせるように話し出した。


「じゃあやっぱり、マニーを倒さないと。あの人を何とかすれば洗脳は戻ります。そしたらフレーが合図を出して、ハンガーズの大軍勢に街を制圧してもらうんです」

「その前に研究所の破壊は必須だ。軍の到着までは時間がかかる。片方を取り逃がして、逃げられつつ薬を撒かれたら厄介だ」


ザンも力強く言う。徐々に方針が固まりつつあるようだ。


「研究所は街の中心部の市長邸にある。レイティ・ロベイン……この街の指導者が使ってた部屋にね。そしてマニーたちの拠点は────」


マインドは床を指差す。やや遅れてその意味を理解し、フレーたちは息を呑んだ。


「この街の、広大な地下全体だ。レイティが万が一の時に備えて作らせていた、市民を守るための避難豪なんだって」


この下に、いるというのか。市民たちがあてどもなく彷徨うのを、対等な地表からではなく、はるか下の安全圏から見ているというのか。


「……私にはわからないよ」


思わず口をついで、そんな言葉が飛び出してきた。


「必要だからそうしてる風には見えなかった。何でわざわざこんなことするんだろ。ただ優越感に浸るためだけの支配なのかな?」

「マニーのこと? それともピューレのこと?」

「両方。同じ人間……なんだよね?」


あれほど恐ろしく思えたグレイザーでさえ、彼なりの信念を持って動いていた。しかしポイズン・ガールズはどこまでも度し難い存在だ。


「ちゃんと人間だよ、あの二人は」


マインドは何かを思い起こすような顔で言った。


「僕ではあの感情の機微を説明できないほどに────どうしようもないほど、人間だよ」


────お姉ちゃん、また写真、見てるの? まだカメラが、低スペックだった時に、撮ったやつなのに。

────うるさいわね、良いでしょ別に。この写真が一番……あの人が笑顔だもの。

────お姉ちゃんが良いなら、良いの。お姉ちゃんに付いていくって、決めたから。

────こんなことに付き合わせて悪いわね。でも、もうすぐ状況は一変するわ。ビートグラウズを落とせれば……


「マインド?」

「……何でもない。僕が話せるのはここまでだよ。僕は事件が起きた後に目覚めたから、それまでの経緯については詳しくないんだ。これ以上知りたいことがあるなら、彼女たちの口から直接聞いた方が良い」

「うん……わかった」


フレーたちは後になって、後悔することとなる。

何故この時、彼が「知り得ない」情報について、もう少し考えておかなかったのかと。


─────────────────────────


マインド曰く、避難豪の入口は街の至る所にあるそうだ。

しかし現在通路として機能しているのは、市長邸からいくばくか離れた場所にある、レイティの作った教育機関────「公立ロベイン学園」にあるもののみらしい。


「そういえばマインドは、レイティさんを見たことあるの?」


翌朝。休息を取り決戦の準備を整えた一行は、隠密行動で研究所へと向かう。その際フレーは何気なく質問した。


「無いよ。彼女の家族全員ね。調べたところ配偶者は公務員で、娘は学園の生徒だったそうだけど」

「え……」


一つの仮説が思い浮かぶ。「学園」というものはフレーには馴染みのないものだけれど、何となくその娘の年齢が推測できた。


「ひょっとしてその子って、十四歳くらいなんじゃ……」

「……? 良く知ってるね。まさに彼女は十四歳だよ。学校の名簿にあった」


思わず顔を引き攣らせる。この街で十四歳くらいの子といえば、印象深い人物がいるのだ。


「まさか、あの門番の子……!」


長い間あそこに立たされているからか、げっそりと痩せ細ってしまっているあの少女。もしや見せしめ的な意味が込められているのだろうか。


「それはわからない。僕は門の外に立っている子も、見たことが無いから」

「え? でも、市民たちの栄養管理とかやってたんですよね?」

「全員じゃないよ。それに……マニーは僕が、門の子に干渉することを良しとしないんだ。何故かは教えてくれなかった。普段は説明したがりなのに」


昨日の自由時間に盗み見るという発想は、その時の彼にはまだ無かったのだろう。人間って不思議だね、などと言いながらマインドは相変わらずの無表情だ。

逆さまの時は恐ろしいとしか思えなかったが、こうしてみると凛々しく、そしてエーネの言う通り可愛らしくもある顔である。ザンはともかく、彼女はすっかりマインドに気を許していた。


「着いた……」


市長邸付近及び内部は、思いの外警備の数がとても少なかった。


「人が配置されてない……ってことは、避難壕の警備に当ててるのかな?」

「うーん、何でだろう。でも地下にも研究設備はあったから、そっちを守ってるのかも」


とにかく、こちらは成すべきことを成すだけだ。


道なりに進み、目的地に辿り着く。元はレイティの部屋だったという研究所……ピューレ曰く新しい場所であるそこは、昨日の廃棄されたものとは比べ物にならない禍々しさだった。

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