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ド田舎の村娘ですが、成り上がるために国中の猛者たちを下しに行きます  作者: 今江彰人
第2章《愛も蝕むポイズンロード》

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34:君たちがそれを望むなら

突如として彼に向けられた、人を殺せる凶器。これには二人も青ざめ、思わず声を上げた。


「ザンっ!?」

「口を挟むな!」


修羅場と言って差し支えない現場を見ても、マインドはぽかんとしている。じっとザンの顔を見上げているだけだ。意味が良く分かっていないのかもしれない。


「もう一度聞く。お前は何者だ」

「僕……? 僕はマインド。種類としては機人だよ。機械の人間」

「違う、それはお前の名じゃない……!」


ザンは心無しか苛立っているように見えた。おろおろするエーネを落ち着かせて、フレーは無言で成り行きを見守る。


「どこから来た? 何が目的だ。今の立場も含め……お前の口から言え」

「出身は、アルガンド王国中心部の都市、ランドマシーネ。目的はマニー・エーションに協力すること。立場は……ピューレ・エーションの実験協力者? かな」


ピューレの日誌に書いてあったことの裏付けが、改めて取れた瞬間だった。


「そうか。やはりお前はあちら側なんだな? 第一王子の命が下ったマニーに協力するのが仕事……そうなんだな?」

「ザン、あの日誌にもあったけどそれは────」

「口を挟むなと言ったはずだぞ」


ザンはそれから、どこか急かされているような表情で矢継ぎ早に質問をしていった。マインドはよどみなく、スラスラと答える。


「何故話せる。どういう仕組みだ」

「知能がプログラムされてるんだ。ちょっと難しい話だよ」

「あの攻撃は何だ?」

「エレクトリック・マグナムのこと? 格好良いでしょ? 名前は僕が付けたんだ」

「た、確かにカッコよかった……!」

「フレー、また怒られますよ!」


彼の回答はいまいち要領を得ない。とはいえはぐらかしている感じも無く、真剣にザンと向き合っているように思えた。


「お前、さっき二度『シーネ』と言ったな。日誌にもあった名だ。そいつは何者だ」

「シーネはあだ名だけどね。僕の……じゃなくて、全ての機人の生みの親だよ。シーネがいるから、僕たちは生きていられるんだ」

「あの日誌には、お前が元々そいつの管理下にあったように書かれていた。つまり、自分の意思でここに来たわけではないのか?」

「うん。シーネは僕の身をあの姉妹に預けた。渋々だったみたいだけどね」


ザンは少し表情を緩め、考えこむように顔を俯かせる。しかし、剣は決して降ろさない。マインドは変わらずの無表情だが、困惑するかのようにザンとこちらを交互に見ていた。


「……ザン、ちょっと大人げないよ」


フレーはやんわりと言葉を紡ぐ。


「私たち……っていうか私がだけど、この子に助けられたんだよ? それにこの子がピューレを撃退してくれたんだし、私はまずお礼言いたいな」

「…………お前はいいのかよ、フレー。こいつは……」

「うん。だって……目の前にあるものが全てじゃん、考えたって仕方ないよ」

「それでも……!」


ザンは剣を握る手に力を込めた。


「機人。お前の行動には一貫性が無い。だから俺は、お前を信用しきれない」

「一貫性……?」

「お前は確かにフレーを助けた。今三人でここにいられるのはお前のおかげで、そのことには感謝してる。だが────」


ザンは一度深呼吸し、切ない声で言った。


「お前はどうして……シュレッケンの多くの人間を見捨てた?」


彼の言葉に、エーネもはっとして目を見開いた。フレーは顎を引いて、再び成り行きを見守る態勢に入る。


「お前は奴らに逆らえる自由と力がある。市民のために戦うこともできたはずだが、お前はそうしなかった。フレーと彼らの差は何だ? 俺は機人に詳しくない……だからお前の口から教えてほしい。その顔については? フレーだから、助けたのか?」


刀の持ち手が震えている。彼の最後の質問は、少しだけ涙声だった。



「お前は……『マインド』なのか?」



彼はしばらく答えなかった。ザンは無言で返答を待つ。

とても長く思えた時間が経過し、機人マインドは口を開いた。


「僕は、生まれた時から機人。今の名はマインド。それ以上でも以下でもない。君が言うそれが誰だか、わからない」

「…………」

「それに、見捨てるという言葉。その意味も、僕にはよくわからない」


ザンは怪訝そうな顔をした。しかしマインドの人工の瞳は真っ直ぐだった。


「僕は人間に従う。機人はそう造られている。この街で目覚めた時、マニーは言った。市民の管理を手伝ってほしいと。彼女は人間だから、僕はそれに従った。ピューレの実験にもね。だって彼女も人間だから」

「な、何ですか、それ……?」


エーネが青い顔で尋ねる。


「だから、市民のことは見捨ててない、ってこと? あ、あの人たちのやっていることは、その人間を奴隷みたいに扱うことなのに……!」

「でも、人間のすることだよ? 僕は機人なんだ、エーネ」


フレーはようやく、機人マインドの生態を理解した気がした。


彼には心がある。感情がある。しかしその感性は、人間のそれとは大きく異なるものなのだ。

まず彼にとって大事なのは、相手が人間か否かである。そういう風に造られたからだ。そしてピューレとは別の意味で、善悪の感覚が普通の人間とズレている。フレーたちが「普通」と信じるものは、彼にとっては理解し難いものだ。


受け入れるのは難しい。しかし、責められるべきことでは────


「でもね」


マインドはどこか困惑気味に続けた。


「今朝、フレーをたまたま見つけたんだ。生体感知機能を使ってたわけじゃなくて、本当にたまたま……ふと天井からぶら下がりたくなってさ」

「……突っ込まないよ?」

「カーテンのわずかな隙間から、寝ているフレーを見た時ね。表現できない信号が、回路を駆け巡ったんだ」


彼の話す単語は難しい。しかし、言わんとしていることはわかった。



「その時何故か、思ったんだ。機械の心で思った……この子を守りたいって。守るべきなんだって」

「…………!!」


また顔が熱くなってくる。今までのマインドの言葉の中で、最も強い想いが感じられた。


「僕は察した。選ばなきゃいけないってことを。僕は疑問を持つことなくあの姉妹に従ってきた。シーネが僕を預けたから……この街で最初に出会った二人だから。でもフレー、君を見て初めて、僕に選択肢が生じた」

「私を……」

「うん。そして僕は心のままに、守る人間を選んだんだ。君たちの方が戦力的に危うそうだったっていう大義名分もあった」


フレーは思わず笑った。半分は恥ずかしさを誤魔化すためだったが、もう半分は、本当に面白かったから笑ったのだ。

彼はピューレに対し、自分は裏切ってなどいないと語ったが、話を聞けば立派な裏切りだ。「人間に対して公平」……物は言いようとはこのことである。


「ねえ、ザン」


マインドは、未だに刀を向けつつも、ずっと目を伏せているザンに話しかけた。


「機人は論理的でなければならない。その行為に整合性が取れていなければならない。生まれる時にそうプログラムされた……でも今の僕は、あまり論理的ではないと思う」


マインドは口角を上げた。先ほどより少し、自然な笑みに見えた。


「それでも、これが質問の答えだ。どうかな?」

「…………」


ザン・セイヴィアは無言のまま、ついに刀を下ろした。静かにそれを鞘にしまい、潤んだ目元を指で押さえる。


「……え、ざ、ザン……? 泣いて……」

「俺は泣かない。少し……考えているだけだ」


ザンは全員に背を向けた。フレーも無言になっていると、どこか奇妙なこの空気に耐え切れなくなったのか、エーネが口早に言った。


「つまり、その……マインドは助けてくれるんですか? 私たちと一緒に、ポイズン・ガールズと戦ってくれるんですか?」

「君たちがそれを望むなら」

「うっ……!」


エーネはたじたじとなってフレーに耳打ちしてくる。


「な、何か、変な感じがします。目覚めそうというか……」

「……エーネってさ、実は結構エロいことばっか考えてるでしょ?」

「は!? ち、ちが、そういうんじゃなくて……! て、てかそういうのはフレーでしょ」

「わ、私は関係無いじゃん……!」


こんな話をしている場合ではない。

フレーはマインドに向き直った。いつもの無表情に戻った彼は、つぶらな瞳で見つめ返してくる。


「ありがとうね、マインド。でも私、まだ聞いてないことがあって」

「うん。ここまで来たら全部答えるよ」

「マインド自身の望みは? 私に関係しない、自分自身の願い……やっぱりそういうのは無い?」


彼はしばらく考え込むようなポーズをした。やがて出てきた言葉は、思いの外シンプルだった。


「シーネに会いたい」


シーネ。ランドマシーネにいるという、機人の父であり母である存在。


「僕の家族。シーネはみんなを大事にする。ランドマシーネに戻って、またあそこで暮らしたい。それが僕の望み、かな?」


最後の最後で、彼は首を傾げた。やはりこういった事柄はまだ難しいようだ。

しかし、聞きたい答えは引き出せた。エーネの方を見やると、どこか興奮気味に拳を握っている。


「ねえ、ザン」


フレーは未だにこちらを見ない、大切な義兄に話しかけた。


「良いよね?」

「……お前が、そう望むなら」

「あはは、何それ真似じゃん」


きょとんとするマインドに、フレーはそっと手を差し伸べた。趣も何も無い薄暗い部屋だけれど、出会いというのは案外、こんなものだろう。


「来て、マインド」

「…………え?」

「あんまカッコいい感じでは誘えないけど……」


フレーは満面の笑みで、幼くも美しい機人の顔を見据えた。



「今日から私たちは仲間同士! ランドマシーネ────ううん、王都まで! 一緒に旅しよう、マインド!」

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