34:君たちがそれを望むなら
突如として彼に向けられた、人を殺せる凶器。これには二人も青ざめ、思わず声を上げた。
「ザンっ!?」
「口を挟むな!」
修羅場と言って差し支えない現場を見ても、マインドはぽかんとしている。じっとザンの顔を見上げているだけだ。意味が良く分かっていないのかもしれない。
「もう一度聞く。お前は何者だ」
「僕……? 僕はマインド。種類としては機人だよ。機械の人間」
「違う、それはお前の名じゃない……!」
ザンは心無しか苛立っているように見えた。おろおろするエーネを落ち着かせて、フレーは無言で成り行きを見守る。
「どこから来た? 何が目的だ。今の立場も含め……お前の口から言え」
「出身は、アルガンド王国中心部の都市、ランドマシーネ。目的はマニー・エーションに協力すること。立場は……ピューレ・エーションの実験協力者? かな」
ピューレの日誌に書いてあったことの裏付けが、改めて取れた瞬間だった。
「そうか。やはりお前はあちら側なんだな? 第一王子の命が下ったマニーに協力するのが仕事……そうなんだな?」
「ザン、あの日誌にもあったけどそれは────」
「口を挟むなと言ったはずだぞ」
ザンはそれから、どこか急かされているような表情で矢継ぎ早に質問をしていった。マインドはよどみなく、スラスラと答える。
「何故話せる。どういう仕組みだ」
「知能がプログラムされてるんだ。ちょっと難しい話だよ」
「あの攻撃は何だ?」
「エレクトリック・マグナムのこと? 格好良いでしょ? 名前は僕が付けたんだ」
「た、確かにカッコよかった……!」
「フレー、また怒られますよ!」
彼の回答はいまいち要領を得ない。とはいえはぐらかしている感じも無く、真剣にザンと向き合っているように思えた。
「お前、さっき二度『シーネ』と言ったな。日誌にもあった名だ。そいつは何者だ」
「シーネはあだ名だけどね。僕の……じゃなくて、全ての機人の生みの親だよ。シーネがいるから、僕たちは生きていられるんだ」
「あの日誌には、お前が元々そいつの管理下にあったように書かれていた。つまり、自分の意思でここに来たわけではないのか?」
「うん。シーネは僕の身をあの姉妹に預けた。渋々だったみたいだけどね」
ザンは少し表情を緩め、考えこむように顔を俯かせる。しかし、剣は決して降ろさない。マインドは変わらずの無表情だが、困惑するかのようにザンとこちらを交互に見ていた。
「……ザン、ちょっと大人げないよ」
フレーはやんわりと言葉を紡ぐ。
「私たち……っていうか私がだけど、この子に助けられたんだよ? それにこの子がピューレを撃退してくれたんだし、私はまずお礼言いたいな」
「…………お前はいいのかよ、フレー。こいつは……」
「うん。だって……目の前にあるものが全てじゃん、考えたって仕方ないよ」
「それでも……!」
ザンは剣を握る手に力を込めた。
「機人。お前の行動には一貫性が無い。だから俺は、お前を信用しきれない」
「一貫性……?」
「お前は確かにフレーを助けた。今三人でここにいられるのはお前のおかげで、そのことには感謝してる。だが────」
ザンは一度深呼吸し、切ない声で言った。
「お前はどうして……シュレッケンの多くの人間を見捨てた?」
彼の言葉に、エーネもはっとして目を見開いた。フレーは顎を引いて、再び成り行きを見守る態勢に入る。
「お前は奴らに逆らえる自由と力がある。市民のために戦うこともできたはずだが、お前はそうしなかった。フレーと彼らの差は何だ? 俺は機人に詳しくない……だからお前の口から教えてほしい。その顔については? フレーだから、助けたのか?」
刀の持ち手が震えている。彼の最後の質問は、少しだけ涙声だった。
「お前は……『マインド』なのか?」
彼はしばらく答えなかった。ザンは無言で返答を待つ。
とても長く思えた時間が経過し、機人マインドは口を開いた。
「僕は、生まれた時から機人。今の名はマインド。それ以上でも以下でもない。君が言うそれが誰だか、わからない」
「…………」
「それに、見捨てるという言葉。その意味も、僕にはよくわからない」
ザンは怪訝そうな顔をした。しかしマインドの人工の瞳は真っ直ぐだった。
「僕は人間に従う。機人はそう造られている。この街で目覚めた時、マニーは言った。市民の管理を手伝ってほしいと。彼女は人間だから、僕はそれに従った。ピューレの実験にもね。だって彼女も人間だから」
「な、何ですか、それ……?」
エーネが青い顔で尋ねる。
「だから、市民のことは見捨ててない、ってこと? あ、あの人たちのやっていることは、その人間を奴隷みたいに扱うことなのに……!」
「でも、人間のすることだよ? 僕は機人なんだ、エーネ」
フレーはようやく、機人マインドの生態を理解した気がした。
彼には心がある。感情がある。しかしその感性は、人間のそれとは大きく異なるものなのだ。
まず彼にとって大事なのは、相手が人間か否かである。そういう風に造られたからだ。そしてピューレとは別の意味で、善悪の感覚が普通の人間とズレている。フレーたちが「普通」と信じるものは、彼にとっては理解し難いものだ。
受け入れるのは難しい。しかし、責められるべきことでは────
「でもね」
マインドはどこか困惑気味に続けた。
「今朝、フレーをたまたま見つけたんだ。生体感知機能を使ってたわけじゃなくて、本当にたまたま……ふと天井からぶら下がりたくなってさ」
「……突っ込まないよ?」
「カーテンのわずかな隙間から、寝ているフレーを見た時ね。表現できない信号が、回路を駆け巡ったんだ」
彼の話す単語は難しい。しかし、言わんとしていることはわかった。
「その時何故か、思ったんだ。機械の心で思った……この子を守りたいって。守るべきなんだって」
「…………!!」
また顔が熱くなってくる。今までのマインドの言葉の中で、最も強い想いが感じられた。
「僕は察した。選ばなきゃいけないってことを。僕は疑問を持つことなくあの姉妹に従ってきた。シーネが僕を預けたから……この街で最初に出会った二人だから。でもフレー、君を見て初めて、僕に選択肢が生じた」
「私を……」
「うん。そして僕は心のままに、守る人間を選んだんだ。君たちの方が戦力的に危うそうだったっていう大義名分もあった」
フレーは思わず笑った。半分は恥ずかしさを誤魔化すためだったが、もう半分は、本当に面白かったから笑ったのだ。
彼はピューレに対し、自分は裏切ってなどいないと語ったが、話を聞けば立派な裏切りだ。「人間に対して公平」……物は言いようとはこのことである。
「ねえ、ザン」
マインドは、未だに刀を向けつつも、ずっと目を伏せているザンに話しかけた。
「機人は論理的でなければならない。その行為に整合性が取れていなければならない。生まれる時にそうプログラムされた……でも今の僕は、あまり論理的ではないと思う」
マインドは口角を上げた。先ほどより少し、自然な笑みに見えた。
「それでも、これが質問の答えだ。どうかな?」
「…………」
ザン・セイヴィアは無言のまま、ついに刀を下ろした。静かにそれを鞘にしまい、潤んだ目元を指で押さえる。
「……え、ざ、ザン……? 泣いて……」
「俺は泣かない。少し……考えているだけだ」
ザンは全員に背を向けた。フレーも無言になっていると、どこか奇妙なこの空気に耐え切れなくなったのか、エーネが口早に言った。
「つまり、その……マインドは助けてくれるんですか? 私たちと一緒に、ポイズン・ガールズと戦ってくれるんですか?」
「君たちがそれを望むなら」
「うっ……!」
エーネはたじたじとなってフレーに耳打ちしてくる。
「な、何か、変な感じがします。目覚めそうというか……」
「……エーネってさ、実は結構エロいことばっか考えてるでしょ?」
「は!? ち、ちが、そういうんじゃなくて……! て、てかそういうのはフレーでしょ」
「わ、私は関係無いじゃん……!」
こんな話をしている場合ではない。
フレーはマインドに向き直った。いつもの無表情に戻った彼は、つぶらな瞳で見つめ返してくる。
「ありがとうね、マインド。でも私、まだ聞いてないことがあって」
「うん。ここまで来たら全部答えるよ」
「マインド自身の望みは? 私に関係しない、自分自身の願い……やっぱりそういうのは無い?」
彼はしばらく考え込むようなポーズをした。やがて出てきた言葉は、思いの外シンプルだった。
「シーネに会いたい」
シーネ。ランドマシーネにいるという、機人の父であり母である存在。
「僕の家族。シーネはみんなを大事にする。ランドマシーネに戻って、またあそこで暮らしたい。それが僕の望み、かな?」
最後の最後で、彼は首を傾げた。やはりこういった事柄はまだ難しいようだ。
しかし、聞きたい答えは引き出せた。エーネの方を見やると、どこか興奮気味に拳を握っている。
「ねえ、ザン」
フレーは未だにこちらを見ない、大切な義兄に話しかけた。
「良いよね?」
「……お前が、そう望むなら」
「あはは、何それ真似じゃん」
きょとんとするマインドに、フレーはそっと手を差し伸べた。趣も何も無い薄暗い部屋だけれど、出会いというのは案外、こんなものだろう。
「来て、マインド」
「…………え?」
「あんまカッコいい感じでは誘えないけど……」
フレーは満面の笑みで、幼くも美しい機人の顔を見据えた。
「今日から私たちは仲間同士! ランドマシーネ────ううん、王都まで! 一緒に旅しよう、マインド!」




