32:エレクトリック・マグナム
ザンとエーネが唖然とする中、宙を走る炎はピューレの体の中心に直撃した。
(倒した……!)
跳ね上がる心臓の鼓動と共に、確かな手ごたえを感じる。
しかし────
「……これが、あなたの魔法、か」
「────え────」
「効かないよ。私は魔法使いじゃないけど……魔力でできていても、所詮、炎は炎」
彼女は無傷だった。いつの間にかかざしていた手のひらを、まるでゴミを取り除くように払う。
(今……手で受け止めて……!)
「攻撃の、意思ありだね。やっぱりお姉ちゃんを、殺しに来たんだ」
「……今更話し合いは無駄そうだな」
「そうだね。もしもし、お姉ちゃん……」
ピューレは懐から四角い塊を取り出し、耳に当てた。何やらぼそぼそとつぶやき始める。
「侵入者だよ。うん……魔法使い。薬の準備、できてないでしょ?」
「ま、マニーに伝わっちゃった……!」
「安心して、お姉ちゃん。この三人全員……」
ピューレ・エーションはにやりと口角を上げ、姉を想起させるサディスティックな表情を浮かべた。
「一人残らず、息の根止める」
彼女が耳に当てている何かに気を取られて、油断していた。こちらが攻撃を仕掛ける前に、ピューレは瞬時に空いた方の手で別の道具を取り出す。
それはフレーにとって、忌まわしい記憶を蘇らせる武器だった。あのタワーの頂上で、フレーの右手を負傷させた恐るべき飛び道具……
「拳銃……!?」
「違う。スペックは、比べ物にならない」
見たことがなくとも、ザンもエーネも形状から察したらしい。全員で一斉にかがみ込むと、頭上を真っ白な光が尾を引いて通過した。そのあまりのスピードに、一瞬訳がわからなくなる。
「光銃。機人に搭載されたものの、小型版」
綺麗に丸くくりぬかれた壁の一部を眺めながら、ピューレは独り言のように話す。
「大人しくして。そうしたら、楽に死なせてあげる」
「……させないっ! でやああっ!!」
エーネが大声を上げた。彼女が腕を突き出すと、ピューレの背後から巨大な水流が出現する。
「んっ……!?」
今度こそ不意を突かれたピューレは、研究室の数多の書類や机と共に押し流された。
「ナイス、エーネ!」
「一旦出るぞ! あの武器相手じゃ、ここだと分が悪い!」
「うん! って、うわあっ! いっぱい来てる!?」
ピューレがもみくちゃにされている内に、すぐさま先ほどの廊下に戻る。しかし騒ぎを聞きつけたのか、それとも命令が下ったのか……数多の市民が、武器を手にフレーたちを目掛けて迫ってきていた。
生気の無い瞳からは躊躇いが感じられない。気つけることへの恐怖が、微塵も備わっていない。
「うううっ、ごめんなさいぃっ! 私が瓦礫につまずかなければ……!!」
「わ、私こそ不注意だった……ほんとにごめんっ!」
「クソっ、お前らは何かやらかさないと気が済まないのか!? まあ短期決戦前提だったが……!」
走っていると、分かれ道へ辿り着く。構造的にどちらを通っても庭の方に出られるはずだ。
「ここからなら行けるか……?」
「うん、両側から敵が来てること以外は完璧だね!」
追い立てられて逃げた結果、三方向からの挟み撃ちである。諦めかけて逆に冷静になった二人に、エーネが泣きながら叫んだ。
「さ、さっきみたいに壁を壊しましょう! それしか無いです!」
「あっ、そうじゃん! もうこそこそやる意味も無いし……ラン・フレイム!」
フレーが勢い良く壁を粉砕した、まさにその瞬間。
「伏せろ!」
壁を破壊した直後、彼はフレーたちの頭を掴んで下に下げさせた。またも光線が頭上をかすめたのは、言うまでもない。
「っ、ピューレが来てる!!」
「急げ、二人とも!」
振り向くと、ずぶ濡れになりながら光銃を構えるピューレの姿が見えた。髪を目元に張り付かせ、不快そうに口元を歪める彼女はさながら本当に化け物のようだ。
這々の体で逃げ延び、なんとか裏庭に辿り着く。かなりの広さを誇り、多くの花が生けられたこの場所は、きっと憩いの地だったのだろう。
今ではどの花もしおれ、柵の代わりに活力の無い市民たちが三人を取り囲んでいたのだが。
「待ち伏せっ……!?」
武器を持った者たちがじりじりとこちらに迫ってくる。全員で背中をかばい合うように立ち、フレーとエーネは腕を、ザンは刀の峰を構えた。
「みんな、目を覚まして! 薬で操られてるんでしょ!? こんなのダメだよ、ねえっ!」
全力で声を上げ、意思なき敵に訴えかける。洗脳が完全に解除されなくても良い。せめて、少しだけでも動きが止まってくれれば……
「無駄だよ」
三度目の光線が放たれる。今度は避け切れず、フレーの頬を光が掠った。
「お姉ちゃんの洗脳は、完璧」
ついに追いついたピューレ・エーションは、銃口をこちらに向け、水を滴らせながら凄む。
「じわじわ殺されたくなければ、大人しく、投降して」
「ちっ……ポイズン・ガールズ……!!」
ザンから憤慨のオーラが伝わってくる。頬を押さえるフレーの背後で、彼は低い怒鳴り声を放った。
「お前らの目的は何だ!! どうしてビートグラウズを狙う!? 意思の無い手駒を量産して、何がしたいんだ!」
「目的……は、お姉ちゃんに聞いて。この街を選んだのは、私たちの意思じゃない。あの人が、ここに送ったから」
「あの人……?」
「そう、ライウさん。あの人がお姉ちゃんを……この街に」
ライウ。確かあの日誌に載っていた固有名詞は、シーネ、そしてムラサメだ。
ここに来て新たな人物である。
「ら、ライウ……!?」
フレーとザンが疑問符を浮かべる中、エーネだけが強く反応した。
「知ってるの、エーネ!?」
「う、うん……人違いじゃなければ。多分ですが……」
ピューレは目を細めただけで何も言わない。否定する気がないという意思表示だった。
「ライウ・テンメイ。この国の……アルガンド王国の、第一王子です……!!」
ショックで開いた口が塞がらなかった。ポイズン・ガールズをここに送ったのは、第一王子。
それはつまり……
「お、王族が……この街を襲わせた……?」
「うーん……だいぶ、語弊がある。やっぱり私、喋りすぎかな……?」
震え声のフレーに対し、ピューレは暢気なものだった。
「でも、いいよね。どうせここで、死ぬんだから」
「……っっ!!」
「せっかくだから、私たちの技術、見せてあげるよ。さあみんな。私の命令も聞いて」
マニーの遺伝子が組み込まれた薬……それは当然、妹であるピューレのものも含まれていることを意味する。
「フレイング・ダイナたちを、この場で、血祭りにあげて」
その言葉を合図に、市民の一人が斬りかかってきた。二人を庇うように、ザンがその斬撃を受け止める。
「フレー、今だ!」
「うんっ……フレイム・バリアーーッ!」
いつぞやと同じように、三人を囲む障壁を張る。フレーのバリアは銃弾すらも通さない。一般人が攻撃する隙は無いだろう。
しかし────
「え、えっ!? な、なんかずっと殴られてます!」
「な、何で……効かないって普通に考えたらわかるはず……!」
「そんなの、当たり前だよ」
外からピューレの声が聞こえる。
「この人たちに、意識なんてない。命令が下ったら、火傷しようがお構いなしに、攻撃を続ける」
「お、おい! 体当たりされてるぞ!」
「なっ……!? これ、火だよ!?」
市民たちは一切の声を上げない。聞こえるものがあるとすれば、肉体を維持するための生理的な息遣いの音だけだ。
「ダメっ……ダメですフレー! お願い、一回壁を解除して!」
「!? そ、そんなことしたら……!!」
「このままじゃ、みんな火傷して死んじゃいますっ!」
緊急事態に集中が揺らぎ、壁が薄れていく。このままでは保たない。
「こうなったら……フレー、壁を解除したら俺が攻撃を受け止める! エーネはその隙に、あれを頼む!」
「わ、わかった!」
「や……やるしかないっっ……!」
言われた通り、フレーはバリアを解除した。瞬間、武器を構えた市民たちが視界に映る。
「ぐっ……!」
その全ての攻撃を、ザンは刀と腕で受け止めた。今が好機だ。
「お願い、エーネ!!」
「今度は一味違いますっっ!!」
エーネが腕を掲げると、どこからともなく水流が生まれる。
しかし今度のそれは市民たちを押し流すわけではなく、彼らの前に壁として立ち塞がった。物理的に動きを封じる水ならば、強引に突破される危険は少ない。
さらに、余った分は市民たちの間を通り抜け、ピューレへの攻撃として機能していた。
「よ、よし……これで……!」
「すごいね、三人とも」
水の中からそんな声が聞こえ、ぎょっとする。
エーネの魔法に包まれながら、ピューレは何食わぬ顔で棒立ちしていた。まるでそこには何も存在していないかのように、ただじっとこちらを見つめている。
「三人それぞれ、異なる役割を、演じている。私とお姉ちゃんくらいの、絆を感じる」
「や、やっぱり魔法が効かない……!?」
「開発したから。使用した人間から、魔力を遮断する、便利な装置」
彼女は自分の腹部に軽く触れる。そこに何かを取り付けてあるのだろうか。グレイザーのように……いや、彼が持っていたものとは比べ物にならない文明の暴力を。
「ちゃんと起動してれば、通さない。あなたの炎も、彼女の水も。魔法は全部、魔力でできてる。本質的には、同じもの……まあ炎は、ちょっと怖いから……一応火災報知を見て、手に火避けの薬を、塗ってきたけど」
淡々と話しながら、ピューレはフレーの額に光銃を向ける。
市民たちを足止めしているエーネはすぐには水を解除できない。ザンの攻撃はもちろん届かないし、フレーの炎も意味をなさないとわかった。噴射で離脱しようにも、パニックになって体が動かない。
今度こそ。今度こそ、完全に命中する。
「お別れだね。フレイング・ダイナ」
ピューレ・エーションは再びサディスティックな笑みを浮かべる。
死を誘うその顔を見た時。フレーの脳内に、数多の記憶が思い起こされた。
「フレー!!」
「そんなっ!?」
何がいけなかったのだろう。そうだ……やはりろくな調査をせずに、いきなり研究室に挑むべきではなかった。魔法が効かないなんて予想外だ。
それでも今回は仕方なかった。間も無くビートグラウズが毒に包まれるこの状況で、時間も余裕も無かったのだから。
自分が死んだら、ザンとエーネも殺されるだろうか。今更ながらに罪悪感が湧いてくる。村に帰りたがっていたエーネと、その気持ちを汲もうとしたザンを押し退け、先に進む決断をしたのはフレーなのだから。
故郷で帰りを待つ義両親。フレーたちの吉報を信じるエルドたち。行方のわからぬグレイザー……
まだまだ話すべきことがあった。そして何より、フレーにはやりたいことがあったのだ。
見せたかった。褒めてほしかった。今そばにはいない、大切な彼に。
偉大になった自分を。この国の未来を背負う自分を。
「マ────」
「ピンチみたいだね?」
最期にその名を口にしようとした時。フレーの遥か頭上……予期せぬ場所から濁った声が聞こえた。
全く違う声質のはずなのに、それは在りし日と一切変わらぬように思えて。
「……あ……!!」
「エレクトリック・マグナム」
そんな言葉と共に……フレーの視界を、光銃のものより二回りほど太い光が通過した。
一切ブレの無い一撃。ピューレの持っていた光銃は、跡形も無く破壊される。
信じられないといった様子で手元を見る彼女をよそに、その少年は屋根の上で、今朝と変わらぬ表情で仁王立ちしてた。
「……お、お前は……!!」
「あ、あの子が……!?」
ザンは目を見張り、エーネは驚きに口元を押さえる。
「マシーナリー計画」。ポイズン・ガールズが企てた恐ろしい計画に携わっていた、機人「CODE:704」を見て。
フレイング・ダイナは、先ほど中断された言葉を疑問形で呟いた。
「マインド……?」




