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ド田舎の村娘ですが、成り上がるために国中の猛者たちを下しに行きます  作者: 今江彰人
第2章《愛も蝕むポイズンロード》

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31:無邪気なサイエンティスト

「っ……!!」

「ひっ………!?」

「びゃあああああっっ!!??」

「うええええええっ!?」


短く息を呑むザン。軽く悲鳴を上げるエーネ。反射的に大声を上げるフレー。


そしてそんなフレーに驚き、甲高い叫びと共にひっくり返る相手。


「バカ! でかい声出すな!」

「だ、だ、だって、つ、ついにお化けが出たんだって思って……!!」

「ああああああっ!! 終わり! もう終わりです!! 流石に壁を壊すのは止めるべきでした! 二人とも、縁起悪そうなのでこの街に私のお墓作るのはやめてください!」

「お前が死ぬなら多分俺らも死んでるんだよ! くそ、こうなったら二人とも、俺が囮に────」


慌ててその場から飛びのき、パニックからか言い合いが始まる。

そんなどうしようもない会話は、仰向けになった甲冑の情けない声によって中断された。


「あの、ごめんなさい。起こしてほしいです」


甲冑────声からして女性であるその人物は、体勢的に自分では起き上がれないようだった。虫のようにもがく姿がなんとも哀れで、つい手を貸してやりたくなる。

しかしここで無意識に手を差し出すほど、判断力は鈍ってはいない。こんなところに来る相手は、十中八九まともではないのだ。


「あ、脱げばいいのか!」


警戒を解かないフレーたちの前で、彼女は嬉しそうな声を上げた。そして重そうに頭部を外し、鎧を全て脱ぎ捨て、解放感に満たされた表情で起き上がる。


「ふぅー……重かった」

「…………!!」


喋り方で何となくわかってはいたものの、機械を通じたものと比べ、本人の声はほんの少しだけ低かった。


年のころはマニーより少し若く、二十歳程度だろうか。お世辞にも手入れされているとは言えない、無造作に伸びた薄紫色の髪。所々がよれた姉とお揃いの白衣を身に纏い、眠たげな眼を瞬かせる彼女からは、一切の覇気を感じない。


「ポイズン・ガールズの……ピューレ……!!」


「研究室に、火災反応があって、急いで鎧着て、出てきたのに……意味なかったなぁ……」


今にも攻撃を始めそうなこちらとは対照的に、ピューレはとても落ち着いていた。この殺伐とした空気をものともせず、ちらりとフレーが破った入口を見る。


「あそこに、火元があったんですよね。途中で消えたんですか?」

「…………あっ」


廊下と室内を分かつはずだった炎の壁は、ものの見事に消え失せていた。多分日誌を読み始めて集中が途切れたタイミングだ。


「まあこの鎧は、火が通らないって、ロベインが言ってたらしいし、どっちでもいいんですけど……みんな、何で私の日誌、読んでたんですか?」


ピューレは口に手を当てながら若干聞きづらそうに尋ねた。フレーが答えあぐねていると、ザンが探るような表情で言う。


「……気になったから、だ」

「そうですか……まあ、気になりますよね。では、どうしてこの部屋に……?」

「お、音が聞こえて……好奇心、って感じかな」

「なるほどー……私もこう見えて、好奇心旺盛なんです。毎日色んなことが、気になります」


相変わらず眠たげな表情で、ピューレは小さく笑った。


(……気付かれてない? 敵だってこと)


何も考えていないのだろうか。フレーはザンと顔を見合わせ、お互いの意思を確認する。敵の一角と鉢合わせたことで未だに固まっているエーネは、一旦放置だ。


「その、初めまして。お名前は……?」

「あ、私ですか? ピューレです。ピューレ・エーションです。皆さんは?」

「私、えーっと……ふ、フローラ・ディアンナです」

「俺はビル・マキウスだ。よろしく」

(またそれか……)


今度会ったら、また謝らなくては。


「マキウス? 何か覚えが……まあいいや。そっちのお嬢さんは?」

「へっ? あ、えっと、私、エ……そ、ソフィネアです。ソフィネア、も……も、モイスチャーって言います」

「ソフィネア……? そっちも聞いたことある、気もしますが、良い名前ですね。よろしくです」

「今ので怪しまれないのすごいな」


エーネの絶望的な歯切れの悪さに、ザンが小声で突っ込みを入れる。流石に恥ずかしかったのか、彼女はこちらから顔を背けていた。


「皆さん、珍しいのはわかりますけど、人の日誌勝手に読んだら、ダメですよ。自分の書いた文、声に出されて読まれたこと、ありますか? 泣きたくなりますよ」

「は、はい……ごめんなさい」

「えっと、ピューレさん、ここってどういう部屋なんですか?」


ザンが鋭く本質に迫る。ピューレは一切考え込むことなく、淡々と答えた。


「ここですか? ここは、私の研究室です。お姉ちゃんと、市民たちに手伝ってもらって、作ってもらいました。あのカプセルで、実験してたんです……『CODE:704』の」

「……そうですか」


フレーたちにはもう、今朝の彼の正体がわかっていた。ピューレが進めている計画に関わる彼は、未だに測りづらい立ち位置にいる。


「もうここは、放棄したんです……一応経過が見たくて、コードは繋いだままだけど。そこの薬も、全部失敗作です。別の研究室で、なんとか形にできたので、今休憩タイムなんです」

「……! か、完成してるんですか? その、さっきの日誌であった……」

「んー、数が少なくて、まだ試作品って感じです。でも効果は、ちゃんとあるっぽいです。あと、もうすぐお姉ちゃん、大規模な侵攻を始めるから、研究は一旦打ち止めです」


大規模な侵攻。もしビートグラウズを手にしたら、彼女たちは何をつもりなのするのだろう。


「……この街、意思の無い人がたくさんいますよね。ピューレさんが全部?」


思い切って踏み込んだ質問をした。それでも彼女は訝しむことなく、楽しそうに答えてくれる。自分の話ができるのが嬉しいのだろうか。


「どっちかっていうと、お姉ちゃんですね。たった一日で、この街を乗っ取ったんです。お姉ちゃん、すごい手際でした。面白いんですよ、あの薬。ある感情に作用して、効果を発揮するように、なってて……」


支配を楽しむマニー・エーションとは別の意味で、フレーはこの女性に恐ろしさを感じた。


ピューレからは悪意の欠片も感じられない。ただ純粋に、自分の思うままに行動している。

自己紹介をしたり、他人に対しては敬語で接するという礼儀正しさはあるのに、善悪という概念が欠如しているようにすら思えた。


「……ん? そういえば、何であなたたちは、普通に動いてるんですか? この街に、もう意思ある人間なんて、私たちしかいないはず……」

「えっ……あ、そ、その……実は最近外から来て……」

「外……? 門には見張りが、いたはずだけど……どうやって、入ってきたんですか?」

「見張りなんていなかったぞ。そういえば俺たちがこの街に来た時、どこかで火の手が上がってたな。それを見に行ってていなかったんじゃないか?」

「なるほどー……」

(ザン、すご!)


よくまあこんなに嘘がスラスラと出てくるものだ。納得したピューレは、すっかりこちらを信頼してくれたようである。


「お姉ちゃんに会ったら、手駒になれますよ。どうしますか? 一緒に、ビートグラウズ、支配しませんか?」

「う、うーん……またの機会に」

「あ、その、ふと気になったんですが……」


ようやく冷静になったエーネが、ここで初めて口を開いた。


「この洗脳状態って、どうやって維持してるんですか? えっと、たまには解除しないと大変なんじゃないかって……夜だけ解除してるとかですか?」


最適なタイミングでの質問だ。ようやくこちらの計画の根幹に関わる話ができる。


フレーたちの至上命題は、ポイズン・ガールズの無力化及び、全市民の洗脳状態の解除である。

それが成せれば、フレーは上空に巨大な爆炎を作り出し、ビートグラウズで待機しているエルドに合図を送る。そしてハンガーズの本隊がこの街に乗り込んでくるという手筈だ。距離は少々遠いが、そうすることで、万に一つの抵抗も許さないという意思表示になるのだという。


ザンが会議でグレイザーたちに質問していた。戦いに勝ったら、そのままシュレッケンを支配下に置くのかと。

彼はそうしたいのは山々だという表情を見せながらも、洗脳された市民のケアや、ビートグラウズに逃げ込んできた者たちの移動手続きも含め、この街の本来の指導者と話し合い、穏便に済ませると約束した。だから三人は彼らの計画に乗ったのである。


「お姉ちゃんを、心配してくれてるんですか? ありがとうございます、ソフィネアさん」


ピューレは微笑んで、自分の頭を指し示しながら言った。


「確かにあの薬は、脳に作用するものです。お姉ちゃんの遺伝子を、薬に組み込ませてあるので、お姉ちゃんと彼らの脳とは、繋がってます。なので、コントロールするのも、一苦労みたいです」

「の、脳ってそういう仕組みだっけ……?」

「細かいことは、言ってもわからないでしょう。でも最近は、命令を画一化できてる、みたいです。最初の方は、寝たら支配が薄れる、なんてこともあったんですけど……今はお姉ちゃんの、脳波と馴染んで、思うがままですよ。拠点から動かずとも、問題無く操れます」


たどたどしい喋り方ながらも、ピューレは一生懸命説明してくれた。

そしてついに、彼女は核心に触れる。


「解除するのは、操り手の意思です。解除するように願うか、もしくは、操り手が意識を保てなくなるような、物理的な要因が、生まれるとか……」


これだ、という思念が三人の間に広がった。

実験の詳細や具体的な洗脳方法……聞きたいことはまだまだあったが、フレーたちには時間が無い。短期決戦覚悟で壁は破壊してしまったし、ピューレがこの話をマニーにすればどのみち存在はバレるだろう。


「ピューレさんありがとう、色々教えてくれて。すごい参考になったよ」

「いえいえ。フローラさんは、科学者志望ですか? 今度からは、壁を壊さず、直接訪ねてくださいね」

「そ、そんな所です。えっと、入り方は気を付けます。お姉さんによろしくね」


フレーは壁の方へ踵を返す。ザンとエーネもそれに続き、予期せぬ敵との会合は意外にも平穏に終わろうとしていた。


最後の最後に発した、余計な会話さえ無ければ。


「あ、瓦礫に気を付けて。足に刺さっちゃうよ」

「っ、とと、ありがとうフレー」

「体調どう? エーネは病み上がり?なんだからあんまり無理しな────」

「おいバカ……!」


「……フレー? エーネ?」


背筋が凍り付いた。三人で、壊れたおもちゃのような鈍い動作で振り返る。

ピューレ・エーションのゆるふわな表情は抜け落ち、そこには疑念の色がありありと浮かんでいた。


「フローラさんと、ソフィネアさんでは、なかったのですか?」

「え、あっ、あ、あだ名だよ、あだ名。ちょっと変わってるけど、可愛くない?」

「……あなたはともかく、ソフィネアさんは、名前の原型が無い」


まさにその通りだ。完全なる油断だが、エーネもエーネで何故あんな名前を選んだのだろう。


「色々と聞き覚えが、あるんです。フレー……ソフィネア……それにマキウス。そうだ、そっちは確か、私が操っていた男の……」


次々と何かを思い出していく彼女に、ただ呆然とするしか無かった。ザンはこの後の展開を察したのか、頭を抱えている。


「……いつも、お姉ちゃんに、怒られるんです。あんぽんたんだ、って。さっき、久しぶりに言い返したけど、やっぱり私は、浅はかですね」


彼女は敵意のこもった眼差しでフレーたちを見た。


「最初に確認、しておくべきでした。三人とも、素性を言って。この街の現状……知らなかったわけじゃ、ないよね?」

「…………っ」

「何しにきたの。目的は? あなたが出した炎……あれは、魔法によるもの……そうでしょ?」


じりじりと後ずさり、ピューレから距離を取る。敬語を辞めた彼女は、別人のように冷たい声色だった。


「その髪……あなた、フレイング・ダイナ。グレイザーを破った、魔法使────」


「ラン・フレイム!!」


ピューレのセリフを聞き終える前に、フレーはやけくその不意打ちを放った。

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