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仮にこの身を貫かれても ~少女フレーの決戦録~  作者: 今江彰人
プロローグ《偉大なる少女》
3/58

3:宙を走れ

「通して、すいません、通してっ!」


人の流れに逆行し、掻き分けて進むのは大変な作業だった。

多量の熱気に揉まれたせいで、ようやく人ごみを抜けたフレーの髪はボサボサになっていて、体は汗ばんでいるという有様だった。特に見せる相手もいないが、格好には多少なりとも気を遣っている身としては、かなり辛い状況である。


それでも、今目の前で起きていることを認識すれば、誰だって自分の容姿のことなど忘れてしまうだろう。


「な、何……これ……」


複数の家屋が崩れていた。人的被害は無さそうだが、何らかの爆発物が使われたのは明確だ。

そして、その犯人が誰であるかも。


「何度言えばわかる! 若い奴ら全員縛り上げて、今すぐここに連れてこいっつってんだ!」

「話にならん……この村から出ていけ。さもなくば、お前たちに明日は来ない」

「あぁ!? ジジイに用はねえ! 自警団とやらにも中年のやつしかいねえし、この村の若者はどこにいるんだ!」


まさか全員戦いにいったんじゃねえだろうな、と男が怒鳴る頃には、周囲にいた者たちは、全員フレーの存在に気付かぬまま逃げ果せていた。


残っているのは二十代とおぼしき武装した男二人と、日々この村を守る自警団の面々だけだ。


「お、おい、本当にこの方法で合ってるのか……? あの情報だけじゃ、戦うといってもどうすればいいのかさっぱりだ」

「けどよ、これしか方法は無いだろ。この腐った国で、俺たちが成り上がる唯一のチャンスだ……」


男の一人がそう言って、自警団員にボウガンを向けた。先端には見慣れぬ球体が取り付けられていて、それが爆発の原因となっているらしかった。


(悪い夢でも、見てるみたい……)


話の流れで、フレーはこの出来事の全容を理解した。あの貼り紙の情報が限られているという点に置いてのみ、同意が可能だということも。


それ以外の彼らの言動に、納得できる部分は何も無かった。私利私欲のために、無関係の人を巻き込んだという事実は……理不尽極まり無い。



「随分とお楽しみじゃん」



フレーが一歩前に踏み出し、声を張ったのは、それが理由だった。


「その武器、自警団の人たちのより強そうだね。ここでは……この限られた時間と場所の中では、最強ってこと?」

「……へぇ、活きの良いのがいるじゃねえか」


二人のボウガンが、真っ直ぐにフレーの額に向けられた。彼らとフレーとの距離は、家二つ分の直径に満たない。


「フレーちゃん、何をしてるんだ!? 早くここから離れて!」


驚きのあまり、しばし言葉を失っていた団員から大声で呼ばれたが、フレーは彼に一瞥をくれただけで、その場からは退かなかった。


むしろ、悠々と歩きながら、少しずつ二人に距離を詰めていった。


「少し考えたらわからないかな? こんな方法で目的が達成できるわけないって。私に会えたのはたまたま……普通は逃げてるよ」

「あぁ? 黙って手を上げな! 腕が立ちそうには見えねえが、何かしたらすぐさま撃つぞ!」

「そっちこそ、気をつけたほうがいいよ」


フレーはやがて、男たちの目と鼻の先にまで迫る。

この異様な状況に、自警団の面々は真っ青な顔で成り行きを見守っていた。


「何に気をつけるって? 俺たちのこれが目に入らねえのか?」

「質問を返すみたいで悪いけど……誰に武器向けてるの?」


フレーが目を細めた瞬間、その橙色の髪がやや逆だった。威嚇していてそれに気付かない男に対し、彼の相方らしき人物は、何かを察知したように後ずさる。


「教えてあげるよ……私は、この村で一番強い人間。だから、好きにはさせない。絶対に奪わせない……」


フレイング・ダイナは、かつて学んだ。戦うことを。守ることを。


そして、負けてはいけないということを。




「仮にこの身を貫かれても、私は決して倒れない」




「ちっ……たかが村娘がっ!」

「よせっ!」


もう一人の制止を振り切り、男が引き金を引く……その一瞬前。


フレーは腕を前方にかざし、全神経を研ぎ澄ませた。身体の芯から熱を感じながら、高らかに叫ぶ。



「ラン・フレイム!」



周囲の空気を焼き尽くす音と共に、フレーの手のひらから真っ赤な波が放たれた。それが炎であると男が気付いた時には、彼の右肩は既に撃ち抜かれていた。


「ぐっ……うっ……!?」


その名の通り宙を走る炎は、彼の神経までをも焦がし、瞬く間に再起不能に追いやる。

地面に伏した男を見つめながら、フレーは敵を仕留めたことを実感し、肩で息をしていた。



フレイング・ダイナの特異な点の二つ目は、その類まれなる炎の力だった。



この国で「魔法使い」は珍しく、そうなれるかどうかは、体内の魔力の有無で決まる。無論、上手く扱うには鍛錬も必要だ。

フレーが本格的に力を扱うようになったのは八年ほど前であるが、幸運なことに、その実力はめきめきと伸びていった。


この村で他に力を持つ者は、エディネア・モイスティただ一人である。

フレーは「炎」のみを操るのに対し、彼女は「水」と「治癒」の二つの魔法を扱う。魔法使いは王都に近づくほど多いとされ、少なくともホメルンとその周辺では、他の使い手の噂は聞いたことがない。



普段は、村の数少ない子供を楽しませる道具でしかなくとも……これは紛れもなく、フレーの唯一にして最大の武器だった。



「……わかったでしょ? その程度じゃ、私には勝てないよ」


ショックで武器を取り落とし、その場で膝をつくもう一人の男を見据えながら、フレーは低い声で言った。

激しい動悸がする。けれど怖気付いてはいけない。


今からしようとしていることは、間違いなく自分の夢の糧となるのだから。


「さよならだね。今すぐその体を焼き切っ────」



「フレーちゃん、後ろっ!」



その時だった。団員の怒号が飛び、無防備となった自分の背中に、並々ならぬ気配を感じたのは。



「動くな、小娘」

「……えっ」



後頭部に冷たい感触が生まれた。何かを擦り付けるようなその仕草に、少なからず痛みを覚える。


「愚かだな……本気で思っていたのか、こんな弱小な奴らだけで村を襲うと」

「あ…………」


胸の奥が冷たくなり、首筋に嫌な汗が伝う。今自分の頭を圧迫しているのは間違いなくボウガンの、それも爆薬の取り外された先端部分で────さらにそれを行っているのは、目の前の二人とは明らかに違う、より上位の相手だとわかったからだ。


(嘘、でしょ……?)



今まで潜伏していたらしい。気取られぬようフレーの背後に回ったのは、襲撃者のリーダー格の男だった。



まず、彼の声の質からして異なっていた。こちらが炎を放つことすら許さぬ、荘厳で殺意のこもった声色は、フレーを氷漬けにする。


「力を持ったガキは往々にして驕るもんだ。周囲の人間より強いが故に、誰にでも勝てると思い込む。多勢に無勢でもお構いなしだ」

「…………っ」


体を震わせながら、フレーはそれを悟られまいと拳に力を込めた。ボウガンの先端だけでなく、彼の言葉もフレーを捉えて離さない。


「綺麗な髪だなぁ、珍しい色だ。顔も悪くない。王都に首を送りつけずとも、奴隷として売っぱらったらさぞ金になるんだろう……」


手を出すに出せない自警団員たちの喚き声も、救出に安堵した部下二人の感謝の言葉にも耳を貸さず、男はフレーの髪を弄ぶ。


「だが……」


一見余裕のある仕草の中からはしかし、隠しきれない怒りを感じた。


「俺はお前みたいな人間が許せないんだ……最初からある家でのうのうと生きて、おまけに魔力持ちだと? 今まで苦労無しに生きてきたんだろうなぁ!?」


違う、と言いたかった。今までの人生は、そんな風に楽なものではなかったと。


けれど言えなかった。生々しい鉄の感触が、フレーの全てを制するのだ。先ほどあれだけの啖呵を切ったのに、今は動くことすら許されない自分が、信じられないほど情けなかった。


「お前にはここで死んでもらう。体を貫かれても死なないんだってな? 楽しみで仕方ねえよ」

「…………ラン・フレイ────んっ!?」


望み薄とわかってはいながら、一か八かで背後に手をかざしたものの、結局途中で口を塞がれた。

息苦しさに集中を乱され、今度こそ恐怖で体が動かなくなる。身体能力の差も歴然で、ここから相手を組み伏せられるほど、フレーは強靭ではない。



もはや打つ手は残っていなかった。

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