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ド田舎の村娘ですが、成り上がるために国中の猛者たちを下しに行きます  作者: 今江彰人
第2章《愛も蝕むポイズンロード》

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27:死都『シュレッケン』

お世辞にも楽しさだけでは済ませられない四日半が過ぎた。


騒がしいし無防備だということで、あの入浴形態はザンに禁止され、結局毎日タオルで体を拭くだけになった。フレーはともかく、エーネがショックを受けていたことは言うまでもない。

しかしどんな旅にも終わりはやってくる。満身創痍の一行は、ある時ついに「それ」を視界に捉えた。


「……! みんな、ここからは超警戒で」


フレーの小声に、二人も無言で頷く。視界の先には、遠目でもわかる異様な空気を醸し出す都市が映りこんでいた。


明らかに不健全な、もやのかかった街。周囲はビートグラウズのように高い壁に囲まれているものの、その構成要素は大きく異なっていた。

全体的に紫色なのだ。それがシンボルカラーであるかのように、奥にある建物のほとんどが、闇の中で濃淡様々な紫に包まれているように見える。


「何だ、この毒々しい街は……」


ザンの表現は言いえて妙である。もう夕方が近いから余計にそう見えるのかもしれないが、指導者の名からして健全さが皆無のこの街は、全体が毒素に覆われているようだった。


まさに「ポイズン」……毒によって侵された死の街。それがシュレッケンに対して抱いた、フレーたちのイメージだった。


「こんな……こんな、場所じゃ……」

「嘆いてても埒が明かないよ。近づいて、侵入できる所を探さないと」

「そうだな。グレイザーが痕跡を残してくれているかもしれない。ある程度周辺を回るぞ」


そう、怖気づいてはいけない。自分たちにはあのグレイザーがついているのだ。彼と協力すれば並大抵の敵など目ではない。

そう自らに言い聞かせ、三人で街に近づいた時。フレーはビートグラウズのように、門の前に立っている人間を目にした。たった一人ではあるが、約五日ぶりの他人に少し安心感を覚える。


「できれば話をしたいけど……」


岩陰に隠れつつ顔を認識できる距離まで行くと、フレーの儚い願いは完全に打ち砕かれた。


門の前に立っていたのは少女だった。諸々の要素を考えても、その人物は到底「衛兵」とは言い表せないだろう。

まずそもそも門は開いている。街の入口を守る意思は感じられない。次に、少女の装備はあまりに貧弱だった。鎧も無ければ武器も無い。村でのフレーたちとほとんど変わらない、普段着の格好だ。

さらに言えば、彼女はあまりにも若かった。フレーたちより一回り幼く、せいぜい十四、五歳程度だろう。


「……な、何、あの子」

「服もボロボロで……い、生きてるんだよな?」


少女はぼうっと虚空を見つめ、身じろぎ一つ行わない。顔も服も薄汚れたまま、ただ直立するその姿は……誰かに教えられたわけでもないのに、彼女がもう長い間ここにいるという事実を突きつけてきた。


「ねえ、これって」


フレーの声は震えていた。もう全員が察している。

彼女が何故ここにいるか。何故みすぼらしい格好で、たった一人なのか。


操られている。少女はこの街の住人なのだ。ある日突然ポイズン・ガールズにより洗脳され、ここに立つことを与儀なくされたのである。

そこに彼女の意思はない。武器を持たないのは、報告以外の役割を求められていないからだろう。


「……毒は神経に作用するって、グレイザーは言ってました」


エーネが掠れた声を出した。


「きっと何かしらの方法で、敵はあの子とそのままの意味で繋がってるんです。もしあの子が報告する前に不意打ちでやられても……きっと、向こうには異変がわかるんです」

「な、何それ……それこそ捨て駒じゃん!」

「……なるほど。本当に、俺たちの常識は通じないんだな」


門が開かれているのは、あわよくば侵入者も手駒にしようという思惑からか。

話し合いの結果、少女には干渉せず別の侵入ルートを探すことになった。彼女が今もここにいるということは、グレイザーも闇雲な攻撃は行わなかったのだろう。きっとどこかに街に入れる場所があるはずだ。


────五日おき。それが、奴らが薬物を散布する大体のスパンだ。


これはグレイザーによる分析結果である。


初めは当然シュレッケンだった。空気感染するとはいえ、広大な街だ。全ての市民は網羅できず、毒の影響から逃れた者たちは皆ビートグラウズになだれ込んだ。

決して近いとは言えない距離だ。道中、彼らが残したであろう野宿の痕跡が散見された。全員無事に街にたどり着けたのだと信じたい。


────毒の散布には、ある程度準備が要るらしい。だがシュレッケン周辺の大規模な村は、既に奴らの手に落ちている。


戦力が十分集まり次第、ビートグラウズも落としに来る……彼はそう断言した。グレイザーの推測が正しければ、フレーたちがここに来るまでの間に、また別の場所が侵されたはずだ。

数日後、また毒が使用されるだろう。今度はいよいよビートグラウズかもしれない。


止めなければ。何としても。


「……思ったんだが」


門を離れ、街の外壁に沿って移動する最中。侵入の糸口が掴めず、協力者による手がかりも見当たらないことに業を煮やしたザンが、徐に口を開いた。


「グレイザーなら、この壁を飛び越えられるよな」


三人で、自分たちの背丈の十数倍はあろう壁を見上げた。確かに、このまま街を一周しようとすれば果てしない時間がかかるが……


「そもそも、フレーはあいつを倒してる。このくらい越えられて当然と思われて────」

「無理です」


エーネが食い気味に否定した。


「壁は越えるものじゃない。破るか正攻法で通るもの。登るなんてもっての他です」

「いや、壁は越えるものでしょ。エーネは高いのが嫌なだけ────」

「フレーが噴射で跳ぶとか言い出しかねないから、不安でしょうがないんです!」


彼女の顔は必死だった。こればかりは仕方ないとフレーは小さく息をつく。怖がりなのはその分慎重ということでもあり、悪いことばかりではない。

そんな彼女も、あの決戦では大いなる勇気を発揮したのだ。


「心配するな、エーネ。向こう見ずなこいつがそれを言い出しても、俺が止めてた。噴射は目立つし……派手に飛んでいって補足されたらおしまいだからな」

「向こう見ずって……私は全然……」


と言いかけて、グレイザーとの全面衝突は完全に自分のせいだったことを思い出す。二人に対してはかなり負い目があるので、下手なことは口にしない方が良いかもしれない。

とはいえ言われっぱなしは少し悔しかったので、代わりにこう言っておいた。


「確かに慎重さは足りないかもだけど……怖いものは無いし」


三人で話し合った結果、立てた作戦はこうだ。


まず、日が完全に沈むのを待つ。少女があのような使われ方をしていることを考えると、きっと夜も一人のままだろう。

視界が悪くなったら、彼女の気を引くために、フレーの力で門から少し離れたところに火柱を作る。少女がそちらを注視している際に、三人で一斉に駆け込む……という算段だ。


本当は遠隔で使用できて、発生源が特定されないエーネの方が安全だが、水ではインパクトが弱い。

また、筋力のあるザンが壁を上り、携帯しているロープで残り二人を静かに引き上げるという策も考えた。しかしどんな罠があるかわからず、見張りがいる以上正門の方が逆に安全そうであるという結論だった。


「準備は良い? フレー」

「任せて、思い出に残る火柱にするよ!」

「何かあっても鎮火できる大きさで頼む……気配は感じないが、街中にも人がいるかもしれないから、音にも注意してくれ」


岩陰に隠れながら、フレーは目を瞑って手のひらに意識を集中させる。外壁から少し離れたところに向け、小声で言った。


「ノーブル・フレイム……!」


放たれた炎が高速で着弾し、そこそこの大きさの火柱を上げる。フレーたちや少女を照らし上げた炎は、数秒後には跡形もなく消えていた。


「……まあ、今回の技名は悪くないな」

「あのタワーをイメージしたの?」

「まあそんなところ……あっ、あの子が!」


門の前の少女は、火柱が上がった方向を穴の空くほど見つめていた。手筈通り力を使う瞬間は視認されておらず、彼女は軽く周囲を確認した後、重い足取りで発生元へ進みだした。


「よし……!」


予想に違わぬ動きだ。彼女が異変を知らせるように「仕組まれて」いるのなら、確認をしに行かない道理はない。

きっとのちに、何らかの方法で少女はこう伝えるだろう。門の近くで原因不明の火柱が発生したが、その他不審な点は無かった、と。


「今です!」


エーネの声を皮切りに、一斉に門に向かって走る。街中に足を踏み入れた段階で、フレーたちは本能的に立ち止まった。


暗い。あまりに暗すぎる。


「おい、あそこに砲台みたいなのがあるぞ。ずっと奥の建物だ、ほら」

「え、何で見えてるんですか?」


ザンの超人ぶりにエーネが愕然とする。いくら夜とはいえ、シュレッケンの内部は不自然なほどに暗かった。門の脇にあったのが唯一の明かりだったようだ。一歩踏み出すのも躊躇われる。


「ふ、二人とも、ちゃんとそこにいるよね?」

「いないと言ったら?」

「マジで怒る」


無意識にそばにいたエーネの手を握った。腰をかがめ、じっと暗闇を注視する。

三人の間に沈黙が流れた。最近でこれほど静かだったのは、歩き疲れて誰も何も話さなくなった時くらいだ。


「……な、何で誰も行かないの」

「え? いや待ってるんだが」

「へ?」

「早く進んでくれ。安全な場所に行きたい」

「……??」


進む? 自分が?


「え、あの……私が先頭?」

「他に誰がいるんです? フレーが明かりを作れるから、発光するものは持ってないし……」

「…………」


生唾を飲んで、再び暗闇を見る。じっとりと手汗が滲んできたのを悟られたくなくて、エーネから手を離した。


「暗いん……だけど」

「見ればわかる」

「…………こ、怖いよ」


フレーは正直に言った。思い起こされるのは、かつてエーネと空き家に二人きりで泊まった記憶だ。

女子会という名目で大いに楽しんだのだが、明かりがほぼ無い夜の暗かったこと……


「どう見てもやばいよ。で……出るかもしれないでしょ、そういうのが」

「そんなこと言われても……怖いもの無いって言ってたでしょ? ほら、フレー。背中は守ってあげますから」

「待って! 撤回するから流石に一人で行かせるのはやめて!」


エーネの体を揺すると、彼女はどこか満足げにしながらも「うーん」と考え込むような声を出す。結局こっちもこっちで、暗がりを進むのは厳しいようだ。

となれば、もはや頼みの綱は一つ。


「お願いザン、先に行って! 三人の中の壁でしょ!?」

「は? いつから肉壁になったんだ俺が」

「……お、おっ……お義兄ちゃん」

「おい、その感じやめろ! 罪悪感を植え付けようとするな!」


そんなことを言われても、こっちだって恥を忍んで頼んでいるのだ。

結局、年上として折れてくれたザンが先頭を行ってくれることになった。明かりと共に進むにつれて、シュレッケンの全貌が見えてくる。


当然人の気配は無い。それどころか、手入れの行き届いていない家、長らく放置されているであろう露店など……街としての機能も何一つ果たされていなかった。

街を包み込む瘴気のようなものを、何となく肌で感じる。もし薬物の効力が長く継続するタイプのものであったなら、無事では済まなかっただろう。


「ほんとに、どうなってるの……」


こんな異様な光景を作り上げたのが、グレイザーとそう年の変わらない科学者であるなんて、未だに信じられない。

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