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ド田舎の村娘ですが、成り上がるために国中の猛者たちを下しに行きます  作者: 今江彰人
第1章《侵略の守護者》

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25:いざ、死都へ

「あー、行きたかったな。昨日のパーティ」


温かみを感じる袋を両腕で抱きながら、フレーは盛大に肩を落とす。ザンは同意するように頷きつつも、宥めるように言った。


「仕方ない。あれはこの街の人間のための催しだ。俺たちが邪魔しちゃ無粋だろ」

「まあそうなんだけどね……手の傷もまだ痛いし、大人しくしなきゃか」

「ほら、フレーも早く食べないと冷めちゃいますよ。こんな美味しいパン、滅多に食べれないんだから」


エーネが隣から袋に手を伸ばし、新たなパンを手に取った。ザンも先ほどから口に運ぶ手が止まっていない。

そしてフレーも、驚きの美味しさに目を見張ったものだ。「リアンブレッド」……この街に来たばかりの時は閉店していたパン屋が、まさかあんな名前になって復活するとは。


「それにしても、ハンガーズにお金を譲ったせいで、結局残りは家から持ってきた分だけだね……」

「みんなで話し合って決めたしな。シュレッケンの脅威もあるから、この街は軍備増強が急務だろうし、元々は渡す予定だった金だ。まあ……パンがセールでも意外と高かったが」

「ポイズン・ガールズを何とかしたら、グレイザーからお金貰えたり……あ、ザンそれ一口ください」

「ああ」

「────!?」


話の途中で、エーネがザンの差し出したパンに齧り付いた。対する彼も特段リアクションは無く、真顔のままだ。


「ちょ、ちょっと……」


動揺して声が裏返ったフレーは、思わず足を止めてしまう。


「そ、そんな平然と……特にエーネ、平気なの? その、ザンと……」

「……?」

「え、だって……間接……」


しどろもどろになりながら言うと、エーネが呆れ顔で口元を押さえた。


「何今更……私たちの仲なのに。たまに鍋とか突っついてるうちに平気になりました。フレーもそうでしょ?」

「おい、どういう意味だ」

「い、いやー……私はほら、ザンとは半分家族っていうか……? あ、もちろん友達なんだけど、なんていうか……」

「何赤くなってるのこの子は……」


エーネは少しいたたまれなそうな口調になって、流し目でザンを見る。


「というか全然そういう気持ち無いし……フレー、そんなリアクションされると意識しちゃうからやめてください」

「なあ、雑菌のように扱われている俺が不憫だとは思わないか? フレーは少女小説の読み過ぎだ」

「ん、う……あ、そ、そういえばさぁ! マキウスさんがあんな感じだったなんて、びっくりだよねー」


露骨に話題を変えて、ツッコミを入れられる前に続ける。


「あの時ちゃんと顔見られてたら、完全に終わってたね」

「……思い出せてくれるな。ったく、俺と見た目が似てるやつがいるなんてな」

「ローリーさん、後で知ってショック受けてたしね……」

(な、なんとか話逸らせた……)


全く二人とも、年頃の男女の自覚が足りないのではないか。

そんな他愛も無いことを話しているうちに、時は刻一刻と過ぎていき────


「フレー、エーネ」


気が済むまで街を散策した後。ザンは立ち止まり、やや傾いた日を眺めながら静かに言った。


「時間だ」


─────────────────────────


「ほんとに一人で行くの?」

「言ったはずだ。お前たちと馴れ合うつもりはない」


暖かな風が吹く午後。フレーたちは門の前に並び、これより旅立つグレイザーに向かい合っている。


「まず俺が単独でシュレッケンに乗り込む。叩けるなら奴らを叩き、それが不可能なら秘密裏に情報収集に努め、一日後から合流してくるお前たちに伝える……以降は手筈通りだ」

「けどグレイザー、やはり一人は危険だよ。僕も一緒に……」

「くどいぞ、エルド。危険だからこそだ。また新たに付近の村が支配下に落ちたらしい……やはり五日おきだ。もはや猶予は少ない。それに────」


グレイザーはエルドを正面から見据え、力強い声で言った。


「新指導者たるお前が、この街を空けてどうする」


関係者全員を交えた一昨日の会議は、長時間に及んだ。

当初の予定通り、グレイザーは失脚することと相なった。ただ一つ想定と違ったのは、それが彼の合意に基づくものであったという点だ。

戦いに敗れたグレイザーは潔く前線を退く決断をした。しかしその際、彼はいくつかの条件を付けたのである。


まず、新市長に立候補するのはエルドであること。次に、ゼノイをその補佐役とし、あらゆる最終決定は二人の合議に基づくものであるようにすること。

そしてシュレッケンに乗り込むのは、ゼノイではなくグレイザーとすること。事が片付いた暁には、政策の最終決定機関に彼の席を新たに設けることも約束させた。


「……それでも、今の僕がいるのは君あってこそだ。僕は結果的に君の立場を……」

「履き違えるな。元より、ビートグラウズの守護者は俺だ。戻った際には、また俺が皆を導く立場に就く」


教え子たちのやり取りを黙って聞いていたゼノイは、柔和な笑みをたたえながら深く頷いた。


「その覚悟があるなら大丈夫だろう。グレイザー、辛い役割を押し付けてすまないね」

「はっ……あんたの強さじゃ奴らに勝てないと判断した結果だ。ゼノイ・グラウズ……俺がいねェ間に、せいぜい雑務を片付けておけ」


グレイザーは最後に、脇の方に立っていたフレーたちに体を向けた。その長身と風に揺れる蒼色の長髪は、相変わらずの威圧感を醸し出している。


「お前らには恨みしかねェが……新たな道を示されたのも事実だ。協力するからには、完膚なきまでに奴らを叩き潰すぞ」

「ああ……あんたこそ遅れをとるなよ、グレイザー」

「何も無い時は安静にしてください。フレーもそうだけど、まだ怪我が万全じゃないから」

「言われずともだ。そして……フレイング・ダイナ!」

「なっ……何っ!?」


突如名を呼ばれ、驚いて背筋が伸びる。


「侮るなよ。もし次があれば、必ずお前を下す」


確固たる決意に満ちた男の目……正直怖くもあったが、奮い立たされる思いだった。


「もし誰かがお前を貫くとしたら、それはこの俺だ。覚えておけ」

「……うん。楽しみ……では全然ないけど、ちゃんと覚えとく」


フレーの答えを聞き届けると、門の向こう側で息を潜めるハンガーズを一瞥してから、グレイザーは無言で歩き出した。


「……えっ、今ので終わりですか!?」

「相変わらず不器用だね。こういう時、誰かが声をかけないといけないんだ」


苦笑いしたエルドは、小さくなっていく友の背中に向け大声を張った。



「君の名に恥じぬよう、僕らで街を守るよ! 無事を祈る、グレイザー!!」



ハンガーズの歓声が上がる。無言で手を掲げた彼の姿は、しばらくすると見えなくなった。

大勢の部下の啜り泣く声を聞きながら、フレーたちはいよいよもってこちらの番が迫ってきているのを実感する。


「『死都』シュレッケン……」


かの地に赴くのは、グレイザーとフレーたちの四人だけだ。ランドマシーネへの遠征もそうだが、得体のしれない相手にハンガーズをぶつけるのは最終手段である。

よってまず、街で並ぶ者のいない実力者であるグレイザーと、それを打ち破ったフレーたちの少数精鋭で勝負を仕掛ける方針だ。


「ああぁ……響きが不穏すぎる……」

「ご、ごめんねエーネ、勝手に決めちゃって。寂しくなるけど、街で待っててもらっても……」

「ううん、シュレッケンはどの道通らないとだし……」

「そうだ、今更言っても仕方ない。俺たちも明日には旅立つんだ」


ザンは刀の柄を握り締め、語気を強める。


「覚悟を決めるぞ、二人とも」

「……うん!」

「はい……!」


死都。シュレッケンがもはや都市としての機能を失ったことから、そう呼ばれていると聞く。

どんな敵なのかわからない。具体的に、かの街がどういった状況にあるのかも。

一つだけ確かなのは、今も家族と離れ離れの人々が、このビートグラウズで懸命に明日を願っているということだ。


フレイング・ダイナは様々な思いの入り混じった瞳で前を向く。新たな波乱と出会いを予感しながら、遥か遠くを見つめていた。


─────────────────────────


「…………」


グレイザー・ザ・フェンダーは、確かな足取りで敵地へと歩む。

到着後はまともな宿は期待できない。よって少々不格好ながらも、こうして多くの荷物を背負っているわけである。


(徒歩で約四日半……厳しい旅路になりそうだな)


残念ながら王都から仕入れていた技術のうち、脚になるものはなかった。ひと月もかからぬとはいえ、ランドマシーネに行くことになっていた場合旅路は困難が予想されただろう。

王都から遠い分、移動力の増強は急務である。帰ったら早速合議で提案すべきかもしれない。


そんなことを考えるグレイザーは、この時はまだ予想だにしていなかった。

まさか自分が、「その対象」になろうなどとは。


「ねえ、お兄さん」


囁くような声。片時も気を抜くことのないグレイザーにすら察知できない、人間離れした気配がそこにはあった。


「一人でどこに行くんだい? 険しい顔をしてさ」

「……!? 誰だ……!」


姿勢を低くし、周囲を見渡す。広い平野であるにも関わらず、探せど探せど人間の姿は見当たらない。


(まさか……)


グレイザーの脳裏に一つの可能性がよぎる。そう何度も出会ってたまるかと言いたくなるが、このような芸当が可能なのは────


「魔法使い────!」

「やだなあ、あんなのと一緒にしないでよ。キリアったら、いつも偉そうで話すと疲れるんだ」


声が大きくなり、初めて気配を感じ取る。


「ここだよ、ここ」


真後ろから再び囁くような声がした。悪寒を振り払うように背後を向くと、一人の少年がそこにいた。


「……お前……!」

「ん? どうしたの?」


病的なまでに白い肌。こちらよりも二回りほど低い背に、決して強そうには見えない細い体躯。全てを見透かすような瞳に、死神のように不気味な笑みを作る口元。

特徴は聞いていた。しかし、何よりも……


「その顔は……!」

「……ふーん。そうなんだ、へぇ……」


何かに合点がいったような少年は一人で相槌を打ってから、ふと真顔になる。


「でも、いいや。まず君が先だよ……守護者グレイザー」

「ッ……!!」

「敗れたのかい? ビートグラウズのボスたる君が、こんなところにいるなんてさぁ……」


少年は突如、グレイザーの視界から姿を消す。しかしその瞬間を目撃したことで、今度は何が起こったのかはっきりとわかった。


それと同時に察してしまう。今の自分に、勝ち目など無いということを。


「ねえ、僕と勝負してよ。僕のことくらい知ってるでしょ……?」

「まさか、ここまで来るとは……」

「うふふ。何か面白そうな気配を感じて、出張してきちゃった」


逃げ出す暇も与えられない。せめてもの意思でナイフを握ったグレイザーは、怨嗟の声を絞り出した。


「一体何が目的だ……モリアデス!!」


「あはっ、そんなのさぁ……」


再びその影を捉えた時、グレイザーが聞いたのは、彼の嘲笑じみた笑い声だった。



「今からやられる君に、関係あるのかなぁ?」

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

これにて第1章、完結です。次回からはシュレッケン編となります。


皆様の評価やブックマーク等、大変力になっております。これからも頑張っていきます。

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