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ド田舎の村娘ですが、成り上がるために国中の猛者たちを下しに行きます  作者: 今江彰人
第1章《侵略の守護者》

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21:救援

「っ…………!!!」


薄明かりの差す、ノーブルタワーの一角。

一人の男が膝をついた。腹部を押さえて歯を食いしばり、得物から手を離す。


「……勝負あったな」


刀を鞘にしまったザン・セイヴィアは、音も無く振り返って告げた。

二人の男の命を賭した居合。閃光の如きその斬り合いは、ザンの勝利に終わったのである。


「何故……結局、峰を……!」


穿たれた壁とその先の世界を、虚な瞳で見つめるエルディード・レオンズは、敗北感に支配されていた。


「情けか……? 僕は、殺すまでもないと……」

「違う」


憎々しげに地に爪を立てるエルドに向け、ザンは力強く言った。


「人間の本能を利用したまでだ。俺が刃を使うそぶりを見せれば、峰のそれとは動きが変わると踏んだ。案の定あんたは必要以上に刀を警戒し……結果、峰打ちを叩き込むチャンスが生まれたんだ」

「は、はは……結局殺す気なんてなかったんだな……それなのに、僕は……」


がっくりと項垂れ、エルドは自嘲気味に笑った。腹部に叩き込まれた強烈な一撃は、再び立ち上がることを許さない。話すのがやっとだろう。


「そうでもしないと危なかったんだ。一歩間違えば俺がやられていた。俺はあんたほど、公平な男にはなれなかった」


事実、間一髪だった。ザンとエルド……二人の命運を分けたのは、覚悟の差ではない。

ただ単に、ザンの分析の結果だ。死にたくはないという彼の思いを見抜き、その上で刀を振るった。たったそれだけのことである。


「勝負はついた。ハンガーズを止めろ、エルド。そしてエーネの治療を受けるんだ」

「……最後に、聞かせてくれないか? こんなこと、年下に尋ねるものではないかもしれないけれど……」


少年に背を向けたまま、エルドは切ない声で言った。


「僕とグレイザーは、この先……やっていけるだろうか。ずっと親友のままで……手を取り合って、生きていけるだろうか」


「何かと思えば」


ザンはゆっくりとエルドに近づく。彼が振り向くと同時に、静かに手を差し出した。


「あんたが奴を想う限り……考えるまでもないだろう」

「……そうか。はは、ははは……」


差し出された手は冷たく震えていた。対するエルドの表情は、かつてないほど澄み切っている。


「ありがとう……これから、きっと────」



そんな折だ。突如として、二人のいる床が崩落したのは。



「ッッ…………!っ、


悲鳴を上げる間もなく、ザンとエルドは下界に吸い込まれていく。ビートグラウズのはるか上空で……

死が、すぐ近くにあるのを感じた。


「くっ……!!」


間一髪、片手で崖にしがみついたザンは下方に手を伸ばす。咄嗟にそれを掴んだエルドだったが、もう指に力が入らないらしく、徐々にずり下がっていった。


「くそっ、さっきの爆発の影響か……!?」

「だ、ダメだ……ザン、手を放せ! 極限まで軽量化すれば、君だけでも……!」

「断るッ! 俺は絶対っ、誰かを死なせたりなんか……!!」


気力を振り絞って両腕に力を込めるも、片手で二人分の体重を支えるのは不可能に近かった。体が引っ張られ、先刻爆風を浴びた背中が酷く痛む。

見かねたエルドが、自ら手を振りほどこうとしたその時。


「…………!?」


誰かが両手でザンの手首を掴んだ。予想だにしていなかった感覚に驚いて上を見ると、そこには────


「えっ……エーネ!!??」


「ぜえっっ、ぜえっ、げほっ、ううっ、ひぐっっ…………!!」


髪は乱れ切り、汗と涙で顔をぐしゃぐしゃにした、酷い有様のエディネア・モイスティがそこにいた。力んでいるのに顔は真っ青で、爪がザンの皮膚に食い込むのにも構わず、嗚咽を上げながら引っ張り上げている。


「助かった……! けどお前、どうして……」

「ひぐっ、か、階段がっ、階段がぁっ、全然上手くいかなくてっ……げほっ、水で流しても、みんな、すごい速さで来てっ、だからっ、だから私っ、走ってここまで……逃げっ……ぐすっ……!」

「な、泣くなよ、大丈夫か!? そう言えば道中の罠は!?」

「わなっ……? わな、罠……ううううっ、高いぃっ、うえええぇっっ……!!」

「すまん、喋らなくていい! 辛いと思うが、もう少し頑張ってくれ!」


今にも色々と吐き出しそうなエーネを制し、ザンは必死に力を込める。あと少しだけでも上がれば、腕の力だけでエルドも引っ張り上げられる。

しかし……


「ザン、もう無理ぃっ……! これ以上は……!」

「そんな……! だったらエーネ、俺の刀を落としてくれ。少しでも軽くして────」


「その必要はないよ」


ふと、この場にそぐわない貫禄のある声がした。

訝しむ間も無く、気がつけばザンは宙にいた。片手を掴んでいたエルドと共にだ。


声の主を見る。柔和な顔つきは変わらぬままだが、時代の変化に揉まれた人間のこの重苦しい佇まいは……


「ゼノイさん……!」

「どうやらここは片付いたようだね」


ゼノイ・グラウズの口調は、この状況下でもいつもと全く変わらない。先ほどまで死の淵にいたエルドが、冷や汗を流しながら掠れ声で尋ねた。


「何故ここに……? あなたのことですから、干渉はしないと考えたんですが……」

「そうだね。私は依頼者であるが、だからと言って若者たちの戦いに水を差したりはしない。だが────」


ゼノイはふと視線を下ろし、床に倒れ伏して全身で呼吸するエーネを見やった。


「作戦と違うことをした子がいてね。あまりにも大変そうだったから、後処理の準備ついでに様子を見にきたんだ」


ゼノイは簡潔にこれまでの状況を教えてくれた。

エーネがタワー内部で粘る作戦に出たが、失敗したらしいこと。死に物狂いで逃げる彼女を追って、ゼノイは追跡を続けるハンガーズを戦闘不能にしてからここまで来たこと。ちなみに罠は、恐らくは爆発の影響で作動しなくなっていたらしい。


「驚いた……そんなに強かったのか」

「所詮は狭い地形を利用した多対一の技術だ。君たちには敵うまいよ。軽く気絶させただけだしね」

「はああっ……良かっ、た……」


事の顛末を聞き終えたエーネは、気絶する勢いで脱力した。彼女は全身が汗だくで、ザンたちとは別ベクトルで戦っていたことを思い知らされる。傷は無さそうなのが幸いだ。


「エーネ、ありがとう」


体を張った友に対し、ザンは心からの礼を言った。


「お前のおかげだ。俺の方は上手くいったよ」

「んふふ……ザンこそ、ありがとう。フレーを、導いて……くれたんですね」


嬉しそうな彼女の言葉に、ザンは頭を掻いて黙り込んだ。エーネが笑いながら、でも、と付け加える。


「これだけ怖いことやったんですから……今度、甘い物でも奢ってね」

「ああ……でも、運動は定期的にしろよ。今日みたいにならないために」

「しばらくは……嫌です……」


それきり、エーネは静かになる。寝てしまったわけではなさそうだが、ひとまず休養が必要なようだ。


「ザン……君には改めて、礼を言わなければならないね。僕を見捨てず、救い出してくれて感謝する」


エルドが座ったままこちらに頭を下げてきた。ザンは無言で笑みを送る。微笑んだ彼はやがて、ゼノイの方に顔を向けた。


「もし、フレイング・ダイナが勝利すれば……」


目を閉じた青年は名残惜しそうにこぼす。


「我々の時代は終わり……古き良き、ビートグラウズが戻るのですね」

「……それは君次第だ」


ゼノイは厳かに告げると、彼の正面に腰を下ろした。


「この戦いがどうなろうと、エルド……私はハンガーズの全権を君に預けたい。そして引き続き、街の運営の中枢にいてほしいのだ」

「……正気ですか」

「私は嘘をつかないよ」


その重大発表に、ほとんど寝かけていたエーネも体を起こした。ザンと共に無言で成り行きを見守る。


「グレイザーと君がやってきたのは、決して綺麗なことばかりではないだろう。しかし君のようにこの街を愛し、また政治的手腕に長けた若者は稀有だ。それこそ、グレイザーくらいだろうからね」

「ゼノイさん……」

「だからね、エルド。そう簡単に死なんて選んではいけない。何があろうと生きていてほしい。君にも……そして、本当は────」


紛れもない彼の本心。切なる思いを聞き届けて、エルドは小さく俯く。

話を終えたゼノイは最後に、ややきまり悪そうな表情を見せた。


「それと……すまないね、セイヴィア君。モイスティ嬢も。結果的に、死地に送り出す形になってしまった」

「……まあ、嘘だろとは思いましたけど。不安がらないようにしてくれたんだろうし、さっき助けてもらったのでチャラにしておきますよ」

「それは助かるよ。さて……皆、感じているかな?」


笑顔になったゼノイは、祈るような眼差しを天に向けた。

ザンとエーネ、そしてエルドも天井を仰ぐ。彼の意味するところは、この場の全員が理解していた。


「決着の時は近いよ」

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