20:食らえ渾身の!
「……いっ、今だ!」
「遅い!」
「どわああっ!?」
自らを守る炎の壁の中、フレイング・ダイナは窮地に陥っていた。
グレイザーが意のままに操る、ランドマシーネの銃器。それらが絶え間なく駆動している今、外に出て攻撃することすら叶わない。わずかな隙をついて炎を飛ばそうにも、彼のナイフによる正確な狙撃がそれを許さないのだ。
「あれだけ啖呵を切った割りに、防戦一方だな? 隠れてばかりではジリ貧だぞ!」
(じ、自分でもそう思ってるから言わないで……!)
戦況が傾くのは、戦いが始まってからほんの一瞬だった。フレーは手始めに自分を取り囲む銃器を破壊しようとしたが、グレイザーによる怒涛の投擲に阻まれたのだ。
それを避けようとすると、今度は四方八方から正確無比な射撃が襲ってきた。両者に対応しきれず冷静さを失い、守りに入ってから今に至る。
(ザンの嘘つき! 多分、そっちがグレイザーの相手した方が良かったって!)
「……守りが薄れたな。やはりそうか!」
「えっ────ちょっ!?」
慌てて気合いを入れ、体感では音速を超えているナイフをなんとか防ぐ。炎とは本来何かを守るものではないのに、こんな使い方しかできないのがとても歯痒かった。
とはいえ、硬化させることが可能で本当に良かったのだが。
「見切ったぞダイナ。お前、集中が切れると炎の形が揺らぐな?」
「あ……」
「二つのことが同時にできねェ……防御しながらの、銃器の各個撃破や突撃といった、有効な手段が取れねェのはそのためか」
全くもってその通りである。村が襲われた時だって、ボウガンを突き付けられ、口を塞がれただけで身動きできなくなったのだ。
グレイザーのしたり顔を想像して歯軋りする思いだったが、この状態ではそれを拝むこともできない。
「それに、どうやらお前は両手からしか炎を生産できないらしい。あのモイスティは遠隔からでも可能だったようだが……魔法使いの中にも格差があるのか?」
「っ……私はエーネと比べないの! お互い良い所がある! 例えば私は、ああああっっ!?」
(話途中を狙うとかやばすぎ……! でも、それも戦法か……)
確かに遠距離主体の戦いにおいて、もしエーネのような遠隔攻撃があれば大きなアドバンテージだっただろう。
しかしフレーにはそれができない。よって予め頂上を自分の炎で覆い尽くし、一斉に動かしてグレイザーを取り囲む算段だったが、今やただの飾りと化していた。
「この雨も、お前の魔法には向かい風か? 知らんだろうが、機械も水には弱い……だがこの街の武器は特に高性能な特注品。力尽きるのはお前が先だ!」
「な、舐められてる……!」
煽るような口調に、ふつふつと怒りが湧いてくる。しかし彼のことだ、我を失った相手ほど仕留めやすい敵はいないだろう。
せめてグレイザーのように、こちらも隙を作らせることができれば……
「…………隙……」
「……? どうした、投降する気になったか?」
「ううん。考えてただけ。何がグレイザーを……ここまで強くしたのかなって」
炎の壁を維持しつつ、フレーはゆっくり立ち上がる。集中力は限られており、話しながらでは歩くこともままならない。ギリギリの状態だ。
「はっ……俺の考えが、お前に理解できるはずもねェ。リアンのことなら、どうせあの人から聞いたんだろう? それ以上語ることはねェさ」
「ほんとにそうかな?」
出しうる限りの低い声で、フレーは問いかけた。
「グレイザーは結局……野心を抑えられないだけでしょ?」
「…………何?」
彼の声色が明らかに冷たいものになる。向こうとて、これが挑発だとわかっているはずだ。しかしその上で、無視できていない。
これは、いける。
「シュレッケンに挑んで街を守るだけじゃ、この先に進めない。自分たちが強くなることも大事。だからどっちも達成するために、敢えてランドマシーネに軍を送る……」
そこまで話し終えてから、フレーは小さく笑った。
「結局、それは自分が人の上に立ちたいだけじゃないの? すごい技術を手に入れて、誰も逆らえないくらい強くなるのが目標なんだよね」
「……あまり俺を怒らせないほうが良い」
「怒らないでよ。グレイザーが夢や目標は否定しないって言ってくれたみたいに、私も否定してるわけじゃない」
壁越しに、真っ直ぐグレイザーの方を向く。
「正直に言うと、私はその気持ち結構わかる。鉄の饗炎に参加して、大事な幼馴染を巻き込んで王都を目指してるくらいだから……」
フレーの言葉に偽りは無かった。グレイザーがただ黙っているだけなのが、こちらの言葉が響いている証拠である。
「でも、リアンさんの願いはそうじゃないよね?」
「────!」
一歩踏み出す。炎の壁が揺らいでも、グレイザーは攻撃を仕掛けてこなかった。
「最強の街……ゼノイさんから聞いたよ。あれって、本当にそんな意味なのかな」
「…………」
「強い軍。強い兵器。それはグレイザー自身の望み。きっとね、グレイザー……リアンさんはもっと────」
「黙れ」
フレーが炎であるのに対し、今の彼は氷そのものだった。こんなに凍えるような声を、人が出せるのだろうか。
けれどこの声こそが、フレーが待っていたものだ。
「わかるはずがねェ……たかが村娘のお前に。今は亡き、俺たちの友の願いなんざ。さしたる決意も無いお前に……!」
「わかるよ。だって、私の決意はここにある。ここに……ずっと、ずっと」
そっと胸を押さえて、フレーは目を閉じた。愛しい声が聞こえるような気がして、心が温かになる。
さて、もう十分だろう。
「まあ、時間稼ぎはこのくらいにしてさ」
「…………?」
「グレイザー。私の力ちょっと見くびってるでしょ」
グレイザーが顔を顰める気配がした。フレーは構わず続ける。
「攻撃は確かに、私の手のひらからしか出せない。でも逆に言うと、『手のひらから』なら、なんとでもなるの」
「…………ちっ、お前……!」
「気付くのが遅かったね……私の炎は、地面も伝うよ。もうこのタワーに逃げ場は無い!」
満を持し、フレーは炎の壁を解除する。下を警戒していたグレイザーは案の定反応が遅れた。
投擲も、銃器による射撃も間に合わない。今こそ下から突き上げる火柱が彼を────
「……………………なんてねっ、ラン・フレイム!!」
フレーは右手のひらを前方に突き出し、全神経を集中させる。下を向くグレイザーの中心を捉え、最速で炎の弾丸を放った。
「ッッ!?」
「外した……!」
すんでのところで炎を躱し、体を捻らせたグレイザーが、目を見開いて凄んだ。
「ハッタリか……! 小賢しい!!」
「そうだよ! そんな器用なことできるなら、最初からやってるっ!」
間髪入れず、神速のナイフがフレーの額を目掛けて飛んできた。けれど先ほどの不意打ちにより彼の行動が遅れている。
ナイフが届く頃にはもう、フレーは体の左側に向けた強い噴射によって、弾き飛ばされるように脇に逸れていた。
「馬鹿な……!」
柵に激突してしまう前に足をかけ、再び跳躍する。外に飛び出さぬよう低空を意識しながら、彼の視界から逃れるように高速で移動する。
「いや、構造上空は飛べねェ……射程範囲内だ!」
「残念ながらねっ……! でも、数回くらいなら跳べる!」
そう、フレーに飛行は不可能だ。一見容易そうだが、手からの噴射だけでバランスを取ることは難しいし、何より長時間の噴射は、力の残量に関わらず大きな負担となるようなのだ。
せいぜい柵を使っての跳躍が限界である。だが動きを読まれることがなく、銃器の照準も追いついていない今……それで十分だった。
「食らえ、グレイザー!! 私の渾身のっっ…………!」
「ッ……その距離からの攻撃など────!!」
再び彼の真正面に位置し、宙を舞いながら手のひらを向ける。何かの攻撃が来ると察した彼は、即座に回避態勢を取った。
しかし飛び道具だけが全てではない。最後に信じられるのは、そう────
「飛び蹴りーーーーーーーーーーッッッ!!!」
己の肉体だけである。
「なっ────!!??」
攻撃すると見せかけ、フレーは最後の噴射を行った。向きはグレイザーとは逆側……つまり、彼に突撃する形でのものだ。
散々遠距離主体であることを意識させた結果である。もしグレイザーが少しでも肉弾戦を想定していれば、あっさりと防がれただろう。
たった一度しか通じない、フレーの会心の一撃。
「ぐあ……ッ!!」
防御の遅れたグレイザーの身体に、フレーの全力の右足が叩き込まれる。突然の攻撃こうしてもなく、彼は呻き声を上げながら後方の柵へと吹き飛ばされた。
そうして華麗に着地したフレーは、
「いっっつううううう…………っっっ!!」
涙目になりながら足を押さえていた。
(お、折れて……ないよね? エーネってこういう怪我も治してくれるんだっけ……?)
ザンのように鍛えているわけではないヤワな肉体は、噴射を利用した高速の飛び蹴りに耐えられるようにできていない。実を言うと、グレイザーの吹き飛び方こそ派手だが、衝撃自体は到底致命傷にはならないものだ。
こうして互いに傷を負ったものの、どちらが先に動けるかは考えるまでもない。
今こそが好機だ。立ち上がったフレーは両腕を広げ、天高く叫んだ。彼への直接攻撃は間に合わなくとも────
「フレイム・ウェーーーーーブッッ!!!」
フレーに呼応し、ノーブルタワーの頂上を包み込んでいた炎の波が一斉に動き始めた。全ては使い手の意のままに、十数個あった銃器を次々と飲み込んでいき……
それらの全てを、再起不能になるまで焼き尽くした。
「げほっ……やってくれたな、ダイナ……!」
「ふ、ふふっ……これでやっと、一対一だね」
立ち上がり、服の汚れを払うグレイザーは、多少の傷はあれどピンピンしている。対するフレーは足の痛みが治まらず、涙声だった。
しかしこれで勝機が見えた。この街の守護者を打ち倒し、前へと進むためのチャンスが。
「お前はやはり、『魔法使い』なんだな」
グレイザーは顎を引き、徐に言った。
「とぼけているかと思えば、群衆の前で俺に刃向かい……ただの小娘かと思えば、常人では考えられねェ威圧感を醸し出す。おまけにこの俺に一撃入れるとは……油断ならねェ相手だ」
彼が長髪を揺らしたその時、フレーはまるで地鳴りのようなものを感じた。グレイザーから、あたかも闘気のようなものが生まれている。
フレーには見える……蒼色に輝く、彼の信念の塊が。
「本気ってわけか……」
「今ここでお前を下し、未来への糧としよう。友との別れを済ませておけ」
「必要ないよ」
フレーは両腕に力を込め、頂上の炎に更なる勢いを与えた。鍛え上げられた異能は、守護者の気迫をも退ける。
「仮にこの身を貫かれても、私は決して倒れない。最後に勝つのは、絶対に私だよ!!」




