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ド田舎の村娘ですが、成り上がるために国中の猛者たちを下しに行きます  作者: 今江彰人
第1章《侵略の守護者》

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2:少女フレーの決戦録

「愚かだな……本気で思っていたのか、こんな弱小な奴らだけで村を襲うと」


胸の奥が冷たくなり、首筋に嫌な汗が伝った。今後頭部に突きつけられているのは間違いなくボウガンの、それも爆薬の取り外された先端部分で────さらに犯人は、眼前の二人より明らかに格上の相手だとわかったからだ。


(嘘、でしょ……?)


今まで潜伏していたらしい。気取られぬようフレーの背後に回ったのは、襲撃者のリーダー格の男だった。炎を放つことすら許さぬ、荘厳で殺意のこもった物言いは、フレーを氷漬けにする。


「力を持ったガキは往々にして驕るもんだ。周囲を上回るが故に、誰にでも勝てると思い込む」


体を震わせながら、フレーはそれを悟られまいと拳に力を込めた。しかしボウガンだけでなく、彼の言葉もフレーを捉えて離さない。


「俺はなぁ、お前みたいな人間が許せないんだ……最初からある家でのうのうと生きて、おまけに魔力持ちだと? 今まで苦労無しに生きてきたんだろうなぁ!?」


違う、と言いたかった。今までの人生は、そんな風に楽なものではなかったと。

けれど言えなかった。生々しい鉄の感触がフレーの全てを制するのだ。先ほどあれだけの啖呵を切ったのに、今は動くことすら許されない自分が、信じられないほど情けなかった。


「お前にはここで死んでもらう。体を貫かれても死なないんだってな? 楽しみで仕方ねえよ」

「…………ラン・フレイ────んっ!?」


望み薄とわかってはいながら、一か八かで背後に手をかざしたものの、結局途中で口を塞がれた。息苦しさに集中を乱され、今度こそ恐怖で体が動かなくなる。身体能力の差も歴然だ。


もはや打つ手は残っていなかった。


(負ける……? 私が、こんな奴らに……)

「フレーちゃんっ! そんな……!!」


団員の嗚咽交じりの嘆きを聞きながら、フレーはそっと目を閉じた。敗因は明らかである。


独りだったからだ。敵を倒して慢心した自分の背中を守ってくれる……そんな誰かがいなかったから。

フレーも、本当は伝えたかったのだ。面と向かって頼むのが怖くて、まずは認められようなんて強引な考えの元で行動したが、やはり真っ先に言うべきだった。


ザンとエーネに、ただ一緒に来てほしいと。


(……ごめん、二人とも……)

「さあ、くたばれ!」


男が叫ぶと同時に、フレーの頬に涙が伝った。全てが無に帰す、まさにその瞬間。


「あーーーーーーーっっ!!」


聞き慣れた甲高い声が耳に届く。フレーは思わず目を見開いた。

エディネア・モイスティの大声は絶妙なトーンで、急に聞こえるといつも驚くのである。


「あ、あ、あれ! あれって、『ハンガーズ』!? こっちに向かってきてます!」

「なっ……!?」


ハンガーズ。その言葉に、男は明らかに慌てた声を出した。しかし動揺の大きさでは、フレーも負けてはおらず、それは自警団の面々も同じだったらしい。


「え……エーネちゃん!?」


幼馴染のエーネは、一部が焼けた屋根に仁王立ちしながら村の外を指差していた。先ほどの言葉は男の注意を逸らそうとしてくれたものだろう。問題は彼女の顔色である。

遠目でもわかるほど真っ青だ。足をピンと伸ばしているが、恐らくそこから動けないのだろう。


(ど、どうやって登ったの……!?)


何にせよ、彼女がくれたチャンスを無駄にするわけにはいかない。フレーは力の緩んだ男の腕から抜け出し、全力で走り出した。

エーネがああ言うのなら、向かうべき場所は────


「しまった! おいお前ら、撃つぞ!」

「え、で、でもあっちには……!」


殺気を感じて体勢を少し変えると、フレーの耳をボウガンの矢が掠めた。しかし部下たちが撃たないのを見る限り、やはり逃げる方向は正解だったようだ。


フレーの視線のずっと先には、泣く子も黙るかの大都市があるのだから。


「ハンガーズが来たら終わりです! に、逃げましょう!」

「ハッタリだ! ホメルンと『ビートグラウズ』が提携を結んだなんて、聞いちゃいねえ!」


振り返ると、部下の男が負傷した仲間を担ごうとしていた。リーダーは矢の装填中らしい。

そんな男たちのさらに背後に、「彼」の姿を見とめた時。フレーはついに心身ともに解放された。


「そうさ、ハッタリだ」

「っ!? まだ新手が……!」


白銀に光る刀を構えたザン・セイヴィアは、やぶれかぶれで放たれた矢を手早く真横に斬り払う。負傷した部下が自力で起き上がろうとしたが、突如として彼の足元に、大きな水溜まりが出現した。


「よ、よしっ……!」


再び転倒する男に視線だけ向けながら、高所恐怖症のエーネは浅い呼吸を繰り返している。


「来る場所を間違えたな?」


ザンは鋭い声で告げた。たゆまぬ鍛錬で磨かれた彼の太刀筋は、あまりにも美麗だった。


「こっちの隠し球の方が、上手だったってわけだ!」


ザンが言い終えるのと、肩を叩き斬られたリーダーの男が倒れ伏すのは同時だった。団員たちの歓声が上がる。いよいよ泡を吹きそうな彼の部下に、ザンは険しい表情で凄んだ。


「そいつらを連れてさっさと出て行け! そして二度と戻ってくるな!」


大の男二人を運ぶのは酷だろう。それでも部下の男はフレーに見向きもせず、二人を引きずるようにしながら村の出口の方へ逃げていった。

きっともう、ここに来ることはないだろう。


「フレー、無事で何よりだ」


自警団の面々に祝福されながらフレーが元の場所に戻ると、刀を鞘に戻したザンがそう言った。

命拾いしたにも関わらず、動悸と気まずさで喋りにくい。結局最初に出てきた台詞はこうだ。


「あの人……殺したの?」

「峰打ちだ。けど、これが人に攻撃する感覚か……慣れそうにもない」


それきり、場を沈黙が支配する。フレーが次の言葉を探していた時だった。


「ザンっ!!」


青白い顔をし、へっぴり腰のエーネが家の影から飛び出してきた。何とかあの屋根から降りられたらしい。フレーが口を開く前に、彼女はザンに掴みかからんばかりの勢いで詰め寄った。


「危なっ……お、おい、刀収めるまで寄るな!」

「何故です! わ、私が囮役って……絶対逆だったでしょ!? 見てください、あの高さ! 肩車されるだけでも怖かったのに……!」


号泣寸前のエーネに、ザンは珍しく狼狽していた。


「す、すまん……でもお前じゃ背後から一撃で倒せないだし、適材適所だろ……?」

「そ、そんなことなっ……いや、でも、確かに……で、でも!」


まるで緊張感の無い光景。自分がこの会話に加わっていないことを除けば、これぞ日常だ。

死にかけた余韻で冷えていた体が、徐々に熱を取り戻していくのを感じた。


「え、エーネ……大丈夫?」

「うぅ……大丈夫じゃないです! まだ足が震えてるし……!」

「悪かったって、今度何か奢ってやるから……! すまんフレー、それで?」


エーネが落ち着くのを待ってから、フレーは両手を腹の前で組み、厳かに礼を言った。


「ありがとうね……二人がいなかったら、死んでたよ」

「……そうだな。間違いない」

「間に合ってほんっっとに良かったです……!」


ザンとエーネの返事を境に、再び沈黙が流れる。たびたび生まれる気まずい空気に耐えきれなくなって、フレーは思わず口にした。


「……言いたければ、言ってもいいよ。遠慮せずに」


二人は目を瞬かせたが、口は開かない。どうやら自分から話すしかなさそうだった。


「私に外に出るなんて、無理だって思ったでしょ? あいつの言う通り……私、馬鹿だった。力があるから調子に乗って、結果ああなった。こんな調子じゃ旅なんて……」


二人は神妙な面持ちだった。かける言葉に迷っているような雰囲気を感じる。

フレーは強く拳を握る。思わず熱くなった目頭を拭って、一際大きな声を張った。


「でも私……それでも行くよ。王都に」


ザンが顎を引いた。エーネは目を瞑り、スカートの裾を掴んでいる。


「村が襲われて実感した。こういう時いつも受け身なんだって。外に出ないと、私は変われないよ。目的を達成して初めて……私は強さを証明できるの。そうしなきゃいけないんだよ」

「……奴らなんて目じゃない、どんな強敵がいたとしてもか」

「うん、さっき言いそびれちゃったけど、ほんとはさ……い、一緒に来てほしいんだ。二人に」


伝えたかった本心を、真心を込めて話す。二人が何も言わなかったことで、フレーはかえって気持ちがスッキリしたような気がした。


「でもやっぱり無理強いはできないし、したくない。二人には二人の人生があるから」


目を拭っても涙声までは抑えられない。自警団もいつしか三人の会話に耳を傾けていた。


「エーネ」


フレーはまず、昔から変わらず泣き虫な少女に呼びかける。


「エーネが村に来てから楽しいことばっかで、最高だった。怖がりなのはずっと変わらないね」

「ふ、フレー……」

「それと、ザン」


フレーは義理の兄に向き直った。不思議と彼に対しては、滑らかに言葉が出てこない。


「えっと……最後に、もう一回くらいこう呼ぶべきかな? お義兄ちゃん、って……な、なーんて、似合わないよねっ! 冗談だよ、えへへ……」


何だか恥ずかしいことを口走った気がする。慌てて取り繕い、フレーは二人に背を向けた。


「……フレーちゃん、本当に出ていくのかい?」

「うん……出発は明け方にする」


団員の問いに穏やかに応える。幼馴染たちは無言のままだ。もう、ここに留まる理由も無い。


「二人とも。どうか、楽しみにしててね」


(この先きっと訪れる……偉大なる世を)


少女は歩き出した。その影は、今は存在しない英雄を思わせる。

少なくとも、ザン・セイヴィアにはそう映った。


「あいつ、負けやがった」


ザンは、その重苦しい事実をゆっくりと咀嚼する。エーネは既に涙を流していた。


「あのフレイング・ダイナが、ゴロツキに。まだまだだ、あいつ。油断しやがって……!」

「……ザン」

「何が王都だ。何が、『偉大な存在』だ……そんな風で何か成せるわけが────」

「ザンっ!!」


エディネア・モイスティが掠れ声を上げる。気弱な少女の瞳は、それでも切実だった。


「フレーは言ったんです。私たちに付いてきてほしいって。でも、自分一人で行くって。きっとすごい勇気を出して……もう決めたみたい。ザンの本心は? 今、どう思ってるの?」

「……お前は良いのか、エーネ」

「は、はっきり言って、嫌です。怖いし……フレーのことも心配だし。でもッ……!」


それでもかつて、フレーたちと共に生きると誓ったのだから。エーネはか細い声でそう言った。


────ザン、君にしかできない。どうかフレーを……僕たちの大切な女の子を、頼んだよ。


「俺は……」


今朝、エーネと二人で彼女を拒絶した。その後フレーは無様な敗北を喫した。本来なら、諦めるに足る理由のはずなのに。それでも彼女は決断してしまった。


もう、変えられないというのなら。

このまま黙って送り出すくらいなら。


この剣で、報いることができるのなら。


「フレー!!」


ザンは声を張り上げる。既に遠くにいた少女はしかし、村全体を震わせるような大声に歩みを止めた。


「え、えっ?」

「お前がこれをチャンスと捉えるなら……そうだな、俺も内なる声に従うことにした」


ザンは徐にそう言い、一歩踏み出す。それだけで、フレーとの距離が随分縮まって思えた。


「俺も行く、王都へ。お前の夢を果たす手伝いをする」

「…………!!」

「こっちも果たすべき使命があるんだ。そしてやはり……俺はお前と共にいたい」

「ふ、フレー、私もですっ!」


次いで、エーネが声を張り上げた。二人が意味するところをようやく理解し、フレイング・ダイナは思わず口元に手を当てる。


「私は二人みたいに強くはなれなかったけど……せめて、この魔法で助けたい。大事な時に、ずっと隣にいたいから。それがきっと、『恩返し』になるから!!」


三人が思い浮かべる記憶は一つだ。だから、と一泊置いて、幼馴染たちは同時に手を差し出す。


「一緒に行こう、フレー」


胸が詰まり、フレーはしばらくものも言えない。気恥ずかしさと嬉しさで顔が段々熱くなった。


「……ふ、二人とも。ほ、ほんとにありが────」

「いや、礼なら良いんだ。それよりずっと価値のある提携があるからな」


感謝を口にしようとした瞬間、ザンがそれを遮る。見たことのないニヤケ顔を披露され、フレーはきょとんとして目を瞬いた。


「また呼んでくれるんだってな? 『お義兄ちゃん』って」

「…………え」

「フレー、私も嬉しいですっ! 昔お泊まりの時、夜一人でトイレに行けなくて私に泣きついてきたことも、全部覚えててくれるんですよね? 一番恐れ知らずなのに、お化けだけは苦手で」


全身が熱を帯びる。今度は嫌な感覚だ。こんなに自分の発言を後悔したことはない。


「これからも私が付いてってあげます。何なら、ザンでも良いんじゃない?」

「そうだな、何たって俺は、お前のお義兄ちゃ────」

「ううっ、うううるさいよっ! エーネだって超ビビりの癖に……そ、それにザンこそっ……へ、変な顔しちゃってバカみたい!!」

「変な顔はしてない!」


見たことのないニヤケ顔を披露してきたザンに、精一杯反論する。

結局最後まで締まらなかった。茹でられたように赤くなりながらも、いつもと変わらぬ光景に安心しきっている自分もいる。


この日、フレイング・ダイナとその二人の仲間は、世界を変える旅に出た。

幸福と苦難の入り混じった、少女だけの決戦録。全てが終わったのち、彼女をよく知るホメルンの人間たちは、その旅の結末を涙交じりに語ったという。



そう、あれはまるで────

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