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ド田舎の村娘ですが、成り上がるために国中の猛者たちを下しに行きます  作者: 今江彰人
第1章《侵略の守護者》

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19:少年少女の大一番

(やばいっ……!)

「逃すなっ! モイスティを捕えろ!」

(やばい、やばい、ほんっとにやばいっっ……!!)


昼間の喧騒から逃れ、全ての世代が憩いのひと時を過ごすビートグラウズの夜。和やかなはずのその時間に、エディネア・モイスティは……


「食らえ!」

「ひゃああああああっっ!?」


絶望の逃避行を繰り広げていた。


「くっ……外したか」

「あ、あぶっ、な……ほ、他の人に当たったらどうするんですかっ!」

「黙れ! 俺たち以外外にいる奴なんざいねえ! てめえが早く捕まれば済む話なんだ!」

「そっ……それは、そうだけどっ!」


転びかけながら曲がり角を走り、また地獄の直線だ。最初は水流に乗っていたものの、すぐに魔力が枯渇することを心配し、極力足で逃げるようにしている。

そのせいでほとんど追い付かれているのだが……


「なんて逃げ足だ……! にしても、魔法使いってのはみんなこんなもんなのか? 脅威自体は一切感じられん」

「しっ、きっとコイツがアホなだけよ。私たちに水流を向ければ良いのに、自分が逃げるためにしか使わないし」

(き、聞こえてるし……! 私の配慮をそんな風にっ!)


あれほど悩んで決断したことだが、屈辱的な言われように後悔の念が沸き上がる。しかしここで否定しても意味がないし、余分な体力を使うことになるだけだ。

第一、もう走りすぎて口内は血の味がして、横腹もキリキリと痛むのだ。自分の運動不足をこんなに恨んだことはない。


(そういえば、前ザンにもっと運動しろって言われて……ザンと比べられてもってあの時は言い返したけど……)


エーネの脳裏に一抹の不安がよぎる。あの時の彼はどこを見ていた? 意識が朦朧としてきて思い出せない。フレーは何か言っていただろうか。幼い頃と比べ、最近は体の成長を実感しやすくなったが、まさか……


「ち、違う……! 私は太ってないっ! 世間一般だと標準かそれ以下ですっ!!」

「何だ、いきなり叫び出したぞ!?」

「疲労で気が触れたわね! もうすぐ力尽きるはずよ!」


講演場の時と同じことを叫びながら、エーネは命懸けで走り続ける。

しかし次の瞬間、急ブレーキを踏まざるをえない事態が起きた。


「あああっ!?」

「へっ、ここまでだな。先回りしておいて正解だった」


やはり大通りの直線は走るべきではなかった。中心で立ち尽くすエーネの前方からも、ハンガーズの大群が向かってきていたのだ。背後の追手にも追い付かれ、完全に挟み撃ちの状態になった。


「ううう……!」

「水の魔法使い、エディネア・モイスティ。これにて確保だ。どうする、抵抗するならここで殺しても構わんが」

「……ぐすっ。今更全員押し流す力も無いし……降参します。あと私は一応、治癒魔法使いです……」

「そうかよ、へへ……」


ハンガーズがエーネに近づいてくる。囚われた自分がどんな目に遭うかを想像すると、不安で涙ぐんでしまった。


「て、抵抗はしないから、痛いことはやめてください」

「そいつぁお前の態度次第だ。場合によっちゃ、明日以降の遠征にも協力してもらうぜ? 水分確保にうってつけだ」

「あと……ぐすっ、ご飯は野菜類多めでお願いします。運動不足なので、一日二時間は外に出してください。それから……っ、あんまり大きな声じゃ言えないんですけど、寝る時の抱き枕があって……この街の宿に置いてるので、取りに行かせて欲しいです。あ、あと! お風呂とまではいかなくとも、せめて毎日体を拭かせて────」

「……魔法使いってのは、命知らずばっかなのか?」


呆れ果てるハンガーズをよそに、エーネは今にも号泣したい思いだった。

こんなことなら、迷惑も度外視してゼノイのところに逃げておくべきだった。それ以前に、大人しく作戦通りにしていれば。そうすれば、これから二人に危険が及ぶこともなかったと言うのに。


フレーたちは今どうしているだろう。グレイザーは到底一筋縄で行く相手ではない。彼に加え、ハンガーズが参戦すればもうおしまいだ。


無力感に苛まれながら、すがる思いでノーブルタワーに視線を向けると……


「…………え?」

「ん? どうしたのよ」

「え、い、いや、あれって……」


震え声で指を差すと、ハンガーズもタワーに顔を向ける。

エーネの瞳には、その燃え盛る頂が映っていた。まるでこの世界のシンボルであるかのように、雨すらも退け煌々と輝く姿は、ほんの一瞬全員の心を奪った。


「グレイザー、頂上で……!」

「何だと……!? まさか奴ら、もう……!」

(フレー、ザン……そこまで漕ぎ着けたんだ!)


あそこで友達が……大切な幼馴染が戦っている。そう思うと、ふつふつと勇気が湧いてきた。座り込んでいたことで息も整ったし、何より今、自分への注意は散漫だ。


「……すみません、退いてっ!」

「うぷっ……しまった!?」


エーネは素早く小規模な水塊を生み出し、周囲のハンガーズにぶつけた。彼らが身を引いた隙に、細い路地へ駆け込む。


「くそ、追えっ! ここで拘束しろ!」

「はあっ、はあっ……! 走って、エディネア・モイスティ……!!」


正直に言って、大人しく捕まっておくのも無難な選択肢だった。グレイザーが失墜すればエーネは解放されるし、その一点に賭けるのがこの作戦の根幹だ。

しかしそうせず逃げ回る理由はただ一つ。エーネには最後まで、二人の助けになる使命があるからだ。自分が囚われれば、矛先は彼女たちに向けられるのである。


(もう体力も限界……魔力も尽きかけてる。だったら、一人で長く足止めできる場所に行くしか……)


その時、エーネの脳裏に閃光が走った。

そう、何も逃げ回る必要などないのだ。自分の目的は単なる「足止め」。であれば、その能力と信条を鑑みて、目指すべき場所は一つではないか。


「……!? こいつ、タワーの方に……!」

「か、階段……! あの狭い通路の階段でっ、上から水を流せば……!」


最適解はスタート地点にあった。ハンガーズが一度外に出た今、いち早くタワーの上階へ続く階段に辿り着き、上から水流を放てば誰も登ってはこられまい。狭い場所ならあまり怪我をされる危険も無いし、座ったままで良いので体力回復も容易だ。


(よし、これだっ!)

「行かせるか! タワー周辺の待機部隊に次ぐ! モイスティがそちらへ向かった、迎撃準備を!」

「えええええええッッ!?」


危うく目の前が真っ暗になりかけたが、今更止まれはしない。

汗だくになりながら走り抜け、ようやくタワーの入口に戻ってきたまさにその瞬間。


「いたぞ! 今度こそ────なっ!?」

「ひっ…………!!??」


エーネとハンガーズとの間に、巨大な瓦礫が落下してきた。慌てて耳を塞いでいなければどうにかなってしまいそうな轟音を鳴らし、瞬く間に地面が陥没する。


神の助けか、または偶然か。大地を震撼させた衝撃から、エーネはいち早く立ち直ることができた。誰よりも先にタワーに侵入し、震える足を必死に前へと動かす。


「くっ……! 気を取られるな! 皆で追い詰めろ!」

「あああっ、もう! ほ、本当にしつこいですっ!」


きっと今後の人生で、今日ほど追われる日は来ないだろう。エディネア・モイスティはこれ以上ないほどに確信していた。


─────────────────────────


「…………」

「はあ、はあっ……気掛かりですか? 頂上の炎と銃器の音が」


息切れしつつも揺さぶりをかけてくるエルドを、ザンは静かに睨め付ける。


「無駄口か? 自分の身を案じたらどうだ」

「ご忠告ありがとうございます。しかし私がどうなろうと、関係ありませんよ」


汗の浮いた額を拭い、彼は不敵に笑った。


「天井は開かれた。それと同時に最上階への道は封鎖され、グレイザーが操作を行うまでは誰一人として辿り着けなくなります。よって後は、あの炎が消え失せるのを待つだけです」

「……ならせめて、先にあいつの憂いを断つとしよう!」


前傾、そして飛び込み。エルドの投擲よりも素早く、ザンは彼の懐に潜り込む。

三人の中で唯一特殊な力を持たぬ身でありながら、最強の身体能力を誇るザン・セイヴィア。その強さの要は、誰にも引けを取らない速さにあった。


抜かれてはならない、守るために。敵よりも速く……空を切る刃すらも、追い越す速さを。


「……惜しいですね。もしあなたをスカウトできれば、すぐさまハンガーズの主戦力になるというのに」

「そんなものは願い下げだ。フレーを守ると決めたあの日から、俺の剣はあいつと共にある!」


エルドが跳躍し、ザンの額を目掛け複数の円盤を投げる。刹那の見切りでその数を理解し、全てを刀で弾き返した。

次の瞬間、ザンは思い切り地面を蹴る。刀の峰をエルドに向け、目にも止まらぬ速度で喉元へ迫った。


「愚かな……! 空中戦は私の領域です!」


エルドが円盤で直接斬りかかってきたが、ザンはすんでのところでそれを躱した。

満を持して刀を構え、全体重をかけて振り下ろす。


「浅はかだな。俺が勝算も無しに……ッ」


フレーたちが死闘を繰り広げているその真下で。二人は互いの得物を押し付け合い、火花を散らせ……


「勝負を挑むわけ、ないだろっっ!!」


刀が円盤ごとその体勢を砕き、エルドを遠方の床へと叩き落とす。階全体が揺れるほどの振動に、確かな手ごたえを感じた。

彼と反対側の壁際に着地し、ザンは威圧するように問いかける。


「どうする? 実力差は明らか、まだ俺に食い下がるか?」

「ぐっ……う……」


エルドは悲痛な呻き声を上げながらも、よろよろと立ち上がる。整っていた髪は乱れ、清潔感のあった衣服は今や数々の傷でボロボロだ。


「ごほっ……は、はは……まさか、これほどとは。魔法使いじゃないあなたなら、倒せると……思ったんですがね……」

「エーネは治癒魔法が使える。武器を捨て、ハンガーズへの命令を撤回しろ。そうすれば、すぐに傷を癒してもらえるぞ」

「これほどの有利状況でも、一切の油断も無しですか……いよいよもって、勝てる気がしませんね」


エルドは髪を掻き上げ、服の裾を整える。それから小さく笑みを浮かべ、堂々と言った。


「ですが、それこそお断りです」

「…………!!」

「私は倒れるわけにはいかない。ここを通せば、あなたは何らかの形で彼女を援助しかねない。差し違えてでも、グレイザーの邪魔はさせません」


ザンは無言で刀を構え直す。

エルドの一挙一動は既に見切った。もはやどんな手を使われようと────


「ところで。この建物を誰が管理しているか、ご存知ですか?」

「? 何の話だ」

「答えは無論、この私です。ここに至るまでの罠や、頂上に備え付けてある武器はグレイザーの管轄ですが……その他の仕掛けの多くは私が担っているのですよ」


不穏な気配を感じ、ザンは顎を引いた。エルドは何かを企んでいる。決して目を逸らしてはいけない。


そう……まさにその考えこそが、彼の狙い通りだったのだ。


「最初に言った通り、私は不公平が嫌いです。ですので、忠告はしましたよ?」

「……まさか……っ!」

「手遅れです!」


エルドが素早く懐から取り出したのは、円盤ではなく小型の装置だった。

全てを察したザンは、最大限の瞬発力で前方へ飛び込んだが、あと一歩遅かった。


後方で爆音が鳴ると同時に、壁が崩落する音が聞こえた。その頃にはもう、ザンの体は勢い良く吹き飛ばされ、受け身すら取れずに地面に打ち付けられていた。


「ぐっ……!?」


たまらず呻き声を上げながら、ままならぬ視界で自分が立っていた方角を見やる。

そこにあったはずの黒い壁はごっそり取り除かれ、雨雲に包まれた空が大きく映り込んでいた。


「形勢逆転、ですね」


エルドの攻撃を本能で察知し、ザンは転がって投擲を避けた。たったそれだけで全身が痛み、自身の重傷を思い知らされる。


「はっ……まさか、爆発物とは……考えたな……」

「……あまり使いたくない手でしたが。刀を手放さないとは予想外です」


どうやら壁中に爆弾が仕掛けられているようだ。力の象徴たるタワーを傷つけてでも、勝ちを譲りたくないらしい。


やっとのことで立ち上がり、ザンは刀を地面に突き刺して体を支えた。互いにもう満身創痍だ。何かができる状態ではない。


次の一撃で決まる。両者ともにそう感じていた。


「宣言しよう、エルド」


震える足腰を鼓舞し、凄む。


「次の攻撃で……お前は終わりだ」

「良いでしょう。では私も、その言葉をお返しします」


エルドは一際大きな円盤を取り出し、胸の前で構えた。一目見ただけで、その切れ味がそれまでの物とは別格であることがわかる。


(こういう日が来ることを、覚悟はしてた。思ったより早かったけどな)


ザンは息をついて、顔の横に刀を持ってくる。

今度は峰打ちの姿勢ではない。人を殺せる武器を携え、これより彼に斬り掛かるのだ。


「峰打ちは無し……であれば、どちらかが命を落とすやもしれませんね」

「…………」

「ですが、これも宿命でしょう」


今にも差し違うその時。エルドはまるで少年のような笑みを作り、柔らかな声で言った。


「ザン・セイヴィア。君に出会えたことは貴重な体験だった。その信念の強さ、敬服するよ」

「……こちらこそだ、エルディード・レオンズ。もし機会があったら……そうだな。お互いのどうしようもない友達の話でもしよう」


互いの持てる、全てを賭けた一撃。


夜の群都市に、一閃……男たちは雌雄を決する。

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