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DEAR MY MIND 〜少女フレーの決戦録〜  作者: 今江彰人
第1章《侵略の守護者》
19/82

19:共に最強の街を

「私が彼を拾い上げたのは、十年前のことだった……」


あの日、ゼノイの口から語られたグレイザーの過去。それは到底忘れることのできない、濃い半生の物語だった。


辺境の村に生まれた少年。彼は幼い頃から、あらゆる分野で才覚を発揮していた。同じく一目置かれていた一歳下の親友エルドと共に、将来村を導く存在なることを、誰もが信じていた。

グレイザー自身もその気だった。それはちょうど、テンメイ王への代替わりが行われた時期。十二、三歳で既に長の風格を備えていたというのは以前エルドが語った話だという。


そう、全てが順調だったそうだ。村が突然、野盗に焼き払われるまでは。


「……あまりに急なことだったよ」


地方に基地を置かない王国軍は、当然救援には訪れなかった。代わりに出動したのは、当時既に名を馳せつつあったビートグラウズの小規模な軍だ。

しかし辿り着くころには、ほとんどが手遅れであった。グレイザーが導くはずだった村はものの一瞬で壊滅し、住民の半数以上がその日のうちに死亡した。救い出された彼らは、せめてもの後処理を買って出たこの街にて保護されることとなった。


────今日からここを君たちの家だと思うが良い。私はゼノイ……この街の市長だ。ようこそ、ビートグラウズへ。


新たなる門出。為政者の卵となったグレイザーは、それは目覚ましい成果を見せたという。

故郷の滅亡を悼むよりも、復讐の念に囚われるよりも、自分にはやるべきことがあると勉学に励む毎日。その才はやがてゼノイをも凌ぎ、エルドと共に政務を手伝うようになる頃には、ほとんどの市民に認知されるようになっていた。


「そんな折だった。彼に恐らく、人生で最後の友人ができたのは」


彼女の名はリアン……街中のとあるパン屋の看板娘だ。グレイザーとは同い年で、出会いは二人が十五の時だったそうだ。

時の人となりつつあったグレイザーのことを、何と彼女は知らなかったのだという。


「なまじプライドが高い彼は、それが気に食わなかったようでね。気晴らしに彼女の店に訪れた際に、『疲れてますね、士官学校帰りですか?』なんて聞かれたものだから、すぐさま問いただしたそうなんだ」


なんともグレイザーらしい話だとフレーたち全員が思った。


────お前にはこの街で生きる自覚が足りねェ! 俺のことばかりか、市長のファーストネームも知らねェとはどういう了見だ!

────な、何ですか! あんただって、パンの絶妙な焼き加減とか知らないでしょ!? この二つのパンの違いわかります? 生きてる世界が違うのよっ!

────あー、今日もですよ、ゼノイさん。どうします?

────全く……頼みたいことがあったんだが、またパン屋で政治を説いているのか。エルド、悪いが仲介してきてくれないか?

────……いえ、面白いので、このままにさせてください。


忙しく前進するしかなかった生活の中。それはグレイザーにとって、エルド以外に初めて出来た気の置けない話し相手だった。

そうでなければ、わざわざ文句を言いに足繁くパン屋に通いはしない。


────ん? おいリアン、何だこのパン。 

────新作です。いや、その……政務にしか脳がないあんたに、うちの新メニューの味を思い知らせてやろうと思ったのよ。

────ハッ……それで開店前から待ってたっけわけか。ご苦労なこった。

────あんただってわざわざこんな時間に来てるでしょ。しつこい男は嫌われるわよ。

────言ってくれるじゃねェか。だが……良さそうな出来だな。二つとも頂いていこう。

────あっ、違いますから! 片方はエルドの分だから! 全く……あんたも少しは彼みたいにおおらかさを……


知り合って一年も経つ頃には、二人の関係には明確な変化が訪れていた。

喧嘩相手から友人へ。友人から、無二の親友へ。


────こんな夜更けに急に呼び出したかと思えば、星見だと?

────ふっふっふ……毎日お疲れのあんたたちに、優しいあたしが癒しを教えてあげようと思ってね。

────あのー、リアンさん? 僕、明日も早くから仕事が……

────あー、もう! 今日はビートで星が一番綺麗に見える日なんです! 文句言わずに付き合って!

────お前が行きたいだけじゃねェか。あと略すな。


「グレイザーはあんな態度だったがね。私は本当に嬉しかったんだ」


やがてリアンの方も、グレイザーたちの政務室に差し入れに来るようになった。どこか殺伐としていた空気が一気に華やぎ、彼らは人生で最も幸福な時間を過ごした。


────前々から思ってたんだが、お前のその奇妙な喋り方は何だ? 上からなのか下からなのかよくわからん。

────奇妙って……ああ、確かに変わってるかも。自分でもよくわかりません。昔からパン屋の手伝いはしてたけど、お客さんに愛想よくする一方、裏ではうちのダメ親父にかなりきつい物言いしてて。いつの間にか敬語とタメ語が混ぜ混ぜに……

────おかしな話だな。だがリアン……親は大切にしろよ。

────ふふ……グレイザーも、皆と仲良く政治するのよ?


他愛の無い話から、


────リアン。お前、夢はあるのか?

────急ですね。あんたはどうなの?

────俺にはある。ガキの頃から変わらねェ。強く、安定した最強の街を作る。俺の手でな。

────やっぱり……ああ、でもそれには、もっと政治に取っ付きやすい感じにしないと、全員は理解してくれないかも?

────以前のお前のようにな。

────むっ……これでもちょっとは勉強しました! あ、じゃあ、もっと格好良い感じにするのはどう? 講演の時にパフォーマンスとかつけて、豪快に! こう、バーンって感じで!

────ハッ……何だそりゃあ、やるわけねェだろ。だが構想はあってな。技術さえあれば、権力の象徴として、お前の好きな星が近くに見えるほどのでかいタワーを………


将来についての会話まで。


────あたしもあるわよ、夢。このパン屋を広げて、王国中の人に私の作ったパンを食べてもらうの。ありきたり……って思うかもしれないけど。

────ありきたり、か。上等じゃねェか。それにはやはり、宣伝効果を狙える街づくりは欠かせない。俺たちの夢は繋がってるってわけだ。

────中々良いこと言いますね。じゃあこれからも、協力し合っていかないと!

────そうだな……ったく、まさかお前とこんな関係になるとは。

────頑張ろ、グレイザー! いつか三人で、最強の街を作るんです! あなたと、エルドと、あたし! 楽しみね!


それはまるで、水が下流に流れるかの如く。そうなって当然だと言わんばかりに。

グレイザーの人生に再び暗雲が立ち込める。ちょうど、王都で新たに就任したこの国の軍務長官が、街の視察に来る頃だった。


「リアンが病にかかった。それは今でも治すのが難しい、驚異的な大病だった」

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