18:最高の作戦
「え、ドレス着れないの……!?」
雨の香りの漂う拠点にて。驚愕するフレーに向け、ゼノイは呆れたように肩をすくめた。
「君たちの任を考えなさい。そんな動きづらい格好では、肝心な時に後れを取ることとなろう」
「そ、それは……そうですけど」
「誰もが正装をしてくるわけではない。それに、綺麗な姿で行けばそれこそ目立つ」
正直言って、かなり残念である。「パーティに潜入する」などという心躍る響きだから、てっきりそれらしい恰好をしていくのだと思っていた。というかもはや、楽しみがそれくらいしか無い。エーネなどもう、不安で不安で仕方ないといった様子なのだ。
「君たちは指名手配されているし……ただでさえ、可愛らしい見た目だからね。ここは君たちの普段着の中で、最もパーティに合っていそうなものを着ていくのに留めてほしい」
「か、可愛い……って……!」
「あ、ありがとうございます……」
「チョロすぎだろお前ら」
そんなこんなで。三日間の潜伏期間を経て、今日はついに守護者打倒の作戦が決行される日だ。
ゼノイ曰く、彼は大きな行事の前後に必ずパーティを催すそうだ。今回の場合、開戦前夜となるのは明らかだった。主役はハンガーズなので、守護者の護衛は逆に手薄になるだろう。
どこで催されるかは考えるまでもない。あれほど大勢を収容できるのは、ノーブルタワー以外にありえないだろう。
作戦はシンプルかつ困難だった。フレーとザンはハンガーズの一員としてパーティに潜入し、隙を見てグレイザーに会心の一撃を与え拘束する。そしてエーネは……
「モイスティ嬢の役目は、その作戦の援助だ。二人が問題無く目的を遂げるため、ハンガーズ全員の足止めをしてもらう」
「ええええええっっ!?」
絶叫に近い悲鳴を上げ、エーネは慌てて自分の口を塞ぐ。一応ここは防音の設計らしい。風呂が無く体を拭くことしかできなかったのは辛かったが、しっかりとかけるべき所にお金を使っているようだ。
「む、無理無理! 無理です! 私って捨て駒!? そりゃあ最近は水魔法ばっかりですけど、私にも、治療師になるっていう夢が……!」
「落ち着きなさい、そうではないよ。君は意外と早く喋れるのだね」
エーネの水流で室内をかき回すことで、襲い来るハンガーズから時間を稼ぐのだという……たとえ彼女が、またも人を傷つけることを望んでいなかったとしても。もはやこれしか方法がないのだ。
成功するや否や、ゼノイが政権の崩壊を機器を使用して街中に伝えるのだそうだ。その後、シュレッケンの異変は、彼が単身で乗り込んで解決を図るらしい。危険すぎる決断をフレーたちは止めたが、政権を奪い取る以上、責任は取らねばならないと彼は告げた。
それ以前から、フレーとザンは口々に彼に詰め寄っていた。エーネの気持ちも考えてほしい。そもそもグレイザーに対する不意打ちなど、成功する確率だって著しく低い……けれどゼノイは聞かなかった。これが「最高」の作戦なのだと切ない表情で語る彼に、どれだけ手段が限られているかを思い知らされた。
「とはいえ、やはり何も変装をせずに行くわけにはいかないからね」
出立間近に彼が取り出したのは、色とりどりのウィッグだった。ああは言いつつ、予め用意していたらしい。ゼノイが退出し、ウィッグを渡された三人が室内に残される。
数分後、着替えも済ませて居間に集まったフレーたちは、お互いの姿を見て感嘆の声を上げた。ファッションなど限られていた村出身だけれど、各々ができる限りのコーデを決めてきている。
「何か慣れないな、これ……」
まず、ザンはやはりスタイリッシュだ。黒を基調とした装いは、さっぱりとした彼の雰囲気にとても良く合っている。頭に被せた茶髪のウィッグも、変わらず凛々しい印象ながら、しっかりイメチェンとしての効果を発揮してくれていた。
「どう、ですか? この髪とか……」
エーネはやや自信無さげだが、態度に反し、ふんわりとした統一感のある装いである。ザンが黒なのに対しこちらは全体的に白色だ。意外にもウィッグは短髪で、髪色はそのままで中性的な出で立ちになっている。これはこれでありだ。
「……ねえ、私やっぱ、村娘感抜けてないよね?」
暖色系の衣服に身を纏い、黒髪のウィッグを被ったフレーは、くるりとその場で身を翻す。安定の上着に、動きやすさ重視のスカート。センスがいまいちな自分なりに考えたコーデである。
とはいえやはり、ビートグラウズの住人と比べると田舎っぽいというか……
「そんなことない、ちゃんと可愛いです」
「えへへ……ありがとうね。エーネもだよ」
「それとフレー、その髪良いですね。何か黒もしっくりくる」
「……わかる。結構わかるぞ、エーネ」
「ざ、ザン、何急に。私は、ザンは元の髪の方が好きかな。でも服はマジでカッコいい!」
「何だろうな、褒められてるのかよくわからん」
いつもの何気ない会話。それに癒されている間も、時間は止まってはくれない。
会場は予想通りノーブルタワーだった。今宵の天気は雨。外から水音が聞こえてきている。
ゼノイとその仲間たちに見守られ、最終準備を終えたフレーたちは覚悟を決めて玄関に立った。
「ついにこの時が来たようだ」
感慨深そうに言ったゼノイは、三人を順々に眺め、祈るように言った。
「自分の身の安全を最優先にしなさい。武運を」
「はい……!」
外に出ると、そこは路地裏と言えど賑わうビートグラウズの一部。自分たちが命を狙われているということ以外、ついこの間と何も変わらない……活気と生命力に満ち溢れた場所だった。
群都市を彩る決戦に際し、フレーはとある青年の物語を思い出す……