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DEAR MY MIND 〜少女フレーの決戦録〜  作者: 今江彰人
第1章《侵略の守護者》
17/82

17:パンを持ってこよう

「お疲れ様です。何やら大変だったようですね」

「……ああ」


これほどまでに腹が立ったのはいつぶりだろうか。舌打ちをしながら椅子に腰掛けると、エルドが気を利かせて茶を置いてくれた。


「いつもすまねェな」

「いえ。これくらい、あなたの頑張りに比べれば」

「……今は二人きりだ。あの馬鹿どもが乱入してくる事も無いだろう……堅苦しいのは無しにするぞ」


エルドはほとんど表情を変えず、しばらくぼうっと立っていた。やがて笑顔になり、手に持っていた台を机に置く。


「君がそう言うのなら」

「おい、何だ今の間は」

「いや、仕事モードとプライベートを切り替えるのには、準備がいるからね」


爽やかな声で言って、エルドは対面に腰掛けた。ここ最近、心が休まったためしが無い。彼と話している時だけかろうじて政務のことを忘れられる。

しかし今日は、そうもいかないようだった。


「グレイザー、考え直す気は無いか?」

「何度も話し合ったはずだ。ランドマシーネへの侵攻……これしかねェ」

「僕は不安でならないんだ」


エルドは俯き、顎に手を当てる。考え込む時の、彼の昔からの癖だ。


「この地の誰も、あの場所のことを詳しく知らない。機人の技術を手に入れる……聞こえは良いが、そもそも勝算はあるのか? 表向きはもちろん交渉だが、突然軍を引き連れていけば、一方的に攻撃される可能性もあるだろう」

「ハッ……! そうなっても良いように、俺とお前で鍛えてきた部隊だろうが」


ハンガーズを結成してから約五年。訓練や士気上げを怠った事はない。二日後のパーティだってそうだ。エルドとてそれは理解しているはずだが……


「そうじゃないんだ、グレイザー」


彼はなだめるように言った。


「人が死ぬんだよ。君を慕い、ハンガーズに志願し、この街に尽くしてくれた人が、勝手のわからない、ほとんど異国のような場所で死ぬんだ。そうなる可能性が大いにあると言っているんだよ」

「……くどい。もはや決定は覆らん」

「人間は……機人には勝てない。もう一度考え直してくれ。君は冷静じゃないんだ」


何故だろう。いつもは極めて頼りになる彼の言葉が、今は無性に癪に触った。それもこれも全て、奴らのせいだ。

あの忌々しい、ダイナという魔法使いの娘。卓越した剣の腕を持つセイヴィアに、弱腰の癖に言いたい事はハッキリと言ってくる銀髪の女。

モイスティ……そういえば奴も魔法使いだったか。


「今日のことだってそうだ」


エルドの訴えるような物言いに、グレイザーの指先が自然と反応する。

今敢えて、その話をするか。愚か者が。


「今日の顛末は映像で見ていた。街中で銃器を乱射するなんて……誰にも当たらなくて、僕がどれだけホッとしたか。今日の君は異常だ。僕とて魔法使いの危険性は承知している……だが、昨日の彼女たちを見ただろう?」

「…………黙れ」

「人を見る目は確かなつもりだ。何を考えてるのかよくわからない子もいたが……少なくとも、この街に危害を加え────」


「黙れと言ってるんだ、エルドッ!」


力任せに机を叩きつける。美しかったガラスにはヒビが入り、手をつけていなかった茶の容器は反動で倒れてしまった。


「…………」

「お前、いつからそんなに偉くなったんだ?」


ゆっくりと、舐め回すような口調で言う。


「今日は随分と饒舌だなァ? そんなに喋りたきゃ、あの路地裏で公演でもするか?」

「……僕を、追い落とすつもりかい? ゼノイさんたちのように……」

「…………ハッ」


馬鹿馬鹿しい。冷や汗を浮かべつつも不敵な笑みを崩さない幼馴染を見て、グレイザーはため息をついた。


「お前無しでやっていけるとは思ってねェ。これ以上、余計なことを喋らないならな」

「わかっているようで良かった。さ、互いに冷静になろう。そっちを拭いてくれ」

「……それはお前の役目だろ」

「今はプライベートなんだろう? 僕はパンを持ってこよう。君が好きだったやつだ」


相変わらず食えないやつだ。汚れた机をその辺の布で乱暴に拭い、グレイザーは腰かけ直す。

見慣れた形状のパンを置き、再び座り直したエルドを見やってから、静かに口を開いた。


「わかっている。俺とてわかっているつもりだ。これがどれほど危険なことか」

「なら……!」

「だが仕方ねェだろう? 他にどんな手立てがある? 今日皆に言った通り……ただ目の前の事態を解決するだけでは、何も見出せない」


拳を握り締め、グレイザーは恨みのこもった声で話す。


「奴らの……現在のシュレッケンの脅威を、『未だに測りきれていない』この状況なら、尚更だ」

「グレイザー……」


エルドは固く口を結ぶ。お互いに思うところは同じだ。

わからないのだ。あまりにもわからない。シュレッケンとランドマシーネ。常識的に考えれば、力の差は一目瞭然の二つの都市。

その片方は今や混沌としており、もはやどちらが安全なのか、どちらが確実なのか、グレイザーの頭脳をもってしても見通せない。エルドはまだシュレッケンの方がマシだと考えているようだが、それは論拠に欠けるものだ。


ならば。国にも見捨てられたこの街が。ただ近くの都市に攻め込むよりも、遥か遠くの技術を持ち帰った方が利益を見込めるならば。どう転ぶかわからないこの状況で、選ぶ道は一つではないか。

そうすることで、この街が死なずに済むのなら。この胸にある確かな目標が、潰えずに済むのなら……


(これが正しい……そう、正しいはずだ……)


誰にも言えない胸の内。しきりに燃え続けている「野望」。この地位に着く以前から、夢見てきた世界。


────頑張ろ、グレイザー! いつか三人で、最強の街を作るんです! あなたと、エルドと、あたし! 楽しみね!


「エルド。頼む」

「……はい」

「付いてきてくれ。この俺に……俺とお前と、あいつが目指した理想の世界────」


見ていろ、リアン。


「何人たりとも、侵すことは許さねェ」

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