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DEAR MY MIND 〜少女フレーの決戦録〜  作者: 今江彰人
第1章《侵略の守護者》
16/82

16:今、決起の時

張り詰めた空気。ザンとエーネが息を呑む中、最初に沈黙を破ったのはゼノイだった。


「そうか、そうかね……」


昨夜出会った際、彼が見せた表情だ。穏やかな、見る人を安心させる面持ち。


「意地悪を言って済まなかったね。君の気持ちは伝わったよ」

「は、はいっ……!」

「しかし手段は選びなさい。君はどうやら、そうと決めたらそれしか見えないきらいがあるようだ。このままでは命が幾つあっても足りない。それと、改めてお友達に言うことがあるのではないだろうか」


彼の言う通りだ。フレーは二人を交互に見やって、中央で首を垂れた。


「二人とも……ごめん。ほんとに、ごめんね。また助けてくれて、ありがとう」

「……全くです」

「今回ばかりは死を覚悟したな」


どっとため息をつく音が聞こえた。ここまでの緊迫した空気に、二人も呑まれてしまっていたようだ。フレーの心からの言葉を聞いて気持ちが軽くなったのかもしれない。


「それにしても、君はあまり泣くのが上手くないね」

「へ……?」


唐突にそう言われ、目を瞬かせる。


「涙を堪えるあまり、顔が鼻水でベトベトだよ」

「うぇっ!?」


軽快に笑いながら告げられて、フレーは自分でも顔が真っ赤になるのがわかった。慌てて袖で鼻を拭うと、堪えきれなくなったザンが大袈裟に吹き出す。エーネも共感性羞恥で激しく赤面していて、その事実がまた恥ずかしかった。


(てか、気付いてたなら言ってよっ……!)


ザンを思い切り肘でどついてから、フレーは別の意味で泣きたくなった。今朝配慮しろと偉そうに言っておきながら、これでは説得力皆無だ。いくら真剣だったとはいえ……


「はは、すまないね。女の子にしては何とも豪快だったから、つい」

「…………」


落ち着いた年長者である彼に対する信頼が、初めて揺らいだ瞬間である。


「言うまでもないことですが、俺たちは誰も、ここで死ぬ気はありません」


フレーにとって居た堪れない時間が続いた後、たっぷり笑ったザンが別人のように真顔になって言った。それもまた腹立たしかったが、蒸し返されたくなくて、フレーも強く頷く。


「その……勝手な頼みだとは思うんですけど、助けが欲しいんです」

「でも、方法なんてあるのかな……」


口を挟んだのはエーネだ。唇に指を当て、考え込むようなポーズをしていた。


「グレイザーは本気で私たちを殺しにきてます。全員で安全に出るには、命令を撤回させるしかないけど……そんなこと、できるんでしょうか」


心配そうな声色にも納得である。厳しい現実に、ゼノイも同意して言った。


「奴の直属の部下の中にも、私と繋がりのある者はいてね。連絡を取ることは可能だが、進言させるのは難しいだろう」

「そうですか……」

「そもそも奴は元から非常に頭が良い。ブレーンを必要としないんだ。唯一意見を聞くのは、参謀にして幼馴染のエルドという男だけだ」


エルド……薄暗い部屋で見た、あの毅然とした佇まいが想起される。フレーたちが追い出される時も、激昂するグレイザーに対し彼はあくまで冷静だった。もしかしたら彼なら、多少は話が……


「先ほど、ここはグレイザーも知らない場所だと仰っていましたよね」


エーネと同じく思案顔になり、そう切り出したのはザンだ。


「でしたら三日間、ここに匿っていただくことは可能でしょうか? 三日……すなわち彼がハンガーズを率いて、ランドマシーネに赴くまでの期間です。大多数の部隊が街を去るその隙に、俺たちも村に逃げ帰る。いかがでしょう」

「め、名案……! 超名案だよ、ザン!」

「……確かにそれなら、君たち自身の強さも相まって、無事に戻れる可能性は高いだろう」


手を叩いて賛美するフレーに対し、ゼノイの顔は未だ険しい。


「だがあくまで、一時凌ぎにしかならないのではないかね」

「……え?」

「グレイザーは君たちがどこから来たのか知っている。そして奴は、決して魔法使いを逃しはしないだろう。まして、この街の近くの村に住んでいるとあっては」

「あ…………」


三人全員が青ざめた。まさに青天の霹靂。村を守りに来たはずが、まさか史上最大の危機を招きかねない事態になるとは。

そう、このままフレーたちが帰ってしまうと……


「ホメルンに、ハンガーズの大軍が……!?」

「閉鎖的な村故に情報が届いていなかったのか、それまで無害と判断されていたのか……いずれにせよ、今までそうならなかったのが奇跡みたいなものだ」


胸の奥が冷たくなって、フレーは思わず口元を押さえる。エーネが背中をさすってくれなかったら、また涙ぐんでいたかもしれない。


「わ、私、本当に、取り返しのつかないことを……!」

「……お前の謝罪は受けた。理由も聞いた。今更言いっこなしだろう、フレー」


冷や汗をかきながらも、ザンは何とか笑みを作ってくれる。その様子を見て、ゼノイは少し顎を引いた。

突然、全く血の繋がりは無いはずなのに、彼の表情がグレイザーと重なって見えた。一瞬の間があって、フレーは気がつく。


(そっか……これが、リーダーの顔なんだ)

「ダイナ嬢、君は良い仲間を持った」


ゼノイは立ち上がる。部屋にたった一つしかない窓の前に移動し、微かな日の光を浴びながら、彼は力強く言った。


「これでも私は前市長だ。先ほどはああ言ったが、君たちがこの街に害を為す目的を持ち合わせていなかったのは、昨日この目で確かめた。そんな罪無き人を、ここで見捨てたりはできない」


こちらを向いた彼は、顔の前で人差し指を立ててみせた。


「もう一つ……もう一つだけ方法がある。恐らく最も険しく実現困難な……しかし、確実な方法だ」


三人の中でたった一人、フレーだけがピンと来た。ザンとエーネには到底思い付かないだろう。

何故なら、彼らはいつだって穏やかだから。争いごとを好まない。常に胸の内に炎を携える自分とは違う。

フレーはゼノイの後を引き継ぐ形で口を開く。そして確信を持って告げた。


「グレイザーを、失脚させるんですね」


二人があんぐりと口を開けるのがわかる。重苦しい表情で頷いたゼノイは、フレーたちを順々に眺めてから言った。


「恐らくそれしか方法は無いだろう。奴の政権が崩れ、命令が効力を失えば、軍を動かすのは不可能になる。次の長が立ち上がり、ビートグラウズは新たなる夜明けを迎える……」


どこか寂しげな顔になって、ゼノイは付け加えた。


「そしてそれは、私たちの悲願でもあるのだよ」


彼は言う。グレイザーは正しい。その有り余る正しさは、人を惹きつけてやまないのだと。

しかし今の強引なやり方では、いつか巨大な分裂を呼ぶ。そうなった時、全ての権力を彼一人に集中させた現体制では、必ずや崩壊が起こると。


「私が失脚して五年……無血でのクーデターを模索してきたが、それはあまりにも困難だった。悲しい現実だがね、もはや覚悟を決めねばなるまい」

「それって……」

「ああ、そうだとも。武力による解決……あの恐るべきわからず屋を、それを上回る力をもって押さえつけること」


それは悲哀に満ちた瞳だった。

五年。決して短くはないその間、彼は求め続けたのだろう。平和な道筋、笑顔での和解……争いを生まない、愛する弟子との穏やかな話し合いを。

しかしその全てが徒労に終わり、辿り着いたのは、彼と同じく武をもって道を切り開くという最終手段だった。


「君たちは笑うかね。かつての地位にしがみつくこの私を。彼の手段を強引だと言いながら、自らもその沼に浸かろうとしている老いぼれを」

「…………」

「だがね、君たちがどう思おうと私には関係無い。ビートグラウズを取り戻すまで、私は退くわけにはいかん……そして君たちもまた、夢を叶えるまでは死ねないのだろう」


ホメルンは本当に狭い世界だったと、フレーは身をもって理解した。

表面上は穏やかに生きる人々。少しその奥に踏み込めば、こうも切実で、巨大な思念が渦巻いているのだ。


「ここから先は政治の話だ。君たちと、契約を結びたい」

「契約、ですか……」


もうあの柔和な顔の男性はどこにもいない。ゼノイ・グラウズは拳を胸にかざし、強く力を込める。まるでそこに、グレイザーの命運が握られているかのように。


「我々の知恵を振り絞り、最高の作戦を提案することを約束しよう。フレイング・ダイナ嬢、及びそのお仲間に依頼する。この場の全員の未来のため、現体制に携わる全ての人間を出し抜き……守護者グレイザーを、見事打ち倒してくれ」

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