15:潜入!『ノーブルタワー』
「あの、ゼノイさん」
「……? ダイナ嬢、忘れ物かね」
「そうじゃなくて。えっと……大事な事を聞いておきたかったんです」
決意を固めて部屋を出たはずだったフレーは、一人室内に戻り、徐に告げた。
ザンとエーネを外で待たせている。あまり長居はできない。
「グレイザーに攻撃するチャンスは、本当にパーティだけなんですよね? どっか広い場所で一人でいたりとかは……」
「以前も伝えたが、それは難しいね。奴が一人でいる際の策があるのかね?」
「無理ならいいんです。あの、ゼノイさん。もし不意打ちができなくて、グレイザーと本気で戦うことになって……お互いに生きるか死ぬかの状態になったら」
フレーは真顔で、ストレートに尋ねた。
「あの人が死んでも、良いですか?」
「…………!」
ゼノイは絶句する。フレーも黙ったままだった。彼は手を震わせ、しかし努めてそれを抑えようとしながら小さく頷いた。
「……作戦は伝えた。こうなった以上仕方ないのだろう。君たちに……全てを委ねるよ」
「わかりました。それが聞ければ十分です」
フレーは踵を返し、再びドアを開ける。眼前で息絶える誰かを想像して、目を細めた。
「行ってきます」
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「ああああ、緊張するぅ……」
「お、お、落ち着いてエーネ。だ、大丈夫、たくさんシミュレーションしたし。作戦自体は、すぐ、お、終わるんだし」
「お前が落ち着けフレー。もうすぐタワーだ。二人とも、顔は伏せ気味で行くぞ」
ザンの言葉で我に返る。下を向いたまま街の夜風を胸いっぱいに吸い、フレーは自分に言い聞かせた。
(しっかりしてフレイング・ダイナ! 今緊張してたら、この先やっていけないよ……!)
三人で横並びになり、息を潜めて会場を目指す。
ノーブルタワーの正面に赴くと、広い入り口の両脇で大柄な男二人が入場者のチェックを行っていた。ここから見る限りでは、あまり時間はかけないスタイルのようだ。
「だ、大丈夫かな……流石にバレません、よね?」
「ハンガーズ全体に顔は共有されてないだろうし、名簿確認もしないって話だろ? 武器も俺の刀だけだ。問題は無い」
ビビりまくるエーネに対し、こういう時のザンは堂々としている。彼がさっさと進み出ようとしていた、その時。
「マキウス!? 来てたんだ、久しぶりね!」
底抜けに明るい少女の声が聞こえた。口ぶりからして、偶然パーティ会場で知り合いを見つけた若き遠征の参加者……
そう思い、気にかけることすらなかっただろう。彼女が意気揚々とこちらに走ってこなければ。
「久しぶり! あたしだよ、ローリー・メイン!」
「……お、俺か?」
少女は明らかにザンに話しかけていた。珍しく彼の声が裏返る。
素早く顔を伏せ、ザンはくぐもった声で言った。
「いや、ひ、人違いじゃ……」
「何言ってんの? 大楯部隊の紋章にその髪色ときたら、ビル・マキウスしかいないでしょ! 元気してた? 北の方へ旅行に行ったきり、全然見ないから心配してたのよ」
「あ、あー……」
ハンガーズでは個々の適正に基づき部隊分けがされているが、一応フレーたちも設定を決めておくことになっていた。部隊の一員の証明たるワッペンを偽造し、適当に貼り付けていたのだが、大楯部隊に扮したザンは運悪く知り合いと容姿が被ったようだ。
「って、あれ? そっちの二人はお友達? 綺麗な子連れちゃって、あんた意外にモテるのねー」
「その、ローリー? 悪いがちょっと急ぎでな……」
「え、何その喋り方! 前は俺のソウルがーとか、キザなことばっか言ってたのに」
「は? あー、ソウルな、ああ……」
「てか、前にワッペンださいから付けたくないって言ってなかった? あと急に刀? 何かに目覚めた?」
(そこまで気付いてるなら、別人だってわかるでしょ……)
この場から逃れたいザンの焦燥がひしひしと伝わってくる。少女ローリーから顔を背けながら、フレーたちは込み上げてくる何かをこらえていた。
あの冷静沈着なザンが、見知らぬ女の子に絡まれて困り果てているのだ。自分たちも割と危険な状況ではあるが、ここは様子見したい欲が勝ってしまった。
「今はワッペンが、俺のソウル? と共にあるからさ。酒瓶よりも今日はこいつを愛でると決めた。老いぼれどもに、俺の……ソウルを見せつけてやるのさ!」
「いやあたしたちまだお酒飲めないじゃん。てか若者ばっかなのに老いぼれって……で、その刀は?」
「え、ああ、これは……これもソウルです、はい」
「結局両方ソウルなの? 相変わらず訳わかんないわね」
「んふっ……!」
ザンは耳まで赤くして、後半はやや諦め気味に応対していた。その事実に堪えきれず、フレーはついに少し吹き出す。エーネも必死に口を押えていた。
「ま、元気そうで良かったわ。 お連れさんにもよろしく! アホなことはほどほどにするのよ?」
「…………」
(いや、最後黙っちゃダメでしょ)
心の中で突っ込みを入れつつ含み笑いをしていると、ようやく解放されたザンに睨まれた。こっちも以前恥ずかしい思いをしたのだし、お互い様だ。
「そっちも突破できたか」
「うん、問題無しです」
警戒されているとすれば珍しい髪色のフレーだろうが、現在は黒髪である。難なくチェックを突破したのち、フレーはパーティ会場を見回した。
以前見た講演場とはがらりと雰囲気が変わり、はるか高い天井の明かりが全体を白く照らしている。大量のテーブルや料理棚が並ぶ様子は、別の意味で圧巻だった。
「刀は大丈夫だった?」
「ああ。刀が無いとソウルに響かないと豪語してきた」
「……はい、本物のマキウスさん、ごめんなさい」
名簿確認が無くて本当に助かった。煩わしいことはせず、今日は自由に楽しんでほしいという計らいなのだろうか。事実、ここにいる若者たちは誰一人として、生きて街に戻れる保証など無いのである。
やはり遠征は食い止めなくては。彼らがもう一度、家族と笑い合えるように。
「……私はここで待機です」
やがてエーネが心細そうな声で言った。
「フレー、こっち来て」
「え? あっ────」
エーネに手招きされて近付くと、彼女は力強くフレーを抱き締めてくれた。目的が目的なので、パーティと言えど香水なんてつけていない。懐かしさすらある彼女の匂いがして、早る鼓動が少し収まった。
「心配です。心配だけどっ……きっと大丈夫ですよね……」
「……任しといてよ。無事に村に帰ったらまたお泊まりしようね、エーネ」
「うんっ……! ぐすっ、ザンも、この子をお願いね。怪我には気を付けてください」
「言われるまでもない……って、俺もかよ」
エーネはフレー越しにザンのことも抱き締める。誰かと人前で抱き合うなんて、普段の彼女なら絶対に恥ずかしがっているだろう。
(もう……怖がりなんだから)
彼女の胸に顔をうずめ、ふと微笑む。ザンも苦笑いしつつ、エーネの背中に優しく手を添えていた。
「じゃあ、また後でね」
フレーはそう告げ、エーネから視線を外す。ザンに合図し、彼女を残して奥へと進んでいった。
(どこ……どこにいるの……?)
間も無くパーティが始まる。先に向こうに発見されないよう、二人で目を皿のようにして辺りを見渡した。
(そこにいるんだよね、グレイザー……!)
『待たせたなァ、お前ら!』
どこからともなく聞こえた大音量に、二人で凍ったように立ち止まる。
目だけで辺りを見渡すも、発信源は特定できない。あともう少し背が高ければと思ったが、どうやらザンにもわからないようだ。
『明日の正午、俺たちは旅立つ。未だ見ぬランドマシーネの地へ。全てを変える戦いに俺たちは征く……』
フレーは彼の腕を引いて走り出す。急ぎすぎると目立つと言われ歩調を緩めるも、拭えない胸騒ぎに、気持ちだけが焦れていく。
『今宵は何もかも忘れ、明日への英気を養ってくれ。宴を始めるぞ!』
「おおおおーーーーッッ!!」
いない。どこにもいない。
短期決戦が鍵であるというのに、グレイザーの姿は全く見当たらなかった。一応フォーマルな場であるから、彼も身なりを変えているのだろうか。
風に靡く長髪を思い出し、見紛うはずが無いと考え直す。
「……っ……!」
ちらちらとエーネを残してきた場所を見やる。もう姿は見えなくとも、同じように不安になっている様子はゆうに想像できた。
「ザン、これって」
「にわかには信じ難い。だが……」
グレイザーはここにはいない。何らかの形で作戦のことを知っていたのか。それとも、その類まれなる頭脳で予期していたのか。
「どうしよう……っ」
とすれば、彼が今いるのは? 市役所か、それともどこかにある彼の住居か。
(考えるの……考えて! 命がかかってるんだから……!)
フレーたちを恐れて雲隠れした……そんな可能性はハナから考えていない。
それと同じくらいに確信があったのが、あのゼノイ・グラウズが根本的なことを間違うはずがないということだ。
グレイザーは必ずパーティを開く……彼が断言したように、実際に彼はこの場を設けた。パーティの主催者がそこにいないなんてあり得ない。
冷静になると、自ずと場所は絞られていく。決して深く考える必要は無い。
ゼノイの考えと今の状況。その双方が矛盾を作らないケースは、ただ一つ。
「なるほど。こいつはむしろ、チャンスかもな」
いち早く察したザンに追従する形で、フレーも真上を見上げた。
五十を超える階層を持つというノーブルタワー……その頂上を頭の中で描き、確信を持って呟く。
「上にいるんだ……」
何故彼はこの場にいないのか。たまたま遅れたのか、それとも意図があるのかはわからない。けれど、こちらの目的は明確だ。
「行こうっ!」
「ああ」
その言葉を皮切りに、二人で再び走り出す。目的地は、あの時侵入した入口。どこかに隠れているグレイザーに不意打ちを食らわせ、タワーから引きずり下ろすのだ。
「よし、もうすぐ────」
『おっと、すまねェ……一つ言い忘れていたことがあった』
遠隔から話しているらしい彼の声が、再び会場に響く。まさにドアに手をかけようとしていたところで、フレーたちは弾かれたように足を止めた。
『俺がこの場にいねェことを訝しむやつもいるだろう。ちょっと野暮用があってな……それが片付くまで下には降りられん』
やはり彼は上にいる。推測が当たっていたことへの安堵と、えも言われぬ不安が胸中を満たした。
『特に問題が無けりゃあ、後半からは俺も参加できるはずだ。あァ、だがもしも……』
(えっ……)
『もしも、会場の奥から上へ侵入しようとする不届者が二、三名いたら……速攻で消し炭にしてくれ。そうすればきっと、今宵は良い夜になる』