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DEAR MY MIND 〜少女フレーの決戦録〜  作者: 今江彰人
第1章《侵略の守護者》
13/82

14:侵略の守護者

向かう先は、ランドマシーネ。

一切の澱みなく守護者は言い切る。まるでさざ波のように、群衆に波紋が広がった。


「ランドマシーネ……って、あの……!? シュレッケンじゃなくて……?」

「ま、待てよ。待ってくれ! そんなの現実的なわけ……」


背筋に冷や汗が伝い、フレーはたまらず二人を見た。ザンは目を見開いて絶句しており、エーネは口元に手を当てて冷や汗をかいている。

訳がわからなかった。しかし一つだけはっきりしていることがある。


グレイザーは何の理由も無しに、このようなことは言わない。


「聞けェ! お前らァ!」


その一言で、場は水を打ったように静まり返った。


「王都と密接な関係を結ぶ、あらゆる技術の源たる軍需都市。この街にも、かの地の技術による恩恵が至る所にある。この拡声器をはじめ、炎の噴き出る装置、自動で動く床、いつまでも明るい電球……だが皆、気づいているはずだ。所詮『その程度だ』と」


人々の息遣いから、同意の意思が感じられた。ダメだ……とフレーの頭で再び警鐘が鳴る。昨日よりも、ずっと強く。


「連中は本格的な技術は一切秘匿している。外国はおろか、国内でもそれを扱えるのは契約関係にある王都の連中のみだ。ランドマシーネが誇る切り札……人型の破壊兵器である、『機人』に携われるのはな」

「…………!」


機人。のちにフレーは知ることとなる。それは個々に意思を持ち、一人で十人をも凌ぐ力を持つ、アルガンド王国が誇る最強の対人兵器であると。


「俺たちの目的は、この『機人』たちの手を借りること。そのために、大軍を差し向け交渉を行う。当然一筋縄では行かねェだろう……恐らく、何らかのいざこざが起きるはずだ。それを制し、シュレッケンの奴らを叩き潰す力を手に入れる。それができれば……炎の宴の幕開けだ」


どこかで聞いたことのある言い回しだ。群都市を見捨てた王がしたためた言葉だったか。

住民たちの反応は様々だった。いきり立つ者、泣き出す者、動揺して震え出す者……

そんな群衆に、グレイザーは優しく語りかけた。


「お前らの不安はもっともだ。言うまでもなく危険な行為で、留守中シュレッケンが動かないとも限らねェ。だが俺の見立てによれば、連中は『主力のいないこの街』には興味を示さないはずだ。それにお前ら……本当にこのままでいいのか?」


再び場を支配する静寂。グレイザーは続けた。


「このままシュレッケンに攻め込む……そのプランも考えた。だが、それが何の解決になる? 地方での戦いを制し、それが俺たちにどんな恩恵を与える?」

「……それは……」

「せいぜい元の生活が取り戻せるだけだ。当然、多くの者がそれで良いと思っているだろう。しかし、忘れちゃいねェか? ビートグラウズがここまで強くなった経緯を。この街が、周辺の全てを牽引する『群都市』と呼ばれる所以を」


ゼノイの話が思い起こされた。グレイザーがどのような過去を歩み、そして何を成し遂げたのか……

今のフレーたちは知っている。


「ランドマシーネの技術をもってすれば、この先様々なことを有利に進めていける。腐敗したシュレッケンの立て直しにも、国を差し置いてこちら側から介入できる。それは武力による脅しだと、人は言うだろう。しかし今の俺たちには、確固たる大義名分がある」

「大義、名分……」

「ピンチをチャンスに。今日の敗北を、明日の勝利に。王都にすら見捨てられたこの逆境……利用せずしてどうする?」

(だ、ダメ……こんなのって、ダメなのに……)


徐々に高まっていく周囲の熱を感じながら、フレーは頭を抱えた。


「ランドマシーネから帰還し次第、愚かなるシュレッケンの現指導者と交渉を開始する。今度こそ武力衝突も辞さねェ。遠回りに思えても、これが俺たちの……この街やシュレッケンの、未来のためだと信じている」


ランドマシーネは。そして王都は。自分の夢の地だけは、ダメなのだ……


「さぁ、手を貸してくれる者は名乗り出ろ! これは単なるパフォーマンスじゃねェ。未知の敵をも相手取り、安寧と発展を掴み取る……」


フレーは帽子を取り外し、グレイザーを見据えた。敵意を携えた眼差しで、力強く、魂を込めて。



「ビートグラウズに、新たなる夜明けを────」


「ダメにっっ……決まってるでしょーーーーーーーーッッ!!」



辺境の村ホメルン。その人口は、この街とは比べ物にならないほど少ない。全ての人が顔見知りで、狭く穏やかなコミュニティだ。

だからこの瞬間まで、フレーは知らなかった。不特定多数……それも文字通りの大群衆に、奇異の目で見られる居心地の悪さを。


「フ……レー……ッ!?」

「な、何をっ…………!」


数少ない味方二人の声も、可哀想なくらいに掠れていた。グレイザーに呼応し、今にも拳を振り上げんとしていた民衆の視線からは、もはや憎しみさえ感じる。

ただ彼だけが。当の本人であるグレイザーだけが、その表情に動揺を映さなかった。


「そうか、そこにいたか……帽子で隠れるとは考えたなァ」


猛禽類のような目で、彼は怒号を放つ。


「この街に何の用だ? フレイング・ダイナ!」

「いっ、い、言わせてもらうっ、けど……!!」


流石に緊張してしどろもどろになりつつも、フレーは決して顔を逸らさない。


「私も王や鉄の饗炎のことは、正直よくわかんない……この街が今危ないっていうのも、それはそうだけど……でも! グレイザーが今やろうとしてることは、ただの『侵略』だから!」

「…………!」

「ランドマシーネの人は、この街についてどう思うの!? はたから見たら、シュレッケンと一緒じゃないの!?」


彼らは全く関係ないのに。フレーがそこまで言い切ると、グレイザーの瞳から光が消える。

自分でもわかっていた。この主張は正しいけれど、ただの綺麗ごとだと。彼が複雑な思考を経て、この選択が最善だと判断したことを。

しかし今は、叫ぶしかないのだ。自分自身の夢を守るために。


「……随分な言い草じゃねェか。故郷を捨てたやつの発言とは思えんな」

「……っ……」

「ここでお前と語らう気はねェ。俺は俺なりに、この街を預かる身として決断した。口を挟むってんなら、相応の覚悟を見せてもらおうか」


群衆が各々の意見を口にする。グレイザーの肩を持つ声は多かったが、フレーの意見に同調する者も多少はいた。


「フレー、もうやめろ! あいつのことだ……何をされるかわからん! 昨日の話を聞いただろ!」

「ごめんザン、私引けないよ……たとえ今日帰る身だとしても、絶対に……!」

「お前……!」


フレーは服の裾を握り締め、深く息を吸った。


「覚悟なら、あるよ……!」

「何……?」

「ランドマシーネは。そこと繋がる王都だけは、侵させない! まだ何も考えてないけど、これだけは言える……!」


偉大な存在になる。そう誓ったのだ。この程度の試練、乗り越えられなくてどうする。



「私の全部を賭けて、グレイザーを止める! 絶対に、そんなことさせないからっ!」



グレイザーは無言になった。風に吹かれる蒼色の長髪はどこか幻想的で、しかしその様子からは、少なくとも納得した様子は感じられない。


「ハハ……そう、だったのか……」


肩を揺らし、グレイザーはくつくつとくぐもった声を上げる。

何が可笑しいのだろう。心無しかゾッとして、落ち着かない気分になった時。彼は顔を上げた。


「魔法使いだな? お前」


彼の瞳には、昨日のあの時をも凌ぐ憎悪が宿っていた。まるで怨敵を見るような、その相手に全てを奪われてしまったかのような表情。


「奇妙だとは思っていた……武器も持たず、そのくせ俺に啖呵を切る。昨日の侵入も、あの位置からどんな術を使ったのかと疑問だったが、そういうことか」


昨日は力の使用を見られないよう意識はした。しかしそれは、彼との強引な接触の手段だったからだ。「魔法使いであること」自体を、フレーは特に秘匿する意思はなかった。


「え……? だ、だったら何────」


そこまで言い掛けた途端、力強く腕を掴まれる。驚いたフレーが振り向くと、涙目になったエーネが物凄い勢いで首を小刻みに動かしていた。

「やばい」、とその顔が訴えている。


「魔法使い……王都近辺で稀に確認される、魔力を宿した人間。そんな奴が、この街に潜り込んでいたとはなァ」


尋常ではない殺意。駆け巡る悪寒を感じ、一歩後ずさったその時。



「────ッ!? フレー、伏せろ!!」

「なっ……!!」



反射的に頭を屈めた瞬間、頭上で耳をつんざく金属音が響く。目を開けた先では、歯を食いしばったザンが刀を構え、その手を震わせていた。

次の瞬間、いつの間にか群衆が離れ、三人だけで孤立していた地面に、恐るべき凶器が突き刺さる。

これを見るのは初めてではない。おかげでフレーは、いち早く状況を理解できた。


(今、私を……!?)


目にも留まらぬ速さでグレイザーが投げたナイフ。それは一切の狂いなくフレーの額を目掛けて進み、すんでのところでザンに弾かれたのだ。


「ぐっ、なんて力だ……!」

「ザン……!」

「問題ないっ……受け切れて良かった」


衝撃の余韻で未だ震えの治まらぬザンが、何とかそう言ってくれる。


「ああ、あァ……そうだよな。どいつもこいつも、精鋭揃いと言うわけか」


グレイザーは髪をかき上げ、歪んだ笑みを浮かべる。


「見たかお前ら、これが現実だ! どこからともなくやってきた、力を持った魔法使いに剣士! そいつらが、俺たちを阻むべく動いている!」

「え、わ、私たちそんなんじゃ……!!」

「この状況を前にして、ただシュレッケンを下すだけで済むと思うか!? 目を覚ませ! 今こそ、俺たちの総力を見せる時じゃねェのか!?」


固唾を飲んで成り行きを見守っていた群衆の間に、形容し難い熱が走る。フレーへの擁護など跡形も無く消え、残ったのは来るべき戦いへの高揚感だけだった。


「そうだ……! 俺たちのリーダーは、グレイザーだけだ……!」

「魔法使いが何よ……機械都市や王都が何よ!」

「どこまでもついていくんだ……俺たちの、未来のためにっ!!」


ここから逃げなくては。本能がそう言っている。

フレーが焦り顔のザンと、号泣寸前のエーネに目配せし、今にも走り出そうとしていた時。


「まさか逃げられるとでも?」

「…………ッ!?」


今度はフレーにもわかった。幾つもの家屋や施設の頂上から、キラリと光る鉄製の何か。先端に穴の空いたそれは、あらゆる角度から三人を捉え……

これも後から知ったことだが、あれらは全て、「銃器」と表現するようだ。



「まずいッ!!」


「フレイム・バリアーーーーッッ!!」



両手に渾身の力を込め、フレーは腕を広げて天に叫ぶ。身を焦がす熱を全身に感じたその瞬間、うねる炎が意思を持ったように三人を取り囲んだ。

ドーム上の膜が形成されたと同時に、聞いたことのない激しい破裂音が全方位から聞こえてくる。一発でも当たったらタダでは済まないことは、誰もが理解していた。


「まさかの炎で防ぐか? 面白い! だが、いつまでも保つとは思わねェことだ!」

「クソっ、何か手は……!」

「わ、私に……私に任せて、二人ともっ!」


顔を涙に濡らしたエーネが、灼熱の膜の中で叫んだ。両腕をある一点に突き出し、仁王立ちして目を瞑る。

彼女は祈るように、切実な声で言った。


「お願いっ……! 押し流して!」


途端に、フレーたちのものではない第三者の悲鳴が多数聞こえた。今や後退りしつつ、三人を取り囲むように陣形を組んでいた群衆のものだ。

バリアに集中しすぎて、今がどんな状況なのか把握することができない。しかし、こちらには号令係の彼がいてくれている。


「フレー、今だ! 解除しろ! 噴射で逃げるぞ!」

「う、うんっ! 掴まって!」


ザンに呼応し、二人が自分の胴にしがみついたのを確認すると、フレーは防壁を消滅させる。そこから一瞬の間も無く、手のひらを後ろに向け、最大火力の炎を噴射した。


「エーネの水流に乗れ! ビートグラウズから脱出するぞ!」


再び外に出たフレーたちを待ち受けていたのは、人々を一直線に押し流す激流だった。

まさかエーネがここまで出来るなんて。腰にしがみつく彼女の弱々しい力を感じながら、フレーは感嘆する。


「逃さん……絶対に逃さんぞッ!」


高台からグレイザーの怒号が飛ぶ。大量の銃器がフレーたちを追いかけるが、その照準を合わせる速度よりも、水の流れに乗る三人の方が速かった。


(いける……! このまま逃げ切れば……)


今は引くしかない。とりあえずここから逃げるのだ。ザンとエーネは無事に村に送り届け、一人になったとしても、今度こそグレイザーを止める。

絶対に諦めるわけにはいかない。


「ハンガーズ全軍に告ぐ!」


拡声器を最大音量にしたグレイザーは、去り行く三人の背中に向け咆哮した。



「決戦前の前哨戦だ! フレイング・ダイナ、ザン・セイヴィア、及びエディネア・モイスティの殺害を命じる! 門を封鎖し、各個警備に当たれ! 総力をもって、奴らの首を取れッ!!」



フレーの運命は、ついに動き出す。

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