表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DEAR MY MIND 〜少女フレーの決戦録〜  作者: 今江彰人
第1章《侵略の守護者》
10/81

12:路地裏で団らん

ゼノイ・グラウズに連れられるまま、閑散とした裏通りへと赴く。

そこにいる大人たちは、やはり皆どこかみすぼらしい雰囲気で……しかしその瞳には、ただの浮浪者とは思えぬような決意のようなものが宿っていた。


「この方たちは……」

「そう、皆あの男……グレイザーの政敵だった者たち。そして、儚くも表舞台から淘汰された者たちだ」


この私を含めてね。そう話す彼は、シートを敷いた地面に厳かに座り込む。

表からは狭く感じられた路地裏は、入ってみれば案外広かった。各々が手元の明かりを頼りに、鍋を沸かし、何やら難しい顔で語らっている。生活様式こそ物乞いのそれだが、何か目的があってそうしているのだということが窺えた。


「鍋でもつつくかね。今日は八百屋から譲ってもらった美味しい白菜があるよ」

「あ、ありがとうございます」

「緊張することはない。今のこの場所は、以前ほどの殺気に満ちた場所ではないよ。ただ虎視眈々と……再起の時を図っているのは、変わらないがね」


鍋を囲み、フレーたちはゼノイの話に聞き入る。警戒心の強いザンはしきりに周囲を見渡し、人見知りのエーネは、できるだけ目立たないよう縮こまっていた。


(二人とも、もっと気楽にすれば良いのになぁ……)


ゼノイ・グラウズ……ビートグラウズの前市長。前と言っても、その任期は凄まじく長く、フレーの知るわずかな情報の中では、この街は彼の下で発展していったというイメージだ。


「残念ながらね、詳しい原因は公にされていないんだ」


ビートグラウズを取り巻く異変について、ゼノイはそう語る。


「だが、そうか……飛び交っている噂に、グレイザーは『真実』という言葉を使ったか」

「部外者の俺たちはその話について知りません。良ければ教えていただけませんか?」

「そうしたいのは山々なんだがね。奴が真実と言ったのは、あくまで何が起こっているかについて。肝心の原因は、一切漏れとらんのだよ」


始まりは一ヶ月ほど前。ビートグラウズに、シュレッケンからの逃亡者たちが雪崩れ込んだ。彼らは自分でも信じられないという顔で、口々にこう話したという。


隣人が、友達が、家族が。皆おかしくなってしまった、と。


「おかしく……?」

「表現は、それこそまちまちでね。突然意思疎通ができなくなったと言う者もいれば、少し揺さぶっただけでいきなり襲い掛かられた、と語る者もいる」

「な、何それ……!?」

「こちらでも調べたんだがね。結局わかったのは、事態を引き起こした人物が、現在シュレッケンを牛耳っているということだけだ。今は既に公の事実だがね」


身の毛のよだつような話だ。フレーはごくりと唾を飲んだ。


「当然、そんな街にはいられんだろう。周辺の村も次々と侵されていき、正気の人間は皆ここに流れた。現在、シュレッケンや犠牲となった村は、残った者たち……つまり『おかしくなった者たち』により、完全に封鎖されていると聞く」


封鎖。それは本来なら、しっかりと意思がある者によって行われる行為だ。だが……


「ここから先は、私にもわからん。自らの意思による行動なのか、あるいは……この街で事実を知るのは、それこそグレイザーだけだろう」

「少し良いですか」


と、そこでザンが小さく手を上げる。


「ずっと気になっていたことがあります。根本の原因とは関わりないことだとは思いますが……」

「ほう?」

「何故、この街なのでしょうか」


ザンの疑問にしばし首を傾げるが、やがて納得する。エーネも、「言われてみれば」という顔をしていた。


「なるほどな。中々良い目の付け所だ」


ゼノイは穏やかな微笑みを見せ、白菜を口に入れた。


「だがそれについては、考えるまでもない」

「というと……?」

「何故、全ての人がビートグラウズに流れ、他のどこにも行かないのか。理由の一つは、この街ならば、未だ無事な村々よりも安定した保護が期待できるからだ。そしてもう一つ……この街の逆方面、つまり王都の方に向かわないのは……」


ゼノイは具材を飲み込むと、確信を持った表情で言った。


「そちら側……『ソールフィネッジ』の周辺が、あまりにも危険すぎるからだ」

「…………!!」


隣で野菜を頬張っていたエーネの背筋が、ピシリと固まったような気がした。村の外に詳しい彼女のことだ。聞き覚えがあるのかもしれない。


「そ、それって……」

「知っておるのかね、お嬢さん。そう……ここ最近、あの一帯では、未曾有の神隠し事件が連発しておるのだよ」


神隠し。それを聞いた時、フレーの視界の裏にとてつもなく熱い何かが浮かんだ。


あれは、炎。全てを燃やす炎。

そう、自分自身の……


「それって、つまり、誘か────」

「フレー」


身を乗り出そうとしたフレーを、ザンが手で制した。


「ゼノイさんは神隠しと言った。話は最後まで聞こう」

「…………」


フレーはおずおずと座り込む。エーネの方も何故か固い表情をしており、場に重苦しい空気が流れた。


「そう心配しなくても良い。君たちには関係のないことだ。しかし、そうだな。もし気になると言うのであれば、私が知っている限りのことを────」

「あ、あのっ!」


どこか安心させるように言うゼノイに対し、今度はエーネが身を乗り出した。拍子に彼女がシートに置いていた器が倒れそうになる。


「私も、他に聞きたいことがあるんです! えっと、あの人の……グレイザーのことについて」


語尾が少し尻すぼみになったが、エーネはしっかりと彼の目を見て告げた。ゼノイは目を丸くしたが、フレーとしては、よくぞ切り出してくれたと言う気持ちだった。


「グレイザーは、どんな人だったんですか? 昔のこととか……」

「君たちは、彼にあまり良い印象を抱いていなかったと思うが……」

「だからこそ、です」


ザンが後に続く。


「仰る通り訳ありの身で……早いうちに、俺たちはどうするか決断しなきゃならない。彼のことを知った上で、しっかり考えたいんです」


そのまま帰るか。それとも、あれを受けてもめげずに頼み込むか。はたまた別の道か……


「まさか、今日会ったばかりの子たちに聞かれるとはね」

「教えてくれませんか? ゼノイさんが知ってる、あの人の話……」


フレーの言葉を聞き、彼はまた微笑む。変わった子たちだ、などと言って、懐かしむような顔になった。


「私が奴を拾い上げたのは、十年前のことだ……」


─────────────────────────


フレーたちはそれから、夜が更けるまで話し込んだ。こちらから尋ねるだけではなく、自分たち三人の関係や鉄の饗炎のこと、すなわちこれからどこへ行こうとしているのかも話した。

ゼノイの周りには多くの人が集まっていた。失脚してもなお衰えない人望には感心するばかりだ。

話に聞いたグレイザーの過去は、決して軽いものではなかったけれど……もしも彼が政界に復帰するようなことがあれば、また手を取り合う道があるのかもしれない。


ただ一つ残念なことがあるとすれば、今のフレーたちに、それに関わる術はないということだ。


「結構良い宿だね」


路地裏から離れ、静まった宿にたどり着く。ゼノイの知り合いが不定期で利用していたらしく、料金を対価に今夜分の二部屋を譲ってくれたのだ。


「聞きたい話は聞けたか?」

「うん……」


ザンの問いに、エーネはしみじみと頷いた。


「悔しいけど……グレイザーの言葉が、また少し深みを増した気がします」


部屋に向かう道中……いや、ゼノイと別れ、ここに来るまでの間ずっと、フレーは二人からの視線を感じていた。

一日が終わる。もう決断の時なのだ。


「ね、二人とも」


ドアの前で足を止めたフレーは、仲間たちに声をかけた。


「ホメルンを離れてさ、どうだった?」

「…………」

「ちょっとはさ、旅のワクワク感とか……楽しいことあった、かな?」

「ああ……全部が新鮮だったよ」

「そっか」


フレーは振り返る。二人とも少し寂しそうな顔で、それでも微笑んでいた。ザンは相変わらずだし、エーネもこういう時は、立派な年上だ。


「まあ、ね……悔しいけどさ。村の人たちになんて言われるかも気になるし、お義母さんたちにも……」

「きっと優しく抱きしめてくれます。あの人なら泣いちゃうかも」

「えー、そうかなぁ」


そうかもしれない。それに、自分たちは必要とされているのだ。

特殊な力を持った人間二人に、ホメルン随一の若手剣士……これでも村最強を自負している。

役割がある。決して虚しいことではない。だから、これで良いんだ。


最後に確かめたくなって、フレーは小さな声で尋ねた。


「あのさ、またこういう機会があったら……今度も、一緒に来てくれる? あるかどうかもわからないけど……」

「なんだ、そんなこと」


二人は同時に言った。


「無論だ」

「もちろんですっ!」

「えへへっ……それが聞ければ十分!」


フレーは腰の後ろで手を組み、精一杯の笑顔を作る。楽しい旅行を終えたような気分になり切って、明るい声で言った。


「ありがとうね。じゃあ明日、帰ろっか。私たちの村に」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ