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ド田舎の村娘ですが、成り上がるために国中の猛者たちを下しに行きます  作者: 今江彰人
第1章《侵略の守護者》

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10:重大発表

────ねえ、フレー。君は夢を持ってる?

────え?


夢、か。あるにはあるけれど。


────僕はね、あるよ! 偉大な存在になって、自分の手でこの国を動かすんだ! そのためにまず、うんと偉くなる!

────いだい……うごかす……?


我ながら、何とも微妙な返事だ。意味がよくわかっていないのだろう。


────フレーも、夢あるよ! みんなでね、幸せに暮らすの!

────えー? そんなの、待ってるだけじゃ来ないよ!


このやり取り……懐かしい記憶……


────そう! 自分の手で掴み取らないと! だから僕は、絶対諦めない。

────うーん?

────今はわからなくても、きっとすぐわかるようになるよ。どんなことがあっても、前に進み続けないとダメだってこと!


そうだ、この声は……今自分に語りかけている、この人は……


────見ててよ、フレー。仮にこの身を貫かれても、僕は……僕は決して────


─────────────────────────


「フレー! 良い加減起きてください!」

「うわあっ!?」


耳元で聞き慣れた声が響いた。驚きと共に飛び起きて、今の状況を知ることになる。


「え、エーネ、あれ……?」

「おはよ……もう日もとっくに登ってます。正午までいると追加料金に……」

「ご、ごめん! って、もうこんな時間か……」


昨日はなんだかんだ疲れていたらしい。すぐに寝たはずだが、随分と深い眠りだったようだ。

窓の外を見ると、もうすっかり日も高く、街からは再び活気を感じるようになっていた。やれやれといった表情でベッドに腰掛けるエーネは、既に着替えも済ませ、準備万端の様子だ。


「ふぅ……急いで支度するねー」


と言いつつ、とりあえず朝日を浴びようと窓に近づくと……


「そういえばお前、昔より寝相良くなったな」

「…………えっ」


予想だにしなかった声がした。恐る恐る発信源を見ると、部屋の端の丸椅子に座り、刀を肩にかけて優雅に茶を啜るザンがいた。


「まあそんなに急がなくても良いけどな。夜までには着ければ問題無い」

「なっ……なんでっ、ザンがここにいるの!?」


もしや自分が知らぬ間に部屋を移動したのかと思ったが、エーネもいるしそれもおかしい。

というか……


「エーネ、エーネだよね!? ザンを入れたの!」

「……? うん、一番最初に起きてたらしくて、ノックされたから入れました」

「私が寝てんじゃんっ!」


寝相云々の話が出るということは、ある程度じっくり見られたということだろうか。エーネしかいないと思って、完全に油断し切っていた。


「悪かったな。同居してるし、特に何も考えてなかった」

「いや、十三くらいから部屋別だし……それに、血も繋がってないし……」


朝っぱらからの脱力感だ。別に特別恥ずかしいわけでもないが、やはり男性として意識はしている。当然、家族ではあるので恋愛感情のようなものは無いのだが……


「許せ。出発の用意は大方済ませてあるから」

「はぁ……それはありがとう」


なんだか奇妙な夢を見た気がするし、全く気が引き締まらない。けれどむしろ、このくらいで良いのかもしれないと思った。

フレーたちは今日ホメルンに戻る。壮大な決意の元村を出て、わずか一日での帰還……


(なるべく考えたくないな……)


帰る前に美味しいものでも食べるとしよう。辿り着くその時までは全てを忘れるのだ。

そんな決意を新たにした時だった。


「おおーい!」


激しくドアを叩かれ、室内に野太い男性の声が響く。ぎょっとしたフレーをよそに、エーネが小首を傾げた。


「宿の管理人かな?」

「エーネ、任せて良いか」

「う……まあこれくらいは」

「ちょっ、待って、まだ私────」


一番入口に近いエーネがおずおずと歩き出す。フレーは手を伸ばして止めたが、時既に遅しだった。


「おお、良かった、全員起きてたんだな」


管理人が部屋に入ってくる。準備を整えて小綺麗になった二人と、寝巻き姿で動けないフレーを順々に眺め、彼は微笑んだ。


「お世話になりました」

「ああ、良いんだ。それよりもうすぐこの宿を開けるから、それまでに発ってほしくてな」

「……? どうしてですか?」


管理人は腰に手を当て、どこか興奮気味に告げた。


「決まってるだろ。これから始まるんだよ、守護者のスピーチが!」


その言葉で、フレーも気が付く。

そうだった、彼は昨日の講演で重大なことを話していたではないか。


「早く行かないと良い場所が取れないからね。既に人だかりができてる。きっとそれだけ重大なことなんだろう」


────多くのやつが予感しているであろう、最終手段だ。


きっとこれから、この街からも平穏が消える。

グレイザーは言った。ホメルンとて無関係ではないと。ならばせめて……帰郷の前に一つ、やるべきことがあるのではないか。


「まあ、土産は後からでも買えるしな」

「うん、ここまで来たし、せっかくなので」


二人の意思は既に固まっている。特にエーネの瞳には、昨日あそこまでされた身として、自分の目で行く末を確かめてやろうという気概が宿っていた。


「私も異存無し」


フレーも頷く。


「ホメルンのために、少しでも情報を持ち帰ろ。群都市が動くってなったら、きっと村も……私たちも、何かしないといけないだろうし」

「ああ、そうだな」

「それとね。もう一つ、二人に言いたいことがある」


フレーは深く息を吸って、澄まし顔の二人に向け叫んだ。


「私ももう十六なんだからね! こんな格好なんだから、ちょっとは! 配慮! してよっっ!!」


─────────────────────────


雲一つない快晴。初めて訪れたフレーにもわかるほど、ビートグラウズの中央広場は未だかつてない熱気に包み込まれていた。


「始まる! グレイザーの話が……!」

「ああ、この街はどうなっちゃうの……」

「バカ、俺たちが信じないでどうする! あの人なら……あの人とハンガーズなら絶対大丈夫だって!」


人混みに揉まれ、それぞれを見失わないよう注意しながら、フレーたちは進んでいく。身長が足りないので、全員で少しでも前に出ようとしているところだ。


「ううっ……」

「大丈夫か。ほら、手を伸ばせ」

「はあっ……はあ……二人とも、ここなら結構見えるよ!」


広場の中心には、恐らく昨日までは無かったであろう、大きな台が設置されていた。正午が近づくにつれ、騒がしかった人々は段々と静まり返っていき、静寂が世界を包み込む。

そしてついに、時は来た。


「…………」


中央の台から炎が吹き上がった。皆が驚いて目を見張った次の瞬間、全てを見下ろすように、無言のグレイザーが仁王立ちしていた。

昨日の講演の始まりとは打って変わって、彼に笑顔は無い。既に決意を固めたであろうその表情は、酷く険しくなっている。

登場時以降華やかな演出も無いまま、彼は手に持った小型の拡声器を徐に口元に当てた。


「よく、集まってくれた」


腹に響くような声。彼に存在を検知されぬよう、予め買っておいた帽子を三人で被り、話に聞き入る。


「シュレッケン。俺たちを、このビートグラウズを恐怖に陥れた街……その脅威に対抗すべく、秘密裏に王都に送っていた援軍要請の返事が来た。答えはノー……軍務長官は何やらお忙しいようでな」

「そんな……!?」


誰かがすすりなく声が聞こえた。


アルガンド王国が。テンメイ王が、この街を見捨てた?

いや、違う。王はいつだって……


「助けは来ねェ。王都から遥か離れたこの場所で、俺たちは孤立した。もはや武力をもってして以外、この事態を解決する手段は無い。よって俺は決めた。我らの総力を……ハンガーズ、そしてこの街にいる皆の力をもって、戦いを仕掛けると」


心臓が跳ね上がるのがわかった。

ついに。ついに明言されたのだ。守護者による開戦が、今……


「出立は三日後。目的地はただ一つ。俺たちが向かう先は……」


その時、フレーは心なしか嫌な風を感じた。

次に出てくる言葉は分かりきっていたのに、何かが思い通りにならない、そんな気がして。


そしてその予感は、見事的中した。



「シュレッケンではない。機械都市……ランドマシーネだ」



一切の澱みなく守護者は言い切る。まるでさざ波のように、群衆に波紋が広がった。


「ランドマシーネ……って、あの……!? シュレッケンじゃなくて……?」

「ま、待てよ。待ってくれ! そんなの現実的なわけ……」


背筋に冷や汗が伝い、フレーはたまらず二人を見た。ザンは目を見開いて絶句しており、エーネは口元に手を当てて冷や汗をかいている。

訳がわからなかった。しかし一つだけはっきりしていることがある。


グレイザーは何の理由も無しに、このようなことは言わない。


「聞けェ! お前らァ!」


その一言で、場は水を打ったように静まり返った。


「王都と密接な関係を結ぶ、あらゆる技術の源たる軍需都市。この街にも、かの地の技術による恩恵が至る所にある。この拡声器をはじめ、炎の噴き出る装置、自動で動く床、いつまでも明るい電球……だが皆、気づいているはずだ。所詮『その程度だ』と」


人々の息遣いから、同意の意思が感じられた。ダメだ……とフレーの頭で再び警鐘が鳴る。昨日よりも、ずっと強く。


「連中は本格的な技術は一切秘匿している。外国はおろか、国内でもそれを扱えるのは契約関係にある王都の連中のみだ。ランドマシーネが誇る切り札……人型の破壊兵器である、『機人』に携われるのはな」

「…………!」


機人。のちにフレーは知ることとなる。それは個々に意思を持ち、一人で十人をも凌ぐ力を持つ、アルガンド王国が誇る最強の対人兵器であると。


「俺たちの目的は、この『機人』たちの手を借りること。そのために、大軍を差し向け交渉を行う。当然一筋縄では行かねェだろう……恐らく、何らかのいざこざが起きるはずだ。それを制し、シュレッケンの奴らを叩き潰す力を手に入れる。それができれば……炎の宴の幕開けだ」


どこかで聞いたことのある言い回しだ。群都市を見捨てた王がしたためた言葉だったか。

住民たちの反応は様々だった。いきり立つ者、泣き出す者、動揺して震え出す者……

そんな群衆に、グレイザーは優しく語りかけた。


「お前らの不安はもっともだ。言うまでもなく危険な行為で、留守中シュレッケンが動かないとも限らねェ。だが俺の見立てによれば、連中は『主力のいないこの街』には興味を示さないはずだ。それにお前ら……本当にこのままでいいのか?」


再び場を支配する静寂。グレイザーは続けた。


「このままシュレッケンに攻め込む……そのプランも考えた。だが、それが何の解決になる? 地方での戦いを制し、それが俺たちにどんな恩恵を与える?」

「……それは……」

「せいぜい元の生活が取り戻せるだけだ。当然、多くの者がそれで良いと思っているだろう。しかし、忘れちゃいねェか? ビートグラウズがここまで強くなった経緯を。この街が、周辺の全てを牽引する『群都市』と呼ばれる所以を」


ゼノイの話が思い起こされた。グレイザーがどのような過去を歩み、そして何を成し遂げたのか……

今のフレーたちは知っている。


「ランドマシーネの技術をもってすれば、この先様々なことを有利に進めていける。腐敗したシュレッケンの立て直しにも、国を差し置いてこちら側から介入できる。それは武力による脅しだと、人は言うだろう。しかし今の俺たちには、確固たる大義名分がある」

「大義、名分……」

「ピンチをチャンスに。今日の敗北を、明日の勝利に。王都にすら見捨てられたこの逆境……利用せずしてどうする?」

(だ、ダメ……こんなのって、ダメなのに……)


徐々に高まっていく周囲の熱を感じながら、フレーは頭を抱えた。


「ランドマシーネから帰還し次第、愚かなるシュレッケンの現指導者と交渉を開始する。今度こそ武力衝突も辞さねェ。遠回りに思えても、これが俺たちの……この街やシュレッケンの、未来のためだと信じている」


ランドマシーネは。そして王都は。自分の夢の地だけは、ダメなのだ……


「さぁ、手を貸してくれる者は名乗り出ろ! これは単なるパフォーマンスじゃねェ。未知の敵をも相手取り、安寧と発展を掴み取る……」


フレーは帽子を取り外し、グレイザーを見据えた。敵意を携えた眼差しで、力強く、魂を込めて。


「ビートグラウズに、新たなる夜明けを────」



「ダメにっっ……決まってるでしょーーーーーーーーッッ!!」



今日は呆れ果てるほどに天気が良い。万を超える人間の前で放たれた少女の叫びは……そんな空には、この上なく良く響く。

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