表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ド田舎の村娘ですが、成り上がるために国中の猛者たちを下しに行きます  作者: 今江彰人
第1章《侵略の守護者》

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/75

1:宙を走れ炎

「ついに……ついに、この時が来た……!」


傷んだ木製掲示板に張り付き、フレイング・ダイナは感動に震えた。王都からはるか遠くの辺境の村に、よもやこんな素晴らしい話が舞い込んでくるとは。


「テンメイ王による催し。全国民に通知されたし。これより、国内で『鉄の饗炎きょうえん』を執り行う……」

「フレーちゃん、どうしたんだい?」

「この催しでは、極めて武術に秀でた────ごめん! ちょっと今は待って!」


普段お目にかかれない高貴な字体を読み上げながら、フレイングことフレーは外野を手で制した。


「────秀でた若者たちが、各々死力を尽くして競い合うこととなる。かくしてその頂点に立った者には、王より『比類なき力』が与えられる」

「なんだ、物騒だな……」

「しっ! 聞こえない!」

「競争の果てにあるのは、他者を打ち倒すこと。特別な規則は無く、出立地点も各自で異なる。幾人で固まっても構わない────」


大勢が息を呑む中、フレーは巨大な貼り紙の最下部に目を通す。


「ただひたすらに出会った敵を退け、王都を目指せ。辿り着くのみでは勝者とはなれぬが、認められるには強さを示す他ない。炎の宴に身を投じ、勝利を掴み取ってみせよ」


文はそこで終わっていた。読み終えるや否や、フレーは肩まで垂れた髪を翻し、掲示板を背に走り出した。


「え? ちょっと、どこいくのさ! フレーちゃんまさか……!」

「うん、ザンとエーネにも知らせるよ! これは千載一遇のチャンスだもん!」

「チャンスって、何の────」


フレーは走りざまに、一度だけ振り返る。それから老人たちを主とした群衆に、幼馴染たちにしか告げたことのない台詞を叫んだ。



「私がこの国で誰よりも……偉大な存在になるための、だよっ!!」


─────────────────────────


「鉄の饗炎……?」

「うん。これってダジャレだよね……? 安直だけど」

「そんなことはどうでもいいんだがな」


質素な村に佇む平凡な一軒家。居間にてフレーと向かい合う少年、ザン・セイヴィアは、額に手を添えながらため息をついた。

彼がこんな雰囲気を醸し出すのは初めてではない。さっぱりと切り揃えた暗い金髪を携えた彼は、浅く焼けた肌と鋭い黒目が相まって、その佇まいは常にどこか威厳を帯びていた。ザンが剣の鍛錬をしている時は特に、独特なオーラに圧倒されるものだ。


「フレー、正気か? 今言った内容が本当だとして、そんな危険な事をして何になる?」

「何って、だから『比類なき力』を貰えるの。どんなものか気になりすぎるでしょ」

「いや、曖昧すぎてむしろ不気味だろ」


ザンは息をついて、それが意味することをしばらく考えた。

王より賜る「力」といえば、普通なら権力者としての地位とか、何かしらの名誉だろう。


しかしここで重要なのは、相手が「テンメイ王」という人物であるということだ。


お世辞にも豊かとは言えないこの『アルガンド王国』を、彼が治め始めてから早10年。その在り方は、それまでのどの王とも異なっていた。

民の前に出て彼らと接し、共に世を創ろうとするものではなく。

また、積極的に彼らを弾圧し、己の理想の独裁国家を生み出そうとするものでもない。


「そうかな、ミステリアスでカッコ良くない? それに何より、王に会えるんだよ! 噂程度だけど……王は奥に籠りっきりで、親しい人しか顔を知らないって聞くでしょ? だから、会うこと自体に意味があるの! こんな機会、多分二度と無い!」


考え込むザンに対し、興奮のあまり聞く耳を持たないフレーは即座に話を進めた。

テンメイ王の政治は不可解の一言に尽きる。彼が王になってから公共事業は止まり、王都に遠い場所ほど荒れ果てるようになった。

しかし未だに国は成り立っているのだ。まるでそれさえ保てれば良いと言わんばかりに。


「こんだけ大掛かりなイベントだから、きっとすごい何かが用意されてるんだと思う。でもたとえ、ご褒美が期待外れのものでも、私の行く先は一つしかないよ」

「先、と言うと?」


フレーは顎を引く。ザンの瞳には、彼と同じくらいに真っ直ぐな目をした少女が映っていた。


「王に会えるってことは、唯一顔を見る事ができる……それこそ家族みたいな、特別な存在になれるかもしれない! そうなったら、私は政治に関われる。それでその暁にはねっ、私はこの国を────」

「ま、待ってください!!」


ドン、と机に手を叩きつける音がした。ザンが流し目で音源を見やったのに対し、自分でも気付かない内に緊張していたフレーは、反射的に背筋を伸ばす。


「フレー、その話絶対おかしい! 自分でもわかってるよね……!?」


これまで懸命に口出しの機会を窺っていた少女にとっては、ようやく自分の意見を言う番となった。


「……エーネ」

「ザンより先に言わせてもらうけど……私はこの話には、絶対、断固反対です……!」


エディネア・モイスティ、通称エーネが立ち上がると、彼女の銀色の髪がゆらゆらと揺れた。年上ながら普段はイマイチ迫力に欠ける彼女でも、声を荒げると存在感がある。


「危険しかないし、ご褒美がリスクに見合ってるかもわからない……そもそも、フレーはまだ十六歳でしょ? お、大人たちだって参加するだろうし……」

「年齢なんて関係無いよ! エーネこそわかってるでしょ? 私はこの村の誰よりも……!」


前のめりで訴えかけるが、彼女は珍しく頑なだった。

エーネは敬語とそれ以外を織り交ぜて喋る。特徴的な話し方だが、人見知りの彼女が会話に一生懸命なことを思うと、何だか愛らしく感じられる。

しかしそれが、今は何だか癇に障った。


「そうかもだけど……で、でもやっぱり、どんな敵がいるかわからないのに、辺境から王都まで行くなんて危なすぎです! こんなの王がやっていいことじゃないのに……本当に何考えてるんだろ……!」

「危ない危ないってそればっかり……な、なら、エーネはっ!」


フレーは彼女の水色がかった瞳を見据え、唾を飛ばす程の勢いで叫んだ。



「ずっとこのままでいいって言うの!? 世の中には苦しんでる人も、環境が変わるのを待ってる人もいっぱいいるのに! 私たちはこんな辺境の村で、仲良く一生を終えるだけで良いって言うの!?」



親友の溢れんばかりの想いに、エーネは押し黙る。

彼女にも、そしてザンにも、フレーが今の何気無い日常を大切にしていることはわかっていた。だから、その上での発言だと捉えている。


「……別に、怖くないなんて言ってないよ。危ないのはわかってる。でも、私はやらなきゃいけないの……! もう今しかないっ!」

「お前の、目標のために……」

「……そう。うん、そうだよ……! ザンはわかってくれる?」


普段はどちらかと言えば能天気なフレーだったが、今は自分でもわかるくらいに、すがるような面持ちでザンを見ていた。


「……フレー、俺は」


しかし、彼の答えは決まっているようだった。


「エーネに賛成だ。お前は行くべきじゃない」


信頼を置く幼馴染からの、紛うことなき拒絶の意思。

フレーはまるで、大切な何かを壊されたかのような気持ちになった。心を心臓ごと抉られたような、痛くて、悲しい感情……


「信じていないからじゃない。俺は、これがお前の役割であるように思えないんだ」


息を詰まらせながら、フレーは無意識に拳を握る。頭の中が整理できず、思い付いた言葉がそのまま飛び出た。


「……ザンなら、理解してくれると思ってたんだけどね。二人が心配してくれてるのはわかってる。でもその上で、私を尊重してくれると思ってた……」

「ふ、フレー……尊重するのと、何でも言うことを聞くのは違います……」

「うるさいっ……!」


噛みつくようにそう言った後、フレーは何だか自分が酷く浮いた存在に思えた。

いつだって諭すような口調で話すザンに、普段は狼狽することが多いのに、今は努めて冷静でいようとするエーネ。

そんな二人を睨みつけることしかできない自分が、普段よりいっそう子供のようで……


「っ、もう、いい」


ザンだって、退屈な村だって言ってたくせに。エーネだって、ちゃんと夢があるのに。

言いたいことはたくさんあったけれど、言葉が出てこなかった。恥ずかしさと、少し涙を帯びた目元を隠すため、フレーは二人から顔を背ける。一刻も早くここから去りたくて、早足で出口の方に歩き出した。


「フレー、お前の家はここだ。どこへ行く」

「……関係無いでしょ」


自分でも聞き慣れないぶっきらぼうな言い方で、フレーは吐き捨てた。


「あったかい家で平和な暮らしを守る二人と、外に向かいたい私……そもそも、同じ場所にいるのが間違いなんだよ」


エーネが何かを言いかけたが、話が始まる前に、フレーは玄関を出ていた。


─────────────────────────


フレイング・ダイナが辺境の村ホメルンにやってきたのは、今から十五年前のことだった。

後に育ての親となるザンの母曰く、フレーは星の瞬くある晩、道の一角に捨てられていたのだという。名前は首にかかったネームプレートに書かれていたそうだ。


セイヴィア家の一員でありながら、フレーは幼い頃から養女であることを明かされていた。よって現在共に暮らす一歳年上のザンが、兄であるという感覚は薄い。

本来の両親の素性も既に判明している。生活の困窮からフレーを置き去りにした彼らは、隣国でひっそりと暮らし、数年前に病没したそうだ。特段誉れある血筋などということもない。フレーはほとんどの特徴が、ごく一般的な子供に合致していると言える。


そう。フレイング・ダイナは、「ある二点」を除けば、どこまでも普通の少女だった。


「お姉ちゃん、今日もアレ見せてー!」

「ごめんね、お姉ちゃん今日はちょっと……その、あんまり元気が無くて」


目を輝かせる幼い少女を前に、フレーは罪悪感を覚えつつ断った。実際、本当に元気が無いのである。数刻前の出来事は、自分でも思っていた以上に堪えることだった。


「えー!?」

「ごめんね、また今度……ね」


やるせない気持ちを押し殺して笑顔を作る。少女は渋々といった様子で再び口を開いた。


「じゃあ、お姉ちゃんの髪の毛の色も、真似していい?」

「え?」

「だって、村の中でお姉ちゃんの色がいっちばんカッコいいもん! お日様みたい!」


フレーは返答に迷った。この綺麗な髪は自慢だが、意図して作れる色ではないからだ。

フレーの特異な点としてはまず、その髪色が挙げられた。太陽を思わせる橙色だ。天然でこの色なのはこの国では異端なことだった。瞳は黒色であるので、ややミスマッチな感じもする。


「それもダーメ」

「えーっ!? 今日のお姉ちゃんダメばっか!」

「だって色まで真似しちゃったら、その髪の良さが消えちゃうでしょ?」


がっかりする少女の前にしゃがみ込み、目線の高さを合わせる。


「その髪色は珍しくはないけど、すっごい綺麗。なのに、私の色にしちゃったら台無しだよ」

「でも……私もお姉ちゃんみたいに……!」

「えへへ、そう言ってくれて嬉しい……でも、目に見えるものを真似ばっかりしようとしちゃいけないよ? 自分で考えることも大事なの。それがきっと、強さになるから」


────フレー、君ならやれるさ。自分で考え、動いて。類まれなる強さを……


「……お姉ちゃん?」

「あ、ごめんね。それで、お姉ちゃんの言うことわかってくれた?」

「うん……パパもママも、いっつもあたしの髪の毛綺麗って言ってくれるし……このままの色で、もっと綺麗になる! 髪の毛いっぱいあるから、ママに言って上で結んでもらおっかな!」


満面の笑みを浮かべる少女を見て、フレーも顔が綻んだ。王都のことは頭から離れなかったが、こんな笑顔がまた見られるなら、ここに留まる選択肢も悪くないかもしれない。


(何となく二人には子供扱いされてるし、こういうのいいなぁ……)


そんなことを考えていた時だった。

突如として、豪快な破裂音が鳴る。村の中央にある広場。そこより少し離れた場所からだ。


そしてフレーは見た。立ち昇る黒煙を……平穏が崩れ去る瞬間を。


「お、お姉ちゃん……!?」

「やばいっ……い、今すぐ家に帰って! 絶対外に出ちゃダメだからね!」

「お姉ちゃんはっ、お姉ちゃんはどうするの!?」

「私は音がした方に向かう……自警団の人たちはもう行ってるはずだし、急がないと……!」


フレーは少女を置いて駆け出す。奥の方から、村人たちが這々の体で逃げてくるのが見えた。


(まさかとは思うけど、やっぱり……!)


あの事件から、八年。何一つ無かったこの村にも、ついに危機が訪れようとしていた。


─────────────────────────


「通して、すいません、通してっ!」


逃げ惑う人の流れに逆行して進むのは大変な作業だった。ようやく人混みを抜けたフレーは、全身汗だくという酷い有様だ。

しかし眼前の事態を認識すれば、誰でも自分の容姿のことなど忘れてしまうだろう。


「な、何……これ……」


複数の家屋が崩れていた。人的被害は無さそうだが、何らかの爆発物が使われたのは明確だ。そして、その犯人が誰であるかも。


「何度言えばわかる! 若い奴ら全員縛り上げて、今すぐここに連れてこいっつってんだ!」


二十代とおぼしき武装した男二人が、村を守る自警団の面々と相対していた。周囲にいた住民たちは、フレーの存在に気付かぬまま既に逃げ果せている。


「お、おい、本当にこれでいいのか? あの情報だけじゃ、戦うといってもどうすればいいのかさっぱりだ」

「けどよ、これしか方法は無いだろ。この腐った国で、俺たちが成り上がる唯一のチャンスだ……」


男の一人がそう言って、自警団員にボウガンを向けた。先端には見慣れぬ球体が取り付けられていて、それが爆発の原因となっているらしい。


(悪い夢でも見てるみたい……)


話の流れで、フレーはこの出来事の全容を理解した。あの貼り紙の情報が限られているという点に置いてのみ、同意が可能だということも。

それ以外の彼らの言動に、納得できる部分は何も無かった。私利私欲のために無関係の人を巻き込んだという事実は……理不尽極まり無い。


「随分とお楽しみじゃん」


フレーが一歩前に踏み出して声を張ったのは、当然の帰結だった。


「その武器、強そうだね。ここでは……この限られた時間と場所の中では、最強ってこと?」

「……へぇ、活きの良いのがいるじゃねえか」


二人のボウガンが真っ直ぐフレーに向けられる。距離は家二つ分の直径に満たない。


「フレーちゃん、何をしてるんだ!? 早くここから離れて!」


自警団の一人が叫ぶ。しかしフレーは悠々と歩きながら、少しずつ二人に距離を詰めていった。


「少し考えたらわからないかな? こんなことしても良いこと無いって」

「あぁ? 黙って手を上げな! 腕が立ちそうには見えねえが、何かしたらすぐさま撃つぞ!」

「そっちこそ、気をつけたほうがいいよ」


厳かに告げ、足を止める。その瞬間、フレーの橙色の髪がやや逆だった。威嚇していてそれに気付かない男に対し、彼の相方らしき人物は、何かを察知したように後ずさる。


「私はこの村で一番強い人間。だから、好きにはさせない。絶対に奪わせない……」


少女フレーはかつて学んだ。戦うこと。守ること。


そして、負けてはならないということを。


「仮にこの身を貫かれても、私は決して倒れない」


「ちっ……たかが村娘がっ!」

「よせっ!」


もう一人の制止を振り切り、男が引き金を引く……その一瞬前。

フレーは腕を前方にかざし、全神経を研ぎ澄ませた。体の芯から熱を感じつつ、高らかに叫ぶ。


「ラン・フレイムッ!!」


周囲の空気を焼き尽くす音と共に、フレーの手のひらから金色の波が放たれた。それが炎であると男が気付いた時には、彼の右肩は既に撃ち抜かれていた。


「ぐっ……うっ……!?」


その名の通り宙を走る炎は、彼の神経までをも焦がし、瞬く間に再起不能に追いやる。地面に伏した男を見つめながら、フレーは敵を仕留めたことを実感し、肩で息をしていた。


フレイング・ダイナの特異な点の二つ目は、その類まれなる炎の力だった。本格的に扱うようになったのは大体八年前ほど前からだ。


この国で「魔法使い」は珍しく、そうなれるかどうかは体内の魔力の有無で決まる。村で他に異能を操る者は、エディネア・モイスティただ一人だった。彼女は「水」と「治癒」の二つの魔法を扱う。

普段は余興のための道具だが……この力は紛れもなく、フレーの唯一にして最大の武器だった。


「わかったでしょ? その程度じゃ、私には勝てないよ」


ショックで武器を取り落としたもう一人の男を見据えながら、フレーは低い声で言った。

激しい動悸がする。が、怖気付いてはいけない。この行為は、きっと自分の糧となるのだから。


「さよならだね。今すぐその体を焼き切っ────」

「フレーちゃん、後ろっ!」


「動くな、小娘」


自警団の怒号が飛ぶ。無防備となった背中に並々ならぬ気配を感じたのは、それと同時だった。

お読みいただきありがとうございます。今江彰人です。


根気良く更新し続けていこうと思います。是非最後までお付き合いください。

感想やブックマークなど、とても励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ