第二話 「彼と弟」
玄関に行くと、ちょうど弟が靴を履いているところだった。
「あれ? 兄貴も出かけるの?」
「……まあ、ちょっとな」
うちの玄関は狭い。二人並んで靴を履くスペースなんてないから、自然と弟が靴を履き終えるまで俺は少しの間待つ。
「ほら、兄貴。空いたよ」
「おう」
俺が靴を履いている間、弟は外にも出ずにドアにもたれかかったままで俺を見ていた。
「なんだよ」
「いや、途中まで一緒に行こうかな、とか考えてたり」
まあ、別におかしな話じゃない。俺と弟は周りの兄弟に比べても仲のいいほうだと思う。
実際は、兄弟としてというより、友達としてのほうが感覚的にはしっくりくるんだけど。でも、昔からそんな風に接してきたおかげで、俺とこの弟との仲は俺が大学に入って、あまり喋らなくなった今も続いているんだと思う。
「それじゃ行くか」
立ち上がった俺は弟に言った。
外に出ると、俺はまず先に空を見上げた。
憎たらしいほどの青い空。快晴だ、雲一つない。
絶好の振られ日和ってやつか? これは……。
自嘲気味に考えてると、弟が自転車のベルを鳴らした。
チリン。チリン。
「早くしてよ」
「悪い。ちょっと待ってくれ」
家の前に置いてある、高校時代から使っている自転車。
色はだいぶ剥げてしまってはいるが、今だ薄く残るオレンジ色の塗料で目立つ自転車だ。
もう高校生にもなっていたというのに、どうせならかっこいいのがいいと、馬鹿なことを思って買ったことは、いまだに後悔している。
「駅の方面でいいよな?」
「うん。僕もそっちに用事があるから」
用事って一体何だろうと思いながらも、俺はペダルを力を込めて踏む。
いつ切れてもおかしくないほどに錆び付いてしまったチェーンが、それに抗議をあげながらもタイヤを回す。
「いい加減、その自転車修理しなよ」
「一万五千円。お前が出してくれるならな」
たしか、チェーンで二千円。その他に、両方のタイヤが歪んでいるから、その交換で一万二千円。さらにはペダルの軸で千円ほどかかるなだ。
これじゃあ、
「買い換えたほうが早いよね……」
「だろ?」
だから俺は、こいつを寿命が切れるまで乗り潰すことに決めたんだ。




