第一話「彼女と女の子」
◆3
私は待っていた。彼にさようならと告げるために。
子供のいない公園はなんだか、寂しい。たぶん、本来あるはずの
ものが書けちゃってるんだ。この場所は。
と思ったら、一人だけ。高校生を子どもと言うのならばだけど、
近くの高校の制服を着た女の子が端っこのほうに立っていた。
同じくらいの高さの木に寄りかかっている女の子は、つま先で足
元の土をいじったり、半ば押すような感じで寄りかかっている木し
ならせたり、そんなことしていて楽しいのか? と、私は疑問に思
う。しかも、高校生だし。
だけど、公園の前を人が通った時、私とほとんど同時にそちらの
ほうを向くのを見て、私は確信した。
彼女もまた、私と同じ。人を待っている。
そして同じ人を待っているという状況でも、たぶん、暗い顔をし
ているであろう私と違って、彼女はどこか楽しげな雰囲気をまとい、
その人が来るのを心から望んでいるように私には見えたのだ。
「いいなあ」
思わず、そうつぶやく。うらやましい。本当に。
「なにがですか?」
気づくと、彼女の目がまっすぐこちらを射抜いていた。
まさか声が聞こえるとは思ってもみなかった。だって、私は公園
の入口のすぐわき。彼女は公園の一番奥の木に寄りかかっていたの
だ。いくら小さな公園と言っても、それなりの距離はある。
それなのに、聞こえていた。しかも、口に出すつもりのなかった
言葉が。
私は、思わず顔を赤くさせながら彼女に謝った。
「ごめんなさい。特に意味がある言葉じゃないから気にしないで」
「――――」
それに対し、女の子も何か答える。けれど、特別耳がよいという
わけではない私には、彼女の普通の声量でしゃべる言葉をうまく聞
き取れない。
それで私が彼女をよく見ると、彼女はこちらに向けて手まねきし
ていた。
行く必要なんて全くない。これから私は、彼を振るつもりでいる
のだ。こんな、初めてあった女の子の誘いにつきあうなんて、まる
で遊んでいるみたいなこと……。
それでも、私は彼女のほうに歩いていく。
そして、顔所の見せたかったであろうものを私は見た。
「……猫?」
そいつはただ、ニャアとだけ返事をした。
「かわいいですよね」
「確かに、かわいいけど……」
なんで彼女は私に猫なんて見せようとしたのだろう。話が全然つ
ながってない。
その猫は全身真っ黒だった。ちょっと不吉な気もするけど、猫は
猫。やっぱりかわいい。
「私の家の近く、妙に猫が多いんです」
隣で私と同じようにしてネコを見ている彼女が言う。
それにしても人懐こい猫だ。けっこう近くに来ているのに、逃げ
る様子もない。
首輪がないってことは、飼い猫じゃないってことなんだろうけど、
もしかしたら人に飼われてた経験があるのかも。
「誰かが猫に餌でもあげてるんじゃない?」
「そうかもしれませんね。でも、かわいいからいいんです」
「ああ、そう」
「だけど一つだけ、困ったことがありまして。うちの家、車を家の
前に置いているんです。それでこの前、ボンネットを開けてみたら
びっくり、猫がそこで昼寝してたんですよ。すごく気持ちよさそう
に」
「その猫、どこから入ってきたの?」
ちょっと気になっていってみた。すると彼女は嬉しそうに続きを
話してくれる。
「たぶん、車の下からだと思います。ほら、あの機械の間を抜けて
ボンネットまで」
私はその猫のことを想像してみた。
もうだいぶ温かくなってきたとはいえ、風が吹くと突き刺すよう
な寒さを感じる。
車の下にもぐってみても、それはあまり変わらなかったんだろう。
そして、頭上にその空間を見つけた。
そこまでの通路は狭いけど、そこは猫のこと。簡単に入り込んだ
に違いない。
しかも入ってみると、日によって暖められたボンネットから来る
熱でポカポカと温かい。
そりゃ、寝る。私でも寝る。
ふと思い立ったのか、彼女は猫に手を伸ばした。
しかし、さすがに野良猫。彼女の手が触れる前に飛び退くと、ど
こかに駆けていってしまう。
「その猫、どうしたの?」
「はい?」
「そのボンネットの中に入ってた猫。今はどうしてるの?」
「ああ、そのことですか」
逃げられてショックを受けていた様子だが、彼女は私が質問する
なり、あっという間に立ち直って言った。
「たぶん、今日もボンネットの中だと思います」
「それじゃ、今度私にも見せてくれない?」
「はい。いいですよ」
とりあえず、私たちは連絡先を交換しようと携帯を出した。
と、その時、
「おーい」
誰かが公園の入り口から、こちらに向かって手を振っていた。
一瞬彼かと思ったけど、全然知らない男の人だった。
見ると、隣の彼女も手を振り返していた。
ああ、彼氏なのか。
「あ、これで私は失礼します」
「楽しんできてね」
「もちろんです」
彼女はそう言って駆けていく。
私のいるところからは後ろ姿しか見えないけれど、たぶん満面の
笑顔を浮かべてるんじゃないかな。
彼女はそのやってきた男の人とニ、三言話すと、手をつないで歩
きだした。
私は、なんとなくその背中を見送っていると、それと入れちがい
になるように、彼が公園の中に入ってきた。




