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日常ゲイザー  作者: 沖傘
1/1

【エピグラフ】


 如何に有名な文であろうと、如何に力有る言葉であろうとも。ここにはそれを読む者も、理解しようとする者も存在しない。







 パシャ。


 パシャ。


 パシャ。


 いつの間にか耳に付くようになったシャッター音。一定の間隔を挟んで響いてくる音に顔を上げ、周囲を見回す。

 閑散とした図書館。整然と並べられた長机の列。その一番奥の奥。高い本棚を背にして熱心に携帯のシャッターを切り続ける女の姿があった。


「...おや」


 訝しげに送られる視線に気付いた女が、愉快そうな微笑みを浮かべながら席を立ち、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。


「やあ。見てたね、僕のこと」


 女は軽い口調で話しかけてきて、向かいの椅子に腰を下ろす。机の上に撮影途中の本が置かれ、女は再び携帯のシャッターを切り始めた。


「なぜ君は僕のことを見ていたのか。それは僕のしていた事が面白そうに見えたからだ。違うかい?」


 面白そうと言うより、席を移動しても尚続けられている犯罪行為が原因であるのだが。


「まあまあ。これはとても生産的な行為なんだ。図書館の本は無料で手に取る事ができる。それを撮影して、欲しがっている者に与える。大儲けさ」


 なんと言おうとそれは犯罪行為だし、著しく倫理に反する、社会における様々な金の流れを無視して独占するものだ。図書館や出版社が潰れる等、巡り巡ってこちらに害が無いとも言い切れない。


「...君、面白いね。ちょっと借りるよ」


 そういった女は、こちらの返事も聞かない内に指をかけておいた読みかけの本を奪い取っていった。


「ちなみに、インターネットじゃないからね。直接、与えるんだ」


 奪った本までも一頁ずつ撮影を始めた女は、白く細い指先で、しなやかな黒髪の上からその頭を突く。


「...君、どこまで読んでいたっけ」


 憶えていない。百ページも読み進めていなかっただろうか。


「ごめんね。気にしてなかったよ」


 そんなことは至極どうでもいい。とにかく、その行為を自分の見える場所で行うのをやめて欲しいものだ。


「ありがとう。君は面白いし、優しいね」


 パシャ。


 気が付くと、女の姿は無かった。


 目の前には、奪われた読み掛けの本が丁寧に置かれている。はて、どこまで読んでいたか。忘れかけた内容を再び読み進める気はとうに無かったが、なんともなしに表紙を開き、小口に指を掛ける。


 微かな音を立てて重なっていく本の頁には、何も書かれていない。




 貴方は貴方の知る世界を求めて、頁を繰る。


 日常はまだ、遠いようだ。

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