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刈り取るもの 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 スーパーで山売りされている野菜や果物から、数あるひとつを選び出す……人生において、もっとも楽しい瞬間のひとつだと思わないか?

 別に野菜果物に関した話じゃない。服に趣味に芸術品……数ある有象無象の中から、コスパに優れたもの、自分にとってビビッとくる奴を選び取る。かけた手間が報われる、得難い瞬間だ。

 ひとまずあれば、着られれば、食べられれば……という考えでは、たどり着くことはできない。こだわりの一品だ。


 よりよいものを選び取る。これも生き残るための遺伝子がせっつく、本能なのかもしれない。

 ならば、自分が必ずしも選べる側にい続けられると考えるべきじゃない。いつまた、僕たちも選ばれる立場へなってしまうことか……。

 僕の昔の話なんだけど、聞いてみないかい?



 それに気づいたのは、小学生の高学年くらいだったか。

 体育の着替えの時間に、彼が体操着へ着替える時に見てしまったんだ。

 上腕二頭筋、普段はいつもは袖で隠れている腕の部分に、マークが浮かんでいるのをね。

 そうと分かるドクロマークの下に、骨二本を×字にクロスさせた、海賊旗や危険物のラベルにありがちな模様が、はっきりと見て取れたんだ。


 イレズミだ〜、とさわぎかける子もいたが、厳密にはタトゥーシールだという。

 本物ばりのクオリティがありながら、はがすのも容易というしろもの。実際に彼は、教室にあったセロハンテープでもって、ほんのちょっとシールをはがして、存在を証明してみせる。

 疑いは晴れるも、なぜ今日に限ってそんなものを? とみんなは思う。

 これまでの彼からは見ることのできなかったことだ。どのような心境の変化があったのだろうか。

 いぶかしむ僕たちに彼は告げる。


「今日は『収穫日』なんだよ」と。



 人間が秋に稲穂を刈り取るように、今日は人以外のものが人を刈り取ることを許される日。

 質のいいものと、それに目をつける存在。二つがかみ合ってしまったとき、その対象はさらわれてしまう。これもまた、神隠しのひとつであると。


 だったら狙われるのは、熟した大人じゃないのか、というクラスメートもいたが、彼はその言葉をしりぞける。


「追熟ってあるだろ? 収穫してから熟した方が、より甘く、おいしくなるというやり方さ。それを行うには子供相手にやった方がいいことだってある。それを実行に移すやつがいるかも、ということさ」


 自分のシールタトゥーも、商品価値的なものを下げるためだと彼は語るけど、一部の子はなおも信じず、嘘っぱちだと彼を攻撃しようとするも、その指がつと教室の一角を指す。


「ほら……もう始まっているぞ」


 なにが、と指さす方を見て、みんなが目を丸くした。


 いない。

 最初に「イレズミだ〜」と、声をあげたあの子の姿がない。

 ただいたはずの場所で、そこに自分の着替えと体操着の上下ばかりを残して。あとは身体がないことをのぞいて、何の変化も見当たらない。

 閉め切った教室、ここにいた誰一人として彼が動く気配を見て取れなかった。

 ここは4階。飛び降りることはできないし、廊下へのドアにも鍵をかけている。いかに忍び足の達人でも、空間を出るのにまったく音を立てないことなど、できようはずがない。

 それこそ、この場で煙のごとく、立ちどころに消えてしまったのではない限りは……。

 

 次は我が身かと、にわかにパニックになり始める教室の空気を、再び彼が制する。


「今ならまだ間に合うかもしれない。みんな、書写セットを出せ!」


 今日はたまたま、習字の授業があったこともあり、みんなが書写セットを持っていた。

 彼の目的は、中に入った墨汁だ。使い方は、消えてしまった彼に残された衣類を、それでもって、とことん汚せとのこと。


「中身を取ったとて、直後に殻の異変からヤバいものだと分かり、放り捨てるケースだって、なきにしもあらずだ。

 残された服はいわば殻だ。あいつが本来は取るべきでなかったもの、取ったものの害をもたらすものであったと騙すために、汚して汚して、汚しまくれ!」


 それでもためらい、先陣を切りかねる一同の前で、やはり一番槍はタトゥーシールの子。

 ボトルに入ったそのままで、腹を思い切り握りつぶすと、いまだたっぷり入っていた黒い液体が勢いよく飛び出し、白い体操着の胸をどっと染め上げた。


「早く、やれ!」


 彼に促されるまま、その場にいた二十人近いボルトの口が火ならぬ墨を吐いた。

 相応の高さから降り注ぐものだ。彼の服ではずんだ墨は、余力のままに床や近辺の机や椅子へ、たびたびハネを飛ばしていった。


 はたから見たら、完全にいじめの現行犯。その場で鉄拳制裁を食らいかねないところだろう。

 その消えた彼が、とうとつにそれらの服たちの上から現れて、墨汁の池に着地するまでは。

 彼としては、自分の身に何が起こったか分からないでいたらしい。ほんの一瞬のできごとだったらしいけれど、自分が意図せず、生まれたままの姿でいたことと、一部が墨汁まみれになっていたことで、異変を悟るのにそう時間はかからなかったよ。


 体育の時間に遅れたことと、彼が墨汁まみれになってしまったことで、クラス全員お目玉を食らうことになったが、居合わせた全員、彼が刈り取られなかったことに内心で安堵していたよ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 「追熟」という理屈が面白かったです。 刈り取られそうな目に遭ったのは気の毒ですが、タトゥーの子の話が本当だと証明された事にもなりましたね。 中には魔除けの意味が込められたタトゥーもあるようで…
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